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6.魔法講義
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僕は、レムの魔法に関する講義を聞くことになった。
彼女の部屋で、一対一の講義である。
ミミは、部屋の隅の椅子にちょこんと座った。
講義には口を挟まないらしい。
魔法は、瞬間的には万能の力を発揮するという。
基本的には、あらゆる願望を実現することが可能なのだ。
「それじゃあ、悪いことだってやり放題じゃないの?」
「そのようなことはありません。なぜこの世界の人間が序列を重視するのか、分かりませんか?」
そうだ。
自分より明らかに強い人が偉い人だったら、そう悪いことはできないはずだ。
「じゃあ、一番偉い人が悪いことをしたら?」
「それは、過去に何度も実例がありますのよ? 暴君は、民衆に処刑される。それはヒカリ様の世界でも同じではなくて?」
「でも、万能の超能力者なんだよね? 力が劣る民衆が、そんな人に対抗できるの?」
「確かに、一見すると魔法は強力ですが、欠点もたくさんあるのですわ。そのために、魔法は大勢を相手に戦う武器としては不向きなのです。たとえ最強の魔法使いでも、大勢の人間に囲まれれば、勝算はかなり低くなってしまうのですわ」
「意外と大したことないんだね」
「そうですわね。ですが、それによって、この世界の秩序は維持されてきたのですわ」
魔法の欠点は幾つも存在する。レムはそれを次々と挙げた。
体への負担が大きく、連続使用が難しい。
使用対象に集中する必要がある。
自分よりも魔力が多い相手に対しては攻撃手段が乏しい。
使い過ぎると、自分の身を守れなくなる。
周囲に漂う魔力が枯渇すると、使った魔力の補填が困難になる。
物理的な変化を起こすことの難易度が高く、特に形状を変えるのが難しい。
生物に変化を起こす技術が完成されていない。
主だったものだけでも、これだけあるという。
レムは、順番に説明を始めた。
「魔法を使うのは、全力で走るのと感覚が似ています。数十秒持続するだけでも、疲労で動けなくなるのが普通ですわ」
「意外と不便なんだね……」
「ですが、例外もあります。それが、眠りながら使う魔法です。物理的な変化を起こさない魔法でしたら、その殆どが眠りながら長時間使えますわ。ヒカリ様の世界の観察も、眠りながら行ったのです」
「なるほど……」
短時間で異世界のことを知り尽くすことなど不可能なはずだ。
そういう方法があって、初めて異世界の言語を覚えることができたのだろう。
「まあ、あれを使うと熟睡してしまうので、信用できる見張りを置いて使うのが一般的ですわ。私は、ミミに見張りを任せています」
そういえば、こちらの世界で起きた時に、ミミを長時間待たせたと言っていたっけ。
「君は、魔法を使う時に、相手に対して手を突き出すよね?」
「そのとおりですわ。あれが、魔法の対象を特定する際に最も簡単な方法なのです。ですので、複数を同時に対象とする魔法や、漠然としたものを対象とした魔法は、一般的に難易度が高いのですわ」
「魔力量が多い相手には、やっぱり勝ち目が薄いんだね?」
「そうですわね。理由は詳しく分からないのですが、相手の精神に悪い影響を与える魔法は、自分よりも魔力量が多い相手には効果がないとされていますわ。逆に、自分よりも魔力量の少ない相手ならば、意識を奪うことも、操ることもできます。ですので、一対一の戦いは、魔力量のみで勝負が決まってしまうのですわ」
操ることもできるだって?
