こんなに遠くまできてしまいました

ナツ

文字の大きさ
52 / 54
後日談

閑話〜 一生に一度の恋(ユーグ視点)

しおりを挟む
 サリムの民は早熟だ。
 近所に住んでいたレイラに恋をしたのは、私が12歳の時だった。
 ちなみに初恋は別の子で、もっと早い。初めて欲情を抱いたのが、と言い換えるべきなのかもしれないが、あまりにも生々しいので「恋」という言葉で括っておく。

 レイラは、とにかく強かった。
 父のいない私が虐められていると、どこから聞きつけてくるのか物凄い勢いで走って来て、悪ガキ達を素手で追い払ってしまう。
 魔法を使っての喧嘩は大人から固く禁じられていたので、拳でのやり合いになるのは当然なんだけど、レイラの強さは圧倒的だった。彼女より体の大きな少年さえ容赦なく拳で吹っ飛ばすその姿は、魔女というより野生の獣だ。
 レイラのお陰で、そのうち私は苛められなくなった。

「ユーグもね、メソメソしてないでやり返しなさいよ!」

 ついでとばかりに、私もいつも一発ぶたれた。
 強烈な張り手だったが、拳ではないことに彼女の愛を感じ取った私は、どうかしていたのかもしれない。

 正義感が強く、腕っぷしも強いレイラは、自分が女の子らしくないんじゃないかと秘かに悩んでいた。
 こっそり街の書店で『魅力魔法~これであなたもおしとやかになれる』なんていう眉唾ものの魔法書を買って愛読していたことだって、私は知ってる。
 そんなレイラを好きになるのに、そう時間はかからなかった。
 
 15歳を迎えた私の誕生日。
 何が欲しい? と尋ねたレイラに、私は想いを打ち明けた。
 
「キス、してもいい?」
「…………え?」
「だから、レイラにキスしたいんだけど」

 レイラの白い頬は、みるみるうちに赤くなった。主に怒りで。

「い、今まで仲良くしてくれてたのは、か、か、身体目当てだったのっ!?」

 レイラの右手の指が眩く発光し始めたのを見て、私は慌てて首を振った。
 喧嘩ではなく正当な制裁だと言い張って、魔法を使うつもりだと気づいたのだ。
 懸命に否定しながら、防御魔法を発動させるのも忘れない。

「違うよ!! ずっとレイラが好きだったからだよ!!」

 巻き起こった小さな旋風が、レイラの髪をふわりと持ち上げ、そして静かに消えていく。

「……そ、そういうことは、もっと早く言いなさいよね!」

 レイラはつんけんした声で言い放ち、ぷいとそっぽを向いた。
 今度は怒ったわけじゃなく、照れているのだと長い付き合いで分かる。
 嬉しくて、嬉しくて、じっとしていられない。
 衝動的に抱き着けば「ひゃい!」と素っ頓狂な声をあげて竦み上がった。
 ぷるぷる震えながらも一切抵抗しないレイラを、改めて愛おしく思った。
 
 サリム人は18歳で独立する。
 各々おのおのの得意な魔法属性に応じて、仕事を割り振られるのだ。
 私は水と風の魔法が得意だったから、おそらく水道局か風力発電の仕事にありつけるだろう。食いっぱぐれのない堅い仕事だ。自分で稼げるようになったら、レイラと結婚したい。それが私の密かな夢だった。

 レイラも私のことを憎からず思っていてくれたようで、15の誕生日には頼んだ通り、キスのプレゼントを贈ってくれた。
 甘く柔らかい唇に、私はすぐに夢中になった。熱い昂ぶりに全身を犯される。
 他の子相手では、きっとこうはならない。
 レイラだからだ、と私は確信した。
 それからも何かにつけキスをねだる私に、レイラは「馬鹿じゃないの!」とプリプリ怒りながらも、終いには優しく応えてくれた。

