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後日談
閑話〜 一生に一度の恋(ユーグ視点)
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サリムの民は早熟だ。
近所に住んでいたレイラに恋をしたのは、私が12歳の時だった。
ちなみに初恋は別の子で、もっと早い。初めて欲情を抱いたのが、と言い換えるべきなのかもしれないが、あまりにも生々しいので「恋」という言葉で括っておく。
レイラは、とにかく強かった。
父のいない私が虐められていると、どこから聞きつけてくるのか物凄い勢いで走って来て、悪ガキ達を素手で追い払ってしまう。
魔法を使っての喧嘩は大人から固く禁じられていたので、拳でのやり合いになるのは当然なんだけど、レイラの強さは圧倒的だった。彼女より体の大きな少年さえ容赦なく拳で吹っ飛ばすその姿は、魔女というより野生の獣だ。
レイラのお陰で、そのうち私は苛められなくなった。
「ユーグもね、メソメソしてないでやり返しなさいよ!」
ついでとばかりに、私もいつも一発ぶたれた。
強烈な張り手だったが、拳ではないことに彼女の愛を感じ取った私は、どうかしていたのかもしれない。
正義感が強く、腕っぷしも強いレイラは、自分が女の子らしくないんじゃないかと秘かに悩んでいた。
こっそり街の書店で『魅力魔法~これであなたもおしとやかになれる』なんていう眉唾ものの魔法書を買って愛読していたことだって、私は知ってる。
そんなレイラを好きになるのに、そう時間はかからなかった。
15歳を迎えた私の誕生日。
何が欲しい? と尋ねたレイラに、私は想いを打ち明けた。
「キス、してもいい?」
「…………え?」
「だから、レイラにキスしたいんだけど」
レイラの白い頬は、みるみるうちに赤くなった。主に怒りで。
「い、今まで仲良くしてくれてたのは、か、か、身体目当てだったのっ!?」
レイラの右手の指が眩く発光し始めたのを見て、私は慌てて首を振った。
喧嘩ではなく正当な制裁だと言い張って、魔法を使うつもりだと気づいたのだ。
懸命に否定しながら、防御魔法を発動させるのも忘れない。
「違うよ!! ずっとレイラが好きだったからだよ!!」
巻き起こった小さな旋風が、レイラの髪をふわりと持ち上げ、そして静かに消えていく。
「……そ、そういうことは、もっと早く言いなさいよね!」
レイラはつんけんした声で言い放ち、ぷいとそっぽを向いた。
今度は怒ったわけじゃなく、照れているのだと長い付き合いで分かる。
嬉しくて、嬉しくて、じっとしていられない。
衝動的に抱き着けば「ひゃい!」と素っ頓狂な声をあげて竦み上がった。
ぷるぷる震えながらも一切抵抗しないレイラを、改めて愛おしく思った。
サリム人は18歳で独立する。
各々の得意な魔法属性に応じて、仕事を割り振られるのだ。
私は水と風の魔法が得意だったから、おそらく水道局か風力発電の仕事にありつけるだろう。食いっぱぐれのない堅い仕事だ。自分で稼げるようになったら、レイラと結婚したい。それが私の密かな夢だった。
レイラも私のことを憎からず思っていてくれたようで、15の誕生日には頼んだ通り、キスのプレゼントを贈ってくれた。
甘く柔らかい唇に、私はすぐに夢中になった。熱い昂ぶりに全身を犯される。
他の子相手では、きっとこうはならない。
レイラだからだ、と私は確信した。
それからも何かにつけキスをねだる私に、レイラは「馬鹿じゃないの!」とプリプリ怒りながらも、終いには優しく応えてくれた。
好きだ、とは言ってくれたことは、一度もない。
だけど、その目でその口調でその仕草で。
レイラはいつもまっすぐに私に想いを伝えてくれていた。
魔法力の高い私は、大きくなるにつれて異性にモテるようになっていたのだけど、レイラを苛立たせたくないのできちんとお断りするようにしていた。
「なによ! 小さい頃はピーピー泣いてたのに」
レイラは唇を尖らせて文句を言ったけれど、拗ねた顔すら愛しくて、私はいつも幸せな気持ちになった。