ということは、魔力量が少ない相手のことは、どうとでもできるということだ。
それが、この世界において魔力量を重視することにつながっているのだろう。
下の者は、上の者に従わざるをえないのだ。
魔力量が自分の身を守る盾になる、ということは、魔力を消耗した状態が長く続くのは、その盾を失った状態でいる、ということだ。
「それで、魔力を使い過ぎると自分を守れなくなるんだね?」
「そのとおりです。そのため、特に地位のある者ならば、魔法の乱用は避けるべきとされておりますわ」
テレパシーすら普段は使わないというのは、そういった事情があるからなのだろう。
「周囲の魔力が枯渇するっていうのは、どういうことなの?」
「以前にもお話したように、魔力は感情から願望を抽出して生み出されます。例えば、遠くに行きたいと思う人はたくさんいるでしょう。そのため、遠くに移動するための魔力は日々生み出されているのです。ですが、どれほど願望があろうとも、それを満たす魔力を生み出すことは不可能です。皆が欲望に任せて魔法を使えば、すぐに需要が供給を上回ってしまうのですわ。それが、先程お話しした『世界の魔力濃度の差』に影響してくるのです。個人の『魔力の器』から溢れた魔力は、まず周囲を漂い、そこから広がって世界に漂うことになります。一方で、魔力を使う者は、自分の周囲から魔力を集めることが可能なのですわ」
そうか。僕は気付いた。
この世界は魔力濃度が薄く、僕の世界は魔力濃度が濃いのは、魔法を使う人数の差だ。
僕の世界には魔法を使う人なんていないから、日々魔力は生み出されるだけで消費されない。
一方で、この世界では魔力が消費されるため、魔力濃度が薄くなるのだ。
ここで、以前気が付いた疑問をぶつけてみることにした。
「そういえば、君が僕の部屋にいたのは何だったの?」
「あれは、相手に幻を見せる魔法です。何かお疑いになっておられるようですが、私の体が世界を移動したわけではありませんのよ?」
やはり、僕がレムを疑っていたことは気付かれていたらしい。
「じゃあ、僕がこの世界に来ることを承諾したときは? 何か魔法を使ったんじゃないの?」
「まあ! 私がヒカリ様を操って、本当は行きたくなかったのに行きたいと思わせた、などと考えておられるのですか? そんなことはしておりませんわ」
「でも、あの時の僕はおかしかったんだ。普段の僕は、もっと慎重なはずなんだよ。異世界に行くなんていう大きな決断を、あんなに簡単にできるはずがないよ!」
「ですが、それはあの時のヒカリ様の本心だったのではないですか? 確かに、今考えると浅はかな決断だったと思われるかもしれません。ですが本当は、前々から違う世界に行きたいと思っていらっしゃったはずですわ」
そう言われて、僕は何も言えなくなってしまった。
僕にとって、元の世界は厳しい世界だった。
小柄で、非力で、虚弱体質の僕は、いつも馬鹿にされていた。
それは、学校だけの話では済まないだろう。
社会に出ても苦労したはずである。
この世界なら、小柄なことは評価され、非力でも病弱でも、『魔力の器』さえ大きければ偉くなれる。
果たしてどちらの世界が僕にとって暮らしやすい世界か?
理屈の上ではこの世界だろう。
でも、この世界だって暮らしやすいとは言い難い。
心は読まれるし、異世界人に対する差別のようなものもありそうだ。
僕が思い悩んでいると、ミミが口を挟んできた。
「レム様、魔法の説明の続きを」
「そうですわね。この世界の長い歴史の中で、魔法に関する様々な研究が行われてきました。ですが、どうしても上手くいかない魔法が存在します。代表的なのが、壊さずに物の形を変える魔法。そして、人体を作り変える魔法ですわ」
「……どっちも需要がありそうなのに、できないんだね?」
「物の形を変えようとすると、大抵は粉砕してしまうのです。欠損した人の体も、魔法では治せませんわ。無理に直そうとして、致命傷を与えてしまったケースも数多く報告されています。ちなみに、物理的な変化を起こす魔法は、発動までに時間がかかってしまいます。とにかく不便なのですわ」
ということは、魔法でも蘇生はおろか、傷や病気を治すことすらできないのか。
壊れた物も直せないし、意外と制約はあるんだな。
「私達は、新しい魔法を開発するためにここに集まっている。まず、一定の魔力量を有する者とその家族だけがパヒーネスに住むことを許される。その中でも、特に優れた『魔力の器』を有すると認められた者だけが、この城に移り住むことになる。眠りながら長時間使える魔法も、世界間を移動する魔法も、この城で開発された」
ミミが説明を補足してくれた。
「そうだったんだ……」
「異世界を観察する魔法は、かなり前に開発されたものですが、世界間の移動は我々の悲願でした。この世界の衰退を食い止めるには、異世界の人を招くことが必要だからです」
「……世界の衰退?」
「この世界の人口は減り続けているのです。寿命は短くなり、体の弱い人の割合も高まっています。このままでは、この世界の人類は滅亡してしまいます。私たちの最終的な目標は、新たな魔法の開発により、この世界の滅亡を阻止することなのですわ」
世界の滅亡の阻止だって?
