こんなに遠くまできてしまいました

ナツ

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一章:話の始まりはこうだった

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 夢ならば覚めて欲しい。

 胸いっぱいに息を吸い込み「ぎゃああああああああ!!!!」と悲鳴ならぬ奇声を上げる。
 肺の中の空気が潰えるまで、叫び続ける。そうしていないと、頭がどうにかなりそうだった。
 威嚇のつもりがないとは言えないけど、こんなモノ相手に通用するとは思っていない。

 ただでさえ、ロクでもない感じに進んでいた私の人生。
 とうとう、ここまできてしまいました。



 不幸の始まりは小学六年の秋だった。
 私が修学旅行に行っている間に、両親があっけなく火事で死んだ。
 出火の原因は、ストーブの上に吊るしてあった洗濯物。
 母は洗濯物を早く乾かしたかったのだろう。うちは裕福ではなかったので、数日雨が続くと着替えがなくなっていた。
 両親は一人娘に生活苦を気取られないよう様々な工夫をしていたが、子供なりに薄々気づいてはいた。たとえばクリスマスのプレゼントがケーキだけだったりとか、そういうことで。私は六年になっても、幼稚園の時に買ってもらった筆箱を使っていた。
 貧乏な暮らしを不満に思ったことは一度もない。彼らは善良で、私を大切に慈しんでくれた。
 
 火事のせいで、やっとの思いで両親が手に入れた中古の小さな家も全焼した。
 木造の古い家はそれはよく焼けたそうだ。隣近所まで類焼しなかったことが不幸中の幸いだった。なんせ両親は、親類縁者とは縁を切って生活していた駆け落ちカップルで、頼れる親戚など一人もいなかったのだ。
 そんなわけで、ある日突然私は孤児になった。
 
 両親の残した保険金だけが、細い蜘蛛の糸のように私と世間をかろうじて繋ぎとめた。
 私の為に苦しい生活の中から細々と掛金を払ってくれていたのだ。ある程度大きくなってからその事に気づき、私は一人隠れて泣いた。

 奨学金を取ってそこそこ有名な国立大学を卒業したまでは良かったが、要領の悪さと度を越したマイペースっぷりに定評ある私は、早々に就職戦線から落ちこぼれてしまった。
 施設育ちの孤児というハンデをぶっちぎるような特技や魅力を、私は悲しいことに持ち合わせていなかった。

 次々に届くご丁寧な「ご縁がなかった」手紙をポストに発見すること100通目。こりゃダメだと路線を変更して、パソコン教室に通うことにした。
 周囲の友人には「今頃!?」とドン引かれたが、他に手立てを思いつかなかったのだから仕方ない。
 漫然と4年間を過ごした私と違って、彼女らは在学中に資格を取ったり英語をペラペラ喋れるようになっていたり、父親のコネをもぎ取ったりしていた。
 つまりこのまま卒業を迎えれば、河原のガード下でダンボール生活に突入するのは私だけ、ということになる。
 パソコンに触れたのは高校の授業以来という文系ど真ん中で生きてきた私だったが、その時になってようやく遅すぎたスキルアップ強化作戦を自分に発令した。
 両親の保険金は雀の涙ほどの額が通帳に残っているだけだったし、とにかく収入を確保しなければ野たれ死にがいずれ確定してしまうからだ。

 それでも、何とか大手の派遣会社に拾ってもらうことが出来たのだし、その時点では私の人生はそこまでどん底ではなかった、と今なら思える。
 派遣先の正社員とパートさんには、苛められることもなかったが可愛がられることもなく、PCの前に決まった時間座って与えられた仕事を黙ってこなす便利なロボットのように、やんわり無視された。
 それでも、古ぼけた風呂なしアパートで三食に困ることはない生活が出来ていたし、大学時代の友人とは時々会って遊んだりもしていた。
 恋人いない歴がそのまま年齢の私だったが、自分に恋愛が出来るとも、ましてや結婚が出来るとも期待したことはない。なので、周りからは淋しい暮らしのようにみえたとしても、私なりに『小林美香』としての人生を楽しんでいた。

 それなのに。

 もしこの世界に神様というものが本当に存在していたとしても。
 神様は早々に私達人間から手を引いて、高見の見物を決め込んでいるに違いない。
 そうでなければ、盗みにも殺人にも姦淫にも大食にもついぞ縁のない私を狙い定めたかのように、避けようのない過酷な運命が次々に降りかかってくるだろうか。
 もっといるでしょう!? 他にも!! と思ってしまうこの狭量さが悪いのだろうか。


 その日は、雨が降っていた。
 雨の日はいつも憂鬱になる。ストーブとその上に干された洗濯物を思い浮かべずにはいられないからだ。
 私は気分を変えようと、仕事帰りにレンタルビデオ屋へ立ち寄った。
 ブルーレイディスクなんて洒落たものはうちにはないので、ビデオ屋さんにたまに行くたびに、DVDが物凄い勢いで駆逐されていくのが不安でしょうがない。
 新作で見たいアクション映画があったけど、一本分で三本借りられるな、と素早く財布の中身と相談してそっと棚に戻した。結局、もう何回も見たことのあるハッピーエンドで罪のない昔の恋愛映画を借りて店を出る。

 ――身寄りのない娼婦が大富豪に見初められて、運命的な恋におちる。

 現実には有り得ない夢物語。
 あったとしても、それは私が抜群にスタイルのいい美女だったら、の話だろう。
 おんぼろアパートを目指しながら、レンタルバッグを小さく振ってフンと鼻を鳴らしてみる。

 惨めなことに、私はどこかで諦めきれていないのだ。
 いつか王子様が現れ「あなたが孤児だろうが派遣社員だろうが処女だろうが構わない。私のところに来てください」と優しい手を差し伸べてくれるのを。

 そんな奇特な馬鹿はいない。
 分かってはいる。伊達に26年生きてない。
 映画の中で流れる甘いラブソングを鼻歌交じりに歌いながら、細い路地を抜けていく。
 傘の隙間から滴り落ちてくる雨粒が肩を濡らした。

 明日は休みだし、今夜は借りたビデオでも見ながら、冷蔵庫に大切に買い置きしてある第三のビールでも飲もう。
 なけなしのご褒美に思いを馳せつつ、自室の扉の鍵を開けた。
 安物の黒いパンプスを脱いで、狭い玄関へと足を踏み出す。

 そこまでは、確かにいつもと同じだった。何一つ変わったことはなかった。

 走り去っていく兎を見てもいないし、巨大なクローゼットを見つけたわけでもないのに、突然私の世界は一変した。
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