54 / 54
後日談
レイラ、西の島へ行く(ユーグ視点)
しおりを挟む
激高したレイラを落ち着かせるのは、とても大変だった。
「私に触るなっ!」
膝蹴りされた腹は痛いし、平手打ちされた頬も投げつけられた言葉も痛い。
何より、泣きじゃくる彼女の姿に胸を抉られた。
ラス達がいた時は平静を装っていたけれど、レイラの本質はこっちだ。
どこまでもまっすぐで苛烈な気性の彼女が、私の不実な仕打ちに激怒しないはずがない。
しばらく暴れた後、ようやくレイラは抵抗を止め、私の腕の中に収まった。
疲れ切った表情に痛ましさが募るが、今のうちに知りたいことを尋ねておこうと決める。
気力が戻ったらすぐに、レイラは私との関係に決着をつけようとするだろうから。
「離れてた間の話を聞かせて? トレヴィルに住んでるって、実家はどうしたの?」
「勘当された」
レイラが掠れた声で短く答える。
「勘当!? ……それって、私のせいだよね」
「ちがう。私のせい。私が彼らの言う通りにはしないと決めたんだから、全部私のせいだよ」
レイラらしい潔い答えに胸がきゅ、と締め付けられる。
両親と決別するに至った経緯を詳しく話すのは嫌なのだろう、それだけ言うと口を噤んでしまった。
「もし、私が今回こっちにこなかったら、レイラはどうするつもりだった?」
彼女はのろのろと顔を上げ、訝しそうに首を傾げる。
「どういう意味?」
「ずっと私を待ち続けたのか、って意味」
「リンがどう言ったのか知らないけど、ユーグを待ってたわけじゃないよ。他に好きな人が出来なかっただけ」
レイラはすかさず否定すると、苦し気に瞳を伏せた。
「……さっきどうして迎えに来なかったのか聞いたけど、私だって同じ。もっと必死になって行方を探せば、もしかしたらユーグが西の島にいること、分かったかもしれない。でも、そうしなかった。……はっきり死んだと分かることが怖かったし、仮に生きてたとしても、私のことなんてさっぱり忘れて他の人と暮らしてるかもしれないと思った」
「そんなこと……! 私の唯一は君だよ、レイラ。それは一生変わらない!」
血相を変えた私を見て、レイラは困ったように小さく笑う。
「結局、あなたの気持ちを信じ切れなかったってことよね。私達、似た者同士過ぎたのかもしれない」
まるで過ぎ去った昔の話をしているかのような口調に、嫌な胸騒ぎがする。
私は彼女を抱き締める腕に力を込めた。
もう離れたくない。二度と離したくない。
一度会ってしまったら、駄目だった。
どうして彼女なしで生きていけると思ったんだろう。絶対に無理なのに。どれだけ優しい人達に囲まれていたって、レイラが傍にいないというその一点で、私の人生は死ぬまで欠けたものになるのに。
ミカに時魔法をかけた時も、そういえば同じことを思ったんだった。
自殺は罪だ。自らを殺めてしまえば、生まれ変わることは出来ない。レイラと再び巡り会うことが、出来ない。
それなら、せめて寿命を半分にしたかった。
そんな身勝手な欲に基づいた魔法だったから、私は余計にミカの現在に罪悪感を抱いてしまうのだ。
必死な私を哀れに思ったのか、レイラは私の背中を宥めるように撫でてくれた。
懐かしい手の温もりに、きつく目を閉じる。
「レイラにお願いがあるんだけど」
私は思い切って口を開いた。
おそらく断られるだろう。ふざけるなと怒られるかも。でももう、何もせずに諦めるのは嫌だ。
「私と一緒に来てくれないか」
レイラはぴたりと手を止め、動かなくなる。
静まり返った部屋の中、私は息を呑んで彼女の返事を待った。
「行くって、西の島に?」
レイラが静かに確認してくる。
どんな気持ちで言ってるのか、声からは感情が読めない。それが不安でたまらない。
「うん」
「……ものすごく不便だって聞いてる」
「それは、本当にそう。でも何とかする。何不自由なくとはいかないけど、レイラが居心地よく暮らせるように何だってやる」
「……知ってる人が誰もいないわ」
「私がいる。それにミカやラスも。ダンとベネッサもすごく良い人達だよ」
