大精霊の導き

たかまちゆう

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55話 強敵

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 いつものように、ソフィアさんが大型の獣を探知し、レイリスがその正体を確かめる。
 それを数回繰り返し、ついにドラゴンベアを発見した。

「作戦は、前に決めたとおりでお願いします」
「魔生物に続いてドラゴンベアまで仕留めたら、いよいよルークも伝説の英雄の仲間入りだな!」
「気が早いわよ……私達は、無傷で帰らないといけないんだから」
「よし、行こう! ソリアーチェ!」
「アヴェーラ! ファレプシラ!」

 僕とソフィアさんは、精霊を呼び出して臨戦態勢に入った。
 実質的には、2人だけでドラゴンベアを倒さねばならないのだ。

 僕達は、慎重にドラゴンベアに接近した。

 一目見て思う。
 想像以上に……大きい。

 あの巨体で突進されたら、人間などひとたまりもないだろう。
 攻撃魔法を何発撃ち込めば、致命傷を与えられるのだろうか?

 幸い、ドラゴンベアはこちらに気付かなかった。
 相手が動く前に、なるべくダメージを与えるしかない。
 僕は攻撃魔法を放った。

 そして、その一発はひらりと躱された。

「……な!?」

 あの巨体で……避けた!?

 かつてオクトも同じようなことしたが、あれは人間の身体だから出来ることだ。
 ドラゴンベアの巨体で、攻撃魔法を避けるなど考えられない。

「ルーク!」

 リーザの声が聞こえて、僕は我に返った。

 ドラゴンベアは、とてつもない速度で僕に突っ込んでくる。

 それは、通常の生物が動く速さではなかった。
 明らかに、補助魔法で加速している。

 こいつは……魔獣!?


 僕は障壁を展開した。
 しかし、ドラゴンベアは腕を一振りしてそれを突き破る。

 破壊者の、魔法……!


 ドラゴンベアの突進を、ギリギリのタイミングで躱す。

 ソフィアさんに障壁を破られた経験があったので、動きを加速するための補助魔法も使っていた。
 そのおかげで助かったのだ。

 それでも、障壁を破った際に、若干速度が緩んでいなければ危なかった。


 ドラゴンベアの背中を目がけて、全力で攻撃魔法を放つ。
 手加減などしている場合ではない。

 しかし、ドラゴンベアはその魔法も回避した。
 まるで、背中に目が付いているような動きだ。

 方向転換したドラゴンベアは、再び僕に突っ込んでくる。
 ソフィアさんが障壁を展開してくれたが、やはり簡単に破られた。

「ルーク! 逃げましょう!」

 リーザが焦った様子で叫ぶ。
 しかし、こいつから全員が逃げきれるとは思えない。

「僕は大丈夫だ! 皆は逃げて!」

 皆に向けて叫んだ。
 ソフィアさんはドラコンベアを撃てないし、僕には彼女達を庇う余裕などない。

 こいつは僕が一人で倒す。
 そう決断していた。


 補助魔法で加速し、隙を窺いながら、ひたすら逃げ回る。

 ドラゴンベアは、噂に違わぬ俊敏な動きで僕を追ってきた。
 魔力で強化されたその腕は、巨木をも容易くへし折ってしまう。


 このまま逃げ続けるのは難しい。
 かといって、まともに近接戦闘を行っても勝算は低い。
 相手の一撃が、致命傷になってしまうリスクが高いからだ。

 僕には、エクセスさんのような接近戦のセンスはないのである。

 互いの距離がかなり接近したタイミングを狙い、僕は出力を抑えて攻撃魔法を連発した。
 威力は下がるものの、ドラゴンベアの体を貫通する程度の出力はあるはずだ。

 ある程度の傷を負わせ、危険な距離まで近付かれたら瞬間移動の魔法で逃げる。
 それが作戦だった。

 ドラゴンベアは動きを止めた。
 そして、小さな障壁を次々と展開し、全ての攻撃魔法を阻んだ。

「なっ……!」

 あり得ない防御方法だった。

 確かに、小さな障壁は、きちんと展開することさえできれば、高い強度を発揮できると考えられる。
 しかし、実際には安定させることが困難であり、人間には使いこなせない。

