群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

78 想いは1つ3

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 翌日の夕刻、旅に供えて十分に休息したルークとユリウスはアルメリアを伴ってロベリアに向かった。当初アルメリアは砦に残る予定だったのだが、彼女の存在はあちらでも協力を惜しむ有力者への説得に効力があると判断して同行する事となった。ルークは渋っていたが、彼女の強い要望に折れて同行を認めたのだ。
 具体的な策を練る会議に間に合わせるため、頻繁に休憩をとれない厳しい行程だったが、アルメリアは一切弱音を口にすることなく従った。2人を背中に乗せたフレイムロードも良く頑張り、当初の計画からそれ程遅れることなくロベリアの西の砦に一行は着いた。
「アルメリア様」
「よく、ご無事で……」
 彼女の到着に第3騎士団の竜騎士達も砦に常駐する騎馬兵達も驚きながらも歓迎した。グスタフの監視の元、不自由な生活を強いられている事は知っていても、皆、何もできずに歯がゆい思いをしていたのだ。その彼女がこうして自由の身になった事を彼等は我が事のように喜んだ。
 一行はすぐに会議の場となる砦の執務室に案内される。そこには既にヒースを筆頭に主だった竜騎士が集まっていた。彼等が部屋に入ると、1人の若者がいきなりアルメリアの前で膝をつく。
「申し訳ありません!」
「兄……上」
「エルフレート卿」
 2人の記憶に残る姿よりも随分とやつれたエルフレートにアルメリアもユリウスもその場で固まる。だが、アルメリアはすぐに彼に近づき声をかける。
「顔を上げてください、エルフレート卿。貴方の責ではありません」
「私は護衛隊長を任されながら、ハルベルト殿下をお守りすることが出来ませんでした。部下の大多数を失い、生き残った者もまだ体調が優れない状態です。タランテラに混乱をもたらした全ての責は私にあります」
 跪き、項垂れたままのエルフレートは心なしか震えている。アルメリアはそんな彼の肩にそっと手を置く。
「お体はもう大丈夫なのですか?」
「……はい。傷の方はもう痛みもありません」
「エルフレート卿、そして皆も聞いて下さい。これはお祖父様の言葉です」
 彼女がそう言って一同を見渡すと、集まった竜騎士達はその場で直利不動となる。
「此度の事は、グスタフの欲望に気付きながらも彼を抑える事が出来なかった自分にある。誰も責めてはならない。誰も咎めてはならない。愚かな自分に代わり、どうかこの国を正しい道へ戻してほしいと」
 国主からの勅命ともとれる言葉に竜騎士達は深々と頭を下げた。中には体を震わせて嗚咽を堪えている者もいる。
「エルフレート卿、自分を責めてはなりません。後悔が残るかもしれませんが、それでも今は大隊長としての貴方の力をこの国の為に貸してください」
「……は、はい」
 アルメリアの要請にエルフレートは震える声で応えた。



「皇女様があちらの監視下から逃れた事はワールウェイド公の耳にはまだ入っていないのか?」
「ええ。神殿側の協力を得られたので、アルメリア様は静養をなさっている事になっています。数日はごまかせるでしょうから、その間に殿下を救出して欲しいと言われました」
 ヒースの問いに、ルークが応える。ユリウスも同意して大きく頷いた。
「そうか」
「ゲオルグ殿下の乗った船は、今朝フォルビアに着いた。今夜は城で休み、明日グロリア様の墓参に訪れる予定だが、どうやらご本人は参られずに側近が代わりに来るらしい」
 ヒースの視線を受け、リーガスが応える。どうやらゲオルグは、立ち寄った各地で歓待を受けながら優雅な船旅を楽しんだようだ。
 ちなみにこの情報は城の近辺を探っていたレイドからもたらされていた。今回彼はこの会議には同席せず、借りの契約者となっているフォルビア正神殿に一旦戻っている。
「その側近が誰かわかりますか?」
「多分、文官のウォルフ・ディ・ミムラスだ」
「ウォルフ……」
 ユリウスの真剣な表情にリーガスは気圧されながら答える。何か考え込んでいる彼に一同は怪訝そうな視線を向ける。
「知り合いか?」
「幼馴染なんです。彼の父親が私の父と同期で、幼い頃は互いの家を良く行き来しました。ですが、彼は竜騎士の資質が低かったこともあり、家督は弟が継ぐことに決まってからは会ってもらえなくなりました。いつの間にかゲオルグ殿下の取り巻きになっていて驚いたんですが……」
 ユリウスは強く唇を噛む。この2ヶ月の間、彼は個人的にウォルフに連絡を取ろうとしていたのだが、全く相手にされなかった。ゲオルグに従ってフォルビアに行くと言う情報を得たので、こちらでなら会えるだろうとルークについて来たのだ。
「本当に説得できるのか?」
「彼なら分かってもらえるはずだ」
 ウォルフを説得して仲間にしようとしているのを知っているルークが懐疑的な視線をユリウスに向ける。確かに無謀とも思えるのだが、彼の人となりを知っているユリウスには自信があった。きっと、真実を知れば、彼は味方になってくれるはずだった。
「私も同行いたします」
「アルメリア様?」
「危険です」
 竜騎士達は口々に反対するが、彼女は既に決心していた。
「私が話せば、彼も説得に応じてくれるでしょう」
「ですが……」
 ヒースは慌てて止めようとするが、アルメリアは頑として譲らない。
「多くの人々が、グスタフやラグラスの言葉を鵜呑みにし、そして真実を知る機会を奪われております。そのまやかしを打ち砕くには、やはり皇家の人間の言葉が必要なのだと思っております。私はその真実を広める為にこちらへ参りました」
「姫様……」
「ヒース卿、私もこちらへお連れする事を最初は反対しましたが、頑なな心を動かすには彼女自身の言葉が有効だと考え、同意しました。お願いです、明日、神殿に来たウォルフに2人で会う許可を下さい」
 ユリウスは立ち上がると元の上官に頭を下げる。
「……せめてもう1人連れて行け。ルーク、同行してくれ」
「わかりました」
 ヒースは半ばあきらめたようにため息をつくと、ウォルフとの面会を許可した。その場で神殿側に協力を要請する書状をしたため、ユリウスに渡す。
「大事な時期だ。失敗だけはするなよ」
「分かっています」
 ユリウスは肝に銘じて書状を受け取った。
 その後は、盗賊の探索はフォルビア側から与えられた期限が過ぎて空振りに終わり、城壁を守る兵士達に警戒を強化する様に通達して終わった事が伝えられてこの夜の情報交換は終わった。



「お父様……」
 アルメリアは用意された部屋に入って1人になると、どこか張りつめていたものが切れたのか涙が溢れてくる。どうにも耐えきれなくなった彼女は寝台に伏して泣き始める。それでも周囲に気を使わせないよう声を殺し、そして泣き疲れた彼女はそのまま寝入ったのだった。

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