転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない~最弱勇者の俺が最強魔王を倒すまで~

葛来奈都

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第1章 異世界《エムメルク》の歩き方

第20話 拠点が安全とは限らない

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 腹も減っていたのか、とにかく黙々と食べていた。パンはがむしゃらに噛みついていたし、スープも流し込むように飲んだ。

 そんな感じだったから、アンジェの企みに気づいていなかった。

「でっこぴーん」

 突然アンジェが俺の額を指で弾く。

「いって! 何するんだよ!」

 あまりに突然のことで、俺は額に触れながらアンジェを見た。だが、慌てる俺を見てアンジェはクスクス笑っている。

「ごめんごめん……ムギちゃんの素が出ていたから、ついちょっかい出しちゃった。でも――」

 笑顔だったアンジェの表情が、スッとなくなる。そして、静かに口角を上げ、優しい声で俺に告げた。

「気張らなくていいのよ。その言葉遣いも慣れなくて大変でしょ?」

 一瞬ぽかんとしてしまったが、アンジェの配慮に気づいたら途轍もなく恥ずかしくなった。柄でないことをやり続けて無理をしていたのがバレバレだったらしい。

「えっと……悪い。あんまこういうの慣れてなくて……」

 ばつが悪くなって視線を逸らすが、アンジェは「いいのよ」と俺の無礼を受け止めてくれた。

「ムギちゃんも苦労してるの、見ていたらわかるもの。落ち着くまでこの家も自由に使っていいし、あたしにも気兼ねなく接していい。知りたいことがあるなら、遠慮なく訊いていいから」

 アンジェはフフッと微笑み、穏やかな声調で俺に言う。そんな人に優しくされたこともないので、照れてしまい無意識に頬を掻いた。

 知りたいこと――本当になんでもいいのなら、俺はどうしても訊きたいことがあった。

「無礼を承知のうえで訊くけどさ……なんでアンジェはそんな言葉遣いなんだ?」

 さっそく、しかも突拍子のないことを訊かれ、アンジェは「え?」と目を瞠った。

 そして「そうねえ」と自分の人差し指を頬に当てながら、天井を見て考える。

「あたし、五歳下に妹がいるのよ。でも、彼女が五歳の時、あたしの母親が病死しちゃって……」

「え……」

 まずい。地雷を踏んだ。気まずいこと訊いてしまった。

 そう思ったが、アンジェは気にしていないようだ。

 アンジェが話を続ける。

「妹はまだ母親に甘えたい年頃だったから、母親が亡くなった後も『お母さん』『お母さん』って泣いちゃってね……それで父親と一緒に『二人で彼女のお母さんになろう』ってことになったのよ」

「な、なるほどな……」

 それで口調も仕草もすっかり女らしくなったということか。感動的な話ではあるが、ベクトルが違う方向に行ってしまっている気がするのだが……ということは、親父さんもこんな感じだったということだろうか。アンジェの父親だからイケメンの可能性はあるが想像は……しないでおこう。

 ただ、これを聞いて俺は密かに胸を撫で下ろしていた。

「てことはアンジェは口調以外普通の男なんだなー! いやー、変なこと心配しちまったよ!」

「あらやだムギちゃんったら。もしかして、あたしの恋愛対象のことを気にしてたの?」

 二人で顔を合わせながら「あはははは」と声を出して笑う。

 俺たちがいきなり笑うものだから、りんごを食べていたノアも不思議そうに首を傾げた。

 しかし、そんな空気もすぐに壊れた。

「恋愛対象……ねえ」

「……え?」

 急に声のトーンが変わったアンジェに、俺は思わず固まる。

 そんな俺の胸内を読み切っているかのように、アンジェは艶っぽく頬を綻ばせて俺に告げた。

「それは――ひ・み・つ」

 パチンとウインクして俺に微笑むアンジェ。そんな色気のある仕草に俺の背筋はゾクッと凍った。

 ここは……本当に……安全地帯なのか……?

 そんな不安に苛まれながらも、俺は引きつった笑顔で返すことができなかった。


 異世界転生生活、一日目。ひとまず無事に終了。

 ただし、魔王を倒せるような兆しはない。
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