群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

12 悪夢の始まり5

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 本宮を出た時には夜も更けていたらしく、やがて東の地平線から日が昇り始めた。久しぶりに見る日の出にルークは深い感動を覚えた。
「ルーク卿、あの砦に降りる」
 ずっと無言だったデュークが朝日に照らされた砦を指差した。エアリアルの相棒に選ばれてから第3騎士団へ配属されるまでの間、ルークは伝令として各地の砦や街へ使いに出ていた。彼の記憶が確かであれば、この砦はパルトラム砦と呼ばれ、第1騎士団と第2騎士団の管轄の境にあったはずだ。そして冬に使いで皇都へ来た折に、妖魔の襲撃に居合わせて応援が来るまで彼が力を貸した砦でもあった。
 デュークに続いてルークもエアリアルを降下させる。2頭の飛竜が砦の着場に降りると、奥からユリウスが駆け出してきた。
「ルーク!無事でよかった」
「ユリウス……。君が助けてくれたのか?」
「ちょっと違う。とにかく中へ」
 ユリウスはその場にいた数人の兵士に2頭の飛竜の世話を任せると、ルークを促して砦の中へと入っていく。その後ろにデュークが続く。急ぎ足で一行が向かったのは、砦の上層、責任者の部屋だった。
「失礼致します。」
 ユリウスが扉を叩き、頭を下げて中に入ると、ルークとデュークもそれにならって中に入った。
「ルーク卿、無事でよかった」
 部屋にいたのはユリウスの父、ブランドル公とこの砦の責任者らしき人物だった。
「ブランドル公……」
「疲れているだろう?先ずはそこに座りなさい」
 ブランドル公に勧められ、ルークが用意された椅子に座ると、デュークとユリウスは戸口の近くに立って控えた。
「助け出すのが遅くなってすまない。諸事情があって準備に手間取り、時間がかかってしまった」
「いえ、助けて下さって感謝します。ですが、皇都で何が起こっているのですか?それにハルベルト殿下は?」
「…ハルベルト殿下はお亡くなりになられた」
「え?」
 突然の事にルークは耳を疑った。
「やはり知らなかったか? その知らせが届いたのはもう半月も前の事だ」
「なぜ……」
「国主会議が開かれる礎の里へ向かう途中に海賊に襲われ、殿下を始め同行した第1騎士団の竜騎士も皆犠牲になった」
 ブランドル公は淡々と言葉を続ける。
「そんな……」
「同行された竜騎士の中にはブランドル公のご子息もおられたのだ」
 砦の責任者が口を添えると、ルークはユリウスとその父親の顔を見る。
「殿下に同行したのはわしの息子、エルフレートが率いる第2大隊だった。それ故、此度の責任をとって謹慎するようご下命があった」
「陛下が命ぜられたのですか?」
「……」
 ブランドル公は答えなかった。国主の命令とあっては従わざるを得なかったのであろう。
「すぐにゲオルグ殿下によってハルベルト殿下の葬儀が行われた。エドワルド殿下だけでなく、ご自身の領地におられたサントリナ公も皇都へお戻りにならないうちに……。そしてゲオルグ殿下が国主代行の勅命を受けられ、その殿下によってワールウェイド公が宰相に任じられたのだ」
「なぜ、知らせが来なかったのですか? 私が皇都へ着いた日の明け方、エドワルド殿下はハルベルト殿下が亡くなられた事もご存知無かったのです」
 自分の知らないところで敬愛するハルベルトだけでなく、多くの同胞が命を落としていた事を知り、ルークは知らずに涙を流していた。
「小竜の連絡網を使う場合、ロベリアやフォルビアヘはその北にあるワールウェイド領を通る。おそらく意図的にそこで止められた可能性がある」
「……」
「北にあるサントリナ領へは、名ばかりであってもゲオルグ殿下が総督を勤めるマルモアにある砦を通る。同様に情報が操作された恐れがある。
 本宮を出る時に君も気付いたと思うが、竜騎士は己の任地外へ飛ぶ時には、許可証の携行を義務づける触れが出された。10日ほど前の事だ。これで彼らの意に沿わぬ知らせを持つ竜騎士を送る事も出来なくなった」
「ばかな!」
 ルークは声を荒げた。
「竜騎士が自由に空を舞う権利を奪うのは言語道断の所業だ。一刻も早くエドワルド殿下に皇都へお帰りいただいて、この乱れた現状を正して頂かなくてはならない」
「もちろんです」
「わしは陸路、使いをフォルビア領とサントリナ領へと送った。サントリナ家からはすぐに返事が来たと言うのに、殿下からは未だ何の知らせも届いておらぬ。使いが途中で何らかの妨害にあったのか、殿下が砦で足止めされておるのか判断しかねる」
