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ラシードの事情
おまけ(皇子の初恋)
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お昼寝から覚めた皇子は、近くに誰もいないことに気づいた。もうじき5歳になる皇子はヤンチャな盛りで、目を離せば興味をひかれるままどこまでも突っ走ってしまう。そのために乳母や女官が常に傍についているのだが、珍しく席を外しているらしい。
「よし、探検だ」
歓喜の雄叫びを上げそうになるのを寸でのところでこらえた。実は何日か前にも同じような状況となり、彼は喜び勇んで探検に出かけたのだ。ただ、歓喜のあまり奇声を上げて部屋を飛び出してしまい、脱走がばれてあえなく捕まってしまっていた。
先日の教訓を生かし、皇子はそっと寝台を抜け出して廊下への扉を用心深く開けた。廊下には人の姿はなく、少し離れた部屋……先月産まれた皇女の部屋から女性の声が聞こえてくる。愛らしい皇女はたちまち宮城の人気者となっており、もしかしたら皇子の乳母や女官もその姿を見に行っているのかもしれない。
皇子は足音を立てないように用心しながら廊下を進み、空いている窓から中庭に降り立った。
「お馬さん、どこかな?」
ジャルディードの血がなせる業か、皇子も無類の馬好きだった。今はまだ自分の馬をもっておらず、たまに父や母の馬に乗せてもらうだけで我慢するしかない。今日はせっかくだから馬を見に行こうと思ったのだが、いつもと違う場所から外に出たので方向が分からなくなっていた。
「ま、いいか」
何もかもが珍しいので、心細いという気持ちはわいてこない。何か宝物はないか茂みの中を覗き込み、離宮の床下に潜り込む。
全身を泥だらけにして自由を謳歌していると、どこからか琴の調べが聞こえてくる。
「母様だ」
流れてきたのはよく母親が奏でている聴きなじみのある旋律だった。自分が勝手に抜け出してきたのも忘れ、今度は大好きな母親に会いに行こうと目的を変更する。
潜り込んでいた床下から抜け出し、琴の音をたどって歩いていく。やがてよく手入れされた庭園に出た。見覚えがあるこの場所は両親とよく散歩をする場所だ。琴の音が聞こえてくるのは、よく立ち寄る四阿だった。喜び勇んで近寄るが、そこにいたのは見慣れない綺麗な女性だった。
「……どうしました?」
突然現れた泥まみれの子供に驚いたのか、相手は一瞬言葉に詰まる。皇子は母親が居なかったことにがっかりしながらも、どこか母親に似ているその女性の姿をぽーと眺めていた。
「抜け出してこられたのですね?」
「母様に会いに来たの」
相手は深いため息をつくと、皇子の手を取って四阿に招き入れる。泥と煤に汚れた子供の顔と手をふき、お茶うけに用意されていたお菓子を差し出した。
探検をしていたのですっかり忘れていたが、おやつの時間はとうに過ぎていた。皇子は差し出されたお菓子を貪るように食べ、よく冷ましてくれたお茶で喉を潤す。大冒険して疲れていた上にお腹が満たされれば当然眠くなる。クッションに埋もれるようにして座っていた皇子はそのままコテンと倒れ、どこか安心感のある手に頭を撫でられながらそのまま眠ってしまった。
「全く……」
完全に寝入ってしまった息子の頭をなでながら女装したラシードはため息をついた。いつもの様に妻と午後のひと時を過ごしていたのだが、先月産まれた皇女の世話でファラが中座していた間に昼寝をしていたはずの息子が表れて驚いたのだ。
女装した姿を見せたことがなかったので、さすがに焦ったのだが、息子はそうとは気づかなかったらしい。とにかくこれ以上勝手にさせるわけにはいかない。引き留めておくためにおやつを与えたところ、クッションに埋もれて眠ってしまった。
完全に寝入った子供を連れて戻ろうかと腰を浮かしかけた時、慌ただしい足音と共に血相を変えたファラが数名の女官と共に四阿に駆け込んでくる。理由は聞かなくてもわかる。彼は身振りで一同を制すると傍らに眠る子供を指さした。
「居た……良かった……」
安堵したのかファラはその場に座り込む。ラシードは立ち上がると彼女に手を貸して立たせ、子供を軽々と抱き上げた。
「部屋へ戻る」
皇帝夫妻の遊戯を心得ているお付きの女性達は慌ててその場に平伏する。子供を抱きかかえたラシードはファラを促し、その前を悠然と通り過ぎた。
昼寝から覚めた皇子は当然のごとく怒られた。しかし、当の皇子に堪えた様子はない。
