群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

128 葬送の鐘1

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 グロリアの葬儀が行われる前日に皇都からの客が到着した。館は手狭で客を全員収容できないので、ハルベルトだけが館に滞在し、5大公家を代表して来たサントリナ公とブランドル公はロベリアの総督府に宿泊する事となった。本来ならフォルビアの城に案内するべきなのだが、他の親族が嫌がった事もあって総督府を利用する事になったのだ。
 一行はグロリアの遺体が安置されている正神殿に立ち寄って花を手向け、それからそれぞれの宿泊地へと分かれていた。この日の予定をあらかじめ知っていたヒースとユリウスは神殿で一行を出迎え、ハルベルトを館へ送ってきたのだ。ちなみにアスターは神殿からロベリアに泊まる一行を案内していた。
「兄上。遠路、よくおいで下さりました」
 玄関でエドワルドがハルベルトを迎える。彼の後ろにはコリンシアとオルティスが控えている。
「聞いたぞ、大変だったらしいな?」
「ええ」
 ハルベルトは道中、ヒースとユリウスからフォルビアの親族達の所業を聞いていた。彼はそういったことを懸念して彼らを監視役として送り出したのだが、未然に防ぐ事が出来ず、ひどく残念でならなかった。
 いつまでも外で話す訳にもいかないので、エドワルドは兄をうながして館に入り、居間へ彼を案内する。そこにはフロリエがソファに座って待っていたが、ハルベルトが入ってくると立ち上がってお辞儀をする。
「無理するな。座っていなさい」
 先日、突き飛ばされて打った背中がまだ痛む彼女を気遣い、エドワルドはすぐに彼女を座らせる。弟のその様子を見てハルベルトはすぐに2人の仲に気付くが、すぐにはその事に触れないでおいた。
「エドワルド、彼女がフロリエ嬢だな?」
「そうです。紹介が遅くなりましたが……」
「座ったままで大変失礼致します。フロリエと申します、殿下」
 フロリエが頭を下げると、ハルベルトは彼女の手を取って軽く口付けて挨拶をする。
「一度お会いしたいと思っていたのだよ。コリンシアとエドワルドを助けてくれたそうだね。私からも改めて礼を言わせてもらうよ」
「私がしたことは微々たる物でございます」
 恐縮する彼女にハルベルトは笑いかける。
「謙遜しなくて良い。エドワルドからも、冬に頂いた叔母上の手紙からもそなたのおかげだと明記されていた。そなたは皇家の恩人だ」
「受けております恩恵は私の方が多くございます」
 頬を染めて答える彼女にハルベルトは好感を抱いた。そうしている間にオルティスがお茶の用意を整え、エドワルドは改めて兄に席を勧め、自分はフロリエの隣にコリンシアと座った。
「フロリエ、まだ痛むのだろう?楽にしているといい」
 エドワルドはフロリエを気遣い、クッションに体を預けさせる。あの一件の翌日になっても痛みが治まらず、エドワルドは急遽バセットを呼んで彼女を診てもらったのだ。彼の見立てではしばらく安静が必要なのだが、彼女は葬儀が終わるまではと言って毎日グロリアの遺体が安置されている正神殿へ赴き、祈りを欠かさない。エドワルドも心配しつつ彼女が気の済む様にしてやりたいので、自らグランシアードを駆って付き添うようにしていた。
「今回、姉上はどうされたのですか?」
 グロリアの葬儀なら彼女が一番に駆けつけて来そうだったのだが、来たのは夫のサントリナ公だった。ルークの報告でも今回は本宮内で姿を見かけなかったと聞いていた。
「実はだな、先日、玄関先で転ばれて足を痛められたのだよ。良くはなられているのだが、まだ長旅は無理と医師に止められたのだ」
「姉上が?」
「さよう。残念がっておられたが、元気になったら墓参りに必ず来ると言っておられた」
 ハルベルトはお茶を口にしつつフロリエがコリンシアにかまう様子に目を細める。
「そうか……。姉上にも先にお耳に入れておこうと思っていたのだが、残念だな」
「お前達の仲を……かな?」
「……気付かれましたか?」
 ハルベルトが笑いを含んだ口調で問いかけると、エドワルドの動きが止まる。フロリエは慌てて体をクッションから起こす。
「殿下、あの……」
「体が痛むのでしょう?楽にしなさい、フロリエ嬢。私はあなたの兄になるのですよ。気遣いは無用です」
「……」
 フロリエは心配そうにエドワルドを振り仰ぐ。
「兄上は反対をなさらないのですか?」
「そなた達が決めたことだ、私に異存は無いよ。良き伴侶を見付けたな、エドワルド」
 ハルベルトは2人に笑いかける。
「ありがとうございます、兄上。実は既に彼女は私の妻です。今際に叔母上が祝福して下さいました」
 エドワルドはフロリエにも促して袖をめくり、それぞれ手首に巻いている組み紐をハルベルトに見せた。彼は少し驚いたように目を見張る。
「そうか、それはめでたい。このような時でなかったらもっと祝ってやれるのだが……」
「叔母上の喪が明けましたら、改めて式を挙げようと思っております。彼女も花嫁衣裳を着たいでしょうから」
 エドワルは優しい眼差しを妻と娘に向ける。
「ですが、私はこのままでも……」
「いいや、是非とも君に花嫁衣裳を着せて、皆に見せびらかしたい。私の妻の美しさを」
「エド……」
 力説するエドワルドにフロリエは頬を染める。そんな仲睦まじい2人の様子にハルベルトはつい笑ってしまう。
「その様子なら、近いうちにそなた達の子供が見られるな。そうなると、コリンはお姉さんだな」
「コリンね、妹が欲しいの」
 ずっと口を挟むのを我慢していたコリンシアは伯父に勢い良く自分の希望を告げる。ハルベルトは少し困った顔をする。
「困ったな、伯父さんは是非とも男の子が見たいのだが?」
「女の子がいいの。一緒にお人形で遊ぶの」
 当事者の2人を差し置いてそんな口論が始まってしまい、エドワルドもフロリエも苦笑するしかない。フロリエは優しくコリンシアの頭をなでる。
「コリン、こればかりはダナシア様のお恵みによるものですから、希望を言っても叶うとは限らないのですよ」
「はーい」
 自分の母親となった女性の言葉に、コリンシアは素直にうなずいた。
「お前の励みようによるな」
「……」
 冷やかすように兄に言われ、エドワルドは返す言葉も無い。
 その後しばらくして晩餐の支度が整い、食堂に席を移した。エドワルドは不調の妻を気遣い、彼女の体を支えて移動の手助けをした。晩餐にはヒースとユリウスも同席し、故人をいたみながら近況を語り合ったのだった。



 夕食後、フロリエとコリンシアは早々に自室へ引き上げた。エドワルドはここでも妻を気遣い、彼女を抱き上げて部屋へ連れて行く。思った以上に彼女の調子は良くなさそうで、食事もほとんどとっていない。側仕えのオリガも彼女を気にかけながらエドワルドの後に続く。
「相当ひどく叩きつけられたようだな」
 妻を抱き上げて階段を上っていく弟の後ろ姿を見送りながらハルベルトはつぶやく。
「はい」
 近くに控えているヒースとユリウスがうなずく。彼らはその光景を目撃していた。もう少し早くこの館に着いていれば、未然に防げたかもしれないと思うと、悔しさがこみ上げてくる。
「自分が道中の足を引っ張ったようなものです」
 悔しそうにユリウスが言う。早くは飛べても彼は他の2人ほど持久力が無かった。ヒースは彼の様子を見ながら予定に無い小休止を2度ほど入れてくれたのだ。あれが無ければあの騒ぎも未然に防げただろうし、ルークの恋人も危険な目にあわずに済んだであろう。あの翌朝、ユリウスは友人に合わせる顔が無かったのだが、そんな事を全く気にしていないようで、彼もオリガも何事も無かったかの様に接してくれている。
「悪いのはユリウスではない。欲に凝り固まったフォルビアの親族達だ。君達だからこそ、あの時間に着き、最悪の事態は免れた。そう私は思うのだが?」
 ハルベルトが近い将来に義理の息子になる若者にそう語りかける。ヒースもうなずいて彼の肩を叩く。
「我々は出来うる限りの事をした。後悔ばかりしていても限が無いぞ」
「はい……」
 ユリウスは素直にうなずくものの、まだ完全には納得できていなかった。


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