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第4章 夫婦の物語
閑話 ハインツ2
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結局、ハインツ編は終わらなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
移動した先はルーク卿も執務室として使っている部屋だった。元々は旦那様が厳選した調度品で整えられた美しい部屋だったのだが、今はみすぼらしい調度に置き換えられ、優美な内装も布で覆われて無残な有様になっている。分をわきまえていないルーク卿の振る舞いを目の当たりにし、沸々と怒りがこみあげて来る。
「先ずは言い分を聞こうか」
執務机に着いたルーク卿が口を開く。その傍らにはその奥方が居て、他には文官のアヒム殿とアジュガの文官、そして護衛がその背後に控えている。まるで犯罪者のような扱いに怒りで我を忘れそうになるのをグッと堪えた。
「カミラ嬢のご結婚が決まったとうかがいました。ミステルを継がれるメルヒオール様の為にも、ルーク卿には一時預かりという分をわきまえていただき、これ以上この領主館を荒らさないで頂きたい」
キッパリ言い切ることが出来た。これでルーク卿も立場をわきまえて頂けると思っていたが、あまり芳しいものではなかった。あろうことか若様の事も知らないと言い出したのだ。これには我慢の限界を超えた。正当な後継者である若様がお戻りになられるまでミステル家を任されている以上、二度と蔑ろにできないようにわからせる必要があった。
「ご苦労のかいがあってメルヒオール様の身の潔白が証明されました。晴れて御婚約者のカミラ様とのご成婚の運びとなり、国からはビレア家に管理をゆだねられていたミステル領を返還頂ける運びとなったとご報告頂いたのです。
幼い頃から従者の1人としてお仕えしておりましたが、ご立派になられた若様に私は感動いたしました。だからこそ、あるがままの領主館を若様にお返しいたしたいのです」
しかし、この場にいた他の全員が戸惑った様子で顔を見合わせ、護衛の男などは「何だ? その変なご都合主義」と呟《つぶや》いていた。あまりにも失礼な態度に更に言葉を続けようとしたが、それはルーク卿に遮《さえぎ》られた。
「盛り上がっている所悪いが、カミラの結婚相手はそのメルヒオールとやらではないぞ。近くアジュガの城代を任せることになるウォルフだ」
ルーク卿がそう言って視線を向けた先に居たのはアジュガの文官だった。そんなはずはないと反論しようとする前にその文官から俄かには信じられない事が告げられる。
「昨秋、カミラさんがミステルの嫡男だと言う男に襲われかけた。被疑者メルヒオールはアルメリア皇女ご成婚の恩赦で、春に労役から解放されていたと聞いている。事情聴取後、その男にはアジュガへの出入りを禁じ、シュタールへ身柄を引き渡した」
「でたらめを言うな! 御婚約者へ会いに行っただけで捕まるなんて横暴だろう!」
あまりにも理不尽な仕打ちだった。しかも若様とカミラ嬢との婚約の事実は無いとまで言い出した。きっとルーク卿はミステルを返還するのが惜しくなったのだ。きっとそうに違いない。だから若様に無実の罪を着せたのだ。
「ハインツ殿は内乱前、このミステルで何が行われていたかご存知か?」
そこへ声をかけてきたのはアヒム殿だった。もちろん覚えている。だからそれを再興するために自分は存在しているのだ。だから無知な彼等にいかにミステルが栄えていたかを教えた。
「貴公の目にはそのように映っておられたのですな」
アヒム殿はどこか憐れむような視線を自分に向けると、とんでもない事を言い出した。このミステルで売買されていたのは全て違法な品ばかりで、盗品だけでなくその大半は贋作が占めると言う。しかも旦那様が自慢していた品々は全て偽物だと言うのだ。そしてこの違法取引に関わったとして旦那様も奥様も一生牢から出ることは無いだろうとまで言われてしまった。
「ですが、若様は特別に許されて……」
アヒム殿の説明では実態を良く把握していなかったとして若様は軽い労役で済んでいた。釈放されたのもアルメリア皇女のご成婚による恩赦で、無実が証明されたわけではなかった。しかも秋に問題を起こしたことで再び労役を科せられていると言う事だった。
「そんな馬鹿な……」
信じていたことが次々と打ち崩されていく。そして最も衝撃だったのは、ルーク卿は陛下から任命されたミステルの領主で、ミステル家は疾うに取り潰されていた事だった。もう何も反論することが出来なくなり、呆然自失となった自分はそのまま部屋で謹慎させられていた。
「今後の身の振り方ぐらいは考えていた方が良いぞ」
信じていたものが根底から覆され、謹慎当初は無気力に日々を過ごしていた。そんな自分を憐れんでか、見張りの兵士がそんな風に声をかけて来た。それでもなかなか反応を示さない自分に、更に厳しい言葉をかけて来る。
「まさか、あれだけの事をしておいて、このままここに居座れると思っているんじゃないだろうな?」
指摘されてようやく、他人のものとなってしまったこの領主館に自分の居場所はもうないことに気付いた。多少の蓄えはあるものの、今後はどうやって生活していくか考えなければならない。ずっとミステル家の為に生きて来た自分に果たして何が出来るだろうか?
