鬼神の血脈

花影

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第捌話

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 知里が戻ってくるのを実篤は待ったが、いくら待っても彼女は姿を現さなかった。そこで部屋を出て通りがかりのお手伝いの女性達にも聞いてみたが、恭佳と休憩をしてからは誰も知里の姿は見ていないらしい。
 もしかしたら騒ぐほどの事ではないのかもしれないが、何だか嫌な予感がしてならない。忙しいのはわかっているが、恭佳に手伝ってもらおうと広間に引き返してみると、ちょうどそこは騒動の真最中だった。
「どうしてですか! うちの瑠奈のどこが巫女役に相応しくないと仰るのですか!」
 わめいているのは瑠奈の母親だった。傍らには当人が居て泣いているが、フリなのは一目瞭然だ。一方の父親は当主と妻の間に立った状態であたふたしている。
 当主は今後も踏まえて角が立たないよう穏便に話を通そうとしたはずなのだが、彼女がその配慮を台無しにしてしまったようだ。恭佳は父である当主と共に彼女を諫めているが、その表情からはあきれ果てているのが見て取れる。周囲では先ほどまで賑やかに酒を酌み交わしていた親戚達が突如始まった騒動に困惑しながら遠巻きに見守っている。
「……」
 どす黒い感情が靄となって押し寄せてきて、さすがの実篤もこの中に足を踏み入れる勇気がない。踵を返すと暇そうにしていた幼馴染に協力させようと、彼がいた場所へ足を向けた。
「実篤」
 すると背後から恭佳に呼び止められる。
「知里ちゃんはどうしたの?」
「姿が見えない」
「え?」
 実篤の返答に恭佳の顔から血の気が引いてくる。
「嘘、あんたどうしてそんなに冷静に……」
「手伝いの女性陣に話を聞いた限りでは母屋から出ていないはずだ。御影が暇そうにしていたから、これから手伝いを頼みに行くところだ」
「手伝うわ」
 恭佳が即答すると、実篤は眉間にしわを寄せる。
「いいのか、放っといて」
「後は父さんが何とかするわ。騒いだところでどうにもならないんだし……」
 そんなやりとりをしているうちに、先ほど御影と会った場所まで戻ってきた。オレンジ頭は健在だが、ここも何やら騒がしい。
「ねぇえ、聞いてるぅ?」
「わかった、わかったから……」
 幼馴染の傍らには、探していた人物が座っていた。何やら楽し気に御影の肩をバンバン叩いている。妻の姿を認めて実篤はほっとすると同時に自分以外の男に笑いかけているのが気に入らない。暗い感情が沸き起こり、黒い靄が立ち昇る。
 だが、それを後ろにいた恭佳が片手で払いのけると、靄は跡形もなく消え去った。暗い感情はまだくすぶっているが、実篤は気を取り直すと2人に近寄って声をかける。
「知里」
 知里が振り向く。顔は上気して目が少し潤んでいる。笑みを浮かべているのだが、いつもの彼女とはどこか違う気がする。それでもその姿を見ているだけで燻っていた暗い感情は消えていた。
「あ、さぁくんだぁ」
 実篤の姿を認めると、知里はふらつきながら立ち上がる。そしておぼつかない足取りで近づくと抱き付いて来た。例え2人きりの時でも普段は恥ずかしがって絶対に妻からはしない行動に実篤は一瞬驚いて固まる。だが、呼気からわずかに漂う酒の香に全て納得する。彼女は酔っぱらっているのだ。
「お前が飲ませたのか?」
 ギロリと幼馴染を睨みつけると、憔悴しきった彼は身を縮こまらせる。
「ま、そ、そうだな」
 ここは外に面した廊下なので屋外と変わらない。抱きしめた彼女の体は冷えきっていたので、実篤は自身の羽織を脱いで彼女に着せ掛けた。酔っていてもその腕の中が安心できる場所とわかっているらしく、そのぬくもりに彼女は安堵の息を吐く。顔を摺り寄せてくる仕草も愛おしく、自然と実篤の表情もほころぶ。
「……」
 御影も恭佳も長い付き合いなので今まで実篤が女性に対してどんな態度で接してきたかを良く知っている。だが、知里に向けるその眼差しは優しく、まるで別人の様だ。
「さぁくん、すき……」
 知里の呟きに実篤は耳まで真っ赤になる。初心な少年のような反応に幼馴染2人は軽く引いていた。だが、急にガクンと知里の体から力が抜けた。
「どうしたの?」
「眠った。知里は元々酒に弱い」
恭佳が驚いて顔を覗き込むと、知里は実篤の腕の中で眠っていた。無邪気な寝顔につられて顔がほころぶが、いつまでもここにいては風邪をひいてしまう。男2人と違って恭佳も知里も繊細なのだ。
「場所を変えましょう」
 恭佳の提案に実篤も御影も頷く。兎にも角にも眠ってしまった知里を休ませなければならない。一先ず彼らは実篤が使っている離れに移動することにした。


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酔った知里に絡まれた上に実篤に睨まれてしまい、彼女にお酒を飲ませたことを非常に後悔した御影でした。

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