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第拾話
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絶対実らない恋だと諦めていた。けれども、どこが気に入られたのか分からないが、逆に実篤から告白されて付き合い始めた。最初は実った初恋に浮かれていたのだが……。
「貴女、いつまであの方の側にいるつもりなの?」
「権堂様にまとわりつくのいい加減にやめて下さらない?」
「貴女、目障りなのよ」
毎日のように実篤目当ての女性から詰め寄られ、嬉しい気持ちはすぐにしぼんでしまいそうになっていた。
「隣にいてほしいのは知里だけだよ」
実篤のその一言で助けられ、好きな気持ちが強くなる。そうしているうちに自分でもどうにかしないとだめだと思い直し、実篤に相応しくあるために自分を磨くようになった。
自分を磨くことで自信がついた。経験を積むことで強くなれた。結婚した現在でも言われることがあるけれど、実篤が自分を望んでくれたという事実が支えとなった。それでも子供が出来ない事実は知らないうちに知里の心を少しずつ苛んでいた。
「子供が出来ないんでしょ?」
瑠奈から嘲笑交じりに浴びせられたこの一言が彼女の心を深く傷つけていた。
目が覚めると離れの布団で横になっていた。見渡しても誰もおらず、ガンガンと襲い来る頭痛に顔を顰め、ゆるゆると起き上がる。薄暗い部屋の中、壁にかけてある時計からようやく夜明け前の時刻だと判明した。
「知里」
スッと音もなく襖が開き、祭の衣装となる白い着物を着た実篤が入ってきた。祭のためとはいえ、見るからに寒そうな格好だが、彼は全く気にしている様子がない。
「さぁ君……」
「顔色が悪いな。恭佳が薬を用意してくれているが飲むか?」
実篤は敷いてある布団の傍らに膝をつくと、体を起こしていた知里をそっと抱きしめてその額に口づける。いつもの朝の挨拶で、普段なら知里も口づけを返すのだが今朝は少しでも頭を動かすのが辛い。
その辛さを察したのか、実篤は片腕で知里の体を支えたままもう片方の手で傍らの盆に用意されたグラスに水差しの水を灌ぐ。そして薬と共にそのグラスを彼女に手渡した。
「……ありがとう」
呟くように礼を言うと、実篤は空になったグラスを受け取り、彼女を再び布団に横たえる。
「ごめんなさい、肝心な日に……」
「気にしなくていいよ。昨日も働きすぎたくらいだからちょうどいい。ゆっくり休んでいてくれ」
「でも……」
「私もその方が早く抜け出せる。祭が終わる頃には気分も良くなっているだろうから、後は2人でゆっくり過ごそう」
「さぁ君……」
実篤は体をかがめ、そっと唇を重ねてくる。知里は目を閉じてそれに応えた。
「実篤、そろそろ始まるって」
手を握り、2人だけの時間を過ごしていると、襖の外から声をかけられる。実篤は深いため息をつくと、もう一度知里に口づけて不承不承手を離して立ち上がる。
「行ってくる」
襖の前で名残惜し気に振り向き、知里の顔を見てから部屋を出て行く。すると入れ違いに巫女の装束を纏った恭佳が入ってくる。
「おはよう、知里ちゃん」
「おはようございます、恭佳さん。薬、ありがとうございます」
知里は慌てて体を起こすが、恭佳がそれを押しとどめる。その顔色を見れば聞くまでもないので、無理をしないように言って彼女を横にさせた。
「恭佳さんは行かなくていいのですか?」
「始まるのは祭りの前に行う清め。野郎どもが水浴びしている姿を見てもねぇ……」
実篤や御影もいるが、参加者の大半は親戚のおじさん達である。正直、絵面はあまりよろしくない。彼女の出番は社に移ってからの巫女舞なので、もう少し時間があるらしい。
「知里ちゃん」
居住まいを正して座る恭佳はおもむろに真剣な表情で話しかける。
「恭佳さん?」
