群青の軌跡

花影

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第3章 2人の物語

第13話

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流血を伴う残酷なシーンがあります。


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 強烈な禍々しい気配は今まで相手にしていた青銅狼達の比ではなかった。轟く咆哮に迂闊にも足が震える。
「……」
 ふと、馬上のダミアンさんを見上げる。先程まで目深にかぶっていたフードは外されていて、露になっている彼の顔は蒼白になっていた。弓を握りしめている手も心なしか震えていた。この7年間をどのように過ごしてきたかは分からないが、通常の妖魔ならまだしも、こうして女王と直接遭遇することなどなかったはずだから当然の反応だろう。
「さて、どうするか……」
 このままここにいても事態は好転しない。門の傍の見張り台に上って塀の向こう側の様子をうかがう。女王の周囲におびただしい数の妖魔がうごめいている。巣が丸ごと移動しているのだからこのくらいは当然なのだろうが、彼等が一度に襲ってきたらと思うと寒気がしてくる。
 そこへギシリ、ギシリと音を立ててダミアンさんが梯子を昇って見張り台に上がって来る。そして杖をつき足を引きずる様にして俺の傍らまでやって来た。
「……」
 7年前、ゼンケルで初めて妖魔に遭遇した時に受けた怪我の後遺症に違いない。あの頃は妖魔を前にしてただ怖くて震えているしかできなかったことを思い出す。懐かしいと思うと同時にもっとどうにかできなかっただろうかと悔やむ気持ちが入り乱れる。
「で、どうするんだ?」
 足の事を気遣われるのが嫌なのだろう。ダミアンさんはぞんざいに聞いてくる。
「仲間が来るまで女王を足止めしたい」
「……無茶を言う」
「倒す必要はないんだ。ただ、このまま留まってくれればいい」
 俺の言葉にダミアンさんの眉間にしわが寄る。考え込んでいる様子からしてどうするのか想像できないのかもしれない。
「ダンさん!」
 不意に声を掛けられ、見張り台から村の中を見下ろすと、5人の覆面の男達がそれぞれの武器を手に立っていた。
「お前達……避難していろと言っただろう」
「もうどこにいても一緒でしょう。俺達も戦いますよ」
 ダミアンさんは慌てた様子で制していたが、男達は既にやる気満々だった。ならば、彼等にも手伝ってもらおう。
「女王を足止めする。手伝ってくれないか?」
「ルーク!」
「外に出る必要はない。ここから矢を射るか、無ければ石を投げつけてもいい。香油があれば効果が上がる」
 ダミアンさんは声を荒げるが、男達は俺の指示に応じて散らばっていく。手ごろな大きさの石を集めて山積みにし、どこからか香油の壺まで見つけて持ってきた。そして驚いたことに彼等は梯子を使って門の反対側に簡易の足場まで作ってしまった。

グォォォォォン!

 そんな風に準備を整えていると、自らの存在を誇示するかのように女王が再び咆哮する。すると妖魔達は女王に従ってこのまま進軍する群れと俺達がいる村へ向かう群れと二手に分かれた。
「群れが分かれたな」
 ダミアンさんは背中に背負っていた弓を握りなおす。この壁もいつまで保つかは分からないが、この壁を頼りに応戦して仲間が来るまで時間を稼ぐのが最善だ。しかし、女王をこのまま進ませてはまずいと俺の勘が警鐘を鳴らしていた。
「女王の足止めをしてくる」
「本気か?」
「まともに戦うつもりはない」
「おい!」
「援護をしてくれ」
 そう言い残して見張り台から村の外側へ飛び降りようとすると、ダミアンさんに肩を掴まれて止められる。
「策はあるのか?」
「何とかする」
 俺の答えにダミアンさんは顔をしかめる。だが、俺の意思が固いと思ったのか、口笛を吹いて馬を呼び寄せる。
「こいつを使え。俺が鍛えたから使えるはずだ」
 おそらく屋外では足の代わりに乗り回しているのだろう。いいのかと問い返すと、まだ眉間にしわを寄せたままだったが、彼は頷いた。俺は見張り台から飛び降りるとその馬に跨る。そして覆面の男達が開けてくれた門をくぐって村の外へ出た。
 こちらに向かってくる群れとはまだ距離があるので、彼等と遭遇する前に女王がいる群れの前に回り込みたい。馬に指示を与えると、妖魔に怯えた様子もなく従ってくれる。うん、なかなかいい馬だ。
 村に向かう群れの中から俺の方に向かってきた妖魔もいたが、村の方から射られた矢に頭を射抜かれていた。きっとダミアンさんだろう。7年経ったが腕は落ちていないらしい。
 馬の速度を上げて引き離し、逆に女王が率いる群れに近づいていく。まだ少し遠いが、俺は背負っていた弓を手に取り女王めがけて矢を放った。鏃《やじり》にはたっぷりと香油が塗り込んである対妖魔専用の矢だった。急所に当たらなくても妖魔は苦痛を感じるはずだ。数本放ってから距離をとり、また近づいて女王の顔の付近を狙って矢を放つ。
 女王にとって矮小な存在である人間を相手にするよりも自らの巣を探し求める方が重要なのだろう。わずらわしさは感じているのだろうが、俺を無視して進み続けていた。しかし、幾度かそれを繰り返し、矢が尽きてきた頃になってついに女王がキレた。

グォォォォン!

