大精霊の導き

たかまちゆう

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2話 冒険者ルーク

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「貴方に仲間はいないのですか?」

 再び魔導師ウィザードの女性が尋ねてくる。
 聖女様と違って、この人は僕のことを快く思っていないらしい。

「……以前はいたんですけど……しばらく前に、僕はパーティーから抜けました……」
「何故?」
「実は……精霊を消滅させてしまって……」
「何ですって!?」

 僕の言葉に、聖女様や他の仲間も驚いた様子だった。
 自身を守護する精霊は、冒険者にとって仲間であり、守り神のような存在である。
 それを消滅させてしまうのは、冒険者失格と言われても仕方のないことなのだ。

「それなら、今、貴方が使っている精霊は?」
「……僕が、冒険者になった時に買った精霊です」

 僕が冒険者になったのは、もう3年も前のことだ。
 その時のことを思い返した。


 冒険者になろうとする者は、自身の能力を調べた後に、精霊との相性を調べ、自身と適合する精霊を購入する。

 冒険者になる者は、身体能力に自信を持っている者が多い。
 しかし、人間は魔力を有しておらず、持てる能力に限界がある。
 そこで、冒険者になる際には、精霊を購入して守護してもらうことになっている。
 どんなに小さな精霊であっても、守護を受ければ魔力の供給を受けられるため、様々な能力が飛躍的に向上するからだ。


 僕が冒険者になる際に購入した精霊が、今使っている精霊のペルである。
 ペルはFランクの精霊だが、大きさの割に優秀だとよく言われた。

 しかし、それでも僕の活躍はイマイチだった。
 僕自身の能力が低いからだ。

 その後僕は、僕たちのパーティーが所属していた、冒険者コミュニティの人々からの援助を受けて、二体目の精霊を購入した。

 同じくFランクだったが、ペルよりは一回り大きな精霊だった。
 値段はペルの3倍以上もした。


 僕は、その精霊にピピという名前を付けた。
 ピピのおかげで、僕はパーティーに欠かせない存在になれた。
 主に防御者ブロッカー支援者サポーターの役割をこなしながら、戦士ソルジャー魔導師ウィザードとしても戦える僕は、それなりに重宝されたのだ。


 しかし……僕はピピを酷使して、消滅させてしまった。
 僕が所属していた冒険者コミュニティの人々は、激しく怒り、口々に僕を非難した。
 突出した能力がない僕のために奮発して買った精霊を、不注意で消滅させてしまったのだから当然だろう。


 仲間は庇ってくれたが、僕はコミュニティの上層部から問題視された。
 あのままでは、最悪の場合、パーティー全員がコミュニティを追い出される可能性すらあった。
 そのため、僕はパーティーから抜けたのだ……。


 魔導師ウィザードの女性は、一層表情を険しくした。

「精霊を消滅させるなんて、余程の未熟者か、極悪非道な人間のすることです。その精霊は、消える前に何度も限界を訴えていたはずですよ? まさか、精霊を嬲って楽しむ趣味でもお持ちなのですか?」
「最低」

 支援者サポーターの少女も、僕に白い目を向けてきた。

「け、決してそのようなことは!」
「では、精霊の訴えを無視せざるをえないほどの、命の危険に晒されていたのですか?」
「……それが……突然精霊からの支援を受けられなくなって、気が付いたら消えていたとしか……」
「貴様、ヨネスティアラ様の前で偽りを述べるのか!」

 赤毛の戦士ソルジャーが叫んだ。
 他のメンバーも、僕に対する怒りを隠そうとしない。

「本当なんです! あの精霊は……ピピは、苦しそうな様子なんて一切見せなかった! あの日は特に調子が良くて、いつもはイマイチな攻撃魔法だって、専門の魔導師ウィザードのように使えていたのに……」
「それは本当ですか?」

 その場の空気が凍りついた。

 聖女様が、突然硬い声を出したのだ。
 彼女の仲間達も、驚いた表情をしている。


 ……怒った?
 聖女様が?

 僕の言葉が、嘘だと疑っているのか!?