「昨夜、瑠奈に話を聞きました。あの子は貴女に対して言ってはならない事を言った。あんな子でも一族に名を連ねているのは事実。次期当主として一族を代表してお詫び申しあげます」
そのまま手を付き深々と頭を下げる。知里は驚き慌てて体を起こした。軽くパニックを起こし、恭佳の腕を掴んで頭を上げてもらう。知里としては彼女に頭を下げもらう必要は一切なく、逆に気を使わせてしまって申し訳さが先に立つ。
「き、恭佳さん、頭を上げてください」
「知里ちゃんは優しいのね。でもね、これはけじめなの」
「許すも何も、恭佳さんは何もしていないのに」
困ったように眉根を寄せる知里に恭佳はフフッと笑みをこぼす。
「実篤としては自分で一切の手加減なしで徹底的に制裁をくわえたいのだろうけど、それを許すと本家の面目が丸つぶれなの。だから本家も頭を下げるから、彼女の処遇はこちらで任せて欲しいの」
恭佳のかみ砕いた説明でようやく知里も旧家ならではの仲裁方があるのだと理解できた。恭佳に頭を下げさせるのは不本意ではあるけれど、受け入れなければ彼女が困るのなら黙って受け入れるのも必要なのだろう。
「分かりました」
「ありがとう、知里ちゃん」
知里が謝罪を受け入れ、一安心したところで恭佳もそろそろ時間だと立ち上がる。その凛とした姿を眺めながら、知里は巫女舞が見れないのが少し残念に思った。
ズン!
「地震?」
不意に地響きが起こり、知里は不安気にキョロキョロと当りを見渡す。次いで恭佳を見上げると、彼女は眉間に皺を寄せていた。
「恭佳様!」
そこへ祭の参加者らしい白い着物姿の男性が駆け込んできて、恭佳に何事か小声で告げる。その断片が漏れ聞こえた中に実篤の名があった。
「さぁ君に何かあったの?」
「……ちょっとトラブルがあったみたいなの。行ってくるわ。知里ちゃんは休んでいて」
恭佳はそう言い残すと、知らせに来た男性を伴い部屋を出て行った。そうは言われたものの、不安はぬぐい切れない。
ズゥン!
再び起こった地響きに妙な胸騒ぎを覚える。もう頭痛などと言っていられず、不安に駆られた知里は手近にあった羽織を掴んで部屋を飛び出した。
「貴女、いつまであの方の側にいるつもりなの?」
「権堂様にまとわりつくのいい加減にやめて下さらない?」
「貴女、目障りなのよ」
毎日のように実篤目当ての女性から詰め寄られ、嬉しい気持ちはすぐにしぼんでしまいそうになっていた。
「隣にいてほしいのは知里だけだよ」
実篤のその一言で助けられ、好きな気持ちが強くなる。そうしているうちに自分でもどうにかしないとだめだと思い直し、実篤に相応しくあるために自分を磨くようになった。
自分を磨くことで自信がついた。経験を積むことで強くなれた。結婚した現在でも言われることがあるけれど、実篤が自分を望んでくれたという事実が支えとなった。それでも子供が出来ない事実は知らないうちに知里の心を少しずつ苛んでいた。
「子供が出来ないんでしょ?」
瑠奈から嘲笑交じりに浴びせられたこの一言が彼女の心を深く傷つけていた。
目が覚めると離れの布団で横になっていた。見渡しても誰もおらず、ガンガンと襲い来る頭痛に顔を顰め、ゆるゆると起き上がる。薄暗い部屋の中、壁にかけてある時計からようやく夜明け前の時刻だと判明した。
「知里」
スッと音もなく襖が開き、祭の衣装となる白い着物を着た実篤が入ってきた。祭のためとはいえ、見るからに寒そうな格好だが、彼は全く気にしている様子がない。
「さぁ君……」
「顔色が悪いな。恭佳が薬を用意してくれているが飲むか?」
実篤は敷いてある布団の傍らに膝をつくと、体を起こしていた知里をそっと抱きしめてその額に口づける。いつもの朝の挨拶で、普段なら知里も口づけを返すのだが今朝は少しでも頭を動かすのが辛い。
その辛さを察したのか、実篤は片腕で知里の体を支えたままもう片方の手で傍らの盆に用意されたグラスに水差しの水を灌ぐ。そして薬と共にそのグラスを彼女に手渡した。