他家に仕えることも考えたが、ルーク卿が推薦状を書いてくれるとは思えない。悩んだ挙句、謹慎中の時間を利用して商法を勉強し、商売ならなんとかできるのではないかと考えた。こうやって勉強するのは随分久しぶりで、なかなか頭に入らない。それでも必死に本の内容を書き写して覚えていった。
そして、謹慎を命じられてから10日程経った頃、今後はアジュガとミステルに関わらないと言う制約書を書かされた上で、解雇と追放処分が言い渡された。逆らう術はもはやなく、僅かな手荷物を手に住み慣れたミステルの領主館を後にしたのだった。
ミステル以外で暮らした経験はほとんどなく、伝手もない。そんな中で向かった先は若様のお供で幾度か行ったことがあるシュタールだった。そこでなら何かしら勤め先が見つかるかもしれない。もし、ダメなら商いを始めればいい。そんな漠然とした目標を胸に、新天地を目指した。
思った以上に世の中は厳しかった。切り詰めれば1年ほどは暮らせると思っていた蓄えはあっという間になくなっていき、シュタールに着いた頃は底を尽きかけていた。商いを始めるにしても資金が無ければどうにもできない。早急に何とかしなければならなかった。
そこで思いついたのが読んだ本にも書かれていた融資を受ける事だった。どうせ融資を受けるなら大きな商会が良い。手始めに大通りで目についた商会へ行って申し込んでみたが、即刻叩き出された。それでもすぐに諦めるわけにはいかない。その後もいくつかの商会へ行ってみたが、取りつく島もなかった。
明日の宿代も心もとなくなり、もう後がなくなった頃、訪れたのは中規模の商会だった。町で集めた噂によると、内乱前は貴族相手に羽振りのいい商いをしていたのだが、内乱後は取引相手が取り潰しになったりして以前ほどの賑わいは無くなっているらしい。そんな状態で融資をしてもらえるかは疑問だったが、それでも選り好みをしている場合ではなくなった。
「お前か? 近頃近隣の商会に融資を求めて出没する詐欺師は」
融資の話を口にしたとたん、従業員からいきなりそんな事を言われてしまった。自分の事が知れ渡っていることを驚くと同時に詐欺師と言われて無性に腹がった。
「ミステルの忠臣たる自分を詐欺師とは失礼な!」
気づけばそう叫んでいた。それでも従業員は「怪しい奴には違いないだろう」と言って警備員に追い出す様に命じた。
「待ちなさい」
抵抗する間もなくそのままつかまりそうになったところで奥から出て来た身なりのいい男性が警備員を制する。従業員が「会頭」と呼んでいたことから、この商会の最高責任者で間違いないだろう。
「お前さん、今、ミステルがどうとか言っておったね。もしかしてルーク卿とお知り合いか?」
周囲が止めるのも聞かずに自分を奥へ招き入れたその人は自らがこの商会の会頭であると自己紹介をすると、いきなりそんな事を聞いて来た。もう係わりを持つなと誓約書を書かされているが、知っているのは確かなので是と答えた。
「ふむ。ミステルに起こす事業とお見受けしましたが、具体的にはどのような事をなさりたいかお聞かせ下さい」
初めて自分の話に耳を傾けて下さる方が現れた。ただ、ルーク卿が治めるミステルでの事業だと勘違いされているのが喜びを半減させた。しかし、そのおかげで冷静に対応することが出来たのだと思う。
「不幸にもミステルには沢山の孤児がおります。彼等を教育し、領内に役立つ人材を育てたいと言うのがルーク卿のお考えです。他にも家が無いものにも仕事を提供し、ミステルを離れた者もいつか胸を張って戻って来られるような町にしたいとお考えでございます」
うろ覚えだがルーク卿の方針を交えつつ説明をしていくと、耳を傾けてくれていた会頭の表情も真剣なものとなっていた。そして自分の話を聞き終え、しばらくの間考えを巡らせると、控えていた従業員に何かを指示した。それからほどなくして戻って来た従業員はお金が入っているらしい革袋を乗せたお盆を手にしていた。
