大精霊の導き

たかまちゆう

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1話 聖女ヨネスティアラ

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 絶体絶命の状況だった。


 森の中を、僕はひたすら走っていた。

 後ろからは狼の群れが追ってきている。
 凶暴な人食い狼だ。

 出会い頭に腕を噛まれ、傷口からはまだ血が流れ出している。

「!」

 僕を守護する精霊が警告を発したので、後ろに障壁を展開する。
 飛びかかってきた狼が、光の壁に激突して弾き飛ばされた。

 先ほどから、こんな調子で逃げるだけで精一杯だった。
 正面から戦うのは論外だし、逃げながら攻撃魔法で数を削ったとしても、たかがしれている。
 相手の数を半分減らすより早く、僕の精霊の魔力は枯渇してしまうだろう。

 そもそも、僕は攻撃魔法があまり得意ではない。
 闇雲に戦おうとするよりも、防御魔法と高速移動の魔法で、狼が諦めるまで逃げ回る方が、僅かであっても可能性があった。


 近くの村までの荷物運びの護衛を補助するという、今の僕でもこなせる仕事を済ませた後。

 僕は、目的地の村に一人残って、力仕事などの依頼を受けた。
 そうしなければ、所持金が底をついてしまうからだ。

 そうしているうちに、子供が一人見当たらなくなった、と村人達が騒ぎ出した。
 僕は、その子を捜す依頼を受けて、一人で森に入ったのだ。

 小さな子供の足では、それほど奥深くまでは行けないだろう。
 人里近い場所には、凶暴な動物がいることは少ないはずだ……。

 その推測は、見事に外れてしまった。
 奥深くまで踏み込んだわけでもないのに、僕は狼の群れに遭遇してしまったのである。


「ぐっ……!」

 右肩に噛み付かれた。
 精霊の警告が遅れ、障壁の展開が間に合わなかったのだ。

 僕は、左手に魔力を集めて狼を殴り、なんとか引き剥がす。
 再び走り出そうとしたが、足が思うように動かず、何もない場所で躓いてしまう。

 長時間走り続けた僕の体力は、もはや限界だった。
 倒れ込む僕に、次の狼が襲いかかってくる。

 もう駄目だ、と思ったその時。
 その狼は、突然現われた何者かによって切り捨てられた。

 狼の前に立ちはだかったのは、長剣を構えた赤毛の男だ。
 狼の群れと対峙しても、怖じ気づいた様子は全くなかった。

 その男に対して敵意を剥き出しにする狼たちを、数条の閃光が次々と貫いていく。

 最も基本的な攻撃魔法である。
 それでも、これほどの連射は、かなりの訓練を積んだ魔導師ウィザードでなければ不可能だ。

 さらに、こちらに跳びかかってきた狼に、どこからか現われた少年がナイフを突き立てる。

 別の狼がその少年に飛びかかったが、少年は一瞬で姿を消してしまった。
 抹消者イレイザーが使う、姿を消す魔法だ。

 他の狼が僕に襲いかかろうとしたが、僕の目の前に生み出された光の壁によって弾き返される。
 その狼は、赤毛の男によって真っ二つに切り裂かれた。


 彼らの戦いは圧巻だった。
 人食い狼の群れは、熟練の冒険者集団であっても、駆除するのにはかなりの手間と、細心の注意が必要であるという。
 だが、彼らは狼の群れを、短時間であっさりと片付けてしまった。


