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くもいの館 おまけ
3.
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執務室に戻ると、彼は変わらず外の景色を眺めていた。その背中に近付いて、青年は腰を折った。
「坊っちゃん、今回のこと申し訳ありませんでした」
「それは、何に対しての謝罪?」
窓を向いたまま、彼が問う。
「坊っちゃんの元に帰って来られないかもしれない。でも、坊っちゃんの命を果たせるならそれでも構わないと思っておりました。けれど、彼女に一喝されて目が覚めました」
「あいつはなんて?」
「囮になれなんて思ってない。自分より長く側にいるくせにそんなこともわからないのか、と一喝されてしまいました」
ひと息吐き、彼が椅子に深く沈み込んだ。
「生命を分け与えた僕が言ったところで伝わらないからな」
「ごめんなさい。もうあんなこと考えません」
「僕の元にちゃんと帰ってきたから、もういいよ。それにしても、拳のひとつくらいは喰らうかと思っていたけど」
「え」
「まあ、あいつは面食いのようだから。よかったな、その顔で」
彼が忍び笑った。はっとする。彼が笑うのは珍しい。
「あいつのこと、どう思う」
「不思議なひとです。わたしが何モノなのか、それについても何も聞かれませんでした。あの方がいたから、わたしは今回坊っちゃんの元にちゃんと帰って来られたのだと思います」
そうか。呟いて、彼が目を伏せる。
ーーーそのつもりで彼もこの子を引き入れたのじゃなくて?
あの女に言われた言葉が蘇り、口を開いていた。
「あの…っ、あの方は…」
「心配しなくても、お前が思っているようなことはないよ」
顔をあげた彼の宥めるような声音に肩を撫で下ろす。よかった。
「お茶を淹れ直してくれないか?」
「はい。今晩も遅くまで?」
空になったカップを示される。まだまだ夜を過ごすつもりなのなら、後で夜食も用意した方が良いだろうか。そんなことを考えていれば、彼が首を横に振った。
「違うよ。お前も一緒に飲もう。今日の事、何があったか僕に聞かせてくれ。あの女の屋敷に行って来たんだ。さっきの報告ではとても収まるものじゃないだろう?」
例えば、もしここに帰って来なければ、こうやって穏やかに主人と話すことも叶わなかった。夕焼けの玄関ポーチでたったひとり待ちぼうけをしていた小さな姿を思い出す。あの彼に駆け寄ることが出来てよかった。
すべて、彼女のおかげだ。
「はい、勿論です。坊っちゃん」
「坊っちゃん、今回のこと申し訳ありませんでした」
「それは、何に対しての謝罪?」
窓を向いたまま、彼が問う。
「坊っちゃんの元に帰って来られないかもしれない。でも、坊っちゃんの命を果たせるならそれでも構わないと思っておりました。けれど、彼女に一喝されて目が覚めました」
「あいつはなんて?」
「囮になれなんて思ってない。自分より長く側にいるくせにそんなこともわからないのか、と一喝されてしまいました」
ひと息吐き、彼が椅子に深く沈み込んだ。
「生命を分け与えた僕が言ったところで伝わらないからな」
「ごめんなさい。もうあんなこと考えません」
「僕の元にちゃんと帰ってきたから、もういいよ。それにしても、拳のひとつくらいは喰らうかと思っていたけど」
「え」
「まあ、あいつは面食いのようだから。よかったな、その顔で」
彼が忍び笑った。はっとする。彼が笑うのは珍しい。
「あいつのこと、どう思う」
「不思議なひとです。わたしが何モノなのか、それについても何も聞かれませんでした。あの方がいたから、わたしは今回坊っちゃんの元にちゃんと帰って来られたのだと思います」
そうか。呟いて、彼が目を伏せる。
ーーーそのつもりで彼もこの子を引き入れたのじゃなくて?
あの女に言われた言葉が蘇り、口を開いていた。
「あの…っ、あの方は…」
「心配しなくても、お前が思っているようなことはないよ」
顔をあげた彼の宥めるような声音に肩を撫で下ろす。よかった。
「お茶を淹れ直してくれないか?」
「はい。今晩も遅くまで?」
空になったカップを示される。まだまだ夜を過ごすつもりなのなら、後で夜食も用意した方が良いだろうか。そんなことを考えていれば、彼が首を横に振った。
「違うよ。お前も一緒に飲もう。今日の事、何があったか僕に聞かせてくれ。あの女の屋敷に行って来たんだ。さっきの報告ではとても収まるものじゃないだろう?」
例えば、もしここに帰って来なければ、こうやって穏やかに主人と話すことも叶わなかった。夕焼けの玄関ポーチでたったひとり待ちぼうけをしていた小さな姿を思い出す。あの彼に駆け寄ることが出来てよかった。
すべて、彼女のおかげだ。
「はい、勿論です。坊っちゃん」
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