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第玖話
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離れに着くと専属のお手伝いさんに急いで布団を敷いてもらい、実篤は妻を優しく横たえた。そのままの流れで着物を脱がせようとしたのだが、恭佳に止められ寝室から追い出される。どうも実篤の手の動きに不埒な気配を感じ取ったらしい。恭佳が相手では分が悪いのか、実篤は渋々後を任せて寝室から出て行った。
よくできたお手伝いさんは気を利かせて既に酒肴の準備を整えてくれていた。待っていた御影は早速手を付けており、飲まないとやってられない気分なのか実篤も早速ぐい飲みに酒を注ぐとそれを口にする。
「はい、お待たせ」
暫くして恭佳も寝室から出てきた。ぴっちりと襖を閉める前に垣間見たところ、知里が来ていた着物もしわにならないようにかけておいてくれたようだ。
知里は知らないが、あの着物は両親と交流のある人間国宝の作。芸術品ともいえる代物で母親が大事にしていたのは周知の事実だ。それを今回知里に貸し与えることによって、東の権野堂と呼ばれ本家にも一目置かれる実篤の実家の庇護下にあることを知らしめていたのだ。ちなみに祭の当日は同じ人間国宝の新作を誂えたのでそれをお披露目する予定だった。この分だとそれは次の機会に持ち越しとなりそうだ。
「で、御影、何があった?」
すぐに聞きたかったのだが、恭佳に配慮して今まで聞くのを我慢していた実篤が早速口を開く。御影はぐい飲みを空にしてしてから神妙な面持ちで応える。
「お前と別れてからしばらくして、お前の嫁さんがフラフラと歩いてきた。声をかけたとたんに泣き出して、焦ってどうしていいか分かんなくなってさぁ……」
「とっさに酒を飲ませちゃったのね?」
御影は神妙に頷く。
「まぁ、それで酔ったらしい」
「どれだけ飲ませたの?」
呆れたように恭佳が尋ねると、御影はぐい飲みに酒を半分ほど注いで手渡す。
「これぐらい……かな」
「え?」
そこまで弱いと思わなかった恭佳はまじまじとその受け取ったぐい飲みを見つめる。
「飲んですぐに絡んできたからそれ以上は飲ませてねぇ」
「……」
嘘は言ってないのだろう。がっくりと項垂れている御影の姿からその酔っ払いの相手は相当大変だったに違いない。
「泣いていたら急に笑い出すし、散々お前の素晴らしさを力説して惚気てくれたぞ。あと、子供が出来ないと愚痴をこぼしていた」
「そういえばそんなこと言ってたわね。もしかして実篤、言ってないの?」
2人の視線が実篤に集まる。やや憮然とした表情を浮かべ、彼は頷いた。
「マジかよ」
「あんたねぇ、それは真っ先に言っておくことでしょう?」
「分かってる」
実篤の投げやりな答えに恭佳は呆れて早口でまくし立てる。
「あんたの事だから、小父様や小母様に理解してもらえばそれでいいと思っているんじゃないでしょうね? 友達との会話でも出てくるだろうし、近所づきあいだってある。向こうは悪気のない一言でも十分傷つくのよ」
「……」
及び腰になったところへ御影が追い打ちをかけるように口を挟む。
「お袋さんにも言われたみたいだぜ」
「え? 由紀恵小母様(実篤の母親)が?」
「違う、違う。嫁さんのお袋さんだ。お前に相応しい女は山ほどいるだろうから、無理せずに帰って来いと言われたと愚痴ってた」
「何それ」
恭佳の率直な意見に実篤も同感である。元々知里の母親はこの結婚に反対していたし、思い返せば思い当たる節もある。仕事で忙しくなる少し前、随分ふさぎ込んでいた時期があった。月の物で憂鬱だったのだろうと思っていたが、理由は他にもあったのだと今更ながらに気付く。
「それだけじゃねぇ。瑠奈の奴、子供が出来ないんだから早く別れろと迫ったらしいぞ」
「何?」
実篤は怒りにかられ、ギリッと奥歯をかみしめる。同時にピシッと何かが破裂する音が聞こえ、体の奥から黒い靄が沸き起こる。
「落ち着け! 実篤」
慌てた御影が腰を浮かせて実篤を制し、恭佳は冷静に黒い靄へ手をかざす。実篤はその黒い感情に流されないよう必死に耐えているのか、握りしめた拳がブルブルと震え、額には珠のような汗を浮かべていた。
「もういいわ」