このまま幸せな日々が続く、と私は馬鹿みたいに信じていた。若いって、そういうことだ。
何故、自分には父がいないのか。たまに母に連れ出されて、『港町』と呼ばれる場所へ連れていかれるのは何故なのか。そこで会うタリム人が、どうしていつも私に親切にしてくれるのか。
もっと深く考えていれば、あの悲劇は避けられたのかもしれない。
16歳の誕生日には、レイラが欲しい、と頼むつもりだった。
日々美しくなっていく彼女を全部自分のものにしたい、と願う気持ちを抑えきれなくなっていたのだ。
今思えば、繁殖期を迎えたタリム人の自然な生理現象だ。最愛の女性を番にしたいと欲する衝動。
私の番は、とうに決まっていた。
ところが私には翼が生え、周囲の人々はあまりの恐ろしさとおぞましさに、我が家に近寄ろうとしなくなった。『女神の呪いだ』と人々は囁いた。
呪いなんかより、もっと悪い。この身体に流れている血は、禁忌だ。
私はひたすら部屋に籠り、軽率な母と、無責任な父を憎んだ。
母はそんな私を宥めようと必死だったが、もう二度とこれでレイラと会うことは出来ないのだ、という絶望で、私は錯乱状態に陥った。
祖父の様子がおかしくなっていっていたことにも、気づかない程に。
「――ユーグ、ねえ、ここを開けて?」
ある雨の夜、レイラがこっそりと私の家を訪ねてきた。
部屋の窓の外に彼女の影を見つけた私は、一瞬幻覚を見たのかと思った。
レイラに会いたいと願うあまり、都合のいい幻を見ているのではないかと。
だが、違った。
レイラは両親から私と二度と会うなと言いつけられていたにもかかわらず家を抜け出し、私に会いに来てくれた。
「帰れ。もう、二度と会えないと言っただろ」
降りしきる雨の中、庭に佇む彼女に、吐き捨てる。
うそだ、嬉しい、あいたかった。抱きしめたい、ひとつになりたい、離れたくない。
わめくもう一人の自分を胸の奥に閉じ込め、太腿に爪を立てる。
「どうして? 嫌だよ、ユーグ。お願い、私は気にしないから、ここを開けて?」
いつも強気のレイラの声は、湿っていた。
泣いてる。
私のレイラが、泣いている。
狂うかと思うほど、胸が痛い。
「頼む、帰ってくれ。……俺が、――俺が嫌なんだっ!」
見られたくない。こんな姿をレイラにだけは。
気がつけば、私は泣きじゃくっていた。
こんな時、普通の女の子なら、素直に引き下がってくれるんじゃないかと思う。
だけど、レイラは普通じゃなかった。
「あ、そう。開けないなら、無理やりにでも開けるからね」
低められた恐ろしい声と共に、外が明るく照らされる。
まさか、魔法を使うつもりなのか!?
ギョっとして立ち上がったが、遅かった。
レイラによって、窓は無残に溶かされた。パラパラ、と消し炭が窓辺の床に落ちる。
「は!? おまっ、無茶苦茶だろ!」
「平気よ。後で直すもの」
火魔法だけではなく、土魔法も得意なレイラにかかれば、窓の一つや二つを修復することなんて簡単だろう。
だが問題は、そこじゃない。
私は部屋の隅に後ずさり、必死に自分の翼を隠そうとした。
レイラは雨に濡れた自分の身体を、あっという間に乾かして、それから遠慮なしにずかずか踏み込んできた。
「来るな! 見ないでくれ!!」
泣きながらしゃがみこんだみっともない私の前に立ちはだかり、レイラは言った。
「どうして? すごく綺麗な翼じゃない。もっとよく見せてよ」
「……な、なに言って」
聞き間違いかと思って、思わず顔を上げてしまう。
窓がなくなったせいで吹き込んできた細かい雨の粒が、レイラの髪をしっとりと濡らしていた。
慈悲深い女神のような微笑を浮かべ、愛しい恋人は私の前に屈みこんだ。
ゆっくりと伸ばされる手を、飢えた瞳で追う。
彼女は私の頭を、よしよし、と撫でた。
「ユーグのせいじゃないのにね。私は大丈夫。ユーグに翼があってもなくても、気持ちは変わらないよ」
どうしてサリム人の私の背に、翼が生えてきたのか。
そのことには一切レイラは触れなかった。
ただ、大丈夫だ、と繰り返してくれた。
精神状態が普通じゃなかった、というのはただの言い訳だと思う。
