掌中の珠のように2

花影

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制裁6

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「ばかな! 義総はこの女とよりを戻し、あの子供は先代の血を引いていないお前に娶らせる為に呼び寄せたと聞いたぞ!」
「義総様とそのような関係になった事実はございませんが?」
 親族の男は信じられずに声を荒げるが、その爆弾発言にも動じず、綾乃は冷静に応える。彼女にとって義総は、あくまでも手のかかる弟のような存在でしかない。だが、その内容にもっと驚いたのは渡部の秘書だった。
「な……何だと? そんな事一言も言ってなかったじゃないか!」
 秘書は吹き込まれていた内容と異なる発言に驚き、男に掴みかかる。
「触るな。確かめもせずにワシの言葉を鵜呑みにする方が悪い。だが、あの子供を遠ざけてくれたのは感謝するぞ」
「デ、デタラメだったのか?」
「認知する気も無い子供が押しかけて来て、会長がお困りだったのではないのか?」
 ようやく自分達が良いように使われていたのに気付き、倒れるのではないかと思うほど渡部は真っ青になり、秘書は男の襟元を掴んで揺さぶる。その様子を幸嗣は優雅にコーヒーを飲みながら観賞し、側に控えていた綾乃は無表情で成り行きを見守っていた。
「そろそろお止めした方が宜しいのでは?」
「……」
 ほどなくして綾乃が勧めると、ようやく彼はカップをテーブルに置いた。
「いい加減にしろ!」
 幸嗣の鋭い声にようやく彼等は動きを止める。
「沙耶を脅して私達の元から去る様に圧力をかけたのはお前達で間違いないな?」
 男は秘書の手を振り払い、一方の秘書は少しムッとしながらも幸嗣を睨みつけた。
「ふん、それが何の罪になる?」
 己の優位をまだ信じているらしく、男に不遜な態度が戻ってくる。
「ま、その義総も危ないのだろう? そうなれば奴の威も借りれなくなる。急いで呼び出したのはその所為か?」
「子供は勝手に飛び出していったのでしょう? 我々が責められる筋合いはないかと思いますが?」
 秘書が幸嗣に送る冷ややかな視線はあからさまに侮蔑を含んでいる。
「こんな写真では何の証拠にもなりませんぞ」
 どうやら渡部も開き直ったらしい。虚勢をはって幸嗣に対峙するが、顔色は悪いままだった。
「証拠ねぇ……」
 幸嗣は意味ありげに寝室へのドアへ視線を送る。ドア越しでも半端なく伝わってくる威圧感から彼の忍耐もそろそろ限界なのが分かる。最後の証拠を持ってくる手筈となっている青柳がまだ到着していないが、そろそろ頃合いかもしれない。幸嗣は一つ息をはくと、寝室に向かって声をかけた。
「じゃあ、証拠をお願いします。兄さん」
 ガチャリとドアが開くと、3人は面白いようにギクシャクとした動きで出てきた人物を振り仰いだ。そこに立っていたのはきっちりとスーツに身を包んだ義総だった。
「な、何故……」
 容体が芳しくなく、長期の入院を余儀なくされていると思い込んでいた相手が目の前にいて親族の男は信じられずに呟く。渡部と秘書に至っては開いた口が塞がらず、ポカンと義総を見上げている。
 幸嗣は立ち上がると今まで座っていた場所を兄に譲ってその傍らに立ち、綾乃は一同に頭を下げると奥に下がった。
「これがお望みの証拠だが、何か異論があれば承ろう」
 義総は手にしていた書類の束を無造作にテーブルの上に置いた。詳細な報告書に写真も添えられ、そして一番上に添付されているのはあの日秘書が子供に手渡したはずの紙切れだった。インクが滲んでいるが彼の携帯の番号がきちんと復元されている。これには渡部も秘書も顔をひきつらせた。
「これに書かれているのは君の携帯の番号に間違いないな?」
 ごまかそうにも添えられている資料にはきっちりと彼の名が記されている。義総に鋭く睨まれ、先程までの態度が一転した秘書はぎこちなく頷くしかできなかった。
「だ、だからってそれが何の罪に……」
 開き直った渡部は言い募ろうとするが、義総に睨まれただけで黙り込む。彼が放つ恐ろしいまでの威圧感にうまく口が回らない。それでもわずかに思考を働かせ、先に子供を見つけて口裏を合わせればどうにかこの窮地を脱せるかもしれないと僅かながらの希望に縋る。
「そ、その方をすぐに……」
「不要だ」
 お連れしますと言おうとすると義総が即答する。平然としている義総と幸嗣の姿を見て、嫌な予感が過ぎる。
「随分と精神的苦痛を与えられたみたいでね、今は家の別荘で静養させている」
「……」
 ここに至ってようやくあの電話がこれらの証拠を集める間彼等を油断させる策略だった事に気づいた。文句を言おうにも、元はと言えば自分達の短慮が招いた結果だった。
「あの子にお前は何を言った?」
「それは……」
 幸嗣には言い諭したと言ったが、あれは脅したようなものだ。決して褒められた内容では無い上に、あの少女が義総の婚約者と知った今ではとても口に出して言えるような代物では無い。
「それは、その……よく……」
「さっき貴方は沙耶を言い諭したと自慢げに言っていたよね? その内容をまさか忘れたなんて言わないよね?」
 よく覚えていないと言おうとしたところで幸嗣が口を挟み、渡部は冷や汗をだらだらと流しながら口籠る。
「言え」
「その……会長の……ご迷惑になるからと……」
「それから?」
「そんなもんじゃないでしょ?」
 他の2人が口を挟めない程、大倉兄弟の追及は容赦がなかった。やがてその心理的重圧に耐えきれなくなった渡部は洗いざらい白状していた。
「汚れてんのはあんた達の方でしょ?」
「……」
 義総の爆発寸前の怒りを向けられた渡部はソファーから転げ落ち、床に尻餅をついて震えている。幸嗣はそんな彼を平然と見下ろして兄の気持ちを代弁する。
「あの子がどれだけ傷ついたか分かる?」
「……」
 渡部は答えられない。
「さっきからさぁ、それが何の罪になるかさんざん喚いていたけど、充分恐喝になると思わない? それにさ、精神的苦痛を与えても傷害罪が適応されるのを知ってた?」
 青くなった彼はガタガタ震えている。
「も、申し訳……」
「俺達に謝られても困るんだよね」
 謝罪しようとして幸嗣に遮られる。
「もうあの子に会わせるつもりもないし、謝罪は一切受け付け無い。さっきも言ったけどさ、仕事もしないで何やってんの? あんたが引継ぎを疎かにするから、業務が一部滞っている。優秀な後任のおかげでそれも解消されつつあるけど、一歩間違えば重大な不利益をこうむる恐れがあった。お望みどおり移動は取り消すけど、もうエトワールに籍は無いよ」
「ぶ、部外者の癖に偉そうに……」
 クビを宣告されて渡部は打ちひしがれて何も答えられなくなっていたが、まだ幸嗣に対して反感を持つ秘書は吐き捨てる様に言い放つ。
「俺に反感を持つのは構わないさ。誰にでも好かれるのは無理だからね。でもさ、その偏見は止めた方が良いよ」
「……幸嗣はエトワールの大株主の1人だ」
「……」
 義総が明かした事実に秘書も黙り込むしかなかった。


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不勉強で株主の権利云々については憶測で書いております。矛盾点があったらごめんなさい。
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