「貴方様のお話、感服いたしました。些少でございますがミステルの将来の為にご融資させていただきます」
そう言って会頭は革袋を手渡した。そっと中をのぞいて見ると金貨が入っていた。こみあげる喜びを抑えながらその場で何度もお礼を言ってその商会を後にしたのだった。
商人同士のつながりは思っていた以上に強固だった。その後は他の商会からも融資を受けられるようになり、中には最初に門前払いをされた大手の商会の会頭が直々に訪ねて来て先日の無礼を詫びてくれた。その際にはもちろん多額の融資を約束して下さり、思いがけず大金を手にすることになった。
だが、彼等が期待しているのはルーク卿とのつながりだ。成り行きでこうなってしまったが、今の自分では彼らの期待に応えるのは不可能だ。では、どうするか? 悩んだ末に出した結論は「このお金を持って逃げる」だった。多少の後ろめたさはあったが、ミステルで受けた辱めを思い返せばこのくらいしてもいいだろう。商人達だって人を散々馬鹿にしたのだ。その慰謝料を払ってもらったと思うことにして割り切った。
だが、すぐに姿を眩ませてしまうと、気付いた商人達に捕まってしまうだろう。討伐期に入る直前にミステルへ戻ると見せかけて国外へ脱出するのが一番いいかもしれない。手に入れた地図を見ながら慎重に計画を練っていった。
お金に余裕が出来たからか、ふと若様の事を思い出した。今の自分に家族と呼べる存在は、幼い頃からずっとお世話をしてきた若様だけだった。自分だけ幸せになるわけにはいかない。理不尽な言いがかりで捕まってしまったあの方を開放して一緒に国外へお連れして一からやり直そう。そう決意した。
いろいろと調べた結果、保釈金を払えば若様を開放できることが分かった。早速手続きを済ませて連絡を待った。
「先日のご融資のおかげで、孤児院を拡充出来ました。お礼申し上げます」
若様の開放を待つ間も商人達に偽の報告会をして応対した。追い出される前にミステルで見て来た事実を織り交ぜて報告すれば、商人達も喜んでくれる。中にはさらに融資をしてくれる商会もあって、国を脱出した後に新たな商売を始められる資金まで調達できていた。更に、今はルーク卿が体調を崩されているからと、今は取り次ぐのを控えさせていただいていると伝えると、お見舞いまで頂いた。この頃にはもう罪悪感もすっかりなくなり、心にもないお礼の言葉と共にありがたく頂いた。
担当者の話では、秋までには若様を解放できるだろうと言われたのだが、実際に解放されたのは秋の終わりだった。他国へ出る船に乗るには間に合わない。計画の変更を余儀なくされ、若様を養いながら春を待つことになった。この選択が最悪の結果をもたらせるとは知らずに。
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なんだかんだで自分が信じたいことを信じるハインツ。
楽な方へ流された結果が悲劇を招きます。
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移動した先はルーク卿も執務室として使っている部屋だった。元々は旦那様が厳選した調度品で整えられた美しい部屋だったのだが、今はみすぼらしい調度に置き換えられ、優美な内装も布で覆われて無残な有様になっている。分をわきまえていないルーク卿の振る舞いを目の当たりにし、沸々と怒りがこみあげて来る。
「先ずは言い分を聞こうか」
執務机に着いたルーク卿が口を開く。その傍らにはその奥方が居て、他には文官のアヒム殿とアジュガの文官、そして護衛がその背後に控えている。まるで犯罪者のような扱いに怒りで我を忘れそうになるのをグッと堪えた。
「カミラ嬢のご結婚が決まったとうかがいました。ミステルを継がれるメルヒオール様の為にも、ルーク卿には一時預かりという分をわきまえていただき、これ以上この領主館を荒らさないで頂きたい」