 好きだ、とは言ってくれたことは、一度もない。
 だけど、その目でその口調でその仕草で。
 レイラはいつもまっすぐに私に想いを伝えてくれていた。


 魔法力の高い私は、大きくなるにつれて異性にモテるようになっていたのだけど、レイラを苛立たせたくないのできちんとお断りするようにしていた。

「なによ! 小さい頃はピーピー泣いてたのに」

 レイラは唇を尖らせて文句を言ったけれど、拗ねた顔すら愛しくて、私はいつも幸せな気持ちになった。
 このまま幸せな日々が続く、と私は馬鹿みたいに信じていた。若いって、そういうことだ。
 何故、自分には父がいないのか。たまに母に連れ出されて、『港町』と呼ばれる場所へ連れていかれるのは何故なのか。そこで会うタリム人が、どうしていつも私に親切にしてくれるのか。
 もっと深く考えていれば、あの悲劇は避けられたのかもしれない。

 16歳の誕生日には、レイラが欲しい、と頼むつもりだった。
 日々美しくなっていく彼女を全部自分のものにしたい、と願う気持ちを抑えきれなくなっていたのだ。
 今思えば、繁殖期を迎えたタリム人の自然な生理現象だ。最愛の女性を番にしたいと欲する衝動。
 私の番は、とうに決まっていた。

 ところが私には翼が生え、周囲の人々はあまりの恐ろしさとおぞましさに、我が家に近寄ろうとしなくなった。『女神の呪いだ』と人々は囁いた。
 呪いなんかより、もっと悪い。この身体に流れている血は、禁忌だ。
 私はひたすら部屋に籠り、軽率な母と、無責任な父を憎んだ。
 母はそんな私を宥めようと必死だったが、もう二度とこれでレイラと会うことは出来ないのだ、という絶望で、私は錯乱状態に陥った。
 祖父の様子がおかしくなっていっていたことにも、気づかない程に。

「――ユーグ、ねえ、ここを開けて?」

 ある雨の夜、レイラがこっそりと私の家を訪ねてきた。
 部屋の窓の外に彼女の影を見つけた私は、一瞬幻覚を見たのかと思った。
 レイラに会いたいと願うあまり、都合のいい幻を見ているのではないかと。
 だが、違った。
 レイラは両親から私と二度と会うなと言いつけられていたにもかかわらず家を抜け出し、私に会いに来てくれた。

「帰れ。もう、二度と会えないと言っただろ」

 降りしきる雨の中、庭に佇む彼女に、吐き捨てる。
 うそだ、嬉しい、あいたかった。抱きしめたい、ひとつになりたい、離れたくない。
 わめくもう一人の自分を胸の奥に閉じ込め、太腿に爪を立てる。

「どうして? 嫌だよ、ユーグ。お願い、私は気にしないから、ここを開けて?」

 いつも強気のレイラの声は、湿っていた。
 泣いてる。
 私のレイラが、泣いている。
 狂うかと思うほど、胸が痛い。

「頼む、帰ってくれ。……俺が、――俺が嫌なんだっ!」

 見られたくない。こんな姿をレイラにだけは。
 気がつけば、私は泣きじゃくっていた。
 こんな時、普通の女の子なら、素直に引き下がってくれるんじゃないかと思う。
 だけど、レイラは普通じゃなかった。

「あ、そう。開けないなら、無理やりにでも開けるからね」

 低められた恐ろしい声と共に、外が明るく照らされる。
 まさか、魔法を使うつもりなのか!?
 ギョっとして立ち上がったが、遅かった。
 レイラによって、窓は無残に溶かされた。パラパラ、と消し炭が窓辺の床に落ちる。