何だか、突然話が壮大になった気がする。
「異世界から人を招く理由って、そういう魔法を開発させるためなの?」
「長期的にはそれが目標です。ですが、そのような魔法の開発が、短期間で成功すると考えるのは楽観的でしょう? 短期的な目標は、異世界から人を招いて混血することで、生命力の低下を抑えることなのです。今は、この計画の最初の段階ですわ」
「……あのさ、僕、体が弱いんだけど……」
これでは、僕は全く役に立たない。
やはり、レムの人選は間違っていると思う。
「その点についてはご安心ください。まずは各々が好みの異性を招き入れ、それをモデルケースとして今後の方針を決める。それがローファ様の方針ですから」
「世界の存亡がかかってるのに、悠長なんだね……」
「そうはおっしゃりますが、この世界にいきなり長身で筋骨隆々な方を連れて来ては、皆様が不快になってしまいますわ」
「……僕も不快に思われてるみたいだけど」
チラッとミミを見たが、彼女は否定しなかった。
「あら、誰に嫌われようとも、私が愛していれば充分ではないですか?」
「……」
この子は、本当に僕のことが好きらしい。
しかし、本当にレムだけにしか愛されなかったら、僕は彼女に寄生するようにして生きることになってしまうだろう。
悪気は無いんだろうけど、たった一人で異世界に連れて来られた僕の立場も考えてほしいものである。
「レム様は、本当にこの男と結婚するおつもりなんですね」
ミミが不快そうに呟いた。
「あら、私は何度もそう言っておりますわ」
「ですが、レム様と結婚したがっている者はこの世界にたくさんいます。こんな異世界人を選ばずとも、より相応しい男がいるはずです」
「恋愛は理屈ではないのです。ミミも、いずれ素敵な男性と出会うはずですわ」
「……男は嫌いです。臭いし汚いし下品だし……」
酷い言われようだ……。
ミミは、僕のことだけではなくて、この世界の男のことも嫌いらしい。
「そんなこと言わないの。ヒカリ様が不快に思われますわ」
「……ヒカリが男じゃなければ良かったのに」
「それどういう意味!? ていうか、いきなり呼び捨てなの? 君、僕より年下でしょ!」
「それは、ヒカリ様が序列不明だからですわ。この際ですから、ミミとの序列をはっきりさせましょう」
「そういえば、それって確かめるの?」
レムがこの世界で三位というのは、はっきりしているようだけど……。
「そうですね。では、ミミの下着の色でも想像してください」
「いきなり何てこと言うのさ!」
突然下品な話題を出されて、僕は激しく動揺した。
「……っ!」
ミミは、顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべている。
いや、睨むなら僕じゃなくてレムの方でしょ……。
「だから男は嫌い!」
「どうして僕が怒られるの!?」
「ミミ、ヒカリ様のイメージは見えましたか?」
「レム様、この男、とんでもない変態です!」
「い、今のは、レムが突然変なことを言うから!」
「どうやら、ヒカリ様の序列はミミより下のようですね」
「これって僕へのセクハラじゃないかな!」
「ヒカリは私より下……これからはミミ様と呼んで。あと、私への償いもして!」
「あんまりだよ!」
僕の抗議は無視して、ミミが右手を僕に突き出してきた。
これは……魔法を使う準備!