 それを、ここまで正確に展開するとは……!
 こちらが撃つ魔法を一発ずつ遮る、などという芸当も、射線を完全に予測しなければ不可能なことである。


 ドラゴンベアは、僕の予定に反して、無傷のままこちらに突進してきた。
 覚悟を決め、僕も相手に向かって突っ込む。

 ドラゴンベアは、僕に対して腕を振り下ろした。

 そのタイミングを狙い、瞬間移動の魔法を発動させる。
 ドラゴンベアのすぐ後ろへと転移した僕は、振り向きざまに、全力で広範囲攻撃魔法を放った。


 仮に、奴が僕の位置を把握していたとしても、前方に向かって走りながら、後方に障壁を展開するのは困難だ。

 そして、もし展開できたとしても、こちらの魔法を完全に防ぐことはできないはずである。

 この角度ならば、味方を巻き込む心配もない。
 今は、森の被害を心配する余裕などなかった。

 僕の魔法が発動するまでの一瞬のうちに、ドラコンベアの後ろに、障壁が幾重にも展開されるのが見えた気がした。

 凄まじい光が目の前を覆い尽くす。
 それは、かつて猿の魔獣に対して放ったものより、遥かに強力な魔法だった。

 疲労感に襲われて膝をつく。

 足に力が入らない。
 強力な魔法を連発したせいだろう。

 全力で広範囲攻撃魔法を放ったのは初めてだ。
 奴の障壁でも、防ぎきれるとは思えない。

 いくら何でも、やり過ぎたか……?

「……!」

 ドラコンベアは生きていた。

 さすがに無傷ではない。
 全身の体毛が何ヵ所も剥がれ落ち、かなり出血している。

 しかし、致命傷を与えることはできていないようだ。

 やはり、見間違いではなかった。
 ドラコンベアは、障壁を多重展開して魔法を防いだのだ!

 同じ面に対して複数の障壁を展開すると、互いに干渉して効果を打ち消し合う。
 そのため、人間には不可能な芸当だった。
 あまりにも常識外れである。

 いや、そんなことを考えている場合ではない。
 トドメを刺さなければ……!

 立ち上がろうとしたが、出来なかった。
 力を入れようとすると、足が震える。

「無理ですよ。瞬間移動の直後に、あれだけの魔法を放ったんです。すぐには動けません」
「!」

 僕の隣には、いつの間にかソフィアさんが立っていた。
 その後ろには、二体の精霊が浮かんでいる。

「何をしているんですか! 早く逃げてください!」
「私は動物を撃つことは出来ませんが、殴り合うことなら出来ます。任せてください」
「嘘です!」

 ソフィアさんにしては下手な嘘だった。

 以前、人食い狼を突き飛ばした時、ソフィアさんは相手を押しただけだ。
 殺すつもりがあったなら、狼はあの一撃で死んでいたはずである。

「だって、あんな面白そうな相手、ルークさんが独り占めするなんてずるいじゃないですか」

 ソフィアさんは、楽しそうに笑みを浮かべた。

「こんな時に、冗談はやめてください!」
「冗談ではありませんよ。相手が動物でなければ、一人で戦いたかったのですが……あの様子では、本来の動きはできないでしょう。私でも、充分に時間稼ぎができます。トドメは、ルークさんにお願いしますね」
「無理ですよ! まともに攻撃できない相手と戦うなんて!」
「大丈夫です。心配なさらないでください」

 そう言うと、ソフィアさんはドラゴンベアを見据えた。

 ソフィアさんが、相対した巨大な熊に語りかける。

「貴方の能力は、とても素晴らしいですね。人間よりも、遥かに優れています。本当なら、大精霊に適合するべきなのは、貴方のような方なのでしょうね」
「……」

 目の前でそんなことを言われると、とても申し訳ない気分になる。
 ソフィアさんに、僕を非難する意図など無いとは思うのだが……。

 ドラゴンベアは、ソフィアさんをじっと睨んでいた。
 襲いかかってこないのは、本能的に彼女の力を察しているからなのかもしれない。

「貴方に敬意を表して、私は命をかけましょう! もう一度だけ、貴方の力を貸してください。デルトロフィア!」

 ソフィアさんが呼び出したのは、僕が知らない精霊だった。
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