群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

39 フォルビア正神殿2

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 散策に時間を費やしたので、そろそろ部屋に戻ろうかと話をしていると、植込みの向こうからゴソゴソ音が聞こえる。
「何?」
 今日はグロリアが宿泊することもあって、特に客間があるこの居住棟はいつも以上に警備が厳しく、不審者の侵入はありえないはずであった。オリガは恐怖に耐えながらフロリエを背に庇うようにして立つ。
「大丈夫よ、オリガ」
 何かに気づいたらしく、ふっと笑みを浮かべてフロリエは何かが潜む植込みに近づいていく。オリガはあわてて止めようとするが、彼女は見えていないとはとても思えない足取りで茂みの傍に近寄るとしゃがみ込む。
「出ていらっしゃい」
 優しく声をかけるとゴソゴソと茂みの中から一抱えほどの大きさの飛竜がよたよたと出てきた。
「幼竜?」
 赤褐色の幼竜はしゃがみ込んだフロリエの膝に乗り、クウクウと甘えた声を出すので、彼女は優しく話しかけながら、幼い飛竜の頭を撫でてやる。オリガとイリスもようやく緊張を解いて、しゃがみ込んだフロリエの傍に寄る。
「どこから迷い込んだのかしら?」
「飛竜の養育所が隣にありますから、そこからだと思います」
 幼竜はフロリエの腕の中で機嫌よく喉を鳴らしている。飛竜は初対面の人間にすぐには懐かないと言われているが、その事実をあっさり裏切る光景を目にしてイリスは目を丸くしている。
「連れて行ってあげましょう」
 フロリエは幼竜を抱き上げて立ち上がる。飛竜は国の宝である。このまま放置することはできないので、他の2人にもそれは異存がなかった。



 3人が養育所へ行くと、幼竜が1頭行方不明になって大騒ぎしていたところだった。担当の神官たちが大慌てで捜索しているところへ幼竜を抱いたフロリエが現れ、一同は安堵と驚愕を持って迎えられたのだ。
「ハーブ園にいたのですか? よくあんなところまで……」
 責任者の神官はフロリエやオリガの話を聞いてほっと息を吐いた。例え幼竜一頭でも不始末から何かあれば、彼の首が危ないのだ。無事に戻ってきた幼竜をフロリエから受け取ろうとするが、幼い飛竜はしっかりと彼女にしがみつき、更には尾を彼女の腕に巻きつけている。
「おうちに帰ってきたのよ?」
 フロリエは飛竜の顔を覗き込むようにしているが、一向に離れる気配がない。とりあえず幼竜の保育部屋まで連れて行くことになり、彼の案内で養育所の奥へと足を踏み入れる。

 クウクウ……キィキィ……

 そこにはこの春に卵から孵った10頭余りの幼竜がいた。掃除が行き届いた清潔な床に藁が敷かれ、色んな色の飛竜の子供がコロコロと遊んでいた。神官の話では、迷子になった幼竜はグランシアードの仔らしい。
「さあ、みんなの所へ行きましょうね」
 フロリエは幼竜を抱いたまま床にしゃがむと藁の上に降ろそうとするが、やはりなかなか離れない。そうしている間に他の幼竜が寄ってきて、いつの間にかフロリエは囲まれていた。
「これはまた……珍しいことですね」
 腕に抱いていた幼竜だけでなく、近寄ってきた他の幼竜までもが彼女の膝の上によじ登り、甘えた声を出し始めた。フロリエは困惑しながらも寄ってきた幼竜達の頭を撫でてやり、歌うように声をかけている。その場にいた担当の神官達はその光景に絶句する。
「あの方は特別な祝福を授かっているのかもしれませんね」
 責任者の神官はしみじみとつぶやく。長く飛竜に携わってきた彼でもここまで懐かれる事は無く、初対面でそれをやってのけた彼女に畏敬の念を抱いたようである。
 さすがに客人にいつまでもここにいてもらうわけにはいかず、担当の神官たちは奥の手でフロリエから幼竜たちを引きはがすことにした。少し早いが彼らに食事を用意したのだ。
 食べやすく固い皮と種を取り除いた甘瓜と柔らかくなるまで茹でてほぐした鶏肉を出してくると、食欲旺盛な幼竜達は我先にとそれに群がる。
「今のうちです」
 幼い飛竜が離れてほっとしているフロリエに、責任者の神官は手を貸して立たせ、保育部屋の外へと連れ出してくれる。空を飛ぶ生き物らしく一頭一頭の体重はそれほど重くないのだが、何頭も群がって体に昇ってくるとさすがに重い。甘えてくる幼竜は可愛いのだが、ようやく解放されて安堵したのが正直な気持ちだった。
「見つけてくださってありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、助かりました」
 改めて責任者の神官はフロリエに礼を言うが、フロリエは逆に幼竜達から解放してくれた事に礼を言う。
「女大公様が心配なさっております。そろそろ戻りましょう」
 気付けば日が大きく傾き始め、神官長との晩餐の時間が迫っていた。フロリエも同席することになっているが、汗をかいたり床に跪いたりした衣服は改めなければならない。
「そうですわね。行きましょう」
 フロリエは神官たちに優雅に挨拶をすると、オリガに手をとられてあてがわれている客間に急いで戻ったのだった。



