群青の空の下で(修正版)

花影

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第3章 ダナシアの祝福

40 エヴィルの姫提督3

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「フレア、私にもお茶を淹れてくれないか?」
 お茶会は意外な形で終焉を迎えた。仕事を終えたのか、女性ばかりの会場にエドワルドが突然入ってきた。そして一同がいるのもかまわずに堂々と妻に口づけている。フレアは恥ずかしそうに抗議しているが、エドワルドは気にした様子もない。
「あらあら、それではお開きに致しましょう」
 セシーリアが苦笑しながら宣言すると、他の参加者も呆れた様子で席を立つ。最早おなじみの光景らしく、会場を後にしていく。
「では、私達も帰りましょう」
 呆気に取られていたブランカもブランドル公夫人に促されて席を立つ。そのまま家令に見送られて北棟を出ると、そこには1人の若者が所在なく立っていた。
「えらい、えらい。約束通り来てくれたわね」
 夫人に声をかけられて振り向いたその若者はエルフレートだった。母親の傍らにいるブランカに気付き、驚いた様子で目を見開いている。
「え? 何で?」
「貴方が逃げてばかりでちゃんと向き合おうとはしないからでしょう?」
「母上?」
「とにかく、今日は彼女をちゃんともてなしなさい」
「ですが……」
「今日はもう仕事は無いのは分かっていますからね」
 逃げ腰のエルフレートにそう宣告すると、夫人は侍女を伴いさっさとその場を後にする。その狼狽した様子からやはり自分と居るのは本意ではないのかと、ブランカは悲しい気持ちでそっとため息をついた。
「……」
 沈黙が余計に気まずい雰囲気となる。いたたまれなくなったブランカがその場を離れようとすると、腕を掴まれる。
「離してくれないか」
「あ、いや、その……待ってくれ」
「無理をしなくていいぞ」
 腕を振り切ろうとしたが、力の差は歴然としており、悔しくなった彼女はキッと相手を睨みつける。
「頼む、ちょっと付き合ってくれ」
 エルフレートはそう言うと、彼女の腕を掴んだままずんずん歩いていく。すれ違った侍官や侍女は何事かと振り向くほどの勢いで進んでいくので、腕を掴まれたままのブランカは転びそうになりながらついていくしかない。やがて連れて来られたのは南棟と北棟の間にある中庭の1つ。そこでようやく彼は腕を離してくれた。
「強引だな、君は」
「済まない」
 掴まれていた箇所を撫でながら文句を言うと、彼は律儀に謝ってくれる。そんな所は相変わらずだが、やはりエヴィルにいた頃に比べると距離を感じる。
「で、こんなところまで連れて来て君は何がしたいんだ?」
「いや、その……」
 ここへ強引に連れて来た割には煮え切らない態度をとるエルフレートに呆れるしかない。腰に手をあて、仁王立ちをして相手を見上げると、彼は手近にあった椅子に力なく座り込んだ。
「ごめん、その……自分でどうしていいか分からないんだ」
「呆れた奴だな。分からなくて私をこんなところまで連れて来たのか?」
「いや……いや、合っているのか? でも……」
 見たところ、考えがまとまっていないらしい。世話の焼ける奴だと内心呆れながら、一度落ち着くように言うと、深呼吸をしている。ここで急かすとまた同じことになりそうなので、エルフレートが再び口を開くのを大人しく待った。



「最初に謝る。ゴメン、エヴィルにいた頃、男と勘違いしていた」
 エルフレートが何を謝っているのか理解できずにブランカは首を傾げる。そしてよく話を聞きなおしてみると、彼が自分を女性だと気付かなかったことに対して気分を害したのではなかと思っていたらしい。
「気にはしてないよ。それよりもこの国に来てからまともに話をしてくれない事の方が寂しかった」
「それに関しても、ゴメン」
 エルフレートはまたもや深々と頭を下げる。
「君が女性と分かってどう接していいか分からなくなったんだ。エヴィルにいた時の様に接すると、誤解したままだと思うだろうし、急に変えても変に思われる。き、嫌われたくなかったんだ」
 律儀な彼らしい悩みだ。本国でもあまり女性らしい扱いはされていないので気にはしていない。逆に素のままで接してくれる方が嬉しかったのだ。
「なんだ、そんな事で悩んでいたのか? 今まで通りで構わないぞ。本国でも女性として見てくれる奴はいないからな」
「そんな事ないだろう?」
「いや、本当だ。現に未だに婚約者がいないのも、そんなもの好きが居ないからだ。父が幾人かに打診したようだが、全て断られているからな」
 自分で言っていて悲しくなってくるがこれは事実だった。最年少で提督となったが、海賊も妖魔もなぎ倒す彼女の事を尊敬はされても伴侶としては望まれていないのだ。本国ではどちらかというと、男性にではなく女性にもてている。
「……私ではダメか?」
 意図せずに言ってしまったらしく、エルフレートは慌てて口を押える。そんな姿が何だかおかしい。
「君は物好きだな。私を男だと思っていたのだろう?」
 呆れて言い返すと彼の顔はみるみる赤く染まっていく。
「……だから向こうでは悩んでいたんだ」
「そうなのか?」
「ああ」
 顔を覗き込むと恥ずかしいのかそっぽを向かれる。だが、耳まで赤くなっているのが丸わかりだった。
「そうだなぁ。簡単には話はまとまらないだろうけど、それでも両親は喜んでくれそうだ。何せ、嫁き遅れが確定しているし」
「……いいのか?」
「問題は山積みだよ? それでも君が本気なら考えてみようかな」
 ブランカにとって身近にいる男性でエルフレートほど心を許して話ができる相手はいない。貴族間の婚姻には政治的なしがらみが付き物だが、タランテラの5大公家の出身ならその点でも文句のない相手だ。
 だが、5人しかいない提督を国元が易々と他国に嫁がせることは認めないだろう。竜騎士不足が現状のタランテラにおいても、優秀な竜騎士であるエルフレートを現段階で手放す事は出来ない。そこら辺をどう解決するかが問題になってくる。
「では、ブランカ。一緒にその問題を解決してくれないか?」
 エルフレートは一度立ち上がるとブランカの前に跪いた。ブランカはうなずくとその差し出された手を取った。
「本当に君は物好きだな」
 嬉しいのだが出てきたのは天邪鬼な答えだった。
「そうでもないさ」
 エルフレートはようやく自分を取り戻せたらしく、立ち上がるとブランカを抱きしめた。こうして男の人の腕の中にいるのは不思議な気分だったが、案外安心できるものなのだとこの時初めて知った。
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