 咆哮を上げると、真直ぐ俺をめがけて突進してくる。女王の周囲には配下の妖魔がいるのだが、そんな彼等をも蹴散らして俺を排除するべく突き進む。突然の女王の乱心に配下の妖魔達が浮足立つ。俺は無用となった弓と矢筒を投げ捨てると、馬を駆って縦横無尽に駆け巡り、わざとそんな群れの中へ馬を突っ込ませた。
「もうちょっと頑張ってくれよ」
 馬をなだめつつ、急旋回させる。女王も制動をかけるが、その体の大きさが災いしてすぐには止まれず、配下の妖魔を巻き込んで盛大に転んでいた。その間に距離を稼ぎ、十分開いたところで女王に向き直る。
 そして気合を入れなおすと、起き上がった女王に向けて馬を走らせる。そして女王がここぞとばかりに襲い掛かってくる頃合いを見計らい、馬に遠くへ逃げろと命じてその背から飛び降りる。そして手前にいた妖魔を踏み台にして飛び上がり、襲ってきた女王の下あごを蹴り上げた。

ギャウン

 女王にしてみれば大した一撃ではなかっただろう。それでも完全に不意を突かれたらしく、バランスを崩して倒れ込んでいた。一方の俺は蹴り上げた反動で後転し、逃げまどっていた別の妖魔の背中にどうにか着地した。
 すぐさま体勢を立て直した女王は俺を乗せた妖魔めがけて猛然と突っ込んでくる。まるで一飲みにしてやろうと口を開けて迫って来たのだが、俺はその口の中に消毒用に持ち歩いていた香油の小瓶を放り込んでやった。

ギャオォォォォォン!

 口の中をまるでやけどしたような痛みが走っているのだろう。つんざくような咆哮もどこか苦しげだ。だが、小手先の時間稼ぎもここまでだ。俺は妖魔の背中から地面に飛び降りると、長剣を抜いて女王に向き直る。
 先ほどまでうようよいた妖魔達も女王の暴走の巻き添えによりその半数を失っていた。逃げた輩もいるかもしれないが、後から探索しても十分に対処できるだろう。女王をこの場に留めておくことの方が重要だ。
 残った妖魔達は女王の逆鱗に触れるのを恐れてか、遠巻きにして襲ってくる気配はない。そんな彼等とおそらく村の見張り台にいるであろうダミアンさん達が見守る中、これから女王と俺の一騎打ちが始まる。

グォォォォォォン!

 女王の怒りは頂点に達していた。先ずは爪にかけてやろうと勢いをつけてとびかかってくるが、俺は長剣を一閃させて右前足の爪を切り落とす。仕留めそこなった女王はすぐに方向転換するとまたもやとびかかってくる。俺は地面に転がってその攻撃を躱し、体の上を通過していった女王の右後ろ足を切りつけた。残念ながら深い傷を負わせるまでには至らなかったけれど。
 女王にとって人間は小さすぎて狙いが定まりにくいらしい。幾度も襲い掛かってくるのだが、いずれも労せずして避けることができた。時折、反撃して小さな傷を負わせるくらいには余裕があった。
 しかし、この数日で俺の体は鈍ってしまっていた。女王の攻撃をよけ続けていくうちにだんだんと息が上がっていく。もしかしたら女王はわざと大振りをして俺の体力を削っているのかもしれない。
「痛っ……」
 ついに右肩から腕にかけて爪をかけられた。その一撃は防具を貫通し、右腕は血で染まった。落としてしまった長剣を左手で拾い身構えるが、女王はすぐに反転して襲ってくる。そして今度は左腕めがけ、先程爪を切り落とした右前足を繰り出してきた。鈍い音と共に激痛が走り、腕があらぬ方向へ曲がっているのが見えた。
 思わずその場に膝を付くが、女王は攻撃の手を緩めなかった。あれだけ挑発したのだからまあ、当然かもしれない。俺は慌てて飛びのくが、今度は右の頬を爪がかすめていく。体勢を立て直す間もなく次の攻撃が繰り出され、体が吹っ飛び地面にたたきつけられていた。
「ぐっ……」
 あまりの痛みに一瞬気が遠くなる。それでもここで負けるわけにはいかない。ヨロヨロと立ち上がると、女王はまるで勝利を確信しているかのようにゆっくりとこちらに歩いてきていた。それでも俺はオリガに帰ると約束した。俺には帰る場所があるんだ。断じてここで負けるわけにはいかない。
 残る気力を振り絞って止めとばかりに繰り出してきた女王の一撃を躱《かわ》す。転がる様に躱し続けていると、何かが手に当たる。それは先程落とした長剣だった。俺は右手でそれを掴むと、渾身の力を込めて女王に投げつけた。

ギャァァァァァ!

 剣は女王の右目に突き刺さっていた。取るに足らない人間相手にここまでされるとは思っていなかったのだろう。女王は特に自尊心が高いとも言われているから屈辱だったに違いない。
 今度こそ止めと鋭い爪が残る左足が繰り出す。こんな事なら左も切り落としておけばよかったと思いながらわずかに体の向きを変えて直撃を免れるが、躱しきれなかったらしく右足に更なる激痛が走った。仕留めきれなかったことが腹立たしかったのか、今度は右足で俺の体を払うようにして転がした。女王にとっては軽く払った程度だが、俺は吹っ飛ばされて地面に体を打ち付けられていた。
「ゴメンよ、オリガ……」
 どうやら彼女との約束を果たせそうにない。もう指一本動かす気力も残っていなかった。霞んでいく視界の中、女王がこちらにゆっくりと歩いてくる姿を最後に俺の意識は闇に沈んでいた。


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前話で共闘と書いておきながら、ルークがほぼ一人で戦っていたり……。
次は閑話の予定です。
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