群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

13 晴れた空の下で5

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 その後、天幕内の様子をジーンがのぞいてみると、フロリエがうとうとしているコリンシアに子守唄を歌ってやっていた。朝早く起きたうえに、はしゃぎすぎたので眠気がきたのだろう。お昼はコリンシアが起きるまでおあずけとなり、団員達はそれまで鍛錬をしたり、魚を釣ったりして過ごしていた。
 一時して天幕の入口が開き、コリンシアとフロリエが出てきた。少し休んだのが良かったのか、フロリエの顔色もだいぶ良くなっていた。
「お腹すいた」
 目をこすりながら父親の元に歩いてくる。どうやら空腹で目が覚めたらしい。
「それでは、お昼にしようか?」
 エドワルドは娘を抱き上げ、自分の膝に座らせる。
「お待ちくださっていたのですか?」
 ジーンに手を引かれながら歩いてきたフロリエは驚いたように尋ねる。
「皆で食べた方がうまいからな」
 フロリエが席に着くと、エドワルドの指示でジーンは自分の小竜を彼女に差し出す。
「それで見えるか試してくれるか?」
「は…はい」
 戸惑ったように返事をして小竜を受け取ると、フロリエは小竜の気持ちをなだめるように頭から背中を優しくなでる。訓練を受けているだけあってすぐに小竜は落ち着き、気持ち良さそうにクルクルと喉を鳴らす。手慣れた様子に一部始終を観察していたエドワルドもアスターも目を細める。
 やがて小竜はフロリエの左肩につかまって大人しくなる。どうやらアスターの指摘した通り、小竜を目の代わりにしていたのは本当のようだ。肩の上にとまっていれば、視線はほとんど変わらないだろう。
「どうだ?」
 エドワルドの問いにフロリエははにかんで頷く。騎獣の目を通した時よりもはっきりと周囲を見渡せる。彼の顔もより鮮明に映し出し、彼女は気恥ずかしくて目をわずかにそらす。
 彼女が小竜を手なずけている間にテーブルには料理が次々と並べられていた。良く煮込んだお肉と野菜のスープに薄焼きのパン、香辛料で味付たあぶり肉と数種類のチーズ。デザートにはもちろん、オリガが用意してくれた蜂蜜入りのケーキが並べられていた。
「ごちそうだな」
「うまそう!」
 体を動かしていた団員達も集まり、簡単にダナシアへの祈りの言葉を口にして食事が始まる。
「口に合うといいのですが……」
 そう言って本日の料理長を務めたゴルトが薄焼きのパンにあぶり肉とチーズを挟んでフロリエに渡してくれる。今日は肩に小竜がいるので手探りをする必要もなく、取り損ねて落としたりひっくり返したりする心配もない。彼女は礼を言って強面の竜騎士からパンを受け取った。
「ありがとう。……とてもおいしいです」
 スープを一口飲み、手渡されたパンを一口かじる。豪快で野趣あふれる料理は、屋外で食べる珍しさもあっていつもより食が進む。コリンシアも父親に取り分けてもらいながら、お行儀を気にしなくていい分たくさん食べているようだ。
 見渡すと他の団員も楽しそうに食事をしている。山ほど盛ってあった料理はあっという間に無くなり、デザートのケーキまでみんなきれいに平らげていた。特にルークはデザートを嬉しそうにほおばっていて、なぜかエドワルドに小突かれていた。不思議なことに、こういった光景をなんだか懐かしく感じてしまう。
 食事が一段落すると、クレストが弦楽器を取り出し奏で始める。第3騎士団の中で最年長の彼は楽器の演奏を趣味にしていて、腕前はプロの演奏家に引けはとらない。ルークの一つ先輩になるキリアンがそれに合わせて笛を吹きだし、流行の歌をみんなで大合唱する。フロリエもつられてその伸びやかな美声を披露し、拍手喝さいを受けた。
 やがて舞踏の陽気なリズムに変わると、ジーンが恋人のリーガスを誘って踊り出す。厳つい大男のリーガスがコミカルにステップを踏む様はなんだかおかしく、笑いが起こる。団員達も手拍子で2人を囃し立て、つられたコリンシアも真似して踊りだした。
「踊らないか?」
 エドワルドがフロリエに手を差し出す。
「ですが……」
「体の力を抜いて、私に合わせればいい」
 そういうと彼女の手を取り、踊りに加わる。クレストが絶妙なタイミングで曲を変え、不安がるフロリエをエドワルドは完璧にリードして踊る。
「上手だね」
 肩に小竜を乗せたままなので、秀麗な顔を間近に見えてしまい、フロリエは顔が赤くなる。それでもエドワルドの巧みなリードのおかげでフロリエも自然と体がそれについていく。2人のダンスに他の団員は魅せられ、我を忘れて見とれてしまう。
「次の機会には是非ワルツを」
 エドワルドはそういうと、フロリエの手の甲にキスをして踊りを終えた。
 日が傾き始めたころ、ピクニックはお開きになった。後片付けは団員に任せてフロリエとコリンシアは一足先に帰る事になった。帰りはエドワルドにアスターが従い、コリンシアはファルクレインに乗りたがった。そのため、フロリエはまたグランシアードに乗ることになり、今度はエドワルドの前に座らされる。
「これを見せたかった」
 小竜をジーンに返していたので再び視界は暗闇に戻っていたのだが、上空でエドワルドに言われてグランシアードの瘤に触れると美しい夕焼けが目に飛び込んできた。
「きれい……」
「今日は…楽しんでもらえただろうか?」
 少しためらいがちにエドワルドが尋ねる。
「はい、とても……。殿下、ありがとうございました」
 背後にあの秀麗な人物がいるのだと思うとフロリエの胸は高鳴ってくる。それをどうにか抑えながら彼女は答えた。
 この日見た夕焼けは、楽しい思い出の締めくくりとして彼女の心の中に深く刻み込まれた。そしてグロリアの館に2人の淑女を送り届けたエドワルドとアスターは、夕食を辞してそのまま総督府へと帰っていった。
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