レイラが欲しくて堪らなかった。信じられないほど強い性衝動が、絶え間なく襲ってくる。
「頼む、帰って……。今なら、まだ間に合う」
絞り出すように懇願する。
レイラはきっぱり首を振った。
「いや! 私はユーグと離れたくない!」
その日は運悪く、雨の15日だった。
私は、レイラを抱いた。
いつもはあんなに乱暴で気の強い彼女なのに、その時は、ただ震えながら必死に私に掴まっていた。
最後の最後で、私はなけなしの理性をかき集めて踏みとどまり、彼女の中に種を残す最悪の事態を避けた。
「……ごめん、レイラ」
我に返って、青ざめる。
なんて真似をしてしまったのか、と。
レイラは、泣きそうな顔でそれでも微笑み、言った。
「好きだよ、ユーグ」
初めての愛の言葉に有頂天になる暇もなく、私達は引きはがされた。
祖父が部屋に踏み込んできたのだ。
その後のことは、思い出したくもない。
母も父も死に、結局祖父も死んだ。
私だけが、何故かしぶとく生き残り、西の島で早過ぎる余生を送っている。
「私はユーグが好きなの! 一緒にいたいだけなの!」
レイラは両親に羽交い絞めにされながら、必死に叫んでいた。
10年以上経った今でも、鮮明に思い出せる。
思い出す度、会いたくてたまらなくなる。
レイラが私を待っている、と聞かされた時、私は確かに歓喜した。
あれほど嬉しかったのは、彼女に好きだと言われた日以来、二度目だ。
と同時に、怖くなった。
もう私は、西の島には戻れない。
かつて描いた夢には戻れないのだ。
細々と村の手伝いをし、狭い一軒家でひっそりと暮らす貧しく侘しい生活に、レイラを巻き込めるわけがない。
それ以前に、翼のないタリム人として生きると決めた私を、レイラが受け入れてくれるかどうか。
彼女が愛してくれた私は、とうの昔に死んでしまった。
近所に住んでいたレイラに恋をしたのは、私が12歳の時だった。
ちなみに初恋は別の子で、もっと早い。初めて欲情を抱いたのが、と言い換えるべきなのかもしれないが、あまりにも生々しいので「恋」という言葉で括っておく。
レイラは、とにかく強かった。
父のいない私が虐められていると、どこから聞きつけてくるのか物凄い勢いで走って来て、悪ガキ達を素手で追い払ってしまう。
魔法を使っての喧嘩は大人から固く禁じられていたので、拳でのやり合いになるのは当然なんだけど、レイラの強さは圧倒的だった。彼女より体の大きな少年さえ容赦なく拳で吹っ飛ばすその姿は、魔女というより野生の獣だ。
レイラのお陰で、そのうち私は苛められなくなった。
「ユーグもね、メソメソしてないでやり返しなさいよ!」
ついでとばかりに、私もいつも一発ぶたれた。
強烈な張り手だったが、拳ではないことに彼女の愛を感じ取った私は、どうかしていたのかもしれない。
正義感が強く、腕っぷしも強いレイラは、自分が女の子らしくないんじゃないかと秘かに悩んでいた。
こっそり街の書店で『魅力魔法~これであなたもおしとやかになれる』なんていう眉唾ものの魔法書を買って愛読していたことだって、私は知ってる。
そんなレイラを好きになるのに、そう時間はかからなかった。
15歳を迎えた私の誕生日。
何が欲しい? と尋ねたレイラに、私は想いを打ち明けた。
「キス、してもいい?」
「…………え?」
「だから、レイラにキスしたいんだけど」
レイラの白い頬は、みるみるうちに赤くなった。主に怒りで。
「い、今まで仲良くしてくれてたのは、か、か、身体目当てだったのっ!?」
レイラの右手の指が眩く発光し始めたのを見て、私は慌てて首を振った。
喧嘩ではなく正当な制裁だと言い張って、魔法を使うつもりだと気づいたのだ。
懸命に否定しながら、防御魔法を発動させるのも忘れない。
「違うよ!! ずっとレイラが好きだったからだよ!!」
巻き起こった小さな旋風が、レイラの髪をふわりと持ち上げ、そして静かに消えていく。
「……そ、そういうことは、もっと早く言いなさいよね!」
レイラはつんけんした声で言い放ち、ぷいとそっぽを向いた。
今度は怒ったわけじゃなく、照れているのだと長い付き合いで分かる。