しつこい私に、レイラはとうとう呆れたようだ。
「私を捨てるんじゃなかったの?」
取り付く島もない冷たい声だった。
もしかしたら、彼女がここへ来たのは直接別れを告げる為なのかもしれない。
そう思い当たり、全身の力が抜ける。
私が臆病だったせいで、最愛の人を深く傷つけた挙句失うのだと思うと、目の前が暗くなった。
「……ごめん、レイラ。本当にごめん。今更だって自分でも思うけど、頼む。一緒に来て下さい」
レイラに縋ったまま、ずるずるとしゃがみ込む。
立っていられないほどの衝撃を受けても、それでも彼女から離れたくない。みっともなく足に縋りついた私を見下ろし、レイラは大きな溜息をついた。
「どうしてそんなに一緒に来て欲しいの? 今まで知らんぷりで放っておいたじゃない。私がいなくてもユーグは生きていけると分かったんでしょう。だから、とっくに死んだなんて嘘の伝言を寄越した。それなのに、実際会ったら申し訳なくなったの? 可哀そうな昔の彼女に償わなきゃ、なんてふざけたこと思ってるんじゃないでしょうね」
一言一言が、深く胸に刺さる。
彼女の糾弾は全部もっともだ。
私は記憶の中のレイラを後生大事に胸に抱き、閉じた世界で息をひそめて暮らしていた。残されたレイラがどんな思いでいるか考えるのが怖くて、顔を背け続けた。
一度だって、忘れたことはなかったよ、レイラ。
君だけが、私の心の灯火だった。
君がどこかで生きていると思うだけで、私には救いだった。
今回だって、もしかしたら彼女がどうしているか知れるかも、なんて惨めな願望を抱きながら、極寒の上空を飛んだのだ。レイラの隣に他の男がいたのなら、錯乱して殺していたかもしれないのに。
とんだ性格破綻者に好かれたものだと、彼女が気の毒になる。
レイラは私の手を無理やり解いた。
絶望が世界を埋め尽くしていく。
床にへたり込んだ私の前に、レイラは屈みこんだ。
「こっちを見て、ユーグ」
強い意思の籠った声にのろのろと顔をあげる。
レイラの瞳には、嘘や言い逃れは決して許さないという決意が浮かんでいた。激情にかられると、いつも彼女の瞳は濃くなる。その炎のような眼差しに、私は惚れたんだった。
「ちゃんと答えて。どうして、一緒に来て欲しいの?」
「愛してるから」
ぽかん、とレイラの口が開いた。
途端に、きつめの美人顔が幼い表情になる。
懐かしさが、狂おしいほどの愛おしさを呼んだ。
一緒に来て欲しい理由なんて、たった一つしかない。12のガキの頃から、私には君しかいなかった。
「…………そういうことは、もっと早く言ってよ」
レイラの顔がくしゃりと歪む。
先ほど見せた涙とはまた違う涙が、白い頬を伝って落ちた。
「愛してるんだ、レイラ。頼むから、もうどこにも行かないで」
がむしゃらに叫んで縋りつく。
あの夜のように震える腕をレイラは伸ばし、私の背中に回してきた。
「馬鹿じゃないの。それはこっちの台詞だよ」
レイラは小憎らしい口調で言い返したきたが、涙声だったのでひたすら可愛いだけだった。
◇◇◇
帰りの渡り日までの数日で、レイラは住んでいた借家を引き払ったり、お世話になった仕事関係の人に別れの挨拶をして回った。
本当はもっと時間をかけたかったようだけど、私がどうしても一緒に帰りたいと駄々を捏ねたのだ。
「気の毒に……。早々帰って来られなくなるんだから、ゆっくり準備させてやれよ。来月のジャンプまで待つとかさ」
一部始終を聞いたラスは呑気にそんなことを言ったけど、もし自分が同じ立場だったら絶対私と同じ行動を取ったに違いない。
ミカは「うまくいってよかったね~、ほんとによかった!」と無邪気に手を叩いて喜んでくれた。
私の幸せはもちろん、同世代の女性が近所に住んでくれることも、とても嬉しいのだと言う。
私も嬉しい。ミカならきっとレイラの力になってくれる。
そして、迎えたジャンプの日。
レイラにかけてもらった保温魔法で、ローブはぬくぬくだ。
変身したタジにしつこいくらいレイラのことを頼むと、とうとう大きな声で威嚇された。そんな私を見て、ミカは笑い転げている。