キッパリ言い切ることが出来た。これでルーク卿も立場をわきまえて頂けると思っていたが、あまり芳しいものではなかった。あろうことか若様の事も知らないと言い出したのだ。これには我慢の限界を超えた。正当な後継者である若様がお戻りになられるまでミステル家を任されている以上、二度と蔑ろにできないようにわからせる必要があった。
「ご苦労のかいがあってメルヒオール様の身の潔白が証明されました。晴れて御婚約者のカミラ様とのご成婚の運びとなり、国からはビレア家に管理をゆだねられていたミステル領を返還頂ける運びとなったとご報告頂いたのです。
幼い頃から従者の1人としてお仕えしておりましたが、ご立派になられた若様に私は感動いたしました。だからこそ、あるがままの領主館を若様にお返しいたしたいのです」
しかし、この場にいた他の全員が戸惑った様子で顔を見合わせ、護衛の男などは「何だ? その変なご都合主義」と呟《つぶや》いていた。あまりにも失礼な態度に更に言葉を続けようとしたが、それはルーク卿に遮《さえぎ》られた。
「盛り上がっている所悪いが、カミラの結婚相手はそのメルヒオールとやらではないぞ。近くアジュガの城代を任せることになるウォルフだ」
ルーク卿がそう言って視線を向けた先に居たのはアジュガの文官だった。そんなはずはないと反論しようとする前にその文官から俄かには信じられない事が告げられる。
「昨秋、カミラさんがミステルの嫡男だと言う男に襲われかけた。被疑者メルヒオールはアルメリア皇女ご成婚の恩赦で、春に労役から解放されていたと聞いている。事情聴取後、その男にはアジュガへの出入りを禁じ、シュタールへ身柄を引き渡した」
「でたらめを言うな! 御婚約者へ会いに行っただけで捕まるなんて横暴だろう!」
あまりにも理不尽な仕打ちだった。しかも若様とカミラ嬢との婚約の事実は無いとまで言い出した。きっとルーク卿はミステルを返還するのが惜しくなったのだ。きっとそうに違いない。だから若様に無実の罪を着せたのだ。
「ハインツ殿は内乱前、このミステルで何が行われていたかご存知か?」
そこへ声をかけてきたのはアヒム殿だった。もちろん覚えている。だからそれを再興するために自分は存在しているのだ。だから無知な彼等にいかにミステルが栄えていたかを教えた。
「貴公の目にはそのように映っておられたのですな」
アヒム殿はどこか憐れむような視線を自分に向けると、とんでもない事を言い出した。このミステルで売買されていたのは全て違法な品ばかりで、盗品だけでなくその大半は贋作が占めると言う。しかも旦那様が自慢していた品々は全て偽物だと言うのだ。そしてこの違法取引に関わったとして旦那様も奥様も一生牢から出ることは無いだろうとまで言われてしまった。
「ですが、若様は特別に許されて……」
アヒム殿の説明では実態を良く把握していなかったとして若様は軽い労役で済んでいた。釈放されたのもアルメリア皇女のご成婚による恩赦で、無実が証明されたわけではなかった。しかも秋に問題を起こしたことで再び労役を科せられていると言う事だった。
「そんな馬鹿な……」
信じていたことが次々と打ち崩されていく。そして最も衝撃だったのは、ルーク卿は陛下から任命されたミステルの領主で、ミステル家は疾うに取り潰されていた事だった。もう何も反論することが出来なくなり、呆然自失となった自分はそのまま部屋で謹慎させられていた。
「今後の身の振り方ぐらいは考えていた方が良いぞ」
信じていたものが根底から覆され、謹慎当初は無気力に日々を過ごしていた。そんな自分を憐れんでか、見張りの兵士がそんな風に声をかけて来た。それでもなかなか反応を示さない自分に、更に厳しい言葉をかけて来る。
「まさか、あれだけの事をしておいて、このままここに居座れると思っているんじゃないだろうな?」
指摘されてようやく、他人のものとなってしまったこの領主館に自分の居場所はもうないことに気付いた。多少の蓄えはあるものの、今後はどうやって生活していくか考えなければならない。ずっとミステル家の為に生きて来た自分に果たして何が出来るだろうか?
