群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

2 不可解な遭難者2

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 タランテラ皇国の5大公の一つ、フォルビア家の女当主グロリアは、エドワルドの父の叔母にあたる。一見すると、品のいい老婦人に見えるこの女性は、実にはっきりとものを言う人であった。筋の通らない事があると、例え相手が国主だろうと意見を言うので少々煙たがられている存在だった。
 そのグロリアが歳を理由に国政から退き、ロベリアとの境界に近い、自領の屋敷に隠棲したのは10年前の事だった。現在、国政で多大な影響力をもつワールウェイド家の当主は、その知らせを聞いた時にバンザイ三唱をしたとも言われている。他にもほっと胸を撫で下ろした者は少なくないだろう。しかしながらグロリアは、フォルビア家の当主の座を10年経った今でも誰にも譲ろうとしていなかった。
「そなたはどうしてこう、厄介ごとばかりを持ち込むのじゃ?」
 眉間にしわを寄せ、グロリアは向かいに座って夕食をとっているエドワルドに小言を始める。彼は口を動かしながら、内心「さあ、来たぞ」と身構える。
 タイミングは確かに悪かった。気を失った女性を抱えてこの館に着いた時にはすでに日が沈み、グロリアも娘のコリンシアも夕食をちょうど終えたところだった。
 急いで女性の為に部屋を整えてもらい、グロリアの専属医師を呼んでもらった。そして急遽、エドワルドとルークの為に夕食を用意してもらったのだ。
 いつもならば夕食後は赤々と燃える暖炉の傍で読書をして寛ぐのだが、長年の慣習を乱された女大公様は大層不機嫌だった。逆に娘は父親に会えたのが嬉しいらしく、先ほどからエドワルドの左腕にしがみついて離れない。
 御年5歳になるコリンシア姫は、父親譲りのプラチナブロンドの髪とサファイアを思わせる青い瞳の持ち主で、今がかわいい盛りである。しかしながらいかに鍛えた竜騎士であっても、左腕に子供をぶら下げたままでは食事もままならない。一度は子供を外したのだが、今度は背中から首にしがみついてきたので、仕方なく左腕に戻ってもらっていた。
「そのう……そんなに持ち込んでいますでしょうか?」
 ためらいがちに彼は反論を試みる。
「その小姫のおかげで妾は気の休まる暇も無い」
 グロリアは眉間の皺を一層深め、この数日間に起きたコリンシア姫の武勇伝を次々と披露していく。室内で毬を蹴って遊び、グロリアが大事にしていた壺を割ったのを始め、残したのがバレないように嫌いな野菜をクッションの下に隠してつぶしてしまったり、使用人が暖炉の掃除をして集めた灰が入ったバケツを蹴飛ばして部屋中を灰だらけにしたりときりが無い。父親のエドワルドは内心冷や汗をかきながら話を聞いていた。
「父親ならば、人任せにせずにもっと厳しく躾なさい」
 彼がこの館に来るのは1ヶ月ぶりであった。しかも前回は討伐の帰りにほんの一時寄っただけである。
 総督としての仕事だけでなく、ロベリアに駐留する騎士団の団長を兼ねる彼は多忙を極める。しかも妖魔討伐の為に出撃する今の時期は、この館に来る機会が極端に少なくなるのだ。子育てを人任せにしていると言われても仕方ない状態だった。
「申し訳ございません、叔母上」
 今の彼に出来るのは、その場で彼の大叔母に謝る事だけだった。とりあえず父親らしいことをしてみようと、食事が終わった彼は娘を膝に抱き上げてじっと娘の顔を覗き込む。
「叔母上や皆にきちんと謝ったのか、コリン?」
「うん、ちゃんと許してもらったよ」
 小さな姫君は極上の笑顔で無邪気に答える。これをされると皆弱く、誰もが許してしまうのだ。