飛んでる間も、レイラが気になって仕方ない。
だが、当の本人は心から空の旅を楽しんでいた。
「わ~、すごい! 気持ちいい!」
すっぽりかぶったフードから覗く頬は、感動で上気している。
私が飛べたなら、あんな顔で乗ってくれたのかと思うと、改めて欠陥品な身体が恨めしい。
落ちないよう、タジにぎゅっとしがみついているのも無性に腹立たしかった。
「ユーグ、殺気出さないで」
私の前に座ったミカが、小声で注意してくる。
彼女もレイラの保温魔法のお陰で、快適に騎乗できている。行きとは違って、辺りを見回す余裕があるのがその証拠だ。
「出してない」
「出してるよ、めちゃくちゃピリピリしてるもん」
「それは仕方ない。全然こっち見てくれないレイラが悪い。いや、レイラは悪くないな。タジが悪い……」
荒ぶる心のままに文句をつける。
「は!? タジさんは親切で乗せてくれてるんだからね!? ああ、もうお願いだから、レイラさん気づいて!」
ミカの祈りもむなしく、半日以上にも及ぶジャンプの間、一度もレイラはこちらを見なかった。
ようやく西の島に到着し、ラスとタジが変身を解く。
「どうだった? 怖くなかったかい?」
タジがレイラに優しく話しかけるのを見て、頭の芯が沸騰した。
「大丈夫です。荷物も沢山あったのに、気を遣って飛んで下さってありがとうございました」
レイラは、私が見たこともないような華やかな笑みを浮かべている。
嘘だろ……タジは既婚者なのに!
私は泣きそうになりながら、レイラの元へ駆けよった。
「ほら、ユーグからもお礼言って」
タジに向けた笑顔から一転、レイラは真顔に戻って私の肩を小突く。
悲しくてたまらなかったが、彼女が触れてくれたこと自体は嬉しくて、複雑な気持ちで肩をさすった。
「本当にありがとうございました。う……お世話になりました」
うちの妻が、と言いたかったけど、まだ結婚はしていない。早くしたい。私にキュリアはないけれど、雨の15日がくれば今度こそ正式に結婚できる。
口にしたかった言葉を仕方なく呑み込み、頭を下げる。
「いいってことよ。今日からこの子も西の島の民だからな。困ったことがあったら、相談に乗るからいつでも言ってきな」
ワハハ、と豪快に笑ったタジがばんばん肩を叩いてくる。
すごく良い人だし、サリム人であるレイラを嫌な顔ひとつせずに、ここまで連れてきてくれたことは本当にありがたい。
でもそれとこれとは別というか……。
変身出来ない中途半端な自分に対する苛立ちと、レイラの命を他人に預けなきゃならなかった不安がないまぜになって、私は混乱していた。
「レイラ」
「ん?」
寒さのなごりで鼻の先が赤くなった彼女を、ぎゅっと抱き寄せる。
「わっ。な、なに、急に!」
誰から見ても魅力的な大人の女性なのに、少女のように恥じらうレイラが可愛くて堪らない。
「どうしようもない私だけど、見捨てないでね」
「急に何かと思えば、馬鹿じゃないの!」
レイラはふんと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
出来るもんならとっくにやってるわよ、とぶつぶつ文句を言うレイラから荷物を受け取り、空いた方の手で彼女の肩を抱いて歩く。
「ねえ、ちょっと離れて。歩きにくい!」
「ごめん、無理。今離れたら、死んじゃう」
正直な気持ちを言ったのに、突然隆起した土くれに吹っ飛ばされた。
「うわ! ちょ、魔法はなしだって言っただろ!」
「直接当ててないから大丈夫だもの」
「そういう問題じゃない!」
「なによ、先に恥ずかしいこと言ったユーグが悪いんでしょ!」
そんな私達を生暖かい目で見守っていたラスとミカは、呆れたように肩をすくめ、こそこそ顔を寄せ合って話し始める。
「少しは自重しろよな。見てるこっちが恥ずかしい」
「うん……おまいうだけど、うん……」
ミカ流にいえば、馬鹿ップルってことだよね、自覚はある。
だけどお前らに言われるのだけは、釈然としない!
