終わりよければ総て良し

花影

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ラシードの事情

おまけ(バースィル編4)

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俺達がアブドゥルを本来の地位へ据えてから1月経った。宮城制圧からアルマースの平定、事後処理に各国の大使を迎えての即位式……まさに怒涛どとうのような毎日だった。
その間、俺は仕事の合間を縫ってパトラに会いに行ったのだが、あの知り合いの藪医者がなかなか首を縦に振ってくれず、門前払いされてきた。
体調が落ち着くのに時間がかかったらしい。それでも一目会いたいと言うと、「女心が分かっていないわねぇ」と言って呆れられた。
まともに女性と付き合ったことがないから確かに否定はできないが、それが何の関係があるのだろうか? そう返すとそれは深いため息をつかれ、とにかく連絡するまでは面会は禁止だと言われて救護院から追い出されたのだった。

そしてようやく待ちに待ったその知らせが届き、私は久しぶりに救護院を訪れた。外ではここで預かっている子供達が駆け回って遊んでいる。彼らに手を振り、同行してきた部下達は外で待たせて俺は建物の中へ足を踏み入れた。
案内された部屋の外、俺は緊張を紛らわせるように大きく息を吐くと、震える手で扉をノックした。ほどなくして返事があり、振るえの収まらない手で扉を開けた。

「失礼……」

小ぢんまりとした部屋の窓際に寝台があり、パトラはそこに半身を起こして座っている。外の景色を眺めていた彼女は、俺が部屋に入るとゆっくりと振り向いた。

「バースィル?」

1月前に見た憔悴しょうすいしきった姿はそこにはなかった。まだやつれた感じは残るものの、顔色は悪くない。少し驚いた表情で俺の姿を見上げている。
まずい。気の利いた言葉が出てこない。入口に立ち尽くしたまま内心焦っていると、背後から声をかけられる。

「ちょっと、そんなところに立っていないで中に入りなさいよ。それと、あまり長時間はダメだからね」

偶然? 通りかかった藪医者に背中を押されて部屋の中に踏み込むと、背後で扉が閉まった。俺は我に返るとようやく彼女の傍に寄って持参した見舞いの花束を差し出した。彼女は顔をほころばせると、小さく礼を言ってそれを受け取ってくれる。

「なんか……立派になったね」
「そうか?」

しみじみと彼女が呟くが、俺は自分が変わったなどとは思ってもいない。確かに俺自身の肩書が立派になった。そして仲間達のおかげもあって実家も随分豊かになったが、それでも下級貴族の嫡男なのは変わりないことだ。
結局どう話を続けていいかわからず、また沈黙が続く。こんなことなら女性との気の利いた会話術を仲間の誰かに聞いておけばよかった。

「私……どうなるんだろう」

あれこれ考えこんでいるうちに、パトラがポツリと呟く。花束を膝の上に乗せたまま寂しそうに俯いていた。
夫に監禁されていたところを救出されて現在に至るわけだが、その夫は様々な罪に問われて獄につながれている。罪状には武器の密輸などもあり、場合によっては一族縁者も罪に問われるのだ。妻という立場でいる以上無関係ではいられないと思っているのだろう。そこでようやく自分がすべきことに気づいた。

「パトラは自由だ」
「え?」
「君が受けた仕打ちを知ったライラ様が激怒され、こんな婚姻は無効にしろと陛下に奏上された。もちろん君自身の意向は尊重されるし、望めばこの10年間に受けた仕打ちに対する慰謝料も受け取れる」

パトラは顔を上げると、驚いた様子で俺の顔を見上げる。この救護院は亡きナディア様が社会的に立場の弱い人のために設立された施設だ。その意思を娘であるライラ様が受け継ぎ、この暗黒ともいえる10年間も細々と支援されて維持し続けた。だからここに運び込まれたパトラのことをライラ様はお知りになられたのだ。
まあ、それも見越してここへ保護したのは確かだ。ちなみにアブドゥルが即位したことによってここは再び国の管理下に置かれることになった。

「自由……」
「うん。だから、まずは体を治して、そしてこの後どうしたいかゆっくり考えたらいい」

彼女はなかなか実感がわかないのだろう。途方に暮れた様子で固まっていた。とにかくゆっくり考える時間は必要だろう。黙っていた時間が長すぎて思った以上に時間が経っている。そろそろお暇しないと、あの藪医者が強制排除に乗り出してくる。
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