「……ありがとう」
呟くように礼を言うと、実篤は空になったグラスを受け取り、彼女を再び布団に横たえる。
「ごめんなさい、肝心な日に……」
「気にしなくていいよ。昨日も働きすぎたくらいだからちょうどいい。ゆっくり休んでいてくれ」
「でも……」
「私もその方が早く抜け出せる。祭が終わる頃には気分も良くなっているだろうから、後は2人でゆっくり過ごそう」
「さぁ君……」
実篤は体をかがめ、そっと唇を重ねてくる。知里は目を閉じてそれに応えた。
「実篤、そろそろ始まるって」
手を握り、2人だけの時間を過ごしていると、襖の外から声をかけられる。実篤は深いため息をつくと、もう一度知里に口づけて不承不承手を離して立ち上がる。
「行ってくる」
襖の前で名残惜し気に振り向き、知里の顔を見てから部屋を出て行く。すると入れ違いに巫女の装束を纏った恭佳が入ってくる。
「おはよう、知里ちゃん」
「おはようございます、恭佳さん。薬、ありがとうございます」
知里は慌てて体を起こすが、恭佳がそれを押しとどめる。その顔色を見れば聞くまでもないので、無理をしないように言って彼女を横にさせた。
「恭佳さんは行かなくていいのですか?」
「始まるのは祭りの前に行う清め。野郎どもが水浴びしている姿を見てもねぇ……」
実篤や御影もいるが、参加者の大半は親戚のおじさん達である。正直、絵面はあまりよろしくない。彼女の出番は社に移ってからの巫女舞なので、もう少し時間があるらしい。
「知里ちゃん」
居住まいを正して座る恭佳はおもむろに真剣な表情で話しかける。
「恭佳さん?」
「昨夜、瑠奈に話を聞きました。あの子は貴女に対して言ってはならない事を言った。あんな子でも一族に名を連ねているのは事実。次期当主として一族を代表してお詫び申しあげます」
そのまま手を付き深々と頭を下げる。知里は驚き慌てて体を起こした。軽くパニックを起こし、恭佳の腕を掴んで頭を上げてもらう。知里としては彼女に頭を下げもらう必要は一切なく、逆に気を使わせてしまって申し訳さが先に立つ。
「き、恭佳さん、頭を上げてください」
「知里ちゃんは優しいのね。でもね、これはけじめなの」
「許すも何も、恭佳さんは何もしていないのに」
困ったように眉根を寄せる知里に恭佳はフフッと笑みをこぼす。
「実篤としては自分で一切の手加減なしで徹底的に制裁をくわえたいのだろうけど、それを許すと本家の面目が丸つぶれなの。だから本家も頭を下げるから、彼女の処遇はこちらで任せて欲しいの」
恭佳のかみ砕いた説明でようやく知里も旧家ならではの仲裁方があるのだと理解できた。恭佳に頭を下げさせるのは不本意ではあるけれど、受け入れなければ彼女が困るのなら黙って受け入れるのも必要なのだろう。
「分かりました」
「ありがとう、知里ちゃん」
知里が謝罪を受け入れ、一安心したところで恭佳もそろそろ時間だと立ち上がる。その凛とした姿を眺めながら、知里は巫女舞が見れないのが少し残念に思った。
ズン!
「地震?」
不意に地響きが起こり、知里は不安気にキョロキョロと当りを見渡す。次いで恭佳を見上げると、彼女は眉間に皺を寄せていた。
「恭佳様!」
そこへ祭の参加者らしい白い着物姿の男性が駆け込んできて、恭佳に何事か小声で告げる。その断片が漏れ聞こえた中に実篤の名があった。
「さぁ君に何かあったの?」
「……ちょっとトラブルがあったみたいなの。行ってくるわ。知里ちゃんは休んでいて」
恭佳はそう言い残すと、知らせに来た男性を伴い部屋を出て行った。そうは言われたものの、不安はぬぐい切れない。
ズゥン!
再び起こった地響きに妙な胸騒ぎを覚える。もう頭痛などと言っていられず、不安に駆られた知里は手近にあった羽織を掴んで部屋を飛び出した。
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