 全身から血の気が引いていくのを感じた。
 聖女様に嘘つきだと思われるなんて、考えたくもない事態だった。


「ほ、本当です! 聖女様に嘘なんてつきません! 信じてください!」
「……分かりました。私は、貴方を信じます」

 聖女様の声が、元の柔らかいものに戻った。

「……信じて……くださるんですか?」
「はい」

 安心するのと同時に、僕の目から自然と涙が溢れた


 今まで、僕の話を信じてくれた人はほとんどいなかった。
 むしろ、弁解を繰り返す僕のことを軽蔑する者の方が多かったのだ。
 それほど、僕の話は信じ難いのだろう。

 そんな話を、今日会ったばかりの聖女様が信じてくれるという。
 それだけで、僕は救われた気がした。


「貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ル、ルークです!」
「ではルーク、貴方の精霊を見せてください」
「はい!」

 僕はペルを呼び出した。
 するとペルは、フラフラと揺れて落下し始めた。

 僕は、慌ててペルを掌で受け止める。

「どうしたんだ、ペル!」

 ペルの目は閉じられており、眠っているように見えた。
 本来、精霊は眠ることがないので、これは極めて異常な状態である。

「……消耗し切っていますね。貴方を助けるために、力を使い過ぎたのでしょう」
「そういえば、逃げている途中で、警告が遅れて……」
「こんな状態なら当たり前でしょう! こんなに酷使したら、大抵の精霊は宿主を見捨てて逃げ出しますよ!」

 魔導師ウィザードの女性は、僕を外道だと認識したらしい。
 こちらを睨みつける目に、殺意が籠もっている。

「しかし……この精霊も、消滅した精霊も、どうして逃げなかったんだ?」

 大男が、僕を見て不思議そうに呟く。
 魔導師ウィザードの女性も、改めて僕を観察し、困惑した表情になる。

 精霊を酷使するのは、大抵の場合は中堅以上の冒険者である。
 より大きな精霊を手に入れた後で、小さな精霊を完全に支配したうえで、消耗品扱いするのだ。

 聖女様の仲間の困惑は、僕にそれほどの力があるように見えないことが原因である。

「この子は、大きさに比べて優秀だと言われたことがありますか?」

 聖女様は、事情が分かっているかのような口振りで尋ねてきた。

「は、はい、ありますが……」
「なるほど、良く分かりました」

 聖女様は、一人だけ納得したように呟き、指先でペルの頭を撫でる。

「頑張りましたね、ペル」

 聖女様に促され、僕はペルを消した。
 姿を現すだけなら消耗することはないが、ペルは疲れ切った姿を晒すことを望まないだろう。

「ルーク。貴方は、今後決して精霊を酷使しないと誓えますか?」
「は、はい!」
「それでは、私が持っている精霊の中に、貴方に適合するものがあれば差し上げましょう」
「本当ですか!?」

 なんていい人なんだろう!
 僕は、聖女様のためなら、どんなことでもしようと思った。

「このおにーちゃんのために、そこまでしてあげるの? おねーちゃんはお人好しだなあ」
「黙りなさい」

 聖女様に冷たく言い放たれ、抹消者イレイザーの少年が顔を青くして俯く。
 他のメンバーも、聖女様の態度に困惑した様子だ。

 僕も混乱した。
 聖女様の態度が普通でないことは、パーティーのメンバーの様子を見ても明らかだ。


 精霊を購入するには、かなりの金が必要である。
 精霊としては最も小さいサイズのペルでさえ、コミュニティの人々から前借りして、何とか買うことができたのだ。

 どうして、聖女様は僕に、ここまで肩入れしてくれるのだろう?


 僕達の困惑など気にする様子もなく、聖女様が一つの宝石を差し出してきた。
 精霊石と呼ばれる、精霊を宿しておくための石である。
 大抵の物は、ただ金色をしているのだが、この石は強い光を放っている。

 おそらく、相当強力な精霊が宿っているのだろう。
 僕は、思わず唾を飲み込んだ。

「それは……!」

 魔導師ウィザードの女性が驚愕の声を上げたので、僕は思わず手を引っ込めてしまった。
 しかし、聖女様はその石を、半ば強引に僕に握らせた。


 周囲が金色の光で満たされた。

 小さな精霊を呼び出したとしても、こんな光を発することはない。
 見たことのない光量だ。

 いや、つい先ほど、似たようなものを目にしたばかりではないか……!


「……そんな……まさか……」
「嘘だろ……」
「どういうことなの……」

 冒険者達が、呆然としたように驚きの言葉を口にする。


 僕は目を開いた。
 目の前に、金色に輝く精霊がいた。
 大きさは、僕と変わらないほどだ。

 先ほど見たソルディリアと互角か、それ以上の大きさ。つまり……。

「大精霊……!」
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