 苦渋の色を浮かべたブランドル公の顔は、春に会った時よりも随分老けた印象を受ける。自慢の息子を失っただけでなく、先の見えない現状がそうさせているのだろう。
「そんな時に本宮に現れた君が捕らえられたと聞いた。君が来たと言う事はエドワルド殿下もすぐにお見えになるとそう思っていたのだが、翌日になってもその気配が無い。そこでブロワディ卿に頼んで君を救出し、こちらまで連れて来てもらったのだよ」
「そうでしたか……。ですが、私にも殿下がお見えにならない理由が分かりません」
「エドワルド殿下はハルベルト殿下の訃報を全くご存知無かったのだな?」
 砦の責任者が疲れた様子のブランドル公に変わってルークに尋ねる。
「はい。私があの日、知らせを持って館に赴いたところ、ご一家はグロリア様の墓参りに出かけられて神殿に一泊されておいででした。視察も兼ねておられたようで、飛竜を使わずにお出かけになっておられました。
 私は急いで神殿に向かい、ハルベルト殿下の事をアスター卿に伝えたのですが、彼もひどく驚いていました。すぐに殿下にお知らせし、一旦館に戻って準備が整い次第皇都へ向かうと言っておられたのです」
ここでルークは一旦言葉をきると、用意されていた飲み物で喉を潤した。
「フォルビアは前日からひどい嵐で、朝になってもまだ雷がなっていました。ご一行が出立するまでに多少は時間がかかったにしても遅すぎます」
 ブランドル大公は何やら思案している。
「本当に何もご存知無かったのだな?」
「はい。フォルビアの親族達が着服した資金の返済期限の日まで、休養の為に館で過ごされる予定でした。資金が返済され、帰国したハルベルト殿下と落ち合ってから皇都へ向かう予定だったとうかがっています」
「そうか…。しかし、未だに殿下がお見えにならないのはおかしい」
「はい」
 ブランドル公の言葉にルークもうなずく。
「助けたからというわけではないが、君に頼みがある」
「何なりと」
「この皇都の様子を殿下にお伝えして欲しい。現在、竜騎士の移動は厳しく制限されているが、君はまだ牢にいることになっている。万が一見つかったとしても君とエアリアルのスピードにかなう竜騎士はタランテラにはいない。危険を伴うが、行ってくれるか?」
「もちろんです」
 予測できた依頼である。ルークはブランドル公の頼みに大きくうなずいた。「ありがとう。だが、くれぐれも無理はしないでくれ。」
「はい。準備が出来次第、すぐに出発します」
 ルークの答えにブランドル公も砦の責任者も苦笑する。
「それが無理だと言うのだ」
「せめて日が傾くまで待ってはどうだ?」
「え?」
 首をかしげるルークに2人の年長者は諭すように言う。
「牢では大して寝ていないだろう?食事をして体を休め、それから出るといい」
「もしかしたら殿下が到着なさるかもしれない。そうでないにしても、暗くなってからの方が動きやすいだろう」
「あ……」
 ルークは自分がお尋ね者だという事をようやく思い出した。そして気がかりな点に思い至る。
「そういえば、2人で本宮を出たのにデューク卿が1人で帰るのは怪しまれないですか?」
「それは大丈夫だ。私がデューク卿と本宮へ戻る」
 口を開いたのは戸口に立つユリウスだった。
「ユリウス……」
「私が所用で本宮を離れているうちに今回の一件が起きた。以来、本宮へ戻る事も許されない」
 ユリウスは悔しげな表情となる。
「第1騎士団の竜騎士だというのに?」
「ああ。聞いた話では、ハルベルト殿下の葬儀の後、セシーリア様と姫は喪中という理由で一切の面会を許されていない。行く事が出来ないならせめて手紙でもと思っていたが、どうやらそれも届いていない様子だ。私が行ってもどうにかなる訳でもないが、本宮の様子をこの目で確かめたい。もちろん、陛下のご様子も気になる」
 ユリウスの口調からは固い決意がにじみ出ている。息子のその様子にブランドル公も硬い表情でうなずいた。
「それゆえ、君のエアリアルを赤褐色に偽装させてもらった。ただ、あの染料は長くつけていると飛竜の皮膚でも炎症を起こす恐れがある。皇都から離れたら早目に洗い流してやってくれ」
「はい」
「それでは、我々は本宮に戻ります」
 話が一段落したところでデュークが頭を下げる。申請した内容でいつまでも本宮を留守にすれば怪しまれてしまうのだろう。
「ルーク、無事を祈る」
 ユリウスはそうルークに声をかけてデュークに続いて部屋を出て行こうとする。
「ありがとう。君も気をつけて」
「ああ」
 2人の竜騎士は挨拶を交わして別れた。
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