38 / 50
ラシードの事情
おまけ(バースィル編6)
しおりを挟む
「バースィル」
やれやれと一息ついたところで声をかけられる。俺がここへ来た目的を知っている年長の女の子が呼びに行ってくれたのだろう。パトラが杖をつきながらゆっくりと俺に近寄ってくる。
「お仕事終わったの?」
「ああ。迎えに来た」
10年間の監禁により、すっかり自分に自信を失っていた彼女は俺の求婚を拒み続けた。しかし、俺は毎日のようにこの救護院を訪れて彼女と話をして不安を払拭していった。そして彼女自身の健康をようやく取り戻せた頃、俺の求婚を受け入れてくれた。余計な横やりも入ったこともあったが、半年前、俺達はめでたく夫婦になることができたのだ。
以前は宮城の宿舎に住み着いていたが、妻をめとるならと城下に家を購入し、今はそこで一緒に生活している。家のことはライラ様の伝手で雇った使用人が引き受けてくれているので、俺が仕事の日は時折こうして救護院を訪れ、子供達の世話を手伝っているのだ。
「じゃあ、帰ろう」
「いいの?」
彼女が不安げに指さす先には子供達にもまれている部下の姿があった。まあ、あれくらいはいつものことだ。中には将来近衛兵団に所属できる騎士が誕生するかもしれない。しっかりと次世代を担う騎士を育成してもらおう。
俺は妻を馬に乗せ、子供達に手を振ってから救護院を後にした。このまま家へ帰ろうと思っていたのだが、パトラの希望で郊外の墓地へ足を延ばすことになった。そこには亡くなられた親父さんが眠っている。健康を取り戻してからはよく墓参りに行っているので、別段珍しいことではない。
途中で墓に供える花を贖い、墓地に着くまでの間彼女と他愛もない会話を楽しむ。今日は赤子の世話をしたらしく、その愛らしさだけでなくお世話の難しさも力説していた。うん、そんな子がいつかうちにもできるといいなぁ。元気な男の子……いや、奥さんに似た可愛い女の子も捨てがたい。
「今日はいい勉強になったわ」
「そうか」
墓地に到着し、親父さんの墓に花を供える。ちなみにここには俺が酒場で働き始める少し前に亡くなった彼女の母親も眠っている。俺達はしばし祈りを捧げる。パトラは特に報告することがあるのか、何やら熱心に祈っていた。
「あのね、バースィル」
「ん?」
祈りを終え、立ち上がろうとするパトラに手を差し出す。俺の手につかまって立ち上がった彼女は不意に顔を覗き込む。俺が首を傾げると、彼女は顔を寄せて耳元で囁く。
「赤ちゃん、出来たの」
「え?」
彼女の告白に俺は一瞬固まる。だが、じわじわと喜びが沸き起こってくる。
「やったー」
俺は喜びのあまりパトラを抱え上げてその場でぐるぐる回り、彼女は驚いて俺の首にしがみついた。だが、母体に負担をかけちゃいけないと我に返った俺は慌てながらもそっと彼女を降ろした。
「本当に?」
「うん。今朝、お医者様に確認してもらったら間違いないって」
「そうか……」
俺は彼女の腹にそっと手を当てる。まだ何の変化もないがここに子供が宿っていると思うと胸が熱くなる。涙ぐむ彼女を俺はしっかりと抱きしめ、そしてそっと唇を重ねた。
「ありがとう、パトラ」
「お礼を言うのは私よ、バースィル。全てを失くしていたと思っていたけど、あなたのおかげでまた家族の温もりを感じることができる。本当に……ありがとう」
「パトラ……」
気づけばだいぶ日が傾いている。俺達は再び墓に祈りを捧げ、子供ができた報告を済ませると、幸せをかみしめながら家路についたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これでバースィル編完結。あと2つほどエピソードありますのでもう少しお付き合いくださいませ。
やれやれと一息ついたところで声をかけられる。俺がここへ来た目的を知っている年長の女の子が呼びに行ってくれたのだろう。パトラが杖をつきながらゆっくりと俺に近寄ってくる。
「お仕事終わったの?」
「ああ。迎えに来た」
10年間の監禁により、すっかり自分に自信を失っていた彼女は俺の求婚を拒み続けた。しかし、俺は毎日のようにこの救護院を訪れて彼女と話をして不安を払拭していった。そして彼女自身の健康をようやく取り戻せた頃、俺の求婚を受け入れてくれた。余計な横やりも入ったこともあったが、半年前、俺達はめでたく夫婦になることができたのだ。
