群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

19 華の皇都4

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 エドワルドは昔使っていた居室に戻ると、侍官に命じてコリンシアの荷物をハルベルトの部屋に運ばせる。そしてようやく堅苦しい正装を解くと、寝台に寝ころび兄に言われたことを思い返す。
 彼が言いたいことはよく分かるが、どこか素直に従えない。エルデネートの事もある。複雑な気持ちで悶々としていると、侍官が来客を告げる。のろのろと起き上がり、客に会いに居間へ行く。
「お久しぶりでございます」
 客はエドワルドの姉の夫、サントリナ公カールだった。彼は50代半ば。でっぷりした体型に薄くなった頭、愛嬌のある外見とは裏腹に政治家としてはなかなかのやり手だった。
「お久しぶりです、義兄上」
 執務の合間に寄ってくれたのだろう。彼は笑顔でエドワルドを迎えた。
「皇都に着いたばかりでお疲れかもしれませんが、ソフィアが今夜の晩餐に招待したいと申しております。今夜のご予定はございますか?」
「今夜? 特に予定はありません。喜んで伺いますよ」
 エドワルドは笑顔で答える。カールは満足そうにうなずくと、招待状を差し出す。
「それでは、こちらを……。迎えを寄越しますので、是非ともアスター卿といらして下さい」
「分かりました。男2人でむさくるしくなりますが、よろしくお願いします」
「それでは、後ほど」
 2人は笑顔で握手をし、カールは再び執務に戻っていった。



 エドワルドの父アロンは2度結婚し、彼には合わせて5人の子供がいた。一番上がサントリナ家へ降嫁したソフィア、2番目がゲオルグの父親ですでに他界している第1皇子のジェラルド、3番目が現在国主代行を努めている第2皇子のハルベルト。4番目が第2皇女のエレーナで、現在は隣国ガウラに嫁いで王妃となっている。彼女までがリネアリス大公家から嫁いだイリス皇妃の子供だった。
 イリス皇妃が病で他界し、大陸の南端にあるエルニア王国から迎えたグリシナ皇妃との間に設けたのが末のエドワルドだった。歳が離れていることもあり、幼くして母親も乳母も亡くしたエドワルドをソフィアとハルベルトは殊の外かわいがり、彼にとって2人は親代わりといっても過言ではなかった。その為、成人した今でも彼は2人に頭が上がらなかった。
 日が沈む頃、サントリナ家から迎えがきたため、アスターをお供にエドワルドは馬車に乗り込んだ。正式な晩餐の為、2人は外衣が最も豪奢な竜騎士礼装に身を固めている。
「ルークはどうしている?」
「宿舎で休んでいます。今日も少し飛んだようですが、旅の疲れもあります。明日もこのあたりの風をつかむために飛ぶと言っていたので、エアリアルの世話もほどほどにして休むように言いました」
「そうだな。大人しく休めばいいが……」
「確かに」
 宿舎には各騎士団から飛竜レースと武術試合に参加する竜騎士達が集まっている。特に一般竜騎士達は相部屋にされるので、意気投合して酒盛りが始まったり、逆に喧嘩になったりする。アスターにも記憶があるが、もはやこれは夏至祭の風物詩になっていた。
 やがて馬車はサントリナ家の門をくぐり、玄関に横付けされる。エドワルドが降りると、サントリナ家の家令が恭しく主の元へ案内してくれる。
「今日はお招きありがとうございます。お久しぶりです、姉上、お変わりありませんか?」
 エドワルドは姉夫婦に礼儀正しく挨拶をする。
「よく来てくださいました、殿下」
「本当に久しぶりね、エドワルド。会えて嬉しいわ。ゆっくりして寛いでいってちょうだい。あなたもね、アスター」
 ソフィアは他の兄弟と違って髪は淡い金色をしており、色白の少しぽっちゃりした女性だった。子供の頃からえくぼがチャームポイントで、もうじき50を迎えようとしているのに、美人というよりはかわいいという印象の方が強い。
 子供の頃からアスターの事を知っている彼女は、後ろに控えている副官にも優しく声をかける。彼は「恐れ入ります」と礼を言って静かに頭を下げた。
「さあ、こちらへ」
 2人に案内されて着いたのは楽団が緩やかな曲を奏でている広間だった。そこには10名あまりの先客がいて、いずれも美しく着飾った妙齢の女性ばかりだった。エドワルドの登場に彼女たちは歓声を上げる。
「う……」
 エドワルドは内心しまったと思った。見事に兄と姉の策略にはまったらしい。
「晩餐……と、うかがっていましたが?」
「ええ、晩餐ですよ」
 躊躇いがちに反抗を試みるが、ソフィアは何でもない事のようにすまして答え、彼を席に案内する。ここで引き返してしまったら、姉の顔に泥を塗ることになる。エドワルドがしぶしぶとそれに従っていると、後ろからはアスターが笑いをかみ殺している気配がする。
 晩餐が始まると、ソフィアが丁寧に女性達を紹介していく。全員で12名。いずれもタランテラでは名の知れた有名な貴族の令嬢ばかりである。彼女たちはここぞとばかりにそれぞれの特技をアピールしてくる。
「マリーリア・ジョアン・ディア・ワールウェイドでございます」
 そして最後に現れたのは竜騎士礼装に身を包んだ女性だった。ワールウェイド公の愛妾の娘で、プラチナブロンドの髪が眩しい。そんな彼女を他の女性達は陰で笑っている。だが、彼女は全く意に介した様子もなく、形通りあいさつすると、彼女はさっさと自分の席に戻った。