嬉しくて、嬉しくて、じっとしていられない。
衝動的に抱き着けば「ひゃい!」と素っ頓狂な声をあげて竦み上がった。
ぷるぷる震えながらも一切抵抗しないレイラを、改めて愛おしく思った。
サリム人は18歳で独立する。
各々の得意な魔法属性に応じて、仕事を割り振られるのだ。
私は水と風の魔法が得意だったから、おそらく水道局か風力発電の仕事にありつけるだろう。食いっぱぐれのない堅い仕事だ。自分で稼げるようになったら、レイラと結婚したい。それが私の密かな夢だった。
レイラも私のことを憎からず思っていてくれたようで、15の誕生日には頼んだ通り、キスのプレゼントを贈ってくれた。
甘く柔らかい唇に、私はすぐに夢中になった。熱い昂ぶりに全身を犯される。
他の子相手では、きっとこうはならない。
レイラだからだ、と私は確信した。
それからも何かにつけキスをねだる私に、レイラは「馬鹿じゃないの!」とプリプリ怒りながらも、終いには優しく応えてくれた。
好きだ、とは言ってくれたことは、一度もない。
だけど、その目でその口調でその仕草で。
レイラはいつもまっすぐに私に想いを伝えてくれていた。
魔法力の高い私は、大きくなるにつれて異性にモテるようになっていたのだけど、レイラを苛立たせたくないのできちんとお断りするようにしていた。
「なによ! 小さい頃はピーピー泣いてたのに」
レイラは唇を尖らせて文句を言ったけれど、拗ねた顔すら愛しくて、私はいつも幸せな気持ちになった。
このまま幸せな日々が続く、と私は馬鹿みたいに信じていた。若いって、そういうことだ。
何故、自分には父がいないのか。たまに母に連れ出されて、『港町』と呼ばれる場所へ連れていかれるのは何故なのか。そこで会うタリム人が、どうしていつも私に親切にしてくれるのか。
もっと深く考えていれば、あの悲劇は避けられたのかもしれない。
16歳の誕生日には、レイラが欲しい、と頼むつもりだった。
日々美しくなっていく彼女を全部自分のものにしたい、と願う気持ちを抑えきれなくなっていたのだ。
今思えば、繁殖期を迎えたタリム人の自然な生理現象だ。最愛の女性を番にしたいと欲する衝動。
私の番は、とうに決まっていた。
ところが私には翼が生え、周囲の人々はあまりの恐ろしさとおぞましさに、我が家に近寄ろうとしなくなった。『女神の呪いだ』と人々は囁いた。
呪いなんかより、もっと悪い。この身体に流れている血は、禁忌だ。
私はひたすら部屋に籠り、軽率な母と、無責任な父を憎んだ。
母はそんな私を宥めようと必死だったが、もう二度とこれでレイラと会うことは出来ないのだ、という絶望で、私は錯乱状態に陥った。
祖父の様子がおかしくなっていっていたことにも、気づかない程に。
「――ユーグ、ねえ、ここを開けて?」
ある雨の夜、レイラがこっそりと私の家を訪ねてきた。
部屋の窓の外に彼女の影を見つけた私は、一瞬幻覚を見たのかと思った。
レイラに会いたいと願うあまり、都合のいい幻を見ているのではないかと。
だが、違った。
レイラは両親から私と二度と会うなと言いつけられていたにもかかわらず家を抜け出し、私に会いに来てくれた。
「帰れ。もう、二度と会えないと言っただろ」
降りしきる雨の中、庭に佇む彼女に、吐き捨てる。
うそだ、嬉しい、あいたかった。抱きしめたい、ひとつになりたい、離れたくない。
わめくもう一人の自分を胸の奥に閉じ込め、太腿に爪を立てる。
「どうして? 嫌だよ、ユーグ。お願い、私は気にしないから、ここを開けて?」
いつも強気のレイラの声は、湿っていた。
泣いてる。
私のレイラが、泣いている。
狂うかと思うほど、胸が痛い。
「頼む、帰ってくれ。……俺が、――俺が嫌なんだっ!」
見られたくない。こんな姿をレイラにだけは。
気がつけば、私は泣きじゃくっていた。
こんな時、普通の女の子なら、素直に引き下がってくれるんじゃないかと思う。
だけど、レイラは普通じゃなかった。
「あ、そう。開けないなら、無理やりにでも開けるからね」
低められた恐ろしい声と共に、外が明るく照らされる。
まさか、魔法を使うつもりなのか!?