そう思うのと同時に、僕は激しい頭痛に襲われた。
「……っ」
「ミミ、それくらいにして。今のはヒカリ様が悪いわけではないのだから」
「ですが……」
「ヒカリ様の世界では、男性は女性に下着の色を尋ねて好意を伝えるのですわ」
「信じられない……」
「それは酷い誤解だよ! レムはそんな変質者の文化を学んじゃ駄目だよ!」
「あら、私、何か勘違いをしていますか?」
「どこでそんな知識を仕入れたのか、教えてほしいくらいだよ!」
「貴方の世界がどうであれ、貴方が変態なのは変わらない」
「お願いだからそういう扱いはやめてよ!」
僕は、叫び過ぎて息切れを起こしてしまった。
この世界の男性、辛すぎるんじゃないかな……。
「ヒカリ様、ご安心ください。この世界といえども、心を読む魔法を使うことは、本来ならマナー違反ですわ。今回は、あくまでも魔力量の上下関係を確認するためです」
「だったら、もっと日常的な話題にしてほしかったよ……」
「ですが、読まれたら困る考えを読むからこそ上下関係がはっきりするのです。読まれても困らないなら、魔力量が下でも簡単に読めてしまいますわ」
「あれっ? あらゆる魔法で、上下関係がはっきりするわけじゃないんだ?」
「以前に申し上げたはずですわ。『相手の精神に悪い影響を与える魔法』のみが、上下関係を確かめる際に利用されるのです」
「……そういえば、僕がレムより下なのは、どの魔法で確認したの?」
「『悪夢を見せる魔法』と『相手を眠らせる魔法』の二種類ですわ」
「悪夢って……まさか、あの蛇の夢!?」
「そのとおりですわ」
何てことだ……あの夢は、レムが僕に見せたものだったのか!
「それにしても、ヒカリ様はミミより下ですか……。ひょっとしたら、私に近い『魔力の器』の持ち主ではないかと思ったのですが」
「どうしてそう思ったの?」
「魔力の流れを調べた時に、ヒカリ様が多くの魔力を集めて、それと同等の量を放出していたからですわ。基本的に、『魔力の器』が大きい人は、より多くの魔力を集める力が備わります。ヒカリ様は魔法が使えないので、魔力を集める力は完成されていないはずです。ですから、ヒカリ様は相当大きな『魔力の器』を有していることが分かるのですわ」
なるほど。ミミには及ばなくても、僕が優れた魔力の持ち主であることは確かなようだ。
でも、どんなに魔力量があったとしても、全く魔法が使えないのでは宝の持ち腐れである。
「ちなみに、ミミは何位?」
「ミミは20位ということになっています。その辺りの順位になると、変動する可能性があるので、あえて厳密に順位を決めないのですわ」
「じゃあ、僕は何位くらいなのかな?」
「それは、また今度調べましょう。取り敢えず、遅くなってしまいましたが、お食事にしませんか?」
そういえば、僕は寝ている最中に連れ去られてから何も食べていない。
「すぐに用意させます」
そう言って、ミミは部屋から出て行った。
彼女の部屋で、一対一の講義である。
ミミは、部屋の隅の椅子にちょこんと座った。
講義には口を挟まないらしい。
魔法は、瞬間的には万能の力を発揮するという。
基本的には、あらゆる願望を実現することが可能なのだ。
「それじゃあ、悪いことだってやり放題じゃないの?」
「そのようなことはありません。なぜこの世界の人間が序列を重視するのか、分かりませんか?」
そうだ。
自分より明らかに強い人が偉い人だったら、そう悪いことはできないはずだ。
「じゃあ、一番偉い人が悪いことをしたら?」
「それは、過去に何度も実例がありますのよ? 暴君は、民衆に処刑される。それはヒカリ様の世界でも同じではなくて?」
「でも、万能の超能力者なんだよね? 力が劣る民衆が、そんな人に対抗できるの?」
「確かに、一見すると魔法は強力ですが、欠点もたくさんあるのですわ。そのために、魔法は大勢を相手に戦う武器としては不向きなのです。たとえ最強の魔法使いでも、大勢の人間に囲まれれば、勝算はかなり低くなってしまうのですわ」
「意外と大したことないんだね」
「そうですわね。ですが、それによって、この世界の秩序は維持されてきたのですわ」
魔法の欠点は幾つも存在する。レムはそれを次々と挙げた。
体への負担が大きく、連続使用が難しい。
使用対象に集中する必要がある。
自分よりも魔力が多い相手に対しては攻撃手段が乏しい。
使い過ぎると、自分の身を守れなくなる。
周囲に漂う魔力が枯渇すると、使った魔力の補填が困難になる。
物理的な変化を起こすことの難易度が高く、特に形状を変えるのが難しい。
生物に変化を起こす技術が完成されていない。
主だったものだけでも、これだけあるという。
レムは、順番に説明を始めた。