「私に触るなっ!」
膝蹴りされた腹は痛いし、平手打ちされた頬も投げつけられた言葉も痛い。
何より、泣きじゃくる彼女の姿に胸を抉られた。
ラス達がいた時は平静を装っていたけれど、レイラの本質はこっちだ。
どこまでもまっすぐで苛烈な気性の彼女が、私の不実な仕打ちに激怒しないはずがない。
しばらく暴れた後、ようやくレイラは抵抗を止め、私の腕の中に収まった。
疲れ切った表情に痛ましさが募るが、今のうちに知りたいことを尋ねておこうと決める。
気力が戻ったらすぐに、レイラは私との関係に決着をつけようとするだろうから。
「離れてた間の話を聞かせて? トレヴィルに住んでるって、実家はどうしたの?」
「勘当された」
レイラが掠れた声で短く答える。
「勘当!? ……それって、私のせいだよね」
「ちがう。私のせい。私が彼らの言う通りにはしないと決めたんだから、全部私のせいだよ」
レイラらしい潔い答えに胸がきゅ、と締め付けられる。
両親と決別するに至った経緯を詳しく話すのは嫌なのだろう、それだけ言うと口を噤んでしまった。
「もし、私が今回こっちにこなかったら、レイラはどうするつもりだった?」
彼女はのろのろと顔を上げ、訝しそうに首を傾げる。
「どういう意味?」
「ずっと私を待ち続けたのか、って意味」
「リンがどう言ったのか知らないけど、ユーグを待ってたわけじゃないよ。他に好きな人が出来なかっただけ」
レイラはすかさず否定すると、苦し気に瞳を伏せた。
「……さっきどうして迎えに来なかったのか聞いたけど、私だって同じ。もっと必死になって行方を探せば、もしかしたらユーグが西の島にいること、分かったかもしれない。でも、そうしなかった。……はっきり死んだと分かることが怖かったし、仮に生きてたとしても、私のことなんてさっぱり忘れて他の人と暮らしてるかもしれないと思った」
「そんなこと……! 私の唯一は君だよ、レイラ。それは一生変わらない!」
血相を変えた私を見て、レイラは困ったように小さく笑う。
「結局、あなたの気持ちを信じ切れなかったってことよね。私達、似た者同士過ぎたのかもしれない」
まるで過ぎ去った昔の話をしているかのような口調に、嫌な胸騒ぎがする。
私は彼女を抱き締める腕に力を込めた。
もう離れたくない。二度と離したくない。
一度会ってしまったら、駄目だった。
どうして彼女なしで生きていけると思ったんだろう。絶対に無理なのに。どれだけ優しい人達に囲まれていたって、レイラが傍にいないというその一点で、私の人生は死ぬまで欠けたものになるのに。
ミカに時魔法をかけた時も、そういえば同じことを思ったんだった。
自殺は罪だ。自らを殺めてしまえば、生まれ変わることは出来ない。レイラと再び巡り会うことが、出来ない。
それなら、せめて寿命を半分にしたかった。
そんな身勝手な欲に基づいた魔法だったから、私は余計にミカの現在に罪悪感を抱いてしまうのだ。
必死な私を哀れに思ったのか、レイラは私の背中を宥めるように撫でてくれた。
懐かしい手の温もりに、きつく目を閉じる。
「レイラにお願いがあるんだけど」
私は思い切って口を開いた。
おそらく断られるだろう。ふざけるなと怒られるかも。でももう、何もせずに諦めるのは嫌だ。
「私と一緒に来てくれないか」
レイラはぴたりと手を止め、動かなくなる。
静まり返った部屋の中、私は息を呑んで彼女の返事を待った。
「行くって、西の島に?」
レイラが静かに確認してくる。
どんな気持ちで言ってるのか、声からは感情が読めない。それが不安でたまらない。
「うん」
「……ものすごく不便だって聞いてる」
「それは、本当にそう。でも何とかする。何不自由なくとはいかないけど、レイラが居心地よく暮らせるように何だってやる」
「……知ってる人が誰もいないわ」
「私がいる。それにミカやラスも。ダンとベネッサもすごく良い人達だよ」
しつこい私に、レイラはとうとう呆れたようだ。
「私を捨てるんじゃなかったの?」
