終わりよければ総て良し

花影

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本編

第5話

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「身を隠すにしても姉のところも安心とは言えない。そこで君の兄上の勧めで皇帝もそう易々と干渉できないジャルディードに移ることになった。
ただ、そのままでは人目に付く。変装をした方がいいと勧められ、そしてなぜか女装をする羽目になった。私は君の家庭教師として雇われたという体裁でジャルディードに来たんだ」

ラシードが女装に目覚めたのもこれがきっかけだが、元々後宮の女性に囲まれて育ち、数々の煌びやかな衣装や装飾品を目の当たりにして下地が出来上がっていたのは確かだろう。

「この10年、友人達と密かに書簡をやり取りし、互いの近況を報告しあった。そして彼らは公言した通り出世してそれぞれの次官の地位に就いていた。多くの味方を確保してそれぞれの部署を乗っ取り、アルマースを筆頭にした叔父の側近達の不正の証拠を数多く見つけてくれた。
君への縁談が来たのは、私の存在をどのように明かし、その証拠をどう活用して不正を暴くか具体的な方策を練っている最中だった。それで少し予定が早まったけれど、行動を起こすことにしたんだ。
急な変更にもかかわらず、みんなは迅速に対応してくれた。それでも行動を開始するまで半月もかかってしまった。
真っ先に母を幽閉先から救い出して姉に託した。そしてその一報が届く前に帝都へ移動し、私は正面から堂々と宮城に乗り込んだ。
友人達のおかげで側近達の行動が分かっていたのでその身柄の確保はすんなりと終わり、宮城の制圧はあっけないほど早く完了した。
一方叔父は後宮で酒浸りとなっていた。後から聞き出した話に寄ると、私達に冤罪を着せた呵責に耐えかねた叔父は心身ともに病んでいたらしい。私の姿を見た叔父は半狂乱で泣きわめき、もう正気を失っていた」

ラシードはまたもや難しい表情を浮かべる。ファラがその眉間に浮かんだ皺にそっと触れると、少し表情を緩めた。

「問題の解決を長殿に報告しようとジャルディードへ向かっている途中で更なる問題が起きた。
アルマースの身内の一部が領内の城に立てこもり、私達の行く手を阻んだ。武力で平定するのはたやすかったが、それはあくまで最終手段のつもりだった。
説得を試みている間にザイドが私兵を率いてジャルディードに向かったと情報が入った。奴は私兵の大半を引き連れて行った。私は迷うことなく最終手段をとり、ジャルディードに向かったんだ」
「それで助かったのね」
「躊躇せずに最初からしていれば君に痛い思いもさせずに済んだのにね。ごめんね」
「でも、従兄様が来てくれたからみんな助かったのよ」
「そう言ってくれると気が楽になるよ」

それでもまだ眉間の皺は消えていない。ファラは不思議そうに彼を見上げる。

「皇子であること、黙っていたのを怒っていないか?」
「ちゃんと理由を教えてくれたわ。それに命がかかっていたのでしょう?」
「確かにそうだけど……」

あっけらかんとしたファラの答えにラシードは脱力する。この10年の間の絆が実を結んだと喜ぶべきなのだろうが、なんだか肩透かしをくらった気分だ。

「従兄様がいない間、色々考えたの。従兄様は一体何者だろうって。よくよく思い出したら母様や兄様達は気さくに話していたけど、お祖父様や父様は一目おいてる感じだったし。私の家庭教師として雇われているにしては召使もいっぱいいて優雅に暮らしていたし。本当は身分の高い人なのかなぁって思っていたわ。まさか皇子様だとは思わなかったけど……」

確かにファラの他の家族には彼が皇子であることを打ち明けていた。周囲の目があるので、お互いに了承したうえで自然に振る舞っていたつもりだったが、間近で接していたのでその違いがわかってしまったらしい。
ちなみに彼女だけ知らなかったのは、ここへ来た時にはまだ子供だったことが一番の要因だった。彼女が成人し、折を見て打ち明けるつもりだったのだが、事態が早く動いてしまったために後になってしまったのだ。

