群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

151 彼等の絆8

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「若、起きて下さい!」
「うーん……」
 アレスは寝ていた所をスパークに叩き起こされたが、寝起きの悪い彼は毛布を体に巻きつけ、再び体を丸めて眠ってしまう。
 実の所、アレスは前日の巣の掃討に騎馬兵団に紛れて参加していた。混乱に乗じて妖魔を何頭か霧散させており、力も使ったので疲れていたのだ。しかも寝付いたばかりなので、スパークがいくら声をかけても起き出す気配がない。
「若!」
 自身もフォルビアから夜通し駆けて疲れ切っているスパークは、いい加減に腹が立ってきた。毛布を剥ぎ取り、アレスの体を無理やり引き起こして実力行使に踏み切る。
「……」
 アレスは寝台の縁に座らされていたのだが、またもやコテンと寝具の中に倒れ込む。キレたスパークは頭に拳骨を食らわせ、それでようやくアレスは目を覚ました。
「……もっと優しく起こしてくれ」
「若が起きないからでしょう」
 殴られた個所を撫でながらアレスはのそりと体を起こした。文句を言う彼にスパークは冷ややかな視線を送る。
「急用か?」
「そうでなきゃ、こんな面倒な事しない」
 聖域の竜騎士で一番寝起きの悪いアレスを起こすのは誰もが嫌がり、それはレイドの仕事になっていた。討伐等の緊急時には声を掛けただけで起きるのに、それ以外ではワザとかと思うほど起きないのだ。
「例の薬草園を制圧した」
「……そうか」
 着替えを済ませ、顔を洗って頭をすっきりさせるとようやくスパークから報告を受ける。通いで雇っている家政婦が作り置きしてくれている根菜のスープとパンで腹を満たしながら、アレスはスパークが持参した報告書に目を通していく。
「フォルビアとワールウェイドも協力してくれたのか?」
「貸しもあるし、事前に協力を求めたところ、快く引き受けてくれた」
 ベルクの息のかかる薬草園の責任者は栽培している薬草はもとより、農夫の監禁といった薬草園の内情をエドワルドに知られたくないはずである。査察もどうにかやり過ごしたが、ロイスを監禁していた小神殿が既にアレス達に制圧されている事実に気付いていなかった。
 ベルク側が情報の中継地点にも活用していた小神殿は、現在スパークとマルクスが活動の拠点に使用していた。ミハイルが送り込んでくれたブレシッドの諜報員の手伝いを得、当初は農夫だけ逃がすつもりで情報を集めていた。
 しかし、『名もなき魔薬』を作るだけでなく、それを有効に活用するために飛竜を薬物で操る実験を行っている事実が判明する。しかも既に雛竜に犠牲が出ている。とにかく早い対応が必要と結論付け、彼等だけで行動に移したのだ。
「農夫達は集落が壊滅しているのも知らなかった。それなのに言葉巧みに連れだされた彼等は家族の為に送金していた。その金も全て薬草園を仕切っていたベルクの部下が使い込んでいやがった」
「本当か?」
「ああ。遊興費に充てていたらしい。近くの湯治場の花街になじみの女がいて随分と貢いでいた。ま、そのおかげで俺も情報を得られたんだが」
 やりきれない様子でスパークは大きく息を吐いた。現状を知らされた彼等はその場で泣き崩れた。そんな彼等にかける言葉も見つからなかったのだろう。
「奴ら、絶対に許せない」
「ああ。彼等もさすがに雛竜を犠牲にするのは見ていられなかったようだ」
「その雛竜は何処《どこ》から調達したか分かったか?」
「まだ確証はないがマルモアだ」
「となると、カーマインの一件も無関係ではなさそうだな。里での記述はどうなっているかはまだ返事は来ていないか?」
「まだだ。だが、ここまで来ると、本当に書類の擬装までやっていそうだな」
 アレスは眉間に皺を寄せて報告書を読み進める。
 小神殿にはラグラスにつけた部下からの報告も届けられていた。そこからベルクが滞在しているタルカナへ送られる手筈となっているらしい。
 ブレシッドから派遣された諜報員が来てくれたおかげで、ベルク側に情報操作も行えるようになっていた。先日はラグラスがフレア達の存在に気付き、ラトリへの襲撃計画を立てている事を掴んだ。事前にルイスへ警告を送れたので、それは未然に防ぐことが出来、今は情報操作のおかげでそれが成功したと彼等は信じ込んでいる。
「しかし、ガスパルも良くばれないなぁ」
 報告書は薬草園がらみのものからガスパルが送って来たものに変わっている。現在、ベルクの護衛としてタルカナにいる彼は、主人の信頼も厚く、側に控える事も多いらしい。
「春分節に大規模な夜会を開くらしい。その折に例の薬を分配するとある。出席者もほぼ把握しているそうだ」
「そこを押さえられるといいな」
「そうだな」
 他にも里においての賢者選出の会議にタランテラで行われる審理、ベルクがどれを優先してどう動くのかまだはっきりとは分かっていない。彼自身も迷っている所があり、後は里がどう動くかにかかっている。
「アリシア様は何か?」
「賢者選出する前に審理を行い、それでベルクの手腕量った上、満足な結果を得られれば彼を賢者に……という提案を当代様から出され、賢者方もそれでほぼ合意なさったそうだ」
「……本当に当代様は身方なのか?」
「勘違いするな、そう通達すれば奴は必ず審理の場に来なければならなくなる。そこで糾弾されるのは殿下じゃない。奴だ」
「……じゃあ、その根回しは?」
「ほぼ済んでいる。後は更なる証拠を集められればいい」
 報告書から目を逸らさずにアレスは淡々とした口調でアリシアからの手紙の概要を伝える。内容を全く見ずにただ運んできたスパークはそれでようやく納得したようだ。
「嬢様は?」
「相変わらず、我々に任せると言っている。もう少し自分達の要望を入れてもいいと思うのだが……」
 アレスがため息をつくと、スパークは肩を竦める。
「まあ、嬢様だからな。常に自分よりも他人を気に掛けられる」
「フレアの美徳だが、もう少し自分の事を優先して欲しいと思うよ」
「あー、早く嬢様に殿下を会わせてやりたいよ」
「そうだな」
 アレスは同意すると席を立つ。そして薬草園に絡む新事実を小さな紙片に細かく書き取り、いつも使いに出す小竜を呼び寄せた。
「大事な内容だ。義兄上に届けてくれ」
 小竜は一声鳴くと、寒空の中へ飛び立っていった。

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