取り付く島もない冷たい声だった。
もしかしたら、彼女がここへ来たのは直接別れを告げる為なのかもしれない。
そう思い当たり、全身の力が抜ける。
私が臆病だったせいで、最愛の人を深く傷つけた挙句失うのだと思うと、目の前が暗くなった。
「……ごめん、レイラ。本当にごめん。今更だって自分でも思うけど、頼む。一緒に来て下さい」
レイラに縋ったまま、ずるずるとしゃがみ込む。
立っていられないほどの衝撃を受けても、それでも彼女から離れたくない。みっともなく足に縋りついた私を見下ろし、レイラは大きな溜息をついた。
「どうしてそんなに一緒に来て欲しいの? 今まで知らんぷりで放っておいたじゃない。私がいなくてもユーグは生きていけると分かったんでしょう。だから、とっくに死んだなんて嘘の伝言を寄越した。それなのに、実際会ったら申し訳なくなったの? 可哀そうな昔の彼女に償わなきゃ、なんてふざけたこと思ってるんじゃないでしょうね」
一言一言が、深く胸に刺さる。
彼女の糾弾は全部もっともだ。
私は記憶の中のレイラを後生大事に胸に抱き、閉じた世界で息をひそめて暮らしていた。残されたレイラがどんな思いでいるか考えるのが怖くて、顔を背け続けた。
一度だって、忘れたことはなかったよ、レイラ。
君だけが、私の心の灯火だった。
君がどこかで生きていると思うだけで、私には救いだった。
今回だって、もしかしたら彼女がどうしているか知れるかも、なんて惨めな願望を抱きながら、極寒の上空を飛んだのだ。レイラの隣に他の男がいたのなら、錯乱して殺していたかもしれないのに。
とんだ性格破綻者に好かれたものだと、彼女が気の毒になる。
レイラは私の手を無理やり解いた。
絶望が世界を埋め尽くしていく。
床にへたり込んだ私の前に、レイラは屈みこんだ。
「こっちを見て、ユーグ」
強い意思の籠った声にのろのろと顔をあげる。
レイラの瞳には、嘘や言い逃れは決して許さないという決意が浮かんでいた。激情にかられると、いつも彼女の瞳は濃くなる。その炎のような眼差しに、私は惚れたんだった。
「ちゃんと答えて。どうして、一緒に来て欲しいの?」
「愛してるから」
ぽかん、とレイラの口が開いた。
途端に、きつめの美人顔が幼い表情になる。
懐かしさが、狂おしいほどの愛おしさを呼んだ。
一緒に来て欲しい理由なんて、たった一つしかない。12のガキの頃から、私には君しかいなかった。
「…………そういうことは、もっと早く言ってよ」
レイラの顔がくしゃりと歪む。
先ほど見せた涙とはまた違う涙が、白い頬を伝って落ちた。
「愛してるんだ、レイラ。頼むから、もうどこにも行かないで」
がむしゃらに叫んで縋りつく。
あの夜のように震える腕をレイラは伸ばし、私の背中に回してきた。
「馬鹿じゃないの。それはこっちの台詞だよ」
レイラは小憎らしい口調で言い返したきたが、涙声だったのでひたすら可愛いだけだった。
◇◇◇
帰りの渡り日までの数日で、レイラは住んでいた借家を引き払ったり、お世話になった仕事関係の人に別れの挨拶をして回った。
本当はもっと時間をかけたかったようだけど、私がどうしても一緒に帰りたいと駄々を捏ねたのだ。
「気の毒に……。早々帰って来られなくなるんだから、ゆっくり準備させてやれよ。来月のジャンプまで待つとかさ」
一部始終を聞いたラスは呑気にそんなことを言ったけど、もし自分が同じ立場だったら絶対私と同じ行動を取ったに違いない。
ミカは「うまくいってよかったね~、ほんとによかった!」と無邪気に手を叩いて喜んでくれた。
私の幸せはもちろん、同世代の女性が近所に住んでくれることも、とても嬉しいのだと言う。
私も嬉しい。ミカならきっとレイラの力になってくれる。
そして、迎えたジャンプの日。
レイラにかけてもらった保温魔法で、ローブはぬくぬくだ。
変身したタジにしつこいくらいレイラのことを頼むと、とうとう大きな声で威嚇された。そんな私を見て、ミカは笑い転げている。
