鬼神の血脈

花影

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第漆話

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 実篤は宴席でうんざりしていた。原因は隣に居座る瑠奈である。いかにも現代的な真っ赤な振袖に大きな花を模した髪飾り……成人式ならいざ知らず、いくら和装が基本とはいえ親戚が集まるこの場所で着るには実に不釣り合いな服装と言わざるを得ない。加えてキツイ香水の匂いが彼を一層いら立たせていた。
「瑠奈、そこらの物を片付けてきなさい」
 既婚者の実篤にあからさまな秋波を送るのを見かね、周囲にいる親戚達が用事を言いつけて遠ざけようとしてくれる。しかし、頼まれた用事も他人に押し付けてすぐに舞い戻ってきてしまうのであまり効果はない。
 宴会はまだ始まったばかりだ。長期戦になるが、実篤は無理に追い払おうとはせず、彼女を無視して向こうが諦めるのを待つ事にした。それでも彼女はなかなか諦めず、それどころか垂れかかってくる有様だった。
「ちょっと失礼」
 さすがの実篤も耐え兼ねて席を立つ。瑠奈もついて来ようとしたが、腰を浮かしかけたところで動きが止まる。所作がぎこちなく、見るからに着物全般を着慣れていないのが明らかな彼女は、当然、正座にも慣れていない様子で足が痺れてしまったのだろう。目論見通り彼女が動けなくなった隙に実篤はさっさと席を離れ、広間を後にした。
 

 小用を済ませた実篤は広間に戻る気になれず、気分転換に中庭に面した廊下を歩いていた。昨日の雪がまだ残り、空気は冷たいのだが、酔い覚ましにはちょうど良い。
 義理は果たしたし、このまま妻を連れて離れに戻ろうかなどと考えていたところ、廊下の先に見覚えのあるオレンジ頭が見えた。
「こんなところで雪見酒か?」
「おう、実篤。抜けてきていいのか?」
 実篤が近づいてくるのが分かっていたのか、さほど驚いた様子もなく御影が答える。飲むのに忙しいのか、振り向きもせずに傍らに置いた酒瓶を手に取り、空になったぐい飲みに注いでいる。
「お前は顔も出していないだろう?」
「俺はその方がいいんだ」
 派手な外見と昔やんちゃしていたこともあって御影は親戚連中からあまりよく思われていない。更には人づきあいが苦手なのも手伝い、こういった集まりにはめったに顔を出さない。今回の祭は長老に言われて仕方なく参加するが、親戚と親しくしておこうという考えはないらしい。それでもきちんと和服を着ているのは場をわきまえているあかしだろう。
「飲むか?」
「くれ」
 御影が差し出したぐい飲みを受け取り、実篤は中身を飲み干す。空になったぐい飲みを返すと、御影はまた酒を満たして今度は自分で飲み干した。
「で、戻らなくていいのか?」
「義理は果たした」
 実篤の着物から漂う移り香と彼の不機嫌そうな表情から、大体何があったかは想像できたらしい。御影は冷やかす様に笑いながら2杯目を注いで差し出した。
「そんなにカッカしていると、邪気を集めるぞ」
「それを言うなら、あの女に邪気を振りまくなと言ってくれ」
 正直、広間では瑠奈のおかげで飲んだ気がしない。実篤は2杯目を受け取ると、それも一気に煽って飲み干した。
「御影、お前に頼みがある」
「何だ?」
 実篤はおもむろに首からお守りを外すと御影に手渡した。数種類の天然石が使われているのだが、いずれも表面に細かいヒビが入ってしまっている。
「随分劣化してるな」
 見かけによらず手先が器用な御影は、現在はパワーストーンを扱う店を営んでいる。昨年、師匠の下から独立したばかりだが、その腕は確かなのを実篤はよく知っていた。
「新しいのをお前に頼みたい」
「いいのか、俺で」
「勿論だ」
「分かった。最高の物を仕上げるから、金額は覚悟しておけよ」
 御影は茶化しながらお守りを実篤に返す。実篤にとっては無くてはならないものでもあるし、幼馴染相手に金を惜しむつもりなど毛頭もない。わずかに口者に笑みを浮かべ、返してもらったお守りを即座に首へとかけた。
「戻るのか?」
「御当主に挨拶して今日は部屋に戻る」
 実篤はそう言い残すと賑やかな宴会が続く広間へと足を向けた。


 広間を覗くと瑠奈の姿はなく、実篤は安堵して中に足を踏みいれた。当主の側に恭佳がおり、他に一族の重鎮が顔をそろえていた。
「あ、実篤」
 実篤の姿を見付け、恭佳が手招きをする。側に寄ると当主の目の前の席が空けられ、そこに座らせられる。
「瑠奈を明日の巫女役から降ろすことにしたわ」
「文句言われないか?」
 恭佳からの朗報に実篤は安堵したが、逆に瑠奈の両親から反発されるのではないかと一抹の不安がよぎる。
「言わせないわよ。いくら言っても一向に手順を覚えようとしないし、さっきもあんたに散々まとわりついていたんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「明日の祭を滞りなく進める方が大事よ」
「そうか……」
 恭佳がキッパリと言い切り、当主や重鎮達も頷いている。瑠奈が巫女役をやると聞いて明日の祭は気が重かったのだが、これでその不安も解消された。
「分かりました。それでは、私はこれで……」
 瑠奈が戻ってくる前に部屋に戻りたい実篤の心情を当主もわかってくれたらしく、早々に宴会を辞する彼を引き留めようとはしなかった。
「知里ちゃんは休憩中だわ。連れて帰ってあげて」
「分かった」
 実篤は恭佳に感謝して広間を出ると、教えてもらった部屋へ妻を迎えに行った。しかし、そこは誰もおらず、もぬけの殻だった。
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