「は!? おまっ、無茶苦茶だろ!」
「平気よ。後で直すもの」

 火魔法だけではなく、土魔法も得意なレイラにかかれば、窓の一つや二つを修復することなんて簡単だろう。
 だが問題は、そこじゃない。
 
 私は部屋の隅に後ずさり、必死に自分の翼を隠そうとした。
 レイラは雨に濡れた自分の身体を、あっという間に乾かして、それから遠慮なしにずかずか踏み込んできた。

「来るな! 見ないでくれ!!」

 泣きながらしゃがみこんだみっともない私の前に立ちはだかり、レイラは言った。

「どうして? すごく綺麗な翼じゃない。もっとよく見せてよ」
「……な、なに言って」

 聞き間違いかと思って、思わず顔を上げてしまう。
 窓がなくなったせいで吹き込んできた細かい雨の粒が、レイラの髪をしっとりと濡らしていた。
 慈悲深い女神のような微笑を浮かべ、愛しい恋人は私の前に屈みこんだ。
 ゆっくりと伸ばされる手を、飢えた瞳で追う。
 彼女は私の頭を、よしよし、と撫でた。

「ユーグのせいじゃないのにね。私は大丈夫。ユーグに翼があってもなくても、気持ちは変わらないよ」

 どうしてサリム人の私の背に、翼が生えてきたのか。
 そのことには一切レイラは触れなかった。
 ただ、大丈夫だ、と繰り返してくれた。
 
 精神状態が普通じゃなかった、というのはただの言い訳だと思う。
 レイラが欲しくて堪らなかった。信じられないほど強い性衝動が、絶え間なく襲ってくる。

「頼む、帰って……。今なら、まだ間に合う」

 絞り出すように懇願する。
 レイラはきっぱり首を振った。

「いや! 私はユーグと離れたくない!」

 その日は運悪く、雨の15日だった。
 私は、レイラを抱いた。
 いつもはあんなに乱暴で気の強い彼女なのに、その時は、ただ震えながら必死に私に掴まっていた。
 最後の最後で、私はなけなしの理性をかき集めて踏みとどまり、彼女の中に種を残す最悪の事態を避けた。

「……ごめん、レイラ」

 我に返って、青ざめる。
 なんて真似をしてしまったのか、と。
 レイラは、泣きそうな顔でそれでも微笑み、言った。

「好きだよ、ユーグ」

 初めての愛の言葉に有頂天になる暇もなく、私達は引きはがされた。
 祖父が部屋に踏み込んできたのだ。
 
 その後のことは、思い出したくもない。
 母も父も死に、結局祖父も死んだ。
 私だけが、何故かしぶとく生き残り、西の島で早過ぎる余生を送っている。
 
「私はユーグが好きなの! 一緒にいたいだけなの!」

 レイラは両親に羽交い絞めにされながら、必死に叫んでいた。
 10年以上経った今でも、鮮明に思い出せる。
 思い出す度、会いたくてたまらなくなる。
 
 レイラが私を待っている、と聞かされた時、私は確かに歓喜した。
 あれほど嬉しかったのは、彼女に好きだと言われた日以来、二度目だ。
 と同時に、怖くなった。
 もう私は、西の島には戻れない。
 かつて描いた夢には戻れないのだ。
 細々と村の手伝いをし、狭い一軒家でひっそりと暮らす貧しく侘しい生活に、レイラを巻き込めるわけがない。
 それ以前に、翼のないタリム人として生きると決めた私を、レイラが受け入れてくれるかどうか。
 彼女が愛してくれた私は、とうの昔に死んでしまった。
 
 
 
 

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

転生令嬢は腹黒夫から逃げだしたい!

野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
華奢で幼さの残る容姿をした公爵令嬢エルトリーゼは ある日この国の王子アヴェルスの妻になることになる。 しかし彼女は転生者、しかも前世は事故死。 前世の恋人と花火大会に行こうと約束した日に死んだ彼女は なんとかして前世の約束を果たしたい ついでに腹黒で性悪な夫から逃げだしたい その一心で……? ◇ 感想への返信などは行いません。すみません。

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

処理中です...