 
「どなたかと踊ってみてはいかがですか?」
 やがて食事が終わり、流れる曲が軽やかなワルツに変わると、ソフィアはエドワルドに勧める。この場で誰も誘わなかったら後で何を言われるかわからない。エドワルドは肩をすくめると席を立った。令嬢たちの期待のこもった視線を受けながら、向かった先はマリーリアのところだった。
「一曲踊って頂けますか?」
「私でよろしいのですか?」
「はい」
 マリーリアは驚いた様子だったが、断るのは失礼にあたるので差し出された彼の手をとった。そして、世にも珍しい竜騎士礼装で身を固めた男女のワルツが始まる。皇家の出身であるエドワルドの腕前は当然として、マリーリアもなかなかのものである。
「惜しいな」
「何が、ですか?」
 踊りながら会話をする余裕もある。
「着飾った姿で踊って欲しかったな」
「他の方になさればよろしかったのでは?」
「君と踊りたかったのだよ」
「そう言って何人の女性を口説かれましたか?」
「ははは」
 なかなか手ごわい。
「嫌ならどうして来たのだ?」
「断れなかっただけです」
「一緒だな」
「……」
 やがて曲が終わり、2人は優雅に礼をしてワルツを終えた。次に誰を誘うのか期待のこもった眼差しを受けながら、マリーリアを席までエスコートするとエドワルドは姉夫婦のところへ向かう。
「本日は心のこもったおもてなしをありがとうございました。何分、皇都に着いたばかりで旅の疲れが残っております。今日はこれで失礼いたします」
 その場にいたアスターを除く全員が「えっ?」と思ったに違いない。エドワルドはすましてそう言うと、アスターを従えてさっさと広間を後にする。そして馬車の用意をすぐにしてもらい、城に帰っていった。



 エドワルドは自分の部屋に戻ると、やれやれと思いながら湯浴みを済ませ、寝台にもぐりこむ。そしてうとうとしかけたところへ扉を叩く音が聞こえる。何かトラブルでもあったのかと思い、扉を開けると若い女官が1人立っていた。恥ずかしげに俯き、少し震えている。
「何事ですか?」
「あの……夜のお相手をするように言い付かって参りました」
「へ?」
 夜はまだまだ長そうである。

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