群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

48 故郷に錦を3

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 翌朝ルークは、エアリアルが餌を催促する声で目覚めた。仮眠する程度しか寝ていないが、久しぶりの実家と言う事もあって気分は悪くない。急いで着替えて階下へ降りると、母親が朝食の支度をしていた。
「おはよう、母さん」
「おはよう、ルーク。エアリアルのご飯はこれでいいかい?」
 母親が指差した先には、とれたての野菜が入った桶が置いてある。早いうちに置きだして畑でとってきてくれたのだろう。
「何よりのご馳走だよ」
 ルークは桶を片手に裏口から外に出る。既に何人かの子供達がエアリアルを見に集まっていた。昨日瓜をくれた子供がひときわ大きく手を振っている。
「おはよう」
 ルークが声をかけるとみんな手を振ってくれる。竜舎の柵を開けてエアリアルを出してやり、井戸で水を汲んで飲ませてやる。母親が用意してくれた野菜をあげ始めると、瓜や李を手にした子供達が寄ってくる。
「母ちゃんが飛竜に持って行ってやりなって。あげていい?」
「そうか、ありがとう」
 ルークは子供達に礼を言うと、順番にそれらをもらいながらエアリアルを触らせる。子供達が持ってきた物と桶の野菜でエアリアルはお腹がいっぱいになったらしく、ゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らす。ルークは桶を片づけ、専用のブラシで彼の全身をこすって朝のお手入れを終了する。
「ちょっと、散歩してこい」
 ちょうど朝食の準備が出来たと妹が呼びに来たので、ルークはエアリアルを散歩に行かせる。力強く地を蹴り、優雅に羽ばたいて飛竜が空に舞うと、子供達は歓声を上げる。昼過ぎには他に4頭の飛竜がここに来る。町の人達はどんな反応を示すか楽しみでもあり、怖くもあった。



 家族5人で朝食をとった後、ルークが荷物をまとめていると、父親が何かが入った袋を持ってきた。
「この間言っていた金具を作ってみた。試しに使ってみてくれ」
 袋の中には飛竜の装具を止める金具が入っていた。一般的なものだとつけたり外したりが手間なので、親子で知恵を出し合い改良を重ねてきたのだ。
「ありがとう、使ってみるよ」
 ルークはありがたく受け取って背嚢に片付けた。更には母親が新調した着替え一式を出してきたので、荷物は来た時と変わらない量になった。
 予定ではエドワルド達が来るのは昼過ぎになるので、ルークは昼まで基礎的な鍛錬をして過ごした。途中、自警団に所属する友人も加わって鍛錬に励んだが、竜騎士とは基礎体力が根本的に違い、彼らは早々に音をあげる羽目になる。
 昨夜のうちに上司が来る事を伝え、念のために彼等には警護を頼んでいた。彼らと休憩しながら打ち合わせをし、散歩から帰ったエアリアルの世話をするともう太陽は真上に昇っていた。家族と軽く昼食を済ませ、来客を迎える準備の仕上げを行う。
「なんだかドキドキしてきた」
 妹はお土産の付け襟を余所行きのワンピースに付け、レースのリボンを軽く結った髪に飾っている。お土産が早速役に立ったと嬉しそうにしているが、尋ねてくる相手が皇家の人間と聞いて緊張しているようだ。それは他の家族も同様で、一張羅に着替えた彼らは先ほどから落ち着きなく立ったり座ったりしている。
「気さくな方だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
 暑いので上着と長衣は脱いで腕にかけたままだったが、竜騎士正装に着替えたルークが居間に行くと、落ち着かない様子の家族が目に留まる。緊張を解こうと明るく声をかけるが、彼らは一様にその姿をポカンと眺めている。
「ルーク……だよな?」
「兄さん?」
 ルークは不思議そうに首をかしげていたが、家族の前で竜騎士正装になるのは初めてだと思い至る。
「変かなぁ?」
「いや……驚いた。そうしていると、本当に竜騎士様なんだなぁ」
「何だよ……」
 感慨深げに頷く家族にルークは憮然とする。その様子に他の家族はたまらず笑い出し、先程までの緊張が嘘のようにとけていた。
「エアリアルの準備をしてくる」
 ルークは肩を竦めると、荷物を手に裏口から表に出る。コリンシアの休憩が済めばすぐに出立出来るように、エアリアルの装具を整えて荷物を載せる。
「騎士様、かっこいい!」
 ルークの姿を見て子供が声をかけてくるので手を振ると歓声が上がる。今朝よりも頭数が増えているし、大人も混ざっている。なんだか見世物になった気分だった。