飛んでる間も、レイラが気になって仕方ない。
だが、当の本人は心から空の旅を楽しんでいた。
「わ~、すごい! 気持ちいい!」
すっぽりかぶったフードから覗く頬は、感動で上気している。
私が飛べたなら、あんな顔で乗ってくれたのかと思うと、改めて欠陥品な身体が恨めしい。
落ちないよう、タジにぎゅっとしがみついているのも無性に腹立たしかった。
「ユーグ、殺気出さないで」
私の前に座ったミカが、小声で注意してくる。
彼女もレイラの保温魔法のお陰で、快適に騎乗できている。行きとは違って、辺りを見回す余裕があるのがその証拠だ。
「出してない」
「出してるよ、めちゃくちゃピリピリしてるもん」
「それは仕方ない。全然こっち見てくれないレイラが悪い。いや、レイラは悪くないな。タジが悪い……」
荒ぶる心のままに文句をつける。
「は!? タジさんは親切で乗せてくれてるんだからね!? ああ、もうお願いだから、レイラさん気づいて!」
ミカの祈りもむなしく、半日以上にも及ぶジャンプの間、一度もレイラはこちらを見なかった。
ようやく西の島に到着し、ラスとタジが変身を解く。
「どうだった? 怖くなかったかい?」
タジがレイラに優しく話しかけるのを見て、頭の芯が沸騰した。
「大丈夫です。荷物も沢山あったのに、気を遣って飛んで下さってありがとうございました」
レイラは、私が見たこともないような華やかな笑みを浮かべている。
嘘だろ……タジは既婚者なのに!
私は泣きそうになりながら、レイラの元へ駆けよった。
「ほら、ユーグからもお礼言って」
タジに向けた笑顔から一転、レイラは真顔に戻って私の肩を小突く。
悲しくてたまらなかったが、彼女が触れてくれたこと自体は嬉しくて、複雑な気持ちで肩をさすった。
「本当にありがとうございました。う……お世話になりました」
うちの妻が、と言いたかったけど、まだ結婚はしていない。早くしたい。私にキュリアはないけれど、雨の15日がくれば今度こそ正式に結婚できる。
口にしたかった言葉を仕方なく呑み込み、頭を下げる。
「いいってことよ。今日からこの子も西の島の民だからな。困ったことがあったら、相談に乗るからいつでも言ってきな」
ワハハ、と豪快に笑ったタジがばんばん肩を叩いてくる。
すごく良い人だし、サリム人であるレイラを嫌な顔ひとつせずに、ここまで連れてきてくれたことは本当にありがたい。
でもそれとこれとは別というか……。
変身出来ない中途半端な自分に対する苛立ちと、レイラの命を他人に預けなきゃならなかった不安がないまぜになって、私は混乱していた。
「レイラ」
「ん?」
寒さのなごりで鼻の先が赤くなった彼女を、ぎゅっと抱き寄せる。
「わっ。な、なに、急に!」
誰から見ても魅力的な大人の女性なのに、少女のように恥じらうレイラが可愛くて堪らない。
「どうしようもない私だけど、見捨てないでね」
「急に何かと思えば、馬鹿じゃないの!」
レイラはふんと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
出来るもんならとっくにやってるわよ、とぶつぶつ文句を言うレイラから荷物を受け取り、空いた方の手で彼女の肩を抱いて歩く。
「ねえ、ちょっと離れて。歩きにくい!」
「ごめん、無理。今離れたら、死んじゃう」
正直な気持ちを言ったのに、突然隆起した土くれに吹っ飛ばされた。
「うわ! ちょ、魔法はなしだって言っただろ!」
「直接当ててないから大丈夫だもの」
「そういう問題じゃない!」
「なによ、先に恥ずかしいこと言ったユーグが悪いんでしょ!」
そんな私達を生暖かい目で見守っていたラスとミカは、呆れたように肩をすくめ、こそこそ顔を寄せ合って話し始める。
「少しは自重しろよな。見てるこっちが恥ずかしい」
「うん……おまいうだけど、うん……」
ミカ流にいえば、馬鹿ップルってことだよね、自覚はある。
だけどお前らに言われるのだけは、釈然としない!
