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一子との再会
2.
しおりを挟む「行こうか」
昭仁が朔良に声を投げた。数段先を行っていた彼が、再び昭仁を振り返る。そしてひとつ頷きを返した。昭仁はそれに気を良くし、朔良と開いた石段数を縮めて、彼の隣に並んだ。
自分に何ができるのか、正直なところ今もわからない。
今はとにかく朔良を外に連れ出している。それは、屋敷から碌々出ない朔良に、様々な景色を見せたいと思ったからだ。
出来るだけ彼の側にいてみようと思う。わからないその答えは、その折々で見付けていけばいい。そう思っている。
「夏祭じゃないんだな」
祭は、夏の風物詩の筆頭だ。それが夏ではなく、秋に行われる。純粋に疑問に思い、昭仁が朔良に聞いてみる。
「本格的な稲刈りが始まるのが秋のはじめになるので、農作物の豊饒を祈るには丁度いい時期なんです」
「なるほどなあ…」
「それに、夏に大層な祭を行うと、畑仕事が大変になるから」
ふむ。と昭仁は考え込む。
朔良という少年は、昭仁が思う以上に市井を把握している。
月瀬といえば、起源を遡れば戦国から続く由緒ある名家だ。時代が時代であれば、多くの家来や家臣がいたはずである。
昭仁も何度か東京で富裕層の令嬢を診たことがある。その彼が思うに、彼女たちの思考は一様に庶民とは一線を画している。有り体に言えば、浮世離れしている。月よ星よと眺みて育てられた彼女たちは、庶民の生活を知らないのがほとんどだった。
それが、朔良には見受けられない。市井の生活をよく知っているようだ。なんとも不思議に思えた。
長い石段を登り終えると、荘厳な山門がやっと目の前にある。
昭仁と朔良は、過日訪れた山寺を訪れていた。
静かな境内を抜け、本堂を訪れる。本尊のおわす前で、写経をしていたらしい住職が振り返った。
「おお…朔良さんに昭仁さん」
硯に筆を置き、住職が立ち上がる。袈裟の裾を捌いて歩み寄る。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは。よう来てくださった」
住職は諸手をあげて喜んだ。本当に嬉しそうな住職に、朔良は少しだけ面映ゆそうな顔をした。
「ご住職、この奥の山に祠があると聞いたんですが」
昭仁が住職に問い掛ける。今日、寺を訪れたのは住職に会いに行きたのと、それが目的だった。
「ああ…あれですか。古い祠ですが、昔からこの村を見守ってきたものです。お参りにきてくださったのかな」
「はい。拝見してもよろしいですか?」
「ええ、ええ。ぜひ」
住職は何度も頷いて了承してくれた。
「あ…朔良さん」
不意に呼び止められ、朔良が住職を振り返る。
しかし住職は、わざわざ本堂から雪駄を突っかけ出て来たにもかかわらず、いざ朔良を見ると言い澱んだ。
朔良は不思議そうな表情を浮かべ、住職を促す。しかしなかなか住職からは次の言葉は出て来ない。
「…にわか雨が、降るかもしれません。お気をつけて」
結局長い沈黙の末、彼が言った言葉は、差し障りのないことであった。
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