大精霊の導き

たかまちゆう

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10話 魔獣

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「今回も楽勝だったな!」

 イノシシが絶命したことを確認して、ラナが言った。

「どこがよ!? 動き回る相手に、剣を大振りするのはやめてって、いつも言ってるでしょ!」
「別にいいだろ? 勝ったんだから」
「少しは反省して! ソフィアさんも! 攻撃魔法を使う時は、対象をきちんと見て使ってください!」
「ごめんなさい。つい……」
「ソフィアさんは凄い人だもん! 壁を作るだけの人が、偉そうに言わないで!」
「何ですって!」
「レイリス、いいんですよ」
「良くない! ソフィアさんを悪く言う人は、絶対に許さない!」

 レイリスの剣幕に、リーザの顔は蒼白になって後ずさる。
 その反応を見て、レイリスは傷付いた様子でソフィアさんにしがみついた。
 ソフィアさんは、レイリスを慰めるように頭を撫でる。

「おいおい、やめろよ。要は勝てばいいんだよ、勝てば」
「ちょっと、忘れてないでしょうね? 果樹を荒らした動物が、まだいるのよ?」
「あ、そうだった」
「……もう嫌」

 リーザは頭を抱えてしまった。

 頭を抱えたいのは僕も同じだった。
 一体、このパーティーのどこが有望なんだ?

 戦い方がまるで初心者だ。
 おまけに、全くまとまりがない。
 そして、こんなことを考えている僕の本来の実力は、彼女達と大差ないのだ。

 このパーティーの面倒を見るのは、僕には無理だと思った。

「じゃあ、それらしい獣を、さっさと捜そうぜ?」
「どうやって捜すって言うのよ? どんな動物かも分からないんだから、村で待ち構えるしかないでしょ?」
「そっか。じゃあ、村に戻ろうぜ?」
「……貴方、少しは自分の頭で考えなさいよ」

 リーザがそう言って、全員で村に戻ろうとした。
 その時だった。

「!」

 突然、ソリアーチェが僕に警告を発した。
 僕は、反射的に障壁を展開する。

 光の壁に、攻撃魔法が突き刺さった。
 ソリアーチェの支援を受けて展開した障壁は、何者かの魔法を完全に遮断する。

「解除して!」

 レイリスが叫び、僕は、慌てて障壁を消した。
 障壁があると、こちらからも攻撃できないからだ。

 どこかから取り出した小さな刃物を、レイリスが木の上に向かって投げる。
 しかし、その刃物は、空中で弾けて落下した。

 木の上を見ると、小さな猿がこちらを見て笑っていた。
 おそらく、何らかの魔法で迎撃されたのだろう。

「あいつが魔獣か!」
「アヴェーラ!」

 ソフィアさんが攻撃魔法を放つ。
 しかし、またしても発射の瞬間に目を閉じた。

 精霊は、攻撃魔法が明確ならば、照準を合わせることも支援してくれる。
 しかし、魔法の使用者が的となる対象を見据えなければ、精霊にはどこを狙えば良いのか理解できないのだ。

 当然ながら、ソフィアさんの魔法は大きく外れ、空へと放たれる。
 猿は、そんな僕達を嘲笑うように、木の枝を伝って逃げ出した。

「待て!」

 叫び、ラナが後を追う。

「ちょっと、一人で突っ込んじゃ駄目よ!」

 リーザが慌てて叫ぶが、ラナは高速移動の魔法を使っており、すぐに木々の間へと姿を消してしまった。

「大丈夫です。私達も後を追いましょう」

 ソフィアさんがそう言って、全員に高速移動の魔法をかける。
 さすがは専門の支援者サポーターだ。

 僕達は駆けだした。

 ソフィアさんは、ラナの位置が分かっているかのように走っている。
 おそらく、追尾の魔法を使うための「印」をラナに付けたのだろう。
 彼女の性格を考えれば、妥当な処置だ。

「……貴方、さっきの障壁、凄かったわね。あんなの、見たことないんだけど?」

 リーザが、走りながらこちらを窺い言ってきた。

 先ほどは、手加減抜きで障壁を展開してしまったのだ。
 ソリアーチェを縮める魔法を使いながらとはいえ、普通はあり得ないレベルの魔法だった。
 あの障壁は、Aランクの精霊がいても展開できないだろう。