以前は宮城の宿舎に住み着いていたが、妻をめとるならと城下に家を購入し、今はそこで一緒に生活している。家のことはライラ様の伝手で雇った使用人が引き受けてくれているので、俺が仕事の日は時折こうして救護院を訪れ、子供達の世話を手伝っているのだ。
「じゃあ、帰ろう」
「いいの?」
彼女が不安げに指さす先には子供達にもまれている部下の姿があった。まあ、あれくらいはいつものことだ。中には将来近衛兵団に所属できる騎士が誕生するかもしれない。しっかりと次世代を担う騎士を育成してもらおう。
俺は妻を馬に乗せ、子供達に手を振ってから救護院を後にした。このまま家へ帰ろうと思っていたのだが、パトラの希望で郊外の墓地へ足を延ばすことになった。そこには亡くなられた親父さんが眠っている。健康を取り戻してからはよく墓参りに行っているので、別段珍しいことではない。
途中で墓に供える花を贖い、墓地に着くまでの間彼女と他愛もない会話を楽しむ。今日は赤子の世話をしたらしく、その愛らしさだけでなくお世話の難しさも力説していた。うん、そんな子がいつかうちにもできるといいなぁ。元気な男の子……いや、奥さんに似た可愛い女の子も捨てがたい。
「今日はいい勉強になったわ」
「そうか」
墓地に到着し、親父さんの墓に花を供える。ちなみにここには俺が酒場で働き始める少し前に亡くなった彼女の母親も眠っている。俺達はしばし祈りを捧げる。パトラは特に報告することがあるのか、何やら熱心に祈っていた。
「あのね、バースィル」
「ん?」
祈りを終え、立ち上がろうとするパトラに手を差し出す。俺の手につかまって立ち上がった彼女は不意に顔を覗き込む。俺が首を傾げると、彼女は顔を寄せて耳元で囁く。
「赤ちゃん、出来たの」
「え?」
彼女の告白に俺は一瞬固まる。だが、じわじわと喜びが沸き起こってくる。
「やったー」
俺は喜びのあまりパトラを抱え上げてその場でぐるぐる回り、彼女は驚いて俺の首にしがみついた。だが、母体に負担をかけちゃいけないと我に返った俺は慌てながらもそっと彼女を降ろした。
「本当に?」
「うん。今朝、お医者様に確認してもらったら間違いないって」
「そうか……」
俺は彼女の腹にそっと手を当てる。まだ何の変化もないがここに子供が宿っていると思うと胸が熱くなる。涙ぐむ彼女を俺はしっかりと抱きしめ、そしてそっと唇を重ねた。
「ありがとう、パトラ」
「お礼を言うのは私よ、バースィル。全てを失くしていたと思っていたけど、あなたのおかげでまた家族の温もりを感じることができる。本当に……ありがとう」
「パトラ……」
気づけばだいぶ日が傾いている。俺達は再び墓に祈りを捧げ、子供ができた報告を済ませると、幸せをかみしめながら家路についたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これでバースィル編完結。あと2つほどエピソードありますのでもう少しお付き合いくださいませ。
0
あなたにおすすめの小説
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。
和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。
政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
真面目な王子様と私の話
谷絵 ちぐり
恋愛
婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。
小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。
真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。
※Rシーンはあっさりです。
※別サイトにも掲載しています。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる