群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

60 短い夏3

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 いつの間にか朝晩はしのぎやすくなり、夏が終わろうとしているのを肌で感じ始めたこの日、ロベリアの有力者でもあるジーンの実家、ドレスラー家で祝いの席が設けられていた。
 名目は竜騎士リーガスとジーンの結婚披露。春の終わりに神殿で式は済ませていたが、身内や親しい人々へのお披露目は今日行われていた。
 隊長として、部下を率いる立場のリーガスは当然として、今年はまだ現役を続けるつもりのジーンも秋になれば冬に備えて奔走することになる。そこで秋になる前にお披露目を済ませてしまう事になったのだ。
「やれやれ……」
 新調した竜騎士礼服の襟元を少し緩めながら、リーガスは人気のない庭に逃げ出していた。日が傾き、茜色に染まった景色を眺めながら、持ち出したワインのグラスを1人傾けていた。
 招いたのが身内とごく親しい人々とはいえ、ドレスラー家は数多くの竜騎士を輩出し、舅は副総督も務めたこともある地元の名士である。招待リストに載らなかった近隣の知人が朝から祝いに押しかけてきて、その対応に追われたリーガスは夜会が始まる前から疲れきっていた。しかも思った以上の大規模な夜会になってしまい、こういった事に慣れていない彼はまだ妖魔を討伐している方が楽だと1人でぼやく。
「あ、いたいた」
 聞き覚えがある声に振り向くと、本日のもう一人の主役である彼の妻が真っ白なドレスの裾を見事にさばきながら近寄ってくる。
「ジーン。ここにいていいのか?」
「それはこちらのセリフ。団長がいらしたわ。挨拶しないと」
「……わかった」
 あの中に戻されるのか……と憂鬱な気分を引きずりながらジーンに手を引かれて嫌々広間に戻ると、一際目立つ存在が舅となった人と会話を交わしていた。傍らには愛らしい衣装に身を包んだ小さな姫君がいて、その後ろには今ではすっかりその母親役が板についてしまった優しげな女性が控えている。
「おじちゃん!」
「姫様、お越し頂きありがとうございます」
 リーガスの姿を見て、姫君が駆け寄ってくる。夏至祭に同行して以来、すっかり姫君に懐かれた彼は苦笑しながら彼女を抱き上げ、上司に近寄る。
「ありがとうございます」
「姫様、お越し頂きありがとうございます」
 リーガスの姿を見て、姫君が駆け寄ってくる。夏至祭に同行して以来、すっかり姫君に懐かれた彼は苦笑しながら彼女を抱き上げ、上司に近寄る。
「ありがとうございます」
「一息入れている最中にすまなかったな」
 リーガスが耐え切れずに逃げ出していたのをエドワルドはお見通しであった。
「いえ……。フロリエ嬢もありがとうございます」
「本日はお招きいただきありがとうございます。女大公様より良しなにと言付かってございます」
 後ろで控えていたフロリエは上品に淑女の礼をする。今日はエスコート役のエドワルドに合わせたのか、目の覚めるような群青色のドレスに身を包んでいる。さすがにこの様な場に連れて来るのははばかれたのか、いつも肩にとまっている小竜の姿は無い。それでも、そのハンデを感じさせないほどコリンシアに対する心配りは自然で行き届いている。
 本人は気付いているかどうかわからないが、エドワルドの連れと言う事でかなり注目を集めていて、広間のあちこちから、『殿下の新たな恋人か?』といった内容のひそひそ話が聞こえてくるほどである。
「グロリア様にお礼申し上げてください。できれば、一息入れていた件は内密に……」
「かしこまりました」
フロリエは微笑むともう一度優雅に礼をした。