「ねえ、従兄様」
「何だい?」
「お祖父様が言っていた3年前って……」

ファラは発端となった騒動の話し合いの折に出てきた2人の会話が気になっていた。家族に聞いても詳しい話は教えてもらえず、終いにはラシードに直接聞けと言われてしまったのだ。

「それは……だね」

急にその話を振られるとは思っていなかったラシードは狼狽えていた。正直言って気恥ずかしい。それでも適当に話を濁しても今の彼女はごまかされないだろう。軽く咳払いをして気持ちを落ち着けると、正直に話そうと腹を括った。

「さっきも言った通り、私は微妙な立場にいた。それでも君を妻に迎えたくて、思い切って長殿に申し込んだんだ」
「3年前に?」

ファラはそれが分からないのだ。昔から彼女はおしとやかさのかけらもない。今でも幼馴染達と外を駆けまわっていると、男の子と間違われることもあるくらいなのだ。異性からそんな風に思われる理由が分からない。

「ジャルディードを味方に付けておこうと思ったとか?」
「あのね、あの時点で既に7年も住んでいるんだよ。そんな事をしなくても彼らの事は信用している。逆にそれが目的で申し込んでいたら私は叩き出されていたよ」

本人に自覚はないが、ファラはジャルディード家の宝である。家族がどれだけ彼女の事を大切に思っているか、ラシードはここに着いた初日に思い知らされたのだ。

「家庭教師を引き受けた当初から綺麗な子だと思っていた。その頃はまだ身内としての感情しかなかったけれど、3年前、その頃から急に大人びて来た君を眩しく思い始めた。邪な思いをどれだけ必死になって隠していたか……」
「嘘……」
「ジャルディードの姫君には方々から縁談が数多く寄せられていた。それを聞いて居ても立ってもいられなくて玉砕覚悟でファラを妻に迎えたいと申し込んだ」

ファラは自分に縁談が来ていたことなど初耳だった。父や祖父がすべて断ったのだろうけれど、地方豪族の娘に過ぎない自分に一体何の価値があるのだろうか?

「この国の優良な軍馬の大半はこのジャルディードで生まれている。軍部を中心に懇意にしておこうと考えるのは当然だろう。けれども、ここでは政略結婚を良しとはしない。しかも君はこの家の宝だ。当然、好きあった人物と結婚してもらいたいと皆思っていたんだろう。
だから当時、私も長殿に言われたよ。ファラが成人した折に改めて申し込んでくれと。それで君が了承すれば、我らは認めると」

実際には「師の立場を利用してファラに迫ったら即刻たたき出すからな」などと過激な言葉が添えられていた。勢いに押されたラシードが神妙に頷いたのは言うまでもない。

「帝都に戻れば私は帝位につく。まだ完全に落ち着いてないから、君を宮城に連れて行けば命の危険もあると思う。それにあそこは窮屈なばかりで君には苦労をかけるかもしれない。それでも傍に居て欲しいと思う気持ちは日に日に強くなっている」

ラシードは立ち上がると、ファラの前に跪く。

「ファラ、改めて申し込みたい。私の妻になってくれませんか?」
「はい」

あっさりと了承してもらい、ラシードは逆に驚いてファラの顔を見上げる。

「あのね、従兄様がいないと何をしてもつまらなかった。でも、逆に嫌なことでも従兄様が一緒なら何でもできそうな気がするの。
一ヶ月の間だったけど離れていて分かったの。私、従兄様の事が好き……」
「ファラ……」

ラシードは思わずファラを抱きしめた。その思いは彼も同じだった。2人は見つめあうと、自然と唇を重ねていた。そしてついばむような口づけを幾度か繰り返したのち、ラシードはファラを抱き上げた。

「いいか?」

何を尋ねられたかは奥手のファラにも分かる。顔が赤くなるのを感じながらも小さく頷いた。彼はそれを確認すると、奥の寝室へと足を向けた。
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