「魔法を使うのは、全力で走るのと感覚が似ています。数十秒持続するだけでも、疲労で動けなくなるのが普通ですわ」
「意外と不便なんだね……」
「ですが、例外もあります。それが、眠りながら使う魔法です。物理的な変化を起こさない魔法でしたら、その殆どが眠りながら長時間使えますわ。ヒカリ様の世界の観察も、眠りながら行ったのです」
「なるほど……」
短時間で異世界のことを知り尽くすことなど不可能なはずだ。
そういう方法があって、初めて異世界の言語を覚えることができたのだろう。
「まあ、あれを使うと熟睡してしまうので、信用できる見張りを置いて使うのが一般的ですわ。私は、ミミに見張りを任せています」
そういえば、こちらの世界で起きた時に、ミミを長時間待たせたと言っていたっけ。
「君は、魔法を使う時に、相手に対して手を突き出すよね?」
「そのとおりですわ。あれが、魔法の対象を特定する際に最も簡単な方法なのです。ですので、複数を同時に対象とする魔法や、漠然としたものを対象とした魔法は、一般的に難易度が高いのですわ」
「魔力量が多い相手には、やっぱり勝ち目が薄いんだね?」
「そうですわね。理由は詳しく分からないのですが、相手の精神に悪い影響を与える魔法は、自分よりも魔力量が多い相手には効果がないとされていますわ。逆に、自分よりも魔力量の少ない相手ならば、意識を奪うことも、操ることもできます。ですので、一対一の戦いは、魔力量のみで勝負が決まってしまうのですわ」
操ることもできるだって?
ということは、魔力量が少ない相手のことは、どうとでもできるということだ。
それが、この世界において魔力量を重視することにつながっているのだろう。
下の者は、上の者に従わざるをえないのだ。
魔力量が自分の身を守る盾になる、ということは、魔力を消耗した状態が長く続くのは、その盾を失った状態でいる、ということだ。
「それで、魔力を使い過ぎると自分を守れなくなるんだね?」
「そのとおりです。そのため、特に地位のある者ならば、魔法の乱用は避けるべきとされておりますわ」
テレパシーすら普段は使わないというのは、そういった事情があるからなのだろう。
「周囲の魔力が枯渇するっていうのは、どういうことなの?」
「以前にもお話したように、魔力は感情から願望を抽出して生み出されます。例えば、遠くに行きたいと思う人はたくさんいるでしょう。そのため、遠くに移動するための魔力は日々生み出されているのです。ですが、どれほど願望があろうとも、それを満たす魔力を生み出すことは不可能です。皆が欲望に任せて魔法を使えば、すぐに需要が供給を上回ってしまうのですわ。それが、先程お話しした『世界の魔力濃度の差』に影響してくるのです。個人の『魔力の器』から溢れた魔力は、まず周囲を漂い、そこから広がって世界に漂うことになります。一方で、魔力を使う者は、自分の周囲から魔力を集めることが可能なのですわ」
そうか。僕は気付いた。
この世界は魔力濃度が薄く、僕の世界は魔力濃度が濃いのは、魔法を使う人数の差だ。
僕の世界には魔法を使う人なんていないから、日々魔力は生み出されるだけで消費されない。
一方で、この世界では魔力が消費されるため、魔力濃度が薄くなるのだ。
ここで、以前気が付いた疑問をぶつけてみることにした。
「そういえば、君が僕の部屋にいたのは何だったの?」
「あれは、相手に幻を見せる魔法です。何かお疑いになっておられるようですが、私の体が世界を移動したわけではありませんのよ?」
やはり、僕がレムを疑っていたことは気付かれていたらしい。
「じゃあ、僕がこの世界に来ることを承諾したときは? 何か魔法を使ったんじゃないの?」
「まあ! 私がヒカリ様を操って、本当は行きたくなかったのに行きたいと思わせた、などと考えておられるのですか? そんなことはしておりませんわ」
「でも、あの時の僕はおかしかったんだ。普段の僕は、もっと慎重なはずなんだよ。異世界に行くなんていう大きな決断を、あんなに簡単にできるはずがないよ!」
「ですが、それはあの時のヒカリ様の本心だったのではないですか? 確かに、今考えると浅はかな決断だったと思われるかもしれません。ですが本当は、前々から違う世界に行きたいと思っていらっしゃったはずですわ」
そう言われて、僕は何も言えなくなってしまった。
僕にとって、元の世界は厳しい世界だった。
小柄で、非力で、虚弱体質の僕は、いつも馬鹿にされていた。
それは、学校だけの話では済まないだろう。
社会に出ても苦労したはずである。
この世界なら、小柄なことは評価され、非力でも病弱でも、『魔力の器』さえ大きければ偉くなれる。
果たしてどちらの世界が僕にとって暮らしやすい世界か?