「お前たちは踊らないのか?」
 会場に流れる舞踏の音楽に合わせ、広間の中央では数組のカップルが既に踊っている。さすがに皇都で行われた舞踏会ほど洗練されたものではないが、色とりどりの衣装が翻る広間の華やかさは変わらない。
「踊りましたよ。一番最初に」
 エドワルドの揶揄するような問いにリーガスは苦虫をかみつぶしたような表情で答える。舞踏の腕前は悪くはないが、好んでするほど好きではない。彼としては一回披露すれば充分で、後は好きな奴に任せればいいという考えだった。
「見逃したか、それは残念だ」
「団長こそ披露したらいかがですか? 引く手も数多でしょうに」
 熱い視線を一身に受けているにもかかわらず、それに気付いていながら受け流していくのはさすがとしか言いようがない。それでいて、終始彼の視線の先にあるのは娘とその世話を焼いている女性だった。
 今はジーンを含めた3人でガールズトークに花を咲かせている。ちなみに最近は、彼女達にオリガを加えた4人でいる姿をグロリアの館で良く見かけている。
「後が大変だから気乗りはしないが……」
 エドワルドは杯の中身を空にすると、談笑しているフロリエの側に近寄る。今日は彼女のエスコートに徹するようにとグロリアから命令を受けているが、言われるまでもなくそうする予定だった彼は彼女にそっと手を差し出す。
「フロリエ、曲が変わる。一曲お相手願えるだろうか?」
「で、殿下?」
 まさかダンスに誘われると思ってもいなかったフロリエは、自分の耳を疑った。
「正式な舞踏会ではないから、気を楽にして私に合わせればいい」
「は、はい」
 フロリエが頷くと、エドワルドは彼女の手を取り、甲に口づけるとエスコートして広間の中央に立つ。他に踊ろうとしていたカップルは慌てて壁際に戻ってしまい、踊るのはエドワルドとフロリエだけになってしまった。会場はざわめいていたが、新たな音楽が流れ始めるとシンと静まり返る。
「緊張してる?」
「はい……」
 目に見えなくても周囲の視線は痛いほど感じているが、エドワルドに導かれて曲に合わせて静かにそして流れるようにステップを踏み始める。急に誘われて踊れるかどうか不安であったが、体はそれをどうやら覚えているらしい。エドワルドのリードに合わせて自然と足が動いていた。
「お見事です」
「殿下のリードが完璧ですから……」
 フロリエの技量を推し量っていたエドワルドは徐々にステップの難易度を上げていく。それについてくる彼女に賞賛を送ると、恥ずかしげに頬を染める。エドワルドは皇都でマリーリアと踊った時とは異なる高揚感に浸っていた。
 やがて曲が終わり、2人が優雅に礼をすると、集まった人々から歓声が起こる。初めはどこか冷ややかに見ていた彼等も、エドワルドと共にいて引けを取らないフロリエの容姿とダンスの技量に心を奪われたようだ。
「いやー、お見事です」
「フロリエ、すごーい」
「素晴らしいですわ」
 ダンスを終えた2人を新郎新婦と小さな姫君が迎える。コリンシアは興奮したようにフロリエに抱きつき、困った様子の彼女をエドワルドが手助けする。
「コリン様、これでは転んでしまいます」
「コリン、今日はルルーがいないのだから、急に飛び出してきてはいけない」
「はーい」
 姫君は慌てて脇にどけると、父親とは反対側に回ってフロリエの手を取る。その感触に彼女は柔らかく微笑みかけた。
「フロリエ、凄く綺麗だったよ」
「コリン様の父上がとてもお上手だからですよ」
 フロリエが身を屈めてコリンシアと仲睦まじく会話する様子をエドワルドは優しく見守っている。その様子を遠目に眺めている客たちの間では、『エドワルドの新たな恋人説』から『エドワルドの婚約者説』にランクが上がっていた。
「飲み物をどうぞ」
「ありがとう」
 ジーンが気を利かせてエドワルドとフロリエにはワインを、コリンシアには甘めの果実水を用意してくれる。ひとしきり踊って喉が渇いた彼女は感謝して受け取ると、早速ワインに口を付けた。
 その後はしばらくの間、とりとめのない会話を交わしながら他の人達が踊っているのを眺めていたが、コリンシアが欠伸をし始めたので、早々に退出する事となった。元々長居する予定ではなかったし、エドワルドは翌朝、定例の朝議があるので今夜中に総督府へ戻っておかなければならない。
 会場の惜しむ声を背に3人は馬車に乗り込み、主役の2人に見送られて総督府へと帰っていった。




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12時に閑話を更新します。
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