慣れた手つきで恭佳は全ての靄を払い、最後に実篤の肩をポンと叩いた。脱力し、座椅子の背にもたれた彼の胸元から覗くお守りは、石の1つが無残に砕け散っていた。
「本当に困った子ね」
「質が悪いとしか言いようがねぇ」
恭佳がため息をつくと御影も不機嫌そうに同意する。実篤は無言でぐい飲みに残った酒を飲み干した。
「でも、あんたも悪いのよ。ちゃんと打ち明けておけば知里ちゃんもここまで傷つかずに済んだのに」
「……怖いんだ」
「は?」
実篤の意外な答えに恭佳は耳を疑った。子供の頃から彼が弱音を吐いたのを聞いたことが無い。聞き間違いではないかと思わず耳を疑った。
「何度も打ち明けようと思った。だが、あれを知ったら知里が私から離れてしまうのではないかと思うと怖くて先が言えなかった。お袋にもいい加減に言った方がいいと言われて、今回はそのつもりで連れて来た。祭の後に言うつもりだが……不安が尽きない」
硬い表情で俯く実篤を見て、恭佳は思いっきりため息をついた。
「後から関係ない所から知らされた方が嫌われるわよ。でも、彼女ならすんなり受け入れてしまいそう」
「そう……だろうか?」
「心配ねぇんじゃねぇの? さっきお前の素晴らしさをどれだけ力説したか……。聞いてるこっちがむず痒くならぁ」
体をポリポリ掻きながら御影が立ち上がる。
「大したモノ持ってきてないからあり合わせになるが、予備を作っておいてやるよ。気休め程度にしかならねぇが、無いよりはましだろう」
「済まない」
「何、料金は上乗せさせてもらうからな」
「そうしてくれ」
御影はニヤリと笑う。これからすぐに作業に取り掛かるのだろう、そのまま部屋を出て行った。彼の腕をもってしてもおそらく朝までかかるに違いない。
「私もそろそろ戻るわ。寝ている知里ちゃんに無体を働いちゃだめよ」
瑠奈の処遇にしても詳しい話を当人から聞かないと決められない。後は明日の祭が終わってからの話になる。恭佳も立ち上がると実篤に笑いながら釘を刺し、ヒラヒラと手を振って部屋を出て行った。
結局実篤はそのまま1人で飲み続け、日付が変わる頃、仮眠をとるため寝ている知里の隣に潜り込み彼女を腕に抱き込んで横になった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
知里相手だとヘタレな実篤。
御影も恭佳も彼の反応診て面白がっていたり……。
よくできたお手伝いさんは気を利かせて既に酒肴の準備を整えてくれていた。待っていた御影は早速手を付けており、飲まないとやってられない気分なのか実篤も早速ぐい飲みに酒を注ぐとそれを口にする。
「はい、お待たせ」
暫くして恭佳も寝室から出てきた。ぴっちりと襖を閉める前に垣間見たところ、知里が来ていた着物もしわにならないようにかけておいてくれたようだ。
知里は知らないが、あの着物は両親と交流のある人間国宝の作。芸術品ともいえる代物で母親が大事にしていたのは周知の事実だ。それを今回知里に貸し与えることによって、東の権野堂と呼ばれ本家にも一目置かれる実篤の実家の庇護下にあることを知らしめていたのだ。ちなみに祭の当日は同じ人間国宝の新作を誂えたのでそれをお披露目する予定だった。この分だとそれは次の機会に持ち越しとなりそうだ。
「で、御影、何があった?」
すぐに聞きたかったのだが、恭佳に配慮して今まで聞くのを我慢していた実篤が早速口を開く。御影はぐい飲みを空にしてしてから神妙な面持ちで応える。
「お前と別れてからしばらくして、お前の嫁さんがフラフラと歩いてきた。声をかけたとたんに泣き出して、焦ってどうしていいか分かんなくなってさぁ……」
「とっさに酒を飲ませちゃったのね?」
御影は神妙に頷く。
「まぁ、それで酔ったらしい」
「どれだけ飲ませたの?」
呆れたように恭佳が尋ねると、御影はぐい飲みに酒を半分ほど注いで手渡す。
「これぐらい……かな」
「え?」
そこまで弱いと思わなかった恭佳はまじまじとその受け取ったぐい飲みを見つめる。
「飲んですぐに絡んできたからそれ以上は飲ませてねぇ」
「……」
嘘は言ってないのだろう。がっくりと項垂れている御影の姿からその酔っ払いの相手は相当大変だったに違いない。
「泣いていたら急に笑い出すし、散々お前の素晴らしさを力説して惚気てくれたぞ。あと、子供が出来ないと愚痴をこぼしていた」