「……たまたまだよ。あの時は、とにかく必死だったから……」
「本当に? 貴方、私達に隠してることがあるんじゃないの?」

 リーザは、僕が役立たずのフリをしていることを疑っているらしい。

 それは、ある意味で正しいが、僕の認識としては間違っている。
 役立たずなのが、本来の僕なのだ。

「ルークさんのソリアーチェは素晴らしい精霊ですね。そんなに小さいのに、あんなに早いタイミングで警告を発するなんて」

 ソフィアさんも、不思議そうに呟いた。

「……そんなことより、ラナには追い付けそうですか?」
「もう少しです」

 ソフィアさんには、僕を追及するつもりはなさそうだ。

 リーザも、疑わしげではあるものの、今はそれどころではないことは分かっているのだろう。
 それ以上は何も言わなかった。

 ようやくラナに追い付いた時には、彼女は左肩を押さえてうずくまっていた。

「ラナ!」
「気を付けろ! あいつが上に……!」
「……あそこ!」

 レイリスが上を指差す。

 今度はリーザが障壁を展開する。
 しかし、上から降ってきた攻撃魔法は、その障壁を貫通し、リーザの身体に突き刺さった。

「きゃあっ!」
「リーザ!」

 猿は、木の枝から枝へと飛び回る。
 ソフィアさんが攻撃魔法を放つが、あのスピードで空中を動き回る相手に当てることは、達人でも難しいだろう。

 猿が攻撃魔法を撃ち返してくる。
 僕は障壁を展開してソフィアさんを守った。

 あの猿を倒すには、指向性の魔法では駄目だ。
 広範囲攻撃用の魔法でなければ……。

 僕は決心した。
 空に魔法を放つだけなら、多少威力が高かったとしても問題ないだろう。
 それでも、攻撃魔法を使う際には充分な手加減が必要だ。

「ソリアーチェ!」

 僕は、慣れない広範囲攻撃用の魔法を放った。


 以前の僕ならば、この魔法では枝を落とすことすら出来なかっただろう。
 しかし、ソリアーチェの支援の効果は絶大だった。

 天へと突きだした両手から、強烈な光が放たれる。
 僕らの上を覆っていた木の枝や葉が、全て吹き飛んだ。

 光に包まれて、猿も消し飛んだと思った。
 しかし、猿は原型を保っていた。
 ただ、足場を失って落下していた。

 すると、猿は意外な行動を取った。
 空中に障壁を展開し、それをクッションにしたのだ。

 自分が動いても、一度展開した障壁は動かない。
 その性質を利用したのである。


 さすがに猿だ、と思った。
 奴は、魔獣だから危険なのではない。

 知恵があり、魔法の使い方を研究している。
 そこが恐ろしいところだった。

 そして、そんなことをする余裕があるということは、僕の魔法は、猿の障壁に阻まれて効果がなかったということだ。
 よく考えれば、奴の攻撃魔法はリーザの障壁を貫いたのだった。
 決して侮れない魔力を保有していることは間違いない。


 僕は思った。
 こいつは逃がしてはいけない、と。

 そして、もう一度、広範囲攻撃魔法を放った。
 きちんと考えてのことではなく、ほとんど反射的な行動である。

 ただ、今度は必ず仕留めなければならない、と思っていた。


 その威力は、先ほどの比にならなかった。
 放たれたのは、空を全て、この光が覆い尽くすのではないかと思うほどのものだった。


 恐る恐る目を開けると、空を覆っていた枝は全てなくなっていた。
 周囲を見回すと、木々の上部が、雷でも落ちたかのように消し飛んでいる。

 全身から汗が流れ出した。

 今の魔法は、僕が想定したよりも遥かに強力だった。
 力の制御に失敗したのだ!

「……何だ、今の魔法……?」

 ラナは、呆然とした様子で呟いた。

「……嘘……」

 レイリスも、何が起こったのか理解できない様子だった。

 ソフィアさんも、キョトンとした様子だったが、すぐに我に返って、リーザへと駆け寄った。

「リーザ、大丈夫ですか?」
「……障壁で防いだから。ちょっと痛いだけです」
「傷を見せてください」
「はい……」

 リーザが、言われるまま服をはだけようとしたので、僕は慌てて後ろを向いた。
 彼女は、僕の魔法のインパクトが強すぎて、この場に男がいることを失念しているらしい。
 もし彼女の肌を見てしまったら、我に返った後で一生恨まれかねない。

「……この程度なら、傷跡も残らないで済みそうですね。ラナ、貴方も見せてください」
「あ、あたしは平気だよ! 魔法は避けたんだ! でも、その直後に石を投げつけられて……」
「……痣が出来ていますね。ですが、何日かで治るでしょう」

 それで彼女達の会話は終了した。
 だが、念のため少し待つ。


 突然、ソリアーチェが警告を発した。
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