理屈の上ではこの世界だろう。
でも、この世界だって暮らしやすいとは言い難い。
心は読まれるし、異世界人に対する差別のようなものもありそうだ。
僕が思い悩んでいると、ミミが口を挟んできた。
「レム様、魔法の説明の続きを」
「そうですわね。この世界の長い歴史の中で、魔法に関する様々な研究が行われてきました。ですが、どうしても上手くいかない魔法が存在します。代表的なのが、壊さずに物の形を変える魔法。そして、人体を作り変える魔法ですわ」
「……どっちも需要がありそうなのに、できないんだね?」
「物の形を変えようとすると、大抵は粉砕してしまうのです。欠損した人の体も、魔法では治せませんわ。無理に直そうとして、致命傷を与えてしまったケースも数多く報告されています。ちなみに、物理的な変化を起こす魔法は、発動までに時間がかかってしまいます。とにかく不便なのですわ」
ということは、魔法でも蘇生はおろか、傷や病気を治すことすらできないのか。
壊れた物も直せないし、意外と制約はあるんだな。
「私達は、新しい魔法を開発するためにここに集まっている。まず、一定の魔力量を有する者とその家族だけがパヒーネスに住むことを許される。その中でも、特に優れた『魔力の器』を有すると認められた者だけが、この城に移り住むことになる。眠りながら長時間使える魔法も、世界間を移動する魔法も、この城で開発された」
ミミが説明を補足してくれた。
「そうだったんだ……」
「異世界を観察する魔法は、かなり前に開発されたものですが、世界間の移動は我々の悲願でした。この世界の衰退を食い止めるには、異世界の人を招くことが必要だからです」
「……世界の衰退?」
「この世界の人口は減り続けているのです。寿命は短くなり、体の弱い人の割合も高まっています。このままでは、この世界の人類は滅亡してしまいます。私たちの最終的な目標は、新たな魔法の開発により、この世界の滅亡を阻止することなのですわ」
世界の滅亡の阻止だって?
何だか、突然話が壮大になった気がする。
「異世界から人を招く理由って、そういう魔法を開発させるためなの?」
「長期的にはそれが目標です。ですが、そのような魔法の開発が、短期間で成功すると考えるのは楽観的でしょう? 短期的な目標は、異世界から人を招いて混血することで、生命力の低下を抑えることなのです。今は、この計画の最初の段階ですわ」
「……あのさ、僕、体が弱いんだけど……」
これでは、僕は全く役に立たない。
やはり、レムの人選は間違っていると思う。
「その点についてはご安心ください。まずは各々が好みの異性を招き入れ、それをモデルケースとして今後の方針を決める。それがローファ様の方針ですから」
「世界の存亡がかかってるのに、悠長なんだね……」
「そうはおっしゃりますが、この世界にいきなり長身で筋骨隆々な方を連れて来ては、皆様が不快になってしまいますわ」
「……僕も不快に思われてるみたいだけど」
チラッとミミを見たが、彼女は否定しなかった。
「あら、誰に嫌われようとも、私が愛していれば充分ではないですか?」
「……」
この子は、本当に僕のことが好きらしい。
しかし、本当にレムだけにしか愛されなかったら、僕は彼女に寄生するようにして生きることになってしまうだろう。
悪気は無いんだろうけど、たった一人で異世界に連れて来られた僕の立場も考えてほしいものである。
「レム様は、本当にこの男と結婚するおつもりなんですね」
ミミが不快そうに呟いた。
「あら、私は何度もそう言っておりますわ」
「ですが、レム様と結婚したがっている者はこの世界にたくさんいます。こんな異世界人を選ばずとも、より相応しい男がいるはずです」
「恋愛は理屈ではないのです。ミミも、いずれ素敵な男性と出会うはずですわ」
「……男は嫌いです。臭いし汚いし下品だし……」
酷い言われようだ……。
ミミは、僕のことだけではなくて、この世界の男のことも嫌いらしい。
「そんなこと言わないの。ヒカリ様が不快に思われますわ」
「……ヒカリが男じゃなければ良かったのに」
「それどういう意味!? ていうか、いきなり呼び捨てなの? 君、僕より年下でしょ!」
「それは、ヒカリ様が序列不明だからですわ。この際ですから、ミミとの序列をはっきりさせましょう」
「そういえば、それって確かめるの?」
レムがこの世界で三位というのは、はっきりしているようだけど……。
「そうですね。では、ミミの下着の色でも想像してください」
「いきなり何てこと言うのさ!」
突然下品な話題を出されて、僕は激しく動揺した。
「……っ!」
ミミは、顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべている。
いや、睨むなら僕じゃなくてレムの方でしょ……。
「だから男は嫌い!」
「どうして僕が怒られるの!?」
「ミミ、ヒカリ様のイメージは見えましたか?」
「レム様、この男、とんでもない変態です!」
「い、今のは、レムが突然変なことを言うから!」
「どうやら、ヒカリ様の序列はミミより下のようですね」
「これって僕へのセクハラじゃないかな!」
「ヒカリは私より下……これからはミミ様と呼んで。あと、私への償いもして!」
「あんまりだよ!」
僕の抗議は無視して、ミミが右手を僕に突き出してきた。
これは……魔法を使う準備!