「あのね、母様にそっくりな綺麗な人を見たの。僕、あの人をお嫁さんにしたい」
息子のこの発言にラシードは天を仰ぎ、妻の頼みでも女装するのはもうやめようと心に誓った。
ちなみに……多感な時期にこの初恋の相手の正体を知った皇子は大いにやさぐれたらしい。
「よし、探検だ」
歓喜の雄叫びを上げそうになるのを寸でのところでこらえた。実は何日か前にも同じような状況となり、彼は喜び勇んで探検に出かけたのだ。ただ、歓喜のあまり奇声を上げて部屋を飛び出してしまい、脱走がばれてあえなく捕まってしまっていた。
先日の教訓を生かし、皇子はそっと寝台を抜け出して廊下への扉を用心深く開けた。廊下には人の姿はなく、少し離れた部屋……先月産まれた皇女の部屋から女性の声が聞こえてくる。愛らしい皇女はたちまち宮城の人気者となっており、もしかしたら皇子の乳母や女官もその姿を見に行っているのかもしれない。
皇子は足音を立てないように用心しながら廊下を進み、空いている窓から中庭に降り立った。
「お馬さん、どこかな?」
ジャルディードの血がなせる業か、皇子も無類の馬好きだった。今はまだ自分の馬をもっておらず、たまに父や母の馬に乗せてもらうだけで我慢するしかない。今日はせっかくだから馬を見に行こうと思ったのだが、いつもと違う場所から外に出たので方向が分からなくなっていた。
「ま、いいか」
何もかもが珍しいので、心細いという気持ちはわいてこない。何か宝物はないか茂みの中を覗き込み、離宮の床下に潜り込む。
全身を泥だらけにして自由を謳歌していると、どこからか琴の調べが聞こえてくる。
「母様だ」
流れてきたのはよく母親が奏でている聴きなじみのある旋律だった。自分が勝手に抜け出してきたのも忘れ、今度は大好きな母親に会いに行こうと目的を変更する。
潜り込んでいた床下から抜け出し、琴の音をたどって歩いていく。やがてよく手入れされた庭園に出た。見覚えがあるこの場所は両親とよく散歩をする場所だ。琴の音が聞こえてくるのは、よく立ち寄る四阿だった。喜び勇んで近寄るが、そこにいたのは見慣れない綺麗な女性だった。
「……どうしました?」
突然現れた泥まみれの子供に驚いたのか、相手は一瞬言葉に詰まる。皇子は母親が居なかったことにがっかりしながらも、どこか母親に似ているその女性の姿をぽーと眺めていた。
「抜け出してこられたのですね?」
「母様に会いに来たの」
相手は深いため息をつくと、皇子の手を取って四阿に招き入れる。泥と煤に汚れた子供の顔と手をふき、お茶うけに用意されていたお菓子を差し出した。
探検をしていたのですっかり忘れていたが、おやつの時間はとうに過ぎていた。皇子は差し出されたお菓子を貪るように食べ、よく冷ましてくれたお茶で喉を潤す。大冒険して疲れていた上にお腹が満たされれば当然眠くなる。クッションに埋もれるようにして座っていた皇子はそのままコテンと倒れ、どこか安心感のある手に頭を撫でられながらそのまま眠ってしまった。
「全く……」
完全に寝入ってしまった息子の頭をなでながら女装したラシードはため息をついた。いつもの様に妻と午後のひと時を過ごしていたのだが、先月産まれた皇女の世話でファラが中座していた間に昼寝をしていたはずの息子が表れて驚いたのだ。
女装した姿を見せたことがなかったので、さすがに焦ったのだが、息子はそうとは気づかなかったらしい。とにかくこれ以上勝手にさせるわけにはいかない。引き留めておくためにおやつを与えたところ、クッションに埋もれて眠ってしまった。
完全に寝入った子供を連れて戻ろうかと腰を浮かしかけた時、慌ただしい足音と共に血相を変えたファラが数名の女官と共に四阿に駆け込んでくる。理由は聞かなくてもわかる。彼は身振りで一同を制すると傍らに眠る子供を指さした。
「居た……良かった……」
安堵したのかファラはその場に座り込む。ラシードは立ち上がると彼女に手を貸して立たせ、子供を軽々と抱き上げた。
「部屋へ戻る」
皇帝夫妻の遊戯を心得ているお付きの女性達は慌ててその場に平伏する。子供を抱きかかえたラシードはファラを促し、その前を悠然と通り過ぎた。
昼寝から覚めた皇子は当然のごとく怒られた。しかし、当の皇子に堪えた様子はない。
「あのね、母様にそっくりな綺麗な人を見たの。僕、あの人をお嫁さんにしたい」
息子のこの発言にラシードは天を仰ぎ、妻の頼みでも女装するのはもうやめようと心に誓った。
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