群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

76 想いは1つ1

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 飛竜の背で受ける風は冷たく、アルメリアは騎乗前に羽織った外套の前をもう一度しっかりと合わせた。それでも中に着ているのは薄い巫女服なので、体温は逃げていく一方だった。
「寒いですか?」
「……はい」
 心配げなユリウスの問いにアルメリアは小さくうなずいた。すると彼は彼女を引き寄せ、自分の体に密着させる。じんわりと体温が伝わって来て温かい。更に彼は自分が着ていた外套も脱いで彼女に着せかけた。
「ユリウス様がお風邪を召されます」
「この位じゃ、風邪をひかないよ」
 彼はそう答えると、またフレイムロードに意識を集中させた。会いたくてたまらなかった相手がいるのに、アルメリアは何から話していいのか分からずにそのまま押し黙る。
「もうすぐ着きます」
 先を行くルークの言葉に顔を上げると、煌々とかがり火が焚かれた砦が見えてくる。冬の最中にルークが救ったパルトラム砦だった。
 砦の危機を救ってくれたルークに感謝し、グスタフの圧力をものともせずに、彼等は喜んで竜騎士達に力を貸してくれている。現在ここは、ロベリア方面と皇都方面からの情報の中継地点として活用されていた。
「アルメリア様」
 着場に降り立った飛竜の背からユリウスが降ろしてくれていると、屋内から1人の女性が飛び出してきた。
「まあ、ゲルダ、ゲルダなのね」
 彼女はアルメリアに付けられていた女官だった。グスタフによって配置換えされた後、本宮を辞して実家に帰っていたのだが、ブランドル公が計らって彼女の為に呼び寄せていたのだ。
 歳も近く、姉妹のように仲の良かった2人は抱き合って再会を喜ぶ。
「さ、中に入りましょう」
 飛竜達を休ませる手配を済ませたユリウスがアルメリアに手を差し伸べる。彼女がその手を取って顔を上げると、砦を預かる責任者だけでなく、そこに集まった多くの兵士が彼女に臣下の礼をとっていた。
 独裁者と化しているグスタフに反し、こうしてアルメリアを彼等の監視下の元から救出する手助けをしてくれたことに涙が溢れそうだった。
「助けて下さって感謝いたします。皆さん」
「我らは当然の事を致したまでです。さ、少しむさ苦しゅうございますが、お寒いですから中へお入りください」
 兵士を代表して責任者が答える。アルメリアはその勧めに従って中に入ろうとするが、寒さで体が強張っていたのかうまく歩けずによろけてしまう。すると、すかさずユリウスが彼女の華奢きゃしゃな体を軽々と抱き上げた。
「ユ、ユリウス様?」
「慣れない飛竜での移動で体が強張っておられるのでしょう。お部屋までお連れ致します」
 突然の事にアルメリアは狼狽うろたえたが、ユリウスはさっさと歩き始める。その微笑ましい光景に、その場にいた全員の顔が思わず綻んでしまう。
「は、恥ずかしいですから降ろして下さい」
「姫に怪我をさせては一大事ですから……」
 若い恋人同士の他愛もない(?)会話が遠ざかっていくのを聞きながら、ルークは一つため息をついてエアリアルの頭を撫でる。
「オリガ……」
 ついこぼれ出た彼女の名前に飛竜は心配そうにパートナーの顔を覗き込む。未だ行方不明の恋人の事を思うと、何をしていてもつい溜息が零れてしまう。摺り寄せてくる飛竜の頭を撫でながら、ルークはまた一つため息をつく。
 やがて2人の会話も聞こえなくなり、ルークは気を取り直すと飛竜の頭をもう一度撫で、休息をとる為に砦の中へ入っていった。



 湯あみをし、ゲルダが軽くマッサージを施してくれたおかげで、寒さと緊張で凝り固まっていたアルメリアの体が解れていく。用意されていたシンプルなドレスに身を包み、年相応の化粧をして髪を結いあげれば、その身分に相応しい気品に満ち溢れた女性となる。
「お似合いでございます」
 鏡に映るアルメリアの姿をゲルダは満足げに眺める。この後、ブランドル家、サントリナ家を始めとした反ワールウェイド派の主だった人々が集まり、現状の報告と今後の動向の確認が行われる。華美である必要は無いが、集まった一同の士気を上げる為にもそれなりの格好は必要だった。
 用意されていた部屋で軽く食事を済ませ、少し寛いでいるとユリウスが知らせに来た。彼も湯を使って身だしなみを整え、頬のかすり傷も治療を済ませている。
「参りましょう」
「はい」
 向かった先は普段兵士達が食事をしている食堂だった。そこには既に人が集まっていて、アルメリアの姿を見ると大きなどよめきが起きる。そしてそれが収まると一様にその場で跪いた。
 ブランドル家からは当主自ら足を運んでいた。サントリナ家からは次期当主に指名されている長男のオスカー。他にも幾つか名の知れた貴族の当主かそれに準ずるものがおり、彼等に交じって遠方へ左遷された元第1騎士団所属の上級竜騎士の姿もある。思った以上に多くの人が集まっていて、アルメリアは胸が熱くなってくる。
 アルメリアは設けられた上座の席に案内されるが、すぐに座らずに一同に立つよう促す。そして逆に彼女は頭を下げた。
「皆さん、集まって下さって感謝します。今日、こうして彼等の監視の元から逃れることが出来ました。重ねてお礼申し上げます。ただ、祖父も母も依然として彼等の監視下にあります。この状況を打破する為、どうか皆さんのお力をお貸しください」
 戸惑う彼等に彼女が訴えると、その凛としたたたずまいに気圧されたのか、一同は再び跪いた。
「アルメリア様、我々はタランテイル皇家に仕える臣でございます。
 昨年の不祥事により、ゲオルグ殿下の継承権は、はく奪されていたにもかかわらずそれを解消させ、異を唱える者を強引にねじ伏せる。更には皇女様との婚姻を強引に推し進めるワールウェイド公の専横には目に余るものがございます。我らは喜んで皇女様の手となり足となって働きましょう」
 代表してオスカーが応える。ユリウスの父、ブランドル公も力強くうなずき、賛同する声が上がる。
「ありがとう。どうか、現在の状況を教えてください」
 アルメリアはその場が静まると席に着き、そして一同にも席に着く様に促す。そして反ワールウェイド勢力による決起の会合が始まった。
 サントリナ家、ブランドル家を中心とした皇都で活動してきた彼等は、監視下にある国主やセシーリアに連絡を取る方法を模索し、一方で貴族や竜騎士の協力者を集めていった。
 その結果、どうにか外の情報を伝えるのに成功したのが半月ほど前で、その第一報が、エドワルドが生きているかもしれないと言うロベリアからの情報だった。それは、少なからず彼等に希望を与えた。
 そして外部との連絡が取れるようになると、既にゲオルグとの結婚が確定したものとして準備を進められていたアルメリアの為に、セシーリアはどうにか娘を脱出させたいと考え、今回の策が練られたのだった。
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