群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

46 故郷に錦を1

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 離宮に向かう一行を着場で見送った後、ルークは馬を借りに厩舎に向かったところでユリウスに呼び止められた。皇女との婚約が公表されたからか、彼の後ろには警護らしき騎士が2人控えている。
「ルーク卿、殿下はお帰りになったのでは?」
「ああ。今、お見送りしたところだ。俺……私は休暇を頂いた」
 ルークはそう言って実家に帰る前に城下で土産を買いに行くところなのだと説明する。
「私には畏まらなくていいよ。皇都は初めてかい?」
「ああ」
「私で良ければ案内しようか?」
 ユリウスの申し出にルークは躊躇した。確かに皇都は初めてなので、案内してくれる人物がいるとすごく助かるが、それを彼に頼んでいいのだろうか?
「私も休暇を頂いたんだ。家に帰るつもりだったからちょうどいい」
 ルークの葛藤を見抜いたユリウスはそう言葉を添える。
「いいのかな? 本当に?」
「もちろん」
 ユリウスは快諾し、2人は連れだって城を出た。当然のようについてくる護衛がいるのは少し窮屈だったが……。



夏至祭が終わり、露店の数は減ったものの、ロベリアとは比べ物にならないほど街はにぎわっていた。
 報奨金で懐が豊かだったので、先ずはユリウスが案内してくれた酒屋でいつもよりは値の張る蒸留酒とワインを選んだ。更にそこで紹介してもらった革職人の店で父親の為に革製の前掛けと兄と自分用に凝った細工の腰帯を選ぶ。そこまでは順調だったのだが、母親や妹、そして絶対忘れてはいけないオリガへの土産は見当もつかなかった。
「うちの母が贔屓にしている店を紹介しようか?」
 大公夫人の御用達と聞いて財布の中身が心配になったが、参考にはなるだろうとその店に案内してもらった。だが、高級品を扱う店ばかりが並ぶ一角に足を踏み入れると、場違いな気がして不安が募ってくる。
「ここだよ」
 案内されたのは小物を扱う店だった。レースやフリルをふんだんに使ったものが並ぶ店は、金のあるなしに関わらず男は入り難い店のはずだが、ユリウスは慣れた足取りで店の中に入っていく。ルークも彼に手招きされて後に続き、護衛の騎士は外で待機した。
「ハンナ、いるかい?」
 ユリウスが声をかけると、母親と同年代と思しき女店主が奥から出てきた。彼女の服にもふんだんにレースが使われているのだが、恐ろしいことにそれが非常に似合っている。
「まあ、ユリウス様。よくおいで下さりました」
 ユリウスの姿を見て、彼女は嬉しそうに挨拶をする。
「今日は奥様の御用でございますか?」
「違うよ。彼の買い物に付き合ってきたんだ」
 ユリウスはそう言ってルークを紹介する。
「これはようこそ」
 大事なお得意様の連れだからだろうか、簡素な騎士服姿のルークにも店主は丁寧に挨拶してくれる。
「こ、こんにちは」
 店の雰囲気に圧倒されながらもルークは店主に挨拶を返した。
「彼はすごい奴でね、今年の飛竜レースの一番手だよ」
「ユ…ユリウス…」
 ルークは焦ってユリウスを止めようとするが、彼はルークの肩をがっちり掴み、「いいから任せろ」と言って店主に彼をアピールする。
「まあ! 見ましたわ。凄かったですわね、この方があの時の……」
「そうだよ。おまけにアロン陛下から雷光の騎士という二つ名まで頂いた」
「お近付きになれて嬉しゅうございますわ」
 店主のハンナはルークの手をとり、しっかりと握りしめる。
「は…はい……。それは、どうも……」
 彼女の乙女なオーラにどうしていいか分からず、ルークは固まってしまう。
「それでね、ハンナ。彼はこれから親御さんに会いに行くらしい。お土産を持っていきたいらしいから、何かお勧めしてくれないか?」
「まあ、素晴らしいですわ! ちょっとお待ちになって」
 ハンナは鼻歌を歌いながら一旦店の奥に姿を消し、すぐに何かが入った箱を持って出てきた。中央の空いたテーブルの上に箱を置くと、中からレース編みのショールを取り出した。