「はっはっは」
 フォルビア神殿の神官長、ロイスは幼竜の一件を聞いて楽しげに笑った。
 結局、フロリエは約束の刻限に遅れてしまい、正直に理由を伝えて待たせた無作法を2人に謝罪した。しかし、その顛末を既に知らされていたらしく、ロイスもグロリアも快く許してくれたのだ。
「それにしても、類稀な力をお持ちのようだ。あの幼竜達が離れたがらないとは……。話はある程度女大公様や殿下にお聞きしておりましたが、よもやここまでとは思いもせなんだ」
 フロリエの身元を探すために、エドワルドは神殿にも手紙を出して協力を仰いでいた。ロイスは防御結界が出来るなどといささか誇張が過ぎると思っていたのだが、実際に彼女に会ってそれが誇張ではない事をはっきりと認識したようだ。
「あれは虚言など口にはせぬ。何ぞ彼女に繋がるような話は知らぬか?」
「そうですなぁ……。確かに大母補に匹敵する力をお持ちのようですが、タランテラ皇国内ではその様な女性の存在を耳にはしておりませんな。例え……こう言っては大変失礼ではありますが……盲目の身でありましても、これ程の力がございましたら少なくとも神殿に何らかの情報が持ち込まれているはずでございます。過去の資料を調べさせましたが、そのような記録は残されてございません。この方のご出身は他国に間違いないでしょう」
 ロイスは人の良さそうな笑みをフロリエに向けるが、気付いていない彼女は首をかしげて2人の会話に耳を傾けている。
「他国の者となれば、そなたの方が伝手も多かろう? もう少し調べてみてはもらえぬか?」
「時間がかかるやもしれませんぞ?」
 フロリエを救出したエドワルドが神殿側に彼女の身元の調査を依頼して3月あまり経っている。国内の調査だけでもそれだけかかっているのだ。大陸全土となると答えを得るのに年単位の時間が必要になるかもしれない。
「かまわぬ。エドワルドも別口で依頼してくるといっておるし、例え何年かかろうとも、その間にこの子に不自由はさせぬ。妾がダナシア様の元に召されても、後はエドワルドが引き継いでくれよう」
「女大公様、そのような寂しいことを仰せにならないでくださいませ」
 フロリエは真剣な表情でグロリアに懇願する。
「ほんにそなたは優しいのう。このままでは色々と心配がある故、そうすぐには逝ったりせぬよ。じゃが、妾ももう年じゃ。いつまでもこのままとは言い切れぬのが歯痒い」
 安心させるように隣の席のフロリエの頭をグロリアは優しくなでた。彼女は今にも泣きだしそうな顔をしている。
「そこまで思ってくれる者がいると言うのは嬉しいのう」
 グロリアがしみじみと呟くと、ロイスは互いにいたわりあう2人の姿を見て満足げに頷いた。
 その後は会話が途切れ、少ししんみりした空気が漂う中、その日の晩餐は終了した。



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12時にもう一話更新します。

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