 彼らには余裕があった。
 それは、油断とは全く違う。

 どこかから倍の数の狼が現われたとしても、慌てることなく葬り去ることができる。
 それほどの余力を感じた。


 そして、彼らは全員、大きな精霊を従えていた。
 いずれも、あまり見たことがない大きさのものだった。

 その全てが、おそらくAランク以上に分類されるだろう。
 AAランクの精霊もいるようだ。

 彼ら全員が、極めて上位にランク付けされる冒険者であることは明白である。


 狼の群れは、一匹残らず駆逐された。
 僕のことを助けてくれた冒険者パーティーの中から、一人の女性が僕に近寄って来る。

 青い髪の女性だ。
 僕に微笑みかけるその人のことを、僕は知っていた。

「聖女様……」

 冒険者ヨネスティアラ。
 多くの冒険者や民衆から「聖女様」と呼ばれ、崇められている人物である。


 聖女様は、優しい声で言った。

「傷を見せてください」

 そう言われるまで、僕は負傷したことを忘れていた。
 聖女様は、僕の腕と肩の傷を確認すると、両手を広げた。

「ソルディリア、お願いします」

 聖女様が呼ぶと、彼女の後ろに、金色に輝く女性が現われる。
 彼女こそ、聖女様が操る精霊だ。


 その精霊は、宙に浮いていることを差し引いても、聖女様より大きかった。
 これほどの大きさの精霊となると、この世界に数体しか存在していない。

 そのような精霊は、大精霊と呼ばれている。
 ランクは、AAAを飛び越えてSランクということになっていた。


 聖女様から金色の光が降り注ぐ。
 その光を浴びると、僕の身体から痛みが消えていった。

 傷があった場所に触れてみる。

 既に傷はなくなっていた。
 それだけではなく、全身の疲労も消え去っている。

 聖女様は世界一の回復者ヒーラーとして知られており、彼女の魔法は、心臓が止まった人間を蘇生させたことすらあるという。
 この程度のことは、造作もないことなのだろう。


 聖女様は、僕の傷が治ったことを確認すると、狼の亡骸に対して祈るように手を重ね、目を伏せた。

 聖女様が祈り終えると、魔導師ウィザードらしき女性が聖女様に近寄った。
 この世界では最も割合が高いと言われている黒い髪を、長く伸ばした女性だ。

「よろしいですか?」
「はい、お願いします」

 聖女様の答えを聞いて、黒髪の女性は頷く。

 その女性の後ろに精霊が現われた。
 AAランクの精霊である。

 黒髪の女性は、杖で地面を突いた。
 すると、狼の死体がゆっくりと地面に埋まり始める。
 そして、数十頭分の狼の亡骸は、全て地面の下に消えた。


 衝動を抑えられず、僕は聖女様に向かって土下座した。

「お願いします! 僕を仲間に入れてください!」

 一瞬だけ、その場が静まりかえった。


「残念ですが、それはできませんね」

 聖女様ではない女性の声で言われた。
 先ほどの、黒髪の女性だ。

「我々のパーティーには、既に充分なメンバーが揃っています。今のところ、メンバーを増やすつもりはありません」

 やっぱり……。

 言われなくても分かっていたことだった。
 聖女様のパーティーは、最強レベルの冒険者集団として知られている。
 僕が加わる余地などあるはずがない。


 しかし、その女性は続けて言った。

「ですが、もしも貴方が高い能力を持っているのであれば、他の冒険者パーティーに紹介することは可能です」
「……」

 喜ぶことはできなかった。
 高い能力? そんなもの、僕にあるわけがない。

「貴方の専門は戦士ソルジャーですか?」
「……調整者バランサーです」

 僕は正直に答えた。
 与えた印象は、かなり悪かったはずだ。

 しかし、聖女様達からは驚きの反応はなかった。
 ひょっとしたら、僕の答えは予想できていたのかもしれない。


 冒険者になる者は、最初に自身の適性を調べる。
 そして、通常は、自身に最も適した役割を専門にする。

 調整者バランサーは、あらゆる役割をこなせる……ということになっている役割だ。

 実態としては、自身に適した役割がない者の方便になっている。
 そもそも、あらゆる役割を完璧にこなせる者などこの世に存在しないと言われているのである。

 逆に、専門の能力しか使えない者もほとんどいない。
 はっきりとした専門のある者が好まれるのは当然の事だ。


 僕も、苦手な分野はいくつもある。
 だが、はっきりとした適性のある役割が存在しなかったために調整者バランサーとなった。
 防御者ブロッカー支援者サポーターになるという選択肢もあったのだが、それらの役割は需要が乏しいのである。