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(5件)
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
枯渇聖女は婚約破棄され結婚絶対無理ランキング1位の辺境伯に言い寄られる
はなまる
恋愛
らすじ
フレイシアは10歳の頃母と一緒に魔物に遭遇。その時母はかなりの傷を負い亡くなりショックで喋れなくなtったがその時月の精霊の加護を受けて微力ながらも魔法が使えるようになった。
このニルス国では魔力を持っている人間はほとんどいなくて魔物討伐でけがを負った第二王子のジェリク殿下の怪我をほんの少し治せた事からジェリク殿下から聖女として王都に来るように誘われる。
フレイシアは戸惑いながらも淡い恋心を抱きジェリク殿下の申し出を受ける。
そして王都の聖教会で聖女として働くことになりジェリク殿下からも頼られ婚約者にもなってこの6年フレイシアはジェリク殿下の期待に応えようと必死だった。
だが、最近になってジェリクは治癒魔法が使えるカトリーナ公爵令嬢に気持ちを移してしまう。
その前からジェリク殿下の態度に不信感を抱いていたフレイシアは魔力をだんだん失くしていて、ついにジェリクから枯渇聖女と言われ婚約を破棄されおまけに群れ衣を着せられて王都から辺境に追放される事になった。
追放が決まり牢に入れられている間に月の精霊が現れフレイシアの魔力は回復し、翌日、辺境に向かう騎士3名と一緒に荷馬車に乗ってその途中で魔物に遭遇。フレイシアは想像を超える魔力を発揮する。
そんな力を持って辺境に‥
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。少し間が開いてしまいましたがよろしくです。
まったくの空想の異世界のお話。誤字脱字などご不快な点は平にご容赦お願いします。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。他のサイトにも投稿しています。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
とってもすてきなお話しでした!
ラスの可愛らしさと抱擁力を兼ね備えたキャラが本当に魅力的でした。
ナツさんの作品は「傍観者の恋」が大好きで、そこから色々読ませて頂いてます。胸を締め付ける本当に切ない展開からの皆が幸せになって解放される感じが堪らないです。
これからも応援しております!
はじめまして。とても面白く読ませて頂きました。ラスの可愛らしい弟感と、成長するにつれ高まる抱擁力の兄感を併せ持つところが本当に素敵でした。
ナツ様の傍観者の恋を読んだ時から、胸が締め付けられるような切ない物語展開が大好きです。きゅーっと引き絞られてからの皆んなが幸せになった後の開放感が病みつきです。
こちらでこんな素敵なお話を無料で読ませて頂いてありがとうございました!ずっと応援しています!
ユーグも不死にされたくちでは?
本人に選択させろと思います。
勝手な。
ベイマックス様☆
はじめまして、こんにちは。
感想ありがとうございます。
ほんとにそうですよね!本人の意思を無視した善意は暴力に近いと私も思います。