 エドワルドの妻はコリンシアを産んですぐに他界してしまい、父親をはじめ乳母や周囲の者は可愛そうと思ってしまい、この姫君を甘やかしていた。彼女自身もそれを知っており、例え怒られても最終的には自分の思い通りになるのが分かっているので、悪戯を繰り返していた。加えて昨年、グロリアと気が合わない乳母が体調不良を理由に辞めてしまい、ますます手が付けられなくなってしまっていた。
「ところで、今日連れてきた娘はどうしたのです? 何もここへ連れて来なくても良かったのではありませんか?」
 保護した女性を連れて来た時、グロリアはあまりにも彼女がみすぼらしい恰好をしていたので眉をひそめていた。今はグロリア専属の医師とこの館の侍女が治療と世話をしてくれているが、ただ治療をするだけならば総督府でも良かったはずだと彼女は言っているのだ。
「普通の娘ならば私もそうしましたが……」
「どう違うのです?」
 歯切れの悪い答えに鋭く切り返される。
「妖魔に襲われていた彼女は防御結界を張って身を守っていました。訓練を積んだ竜騎士でも難しい技です。その事から少なくとも彼女の身近に竜騎士がいると思い、粗略には扱えないと判断しました。叔母上にはご迷惑をおかけするとは思いましたが、こちらに連れてきてしまいました」
 エドワルドの言葉にグロリアはじっと耳を傾けていたが、仕方ないと思ったらしく、ため息とともに一つ頷く。
「連れてきてしまったものは仕方ありません。あの者が目を覚まし、身元が分かったらすぐに送り届けてあげなさい」
「ありがとうございます」
 エドワルドは感謝してグロリアに頭を下げる。
 気付けば遊び疲れたらしいコリンシアは、父親の腕の中でうとうとしている。部屋で休ませようと思ったところへグロリア専属のリューグナー医師が診察結果を報告しにやってきた。
「ご苦労だった。すまなかったな、急に呼び出して」
 エドワルドが声をかけるとリューグナーは軽く頭を下げて報告をし始める。
「殿下のご推察通り、失神したのは力の暴走により竜気を使い果たしたものと思われます。外傷と致しましては頭部を強打した痕がありました。また、手足には擦り傷と凍傷が数か所ありますが、いずれも軽症で処置は済ませておきました。頭を打っておりますので、意識が戻りましても数日は安静が必要かと思われます」
「わかった、ありがとう。下がってくれていい」
 エドワルドがねぎらいの言葉をかけると、リューグナーは頭を下げて静かに部屋を出て行った。
「お聞きの通り、数日預かって頂く事になりそうです。申し訳ありません」
 再び身内だけになると、エドワルドはすまなそうにグロリアに頭を下げる。
「仕方ありません。具合が悪い者を放り出す訳には参りません。ただし、リューグナーの許可が出たらすぐに送り届けるのですよ」
 グロリアは決して冷たい人間ではない。道理が通らないことが嫌いなだけである。都で煙たがれるこの大叔母の事をエドワルドは子供の頃から良く知っており、こうして娘を預けるほど頼りにしている。グロリアはグロリアでこうして頼りにしてくれるエドワルドの事を気に入っており、口では面倒だと言ってもあれこれと手を貸してやっていた。今回の事も迷惑そうにしながらも、こうして頼りにして来てくれたことを嬉しく思っていた。
「わかっています。今夜はこちらで休ませて下さい。明朝、あの女性が目を覚まし、身元が分かりましたら、まずはご家族にこちらで保護している事を伝えましょう。おそらく心配して探しているでしょうから」
「そうして下さいな」
 エドワルドの腕の中で、いつの間にかコリンシアはぐっすりと寝入ってしまっていた。今はただ、女性が目を覚ますのを待つしかないので、彼はグロリアに断わって娘を休ませる為に席を立った。使用人を呼んで部屋へ連れて行かせても良かったが、彼にとってこうして娘と居られるのは貴重な時間だった。一緒に寝るのも悪くないと思い、いつもの部屋へ娘を連れて行ったのだった。

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