 一つの役割のために魔法の練習を続けると、他の役割の魔法が使いにくくなっていく傾向があるので、僕は特定の役割に集中しないことを決めた。
 それが良いことだったのか、今となっては分からないのだが……。


「そもそも、どうして貴方はこんな場所にいるのですか?」
「……子供が、一人でこの森に入ったらしくて……」
「それって、ひょっとしてこの子のこと?」

 抹消者イレイザーの少年が言った。
 見ると、その少年の隣に立っている大男が、小さな女の子を抱えている。


 慌てて近寄り確認する。

 村で聞いた子供の特徴と、その子供の外観は一致していた。
 どうやらこの子で間違いないようだ。

「僕が捜していたのは、この子だと思います」
「そうでしたか。それでは、我々をその村まで案内していただけますか?」
「……それが、必死で逃げ回っていたら方角が分からなくなってしまって……」
「私が調べる」

 大男の後ろから声が聞こえた。
 今まで、大男の陰になる位置にいた少女が、僕に近寄ってくる。

 少女の髪は栗色だ。
 僕の髪も同じような色だが、彼女の髪の方が明るい色をしている。


 少女は、伸び上がって僕の額に触れた。
 その瞬間、彼女の後ろに精霊が姿を現す。

「あっち」

 その少女は、ある方向を指差した。
 そちらに村がある、ということだろう。

 僕の記憶を読み取り、その内容から村の位置を把握するなんて……。
 支援者サポーターとしては、かなり高度な能力の使い方である。


「それでは参りましょう」
「おねーちゃんは馬車に戻れば? こんなに大勢で村まで行くことはないでしょ?」
「無責任なことを言うな。森には、どこに獣がいるか分からないんだぞ?」

 抹消者イレイザーの少年をたしなめる大男の言葉が、耳に痛かった。

「ねえさま、私が運ぶ?」

 支援者サポーターの少女が聖女様に尋ねる。

「そうですね。では、お願いします」
「任せて」

 支援者サポーターの少女の後ろに、今度は3体の精霊が現われた。


 ふと気付くと、周囲の景色が一変していた。

 思わず辺りを見回す。
 ここは……村の中だ!


 僕は、信じられない思いで支援者サポーターの少女を見た。

 少女は、自分の魔法に満足したように頷き、自慢げな表情を浮かべた。
 こんな子供が、10人近い人数を一度に転移させる、などという大魔法を使って、平然としているなんて……。


 そもそも、3体の精霊を同時に使うこと自体が通常はあり得ない。
 精霊が互いに干渉し合い、魔力を円滑に引き出すことが難しいからだ。

 仮に、それぞれの精霊を使う目的が異なるのであれば、多少は楽である。
 今回のように、同じ用途で使うことなど、ほとんど不可能に近い芸当だ。

 支援者の少女の精霊は、それぞれAAランク・Aランク・Bランクの精霊のようだった。
 全ての精霊の力を単純に合算すれば、AAAランクの精霊すら上回るだろう。


 やはり、聖女様のパーティーは凄まじいメンバーが揃っている。
 僕が入る余地など、あるはずがなかった。


 驚いていたのは僕だけではなかった。
 突然現われた僕達に、村の人々も驚いていた。
 しかし、大男が抱えている女の子を見て、彼らは歓喜の声を上げた。


 女の子を発見した報酬は、僕一人が受け取ることになった。

 あの子供を発見して保護したのは聖女様達である。
 僕は受け取りを辞退しようとしたが、聖女様に「是非受け取ってほしい」と言われたら、僕には断ることができなかった。


 聖女様は、僕が子供を捜す依頼を受けたことを高く評価してくれた。
 たとえ無謀だったとしても、そうせずにはいられない……それが、人のあるべき姿だと彼女は言った。
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