群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

198 遠い約束3

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 一家がフォルビアに着く頃には辺りは暗くなっていた。出迎えてくれたオルティスに先導されて広間に向かうと、既に内輪の宴が始まっている。無礼講なので堅苦しい礼服も仕来りも無い。出席者は思い思いに集まって食事をしながらの会話を楽しんでいる。
 目指す相手は一番奥。ひときわ目立つプラチナブロンドとそれに寄りそう丈成す黒髪……今宵の主役でもある2人は当然のように多くの人に囲まれていた。
「殿下、遅くなって申し訳ありません」
「何だ、泊まって来なかったのか?」
「まだやる事は沢山ありますから」
 ラグラスを捕え、ベルクの糾弾も終えて大きな山を乗り越えたからだろう。数日前までの張りつめた緊張感は消え去り、エドワルドが本来持っていた穏やかな空気が蘇っている。一番大きいのは傍らにいる奥方の存在かもしれない。彼女達が帰って来た事によって、心の平安を取り戻したのだろう。
「妻と息子達です。若様の良き遊び相手になればと思い、連れて参りました」
 エドワルドと面識のある妻は臆することなく挨拶を交わして末の息子を紹介する。一方、上の2人は始めての場所に沢山の人。ましてや目の前には今まで見た事も無いようなきれいな髪を持つ人物が立っている。普段のやんちゃな姿は鳴りを潜め、神妙な面持ちでうながされるままに挨拶をした。
「しばらく見ない間に随分と大きくなったな」
「ええ、同感ですね」
 エドワルドがヒースの息子達に会うのは3年ぶり。真ん中の子供が生まれた折に寿《ことほ》いでもらった時以来となる。1年ぶりに息子に会ったヒースも驚いたのだから、3年も経っていればなおの事だろう。
「フレア」
 子供達と握手を交わしたエドワルドは傍らに控えていたフレアを呼ぶ。腕に赤子を抱いた彼女は、妻に挨拶を済ませると、屈んで子供達にも丁寧に挨拶をする。弟よりも小さな赤子に子供達も興味津々で覗き込む。
「かわいい」
「あーちゃんだ」
 再会してからも忙しかった事もあり、こうしてじっくりとエルヴィンと対面するのは初めてかもしれない。自分の息子も髪が少ないと思っていたが、エルヴィンの髪は本当に申し訳程度にしか生えていない。それでも特徴的なプラチナブロンドは自己主張しているのが不思議だった。そして更に見比べてみると、やはり月齢の差から余計に弱弱しく感じる。
 そこへティムを従えたコリンシアが姿を現す。まだ見習いにもなっていないティムはこの場に出るのを固辞しようとしたのだが、フレアやコリンシアが無事に帰還できた最大の功労者としてエドワルドに出席を命じ……許されていた。
 先程まではジグムント等傭兵達が武勇伝を面白おかしく話すのを2人で聞いていたらしいのだが、気をきかせたオリガに呼ばれてここへ来たらしい。
「お姫様だ……」
 結い上げたプラチナブロンドに金の髪飾りをつけ、青いシフォンのドレスを纏ったコリンの姿を見た兄弟は言葉を無くして固まった。3年前に会った時にはコリンシアを伴っていなかったので、初対面となる子供達をそれぞれに紹介すると、特に兄の方は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「今夜は仕来りも何も気にしなくていい。楽しんでくれ」
 いくら無礼講とはいえ、主役であるエドワルドはヒースの家族ばかりを構ってもいられない。内乱中も陰ながら竜騎士達に援助してくれた有力者が挨拶に来たので、エドワルドはその場から離れていく。ヒースも加わりたいが、妻子を放っておくわけにもいかず思案していると、フレアがそっとユリアーナを話の輪に加え、ティムとコリンシアは子供達を誘って運ばれてきたばかりの料理をとりに連れ出してくれた。
 大きなゆり籠に2人の赤子は寝かせられ、それを囲んだ女性陣は話が弾んでいる。ご馳走を取り分けてもらった子供達は傭兵達にかまってもらいながらそれらを食べていた。ヒースは彼等にも目礼して謝意を伝え、エドワルドやアスター等の話の輪に加わった。



 子供達が小さい事もあり、宴を途中で辞したユリアーナと子供達は城の客間に案内された。仕事が忙しいヒースは普段、執務室で寝起きしているらしく、自分用に部屋を確保してもいなかったらしい。急遽整えてもらった部屋で子供達を寝かしつけた彼女は、ほうっと一息つくと初対面となった夫の上司の奥方を思い出す。
 あの後2人の赤子を囲み、フレアとマリーリア、オリガを交えて女性だけで話に花を咲かせた。主にフレアやオリガから逃避行中の苦労話や故郷の村での暮らしぶりを、マリーリアからは冬に卵から孵った幼竜達の話を聞いた。
 聞き役に徹してユリアーナはその間にフレアの人となりを判断しようと注意を傾けていたのだが、その居心地の良さからいつの間にか自分も会話に加わっていた。彼女に仕えるとなると、これから長い付き合いになるはずの他の2人とも打ち解けて話が出来たし、夫人としては何の問題も見いだせなかった。
 本当は夫の頼みを聞いた時点で受けるつもりだった。ただ、気がかりなのは、子供達は父親が迎えに来てくれたのでもう一緒に暮らせると思い込んでいる点だ。この辺は子供達を悲しませないようにどうにか工夫しなければならない。
「まだ、起きていたのか?」
 夜が更けた頃、ヒースが驚いた様子で部屋に入って来た。宴が終わった後に到着した皇都からの一行を出迎え、諸々の事後処理をしていたらこの時間になり、休もうとしたところでこの部屋から明かりが漏れているのに気付いて顔を出してくれたらしい。
「色々と考え事をしておりました」
 我に返った彼女は立ち上がると夫を出迎え、抱擁を交わす。そして目が合うと、2人はどちらからともなく唇を重ねた。
「私、昼間のお話受けようと思います」
 ユリアーナは夫の顔を見上げ、おもむろに口を開く。
「受けてくれるのか?」
「はい。あのお方なら安心してお仕え出来そうです」
「そうか……ありがとう」
 ヒースは安堵するともう一度妻を抱きしめた。
「ただ……子供達にどう説明したらいいか……。悪い人をもう捕まえたから、貴方とずっと暮らせると思い込んでいるのよ。また離れ離れになると分かればきっと泣くんじゃないかしら」
「そうだな……。とにかく出来る限り言葉を尽くして説明するしかないな」
「ええ……」
 眠っている子供達を見ながら、2人はため息をついた。



 後日、夫婦は息子達に事情を説明した。真ん中の息子は少しだけごねたが、コリンシアに淡い恋心を抱いた長男は彼女と一緒に皇都に行くと知ると思いの外あっさりと承諾した。姫君にまとわりつく息子の姿に夫妻は苦笑するしかなかった。



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ヒースの奥方と母親の嫁姑の関係は至って良好。
仕事の虫のヒースが殆ど家に帰ってこないので、随分と助けてもらっている。
ちなみに、ヒースの長男の初恋はコリンシアに見向きもされずに散ることになる。
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