「そういえばそんなこと言ってたわね。もしかして実篤、言ってないの?」
2人の視線が実篤に集まる。やや憮然とした表情を浮かべ、彼は頷いた。
「マジかよ」
「あんたねぇ、それは真っ先に言っておくことでしょう?」
「分かってる」
実篤の投げやりな答えに恭佳は呆れて早口でまくし立てる。
「あんたの事だから、小父様や小母様に理解してもらえばそれでいいと思っているんじゃないでしょうね? 友達との会話でも出てくるだろうし、近所づきあいだってある。向こうは悪気のない一言でも十分傷つくのよ」
「……」
及び腰になったところへ御影が追い打ちをかけるように口を挟む。
「お袋さんにも言われたみたいだぜ」
「え? 由紀恵小母様(実篤の母親)が?」
「違う、違う。嫁さんのお袋さんだ。お前に相応しい女は山ほどいるだろうから、無理せずに帰って来いと言われたと愚痴ってた」
「何それ」
恭佳の率直な意見に実篤も同感である。元々知里の母親はこの結婚に反対していたし、思い返せば思い当たる節もある。仕事で忙しくなる少し前、随分ふさぎ込んでいた時期があった。月の物で憂鬱だったのだろうと思っていたが、理由は他にもあったのだと今更ながらに気付く。
「それだけじゃねぇ。瑠奈の奴、子供が出来ないんだから早く別れろと迫ったらしいぞ」
「何?」
実篤は怒りにかられ、ギリッと奥歯をかみしめる。同時にピシッと何かが破裂する音が聞こえ、体の奥から黒い靄が沸き起こる。
「落ち着け! 実篤」
慌てた御影が腰を浮かせて実篤を制し、恭佳は冷静に黒い靄へ手をかざす。実篤はその黒い感情に流されないよう必死に耐えているのか、握りしめた拳がブルブルと震え、額には珠のような汗を浮かべていた。
「もういいわ」
慣れた手つきで恭佳は全ての靄を払い、最後に実篤の肩をポンと叩いた。脱力し、座椅子の背にもたれた彼の胸元から覗くお守りは、石の1つが無残に砕け散っていた。
「本当に困った子ね」
「質が悪いとしか言いようがねぇ」
恭佳がため息をつくと御影も不機嫌そうに同意する。実篤は無言でぐい飲みに残った酒を飲み干した。
「でも、あんたも悪いのよ。ちゃんと打ち明けておけば知里ちゃんもここまで傷つかずに済んだのに」
「……怖いんだ」
「は?」
実篤の意外な答えに恭佳は耳を疑った。子供の頃から彼が弱音を吐いたのを聞いたことが無い。聞き間違いではないかと思わず耳を疑った。
「何度も打ち明けようと思った。だが、あれを知ったら知里が私から離れてしまうのではないかと思うと怖くて先が言えなかった。お袋にもいい加減に言った方がいいと言われて、今回はそのつもりで連れて来た。祭の後に言うつもりだが……不安が尽きない」
硬い表情で俯く実篤を見て、恭佳は思いっきりため息をついた。
「後から関係ない所から知らされた方が嫌われるわよ。でも、彼女ならすんなり受け入れてしまいそう」
「そう……だろうか?」
「心配ねぇんじゃねぇの? さっきお前の素晴らしさをどれだけ力説したか……。聞いてるこっちがむず痒くならぁ」
体をポリポリ掻きながら御影が立ち上がる。
「大したモノ持ってきてないからあり合わせになるが、予備を作っておいてやるよ。気休め程度にしかならねぇが、無いよりはましだろう」
「済まない」
「何、料金は上乗せさせてもらうからな」
「そうしてくれ」
御影はニヤリと笑う。これからすぐに作業に取り掛かるのだろう、そのまま部屋を出て行った。彼の腕をもってしてもおそらく朝までかかるに違いない。
「私もそろそろ戻るわ。寝ている知里ちゃんに無体を働いちゃだめよ」
瑠奈の処遇にしても詳しい話を当人から聞かないと決められない。後は明日の祭が終わってからの話になる。恭佳も立ち上がると実篤に笑いながら釘を刺し、ヒラヒラと手を振って部屋を出て行った。
結局実篤はそのまま1人で飲み続け、日付が変わる頃、仮眠をとるため寝ている知里の隣に潜り込み彼女を腕に抱き込んで横になった。
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知里相手だとヘタレな実篤。
御影も恭佳も彼の反応診て面白がっていたり……。
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