「これは熟練の職人が3年かけて編み上げたものですわ」
 おそらくはこの店で最高級の品だろう。繊細で緻密な模様は綺麗だが、値段を聞くのも恐ろしい。
「ハンナ、これは本当に素晴らしい品だけど、彼自身としては普段にも使えるような物の方がいいんじゃないかな?」
 すっかり固まってしまっているルークに代わり、ユリウスが助け舟を出してくれる。
「そ、そうですわね」
 ハンナもユリウスの言葉に納得し、最高級品はすぐに片づけてくれた。代わりに店頭に並べているショールの中から手ごろな値段の物を持って来ると、一枚一枚模様がよく見えるように広げてくれる。どれも素晴らしいものだったが、母親が好きな芙蓉の花柄と緻密なつる草模様とで悩む。
「芙蓉にしようかな……」
 つる草模様も捨てがたかったが、結局は母親の好みを優先させた。
「後は妹さんのだっけ?」
「うーん、どうしよう」
 やはりルークは悩んでしまう。ハンナは若い女性に人気のある手袋やレースの付け襟、数種類のハンカチを広げて見せてくれる。
「田舎だからな……ハンカチが一番実用的かな……」
「おしゃれを楽しみたいお年頃でございましょう? こういった付け襟も喜ばれますよ」
「そう?」
 助けを求めるようにユリウスを見るが、彼は肩を竦める。結局、勧められるままに妹にはレースの付け襟を選んだ。
「もう一つ……」
 そうつぶやきながらルークは並べられた小物を眺める。並べられたハンカチの中に、先程迷ったつる草のデザインを見つけてそれを手に取る。同じデザインの手袋もあった。
「この2つもお願いします」
「付け襟とご一緒に包みますか?」
「いえ、別にしてください」
「かしこまりました」
 店主は選んだ品を預かって店の奥に行く。高級品に相応しく、丁寧に包装してくれるらしい。
「何だい?」
 土産を選び終えて一息つくが、ふと、ユリウスの視線を感じてルークが振り向く。
「妹さんのとはわざわざ別に? じゃあ、あの手袋は誰のかな?」
「う……」
 思いっきり狼狽えてしまい、嘘がつけない自分を呪った。
「妹さんは1人だと言っていたよね? じゃあ、恋人かな?」
「いや……その……」
「雷光の騎士殿も隅に置けないな」
 ユリウスは意地の悪い表情を浮かべながら彼の脇腹を肘でぐりぐりしてくる。
「そ……そんな訳ではなくて、本当に…まだ…その……」
 ルークはしどろもどろでどうにかごまかそうとするが、ユリウスの追及は続き、彼の片思いを白状させられる。
「あはは。ルークらしいな。向こうに帰ったら、あれを渡して告白か?」
「う……自信は無いけど……」
「お守りまでくれたんだろ? 絶対、向こうも気があるよ」
「そ、そうかな……」
 顔が真っ赤になっているルークをユリウスは実に楽しそうに眺めている。
 そこへ店主が包装した商品を持って現れる。ルークは懐から財布を取り出し、代金を支払った。今日の買い物でもらった褒賞の半分を使ってしまったが、元々は家族の為に使おうと思っていたので惜しくはない。後いくらかは仕送りとして家においてくるつもりだった。
「妹さんと片思いの彼女にリボンをサービスしておきました。頑張ってくださいね」
 店主がにっこりと笑って包みを差し出し、ルークは更に顔を赤くした。
「あ、ありがとうございます」
 かろうじて礼を言い、包みを受け取る。



 土産選びに時間がかかったので、もうそろそろ出発しないと実家のあるアジュガの町に着く頃には日が暮れてしまう。彼は改めて店主に礼を言うと、店を後にした。
「ユリウス、本当に助かった。ありがとう」
「どういたしまして。告白、頑張れよ」
「や、やめてくれ」
 買った品物を背嚢に入れようとしていたルークは手を滑らせそうになる。
「では、これで失礼するよ」
「ああ、ありがとう」
 どうにか無事に荷物をまとめ終えたルークはユリウスと握手をして別れた。事前に城への最短ルートを教えてもらっていたルークは、大急ぎで城へと戻り、一息つく間も惜しんでエアリアルと共に故郷の町へと向かったのだった。


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