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第三話『傷痕』-1

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「ヨーホーヨーホ、ヨッホホッホホー。」





 俺は、うろ覚えの歌を何とか記憶からさらって口ずさみながら、ハイネックの七番通りを歩いていた。

 何かの童話の歌だっだと思う。


「ヨーホッ、ホトっホホー」


 …音程これで合ってたっけ?

 七番通りは商売、娯楽、華の通り。

 立ち並んだ石造りの果物屋、花屋、見世物小屋が俺を出迎える。


「ヨーホ……」


 しかし、残念なことに、人は1人もいなかった。

 少し前、と言っても…何件も家が立つほど前ではあるが、ここには、七番通りは他の通りとは比類無いほど活気があった。

 それはまるで俺の持つ華麗な花束のように、色とりどりの感情が、雑踏が、活気がこの通りには満ち満ちていた。

 今は、もう。


「…通夜みたいだな」


 やがて、家の蛇は二股に別れ道を作った。まあつまり分かれ道


「どっちだったっけ…?墓地は」


 右だったか、左だったか。

 俺はポケットから10マイル銅貨を取り出した。ぴんと弾く。

 銅貨は黒ずんだパイプの空を追い越さんと昇る。

 臨界点に近づくに連れて銅貨は速度を落とし、

 加速しながら落ちてくる。

 俺はソイツを骨ばった手で、というかまんま骨の手で挟もうとした。しかし、銅貨は隙間だらけの俺の手をすり抜け、コロコロと軽い音を立てて転がっていく。

「お、おいおいおれの晩飯代…」


 不味い。
 そっちから先は…排水溝だ。

 コロコロコロコロ…。

「ああ…」

 銅貨は排水溝の隙間に吸い込まれていった。

 全く。7番通りは唯一排水溝が設置された場所である。なんと運が悪い。

 今日は晩飯抜きだろうか?

 ヒカリゴケから滴り落ちた水が、俺に降ってきて乾きを癒してくれないものか。


「…運任せに行くかな。」


 そう呟くと、俺は花束を携えて、カラリカラリと音を立てて、十字路を右に曲がった。


 ゆっくりと景色が流れて行く。

 どの店も扉は閉められており、恐らく鍵をかけてあるだろう。わざわざ扉を高級素材である木材で打ちつけてあるものもたびたび見かけた。

 例外なく全ての店は商売をしていなかった。

 そして、何故か。

 失ったはずの胸がジクジクと痛んだ。

 痛みを無視して道なりに進んでいくと、道の終点に初めて、門戸を開け放った店が俺の目についたのだった。

 鍛冶屋だ。王室御用達の有名な鍛冶屋だ。

 ここ、七番通りの顔だ。

 名前なんてったっけ?

 しかし、だ。つまり、鍛冶屋に着いてしまったとなると…。

「道、間違えたな」

 踵を返し、俺は来た道を戻ろうと足先を、『すにーかあ』とか言うらしい靴の先を向けた。

 が、

 俺は不思議な力に縋られたかのように、びくとも動けなかった。このまま行ってしまっていいのか。そんな感慨も去来する前に。

 視界に入る門戸を閉じた店々が、俺にそれをさせまいとしていた。

 俺にはこの惨状を見届ける義務があるのだと、そう語っているように思えた。

 ああ、分かってる。目を閉じていただけだ。


 俺は。



 …目を背けちゃだめだ。

 俺は、カラリカラリと音を立てて鍛冶屋の敷居をまたいだ。

 チリンチリンとドアに備え付けられたベルを鳴らした。



「…おっちゃん、やってる?」


 …そのベルが鳴り止むくらいに。



「おオ、こいつは珍しい。」

 奥から出てきたのは見慣れたガタイのいいおっさんだった。髪は茶色く、ダブダブの青いズボンを着ている。作業の途中だったのか顔全体を覆うような大きい眼鏡をしていた。まるで兜である。


 石造りの店の中は、古めかしい家具が昔のまま置かれ、使い込まれた道具が散乱していた。

「なん飲むかい?…あー。│手前〈テマエ〉は必要ないんだっけ?」

 
 カギのように曲がった机に、備え付けられた椅子に腰を下ろした。
 いつも思うが、このおっさんはいつの時代に生きたんだか。

 二人称がテマエとは。


「ダイジョーブ。なんたってスケルトンだぜ?でも今日はシナモンスコッチを食いたい気分だな」


「そうかよ。ありあわせでいいかい?」


「それはシナモンスコッチと呼べんのか?」


 軽口を言い、ひとしきり笑い合うと、自然と暗い沈黙が降りた。


「……。」


 おっちゃんは喋らない。

 俺が喋るべき言葉はすでに見つかっていたが、
 口が動かない。無い舌は初めから回らないが。
 …しかし。聞く以外にない。
 聞かないと、きっと。
 後悔する。
 俺はゆっくり口を開いた。

「…商売は上手くいってるか?」


「…はは。人自体は1人も来ねえな。手前が見世物小屋にでも来てくれれば、わんさか人が来るってのに」


「買い被りすぎだ」


「良いのかよ?今…キャストんとこの見せ物小屋で話題っつう『アイドル』になるチャンスじゃないか」


「こんな骨張ったアイドルいてたまるかよ。」


 アイドル?冗談じゃない。骨が…踊ったり歌ったりすることに需要があるとは思えない。
 そう俺が言うと、

 おっちゃんは苦笑いした。そして、

 おっちゃんは思い出したかのように店の奥へ行き、
 
 しばらくしておっちゃんは石の薄い台を運んできた。

 上にはシナモンスコッチらしきものが。


「いっただき~」


 特にさじといったものは用意されなかったので、俺は手掴みでシナモンスコッチを取り、バリバリと頬張る。

 …バリバリ?

 …シナモンスコッチってこんなに硬かったっけ?


「ところで手前さんよ」


「ん?」

 そんな俺の食事姿を見て不思議そうにおっちゃんは言う。

「骨の体だってんのに、食ったもんはどこ行くんだ?ウンコとかすんのかい?」


「アイドルはウンコしねーよ。」

 淡々と答えた。
 おっちゃんは笑いながら「そうかい。そうだったかい」と言い、1人笑っている。
 
 遠くから、鳥のさえずりがきこえる。

 商売、娯楽、華の七番通りではありえないことだった。
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