 裏の草地に飛竜が4頭降りれば窮屈かもしれないが、少しの間だけ我慢してもらうしかない。水飲み用の桶を父が用意してくれたので、それに水を張っていると、エアリアルが空に向かってゴッゴウと一声鳴いた。仲間の飛竜に対する挨拶である。
 ルークは急いで脱いでいた上着を着て長衣を羽織る。竜騎士の正装した姿を見て集まった人たちから大きなどよめきが起こる。そんなに違うだろうか? と自問自答しながら北の方角に目を向けていると、山の向こうから見覚えのある飛竜が飛んでくる。
 先頭はファルクレイン。次にグランシアード、ジーンのリリアナが続いてしんがりはリーガスのジーンクレイだ。エアリアルを通じて草地に降りてもらうよう伝えると、4頭の飛竜は優雅に着地した。
「よくおいで下さいました」
 ルークが竜騎士の敬礼をする。
「押しかけてすまないな」
 竜騎士正装姿のエドワルドがグランシアードの背から降り、騎竜帽を脱ぐ。陽光を受けてキラキラと輝くプラチナブロンドが露わになると、遠巻きに眺めている町の人達から大きなどよめきが起きる。他の3人も正装しており、城ではあまり感じなかったが、並んで立つと壮観である。
「いえ、大丈夫です。姫様もお疲れでしょう、母がお菓子を用意してくれています」
「ほんと?」
 グランシアードの背から降ろしてもらったコリンシアは目を輝かせてルークを見上げる。
「こちらです」
 飛竜達が用意された桶の水を飲み始めたので、ルークは休んでもらおうと一行を家へと案内する。家の前では家族が出迎えていたが、さすがにエドワルドを前にすると固まってしまっている。
「ルークが所属する第3騎士団を率いております、エドワルド・クラウスと申します」
「は、はい、お話はかねがね…む、息子から聞いて……伺っております」
 返答する父親の声は完全に裏返っている。ルークはすかさずエドワルドに家族を、家族にも上司を手短に紹介し、中で休んで頂こうと提案する。両親もそれにはぎこちなく頷き、家の中に一行を招き入れた。
 ガチガチに緊張した一家を救ったのはコリンシアだった。母親が作った干し果物入りの焼き菓子を出したところ、子供らしい声を上げて喜び、おいしそうにほおばり始めた。彼女の仕草一つ一つがかわいらしく、ルークの家族もそれを見て少し緊張が解けた様子だった。
「既にお聞き及びと思いますが、ルークは今年の飛竜レースで1位帰着となり、晴れて上級竜騎士となりました。敬称を持つことを許され、我が父アロンから『雷光の騎士』の称号まで与えられました。
 我が団の名声も上がり、私も誇りに思います。今しばらく、貴重な戦力である彼の身を我が団で預からせていただく事をお許しください」
「む、息子がですか?」
 出されたお茶を優雅に飲みながら放たれた言葉に、ルークの家族は動揺し、ルーク自身はバツが悪そうにしている。
「ルーク、話はしなかったのか?」
「飛竜レースの話はしました。称号の件はあまりにも恥ずかしくて言ってません」
 後ろで控えるアスターがルークを睨むと、彼は正直に白状する。
「お前らしいな」
 ルークの答えにエドワルドもアスターも苦笑する。



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12時にもう一話更新します。
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