他家に仕えることも考えたが、ルーク卿が推薦状を書いてくれるとは思えない。悩んだ挙句、謹慎中の時間を利用して商法を勉強し、商売ならなんとかできるのではないかと考えた。こうやって勉強するのは随分久しぶりで、なかなか頭に入らない。それでも必死に本の内容を書き写して覚えていった。
そして、謹慎を命じられてから10日程経った頃、今後はアジュガとミステルに関わらないと言う制約書を書かされた上で、解雇と追放処分が言い渡された。逆らう術はもはやなく、僅かな手荷物を手に住み慣れたミステルの領主館を後にしたのだった。
ミステル以外で暮らした経験はほとんどなく、伝手もない。そんな中で向かった先は若様のお供で幾度か行ったことがあるシュタールだった。そこでなら何かしら勤め先が見つかるかもしれない。もし、ダメなら商いを始めればいい。そんな漠然とした目標を胸に、新天地を目指した。
思った以上に世の中は厳しかった。切り詰めれば1年ほどは暮らせると思っていた蓄えはあっという間になくなっていき、シュタールに着いた頃は底を尽きかけていた。商いを始めるにしても資金が無ければどうにもできない。早急に何とかしなければならなかった。
そこで思いついたのが読んだ本にも書かれていた融資を受ける事だった。どうせ融資を受けるなら大きな商会が良い。手始めに大通りで目についた商会へ行って申し込んでみたが、即刻叩き出された。それでもすぐに諦めるわけにはいかない。その後もいくつかの商会へ行ってみたが、取りつく島もなかった。
明日の宿代も心もとなくなり、もう後がなくなった頃、訪れたのは中規模の商会だった。町で集めた噂によると、内乱前は貴族相手に羽振りのいい商いをしていたのだが、内乱後は取引相手が取り潰しになったりして以前ほどの賑わいは無くなっているらしい。そんな状態で融資をしてもらえるかは疑問だったが、それでも選り好みをしている場合ではなくなった。
「お前か? 近頃近隣の商会に融資を求めて出没する詐欺師は」
融資の話を口にしたとたん、従業員からいきなりそんな事を言われてしまった。自分の事が知れ渡っていることを驚くと同時に詐欺師と言われて無性に腹がった。
「ミステルの忠臣たる自分を詐欺師とは失礼な!」
気づけばそう叫んでいた。それでも従業員は「怪しい奴には違いないだろう」と言って警備員に追い出す様に命じた。
「待ちなさい」
抵抗する間もなくそのままつかまりそうになったところで奥から出て来た身なりのいい男性が警備員を制する。従業員が「会頭」と呼んでいたことから、この商会の最高責任者で間違いないだろう。
「お前さん、今、ミステルがどうとか言っておったね。もしかしてルーク卿とお知り合いか?」
周囲が止めるのも聞かずに自分を奥へ招き入れたその人は自らがこの商会の会頭であると自己紹介をすると、いきなりそんな事を聞いて来た。もう係わりを持つなと誓約書を書かされているが、知っているのは確かなので是と答えた。
「ふむ。ミステルに起こす事業とお見受けしましたが、具体的にはどのような事をなさりたいかお聞かせ下さい」
初めて自分の話に耳を傾けて下さる方が現れた。ただ、ルーク卿が治めるミステルでの事業だと勘違いされているのが喜びを半減させた。しかし、そのおかげで冷静に対応することが出来たのだと思う。