そう思うのと同時に、僕は激しい頭痛に襲われた。
「……っ」
「ミミ、それくらいにして。今のはヒカリ様が悪いわけではないのだから」
「ですが……」
「ヒカリ様の世界では、男性は女性に下着の色を尋ねて好意を伝えるのですわ」
「信じられない……」
「それは酷い誤解だよ! レムはそんな変質者の文化を学んじゃ駄目だよ!」
「あら、私、何か勘違いをしていますか?」
「どこでそんな知識を仕入れたのか、教えてほしいくらいだよ!」
「貴方の世界がどうであれ、貴方が変態なのは変わらない」
「お願いだからそういう扱いはやめてよ!」
僕は、叫び過ぎて息切れを起こしてしまった。
この世界の男性、辛すぎるんじゃないかな……。
「ヒカリ様、ご安心ください。この世界といえども、心を読む魔法を使うことは、本来ならマナー違反ですわ。今回は、あくまでも魔力量の上下関係を確認するためです」
「だったら、もっと日常的な話題にしてほしかったよ……」
「ですが、読まれたら困る考えを読むからこそ上下関係がはっきりするのです。読まれても困らないなら、魔力量が下でも簡単に読めてしまいますわ」
「あれっ? あらゆる魔法で、上下関係がはっきりするわけじゃないんだ?」
「以前に申し上げたはずですわ。『相手の精神に悪い影響を与える魔法』のみが、上下関係を確かめる際に利用されるのです」
「……そういえば、僕がレムより下なのは、どの魔法で確認したの?」
「『悪夢を見せる魔法』と『相手を眠らせる魔法』の二種類ですわ」
「悪夢って……まさか、あの蛇の夢!?」
「そのとおりですわ」
何てことだ……あの夢は、レムが僕に見せたものだったのか!
「それにしても、ヒカリ様はミミより下ですか……。ひょっとしたら、私に近い『魔力の器』の持ち主ではないかと思ったのですが」
「どうしてそう思ったの?」
「魔力の流れを調べた時に、ヒカリ様が多くの魔力を集めて、それと同等の量を放出していたからですわ。基本的に、『魔力の器』が大きい人は、より多くの魔力を集める力が備わります。ヒカリ様は魔法が使えないので、魔力を集める力は完成されていないはずです。ですから、ヒカリ様は相当大きな『魔力の器』を有していることが分かるのですわ」
なるほど。ミミには及ばなくても、僕が優れた魔力の持ち主であることは確かなようだ。
でも、どんなに魔力量があったとしても、全く魔法が使えないのでは宝の持ち腐れである。
「ちなみに、ミミは何位?」
「ミミは20位ということになっています。その辺りの順位になると、変動する可能性があるので、あえて厳密に順位を決めないのですわ」
「じゃあ、僕は何位くらいなのかな?」
「それは、また今度調べましょう。取り敢えず、遅くなってしまいましたが、お食事にしませんか?」
そういえば、僕は寝ている最中に連れ去られてから何も食べていない。
「すぐに用意させます」
そう言って、ミミは部屋から出て行った。
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