ギョっとして立ち上がったが、遅かった。
レイラによって、窓は無残に溶かされた。パラパラ、と消し炭が窓辺の床に落ちる。
「は!? おまっ、無茶苦茶だろ!」
「平気よ。後で直すもの」
火魔法だけではなく、土魔法も得意なレイラにかかれば、窓の一つや二つを修復することなんて簡単だろう。
だが問題は、そこじゃない。
私は部屋の隅に後ずさり、必死に自分の翼を隠そうとした。
レイラは雨に濡れた自分の身体を、あっという間に乾かして、それから遠慮なしにずかずか踏み込んできた。
「来るな! 見ないでくれ!!」
泣きながらしゃがみこんだみっともない私の前に立ちはだかり、レイラは言った。
「どうして? すごく綺麗な翼じゃない。もっとよく見せてよ」
「……な、なに言って」
聞き間違いかと思って、思わず顔を上げてしまう。
窓がなくなったせいで吹き込んできた細かい雨の粒が、レイラの髪をしっとりと濡らしていた。
慈悲深い女神のような微笑を浮かべ、愛しい恋人は私の前に屈みこんだ。
ゆっくりと伸ばされる手を、飢えた瞳で追う。
彼女は私の頭を、よしよし、と撫でた。
「ユーグのせいじゃないのにね。私は大丈夫。ユーグに翼があってもなくても、気持ちは変わらないよ」
どうしてサリム人の私の背に、翼が生えてきたのか。
そのことには一切レイラは触れなかった。
ただ、大丈夫だ、と繰り返してくれた。
精神状態が普通じゃなかった、というのはただの言い訳だと思う。
レイラが欲しくて堪らなかった。信じられないほど強い性衝動が、絶え間なく襲ってくる。
「頼む、帰って……。今なら、まだ間に合う」
絞り出すように懇願する。
レイラはきっぱり首を振った。
「いや! 私はユーグと離れたくない!」
その日は運悪く、雨の15日だった。
私は、レイラを抱いた。
いつもはあんなに乱暴で気の強い彼女なのに、その時は、ただ震えながら必死に私に掴まっていた。
最後の最後で、私はなけなしの理性をかき集めて踏みとどまり、彼女の中に種を残す最悪の事態を避けた。
「……ごめん、レイラ」
我に返って、青ざめる。
なんて真似をしてしまったのか、と。
レイラは、泣きそうな顔でそれでも微笑み、言った。
「好きだよ、ユーグ」
初めての愛の言葉に有頂天になる暇もなく、私達は引きはがされた。
祖父が部屋に踏み込んできたのだ。
その後のことは、思い出したくもない。
母も父も死に、結局祖父も死んだ。
私だけが、何故かしぶとく生き残り、西の島で早過ぎる余生を送っている。
「私はユーグが好きなの! 一緒にいたいだけなの!」
レイラは両親に羽交い絞めにされながら、必死に叫んでいた。
10年以上経った今でも、鮮明に思い出せる。
思い出す度、会いたくてたまらなくなる。
レイラが私を待っている、と聞かされた時、私は確かに歓喜した。
あれほど嬉しかったのは、彼女に好きだと言われた日以来、二度目だ。
と同時に、怖くなった。
もう私は、西の島には戻れない。
かつて描いた夢には戻れないのだ。
細々と村の手伝いをし、狭い一軒家でひっそりと暮らす貧しく侘しい生活に、レイラを巻き込めるわけがない。
それ以前に、翼のないタリム人として生きると決めた私を、レイラが受け入れてくれるかどうか。
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