「不幸にもミステルには沢山の孤児がおります。彼等を教育し、領内に役立つ人材を育てたいと言うのがルーク卿のお考えです。他にも家が無いものにも仕事を提供し、ミステルを離れた者もいつか胸を張って戻って来られるような町にしたいとお考えでございます」
うろ覚えだがルーク卿の方針を交えつつ説明をしていくと、耳を傾けてくれていた会頭の表情も真剣なものとなっていた。そして自分の話を聞き終え、しばらくの間考えを巡らせると、控えていた従業員に何かを指示した。それからほどなくして戻って来た従業員はお金が入っているらしい革袋を乗せたお盆を手にしていた。
「貴方様のお話、感服いたしました。些少でございますがミステルの将来の為にご融資させていただきます」
そう言って会頭は革袋を手渡した。そっと中をのぞいて見ると金貨が入っていた。こみあげる喜びを抑えながらその場で何度もお礼を言ってその商会を後にしたのだった。
商人同士のつながりは思っていた以上に強固だった。その後は他の商会からも融資を受けられるようになり、中には最初に門前払いをされた大手の商会の会頭が直々に訪ねて来て先日の無礼を詫びてくれた。その際にはもちろん多額の融資を約束して下さり、思いがけず大金を手にすることになった。
だが、彼等が期待しているのはルーク卿とのつながりだ。成り行きでこうなってしまったが、今の自分では彼らの期待に応えるのは不可能だ。では、どうするか? 悩んだ末に出した結論は「このお金を持って逃げる」だった。多少の後ろめたさはあったが、ミステルで受けた辱めを思い返せばこのくらいしてもいいだろう。商人達だって人を散々馬鹿にしたのだ。その慰謝料を払ってもらったと思うことにして割り切った。
だが、すぐに姿を眩ませてしまうと、気付いた商人達に捕まってしまうだろう。討伐期に入る直前にミステルへ戻ると見せかけて国外へ脱出するのが一番いいかもしれない。手に入れた地図を見ながら慎重に計画を練っていった。
お金に余裕が出来たからか、ふと若様の事を思い出した。今の自分に家族と呼べる存在は、幼い頃からずっとお世話をしてきた若様だけだった。自分だけ幸せになるわけにはいかない。理不尽な言いがかりで捕まってしまったあの方を開放して一緒に国外へお連れして一からやり直そう。そう決意した。
いろいろと調べた結果、保釈金を払えば若様を開放できることが分かった。早速手続きを済ませて連絡を待った。
「先日のご融資のおかげで、孤児院を拡充出来ました。お礼申し上げます」
若様の開放を待つ間も商人達に偽の報告会をして応対した。追い出される前にミステルで見て来た事実を織り交ぜて報告すれば、商人達も喜んでくれる。中にはさらに融資をしてくれる商会もあって、国を脱出した後に新たな商売を始められる資金まで調達できていた。更に、今はルーク卿が体調を崩されているからと、今は取り次ぐのを控えさせていただいていると伝えると、お見舞いまで頂いた。この頃にはもう罪悪感もすっかりなくなり、心にもないお礼の言葉と共にありがたく頂いた。
担当者の話では、秋までには若様を解放できるだろうと言われたのだが、実際に解放されたのは秋の終わりだった。他国へ出る船に乗るには間に合わない。計画の変更を余儀なくされ、若様を養いながら春を待つことになった。この選択が最悪の結果をもたらせるとは知らずに。
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