55 / 242
第3章 青年剣士の過日
第55話 月明りとか細い炎
しおりを挟む
「家の中が、血液とはまた違う……嫌なにおいで充満していた……理由はすぐにわかった。イルマが体だけでなく、服までも切り裂かれていたから……この場で何が行われていたかも察しがついた」
親父さんはイルマを助けようとしたところを返り討ちにされたのか、それとも親父さんが殺されてからイルマが襲
われたのか、今となってはわからない。ただ、目の前で二つの命が消えた。それは拭おうにも拭えない事実だった。
「……そこから先は、あまり覚えていない。頭が真っ白になって、気づけば剣を掲げていて、切っ先から炎を出して奴らを燃やしていた」
魔物は抵抗したが、アンジェはそれを諸々もしなかった。ただひたすら、自分の中にある憎悪と悲嘆を魔物にぶつけた。
「部屋中に血が飛ぼうが、家が燃えようが、あたしは構わなかった。奴らを仕留めるという殺意だけで動いていた。そうじゃないと、あたしは壊れてしまいそうだった」
俯いたアンジェは自分を抱きしめるように腕を組み、体を縮こませた。
アンジェの長い前髪に隠れた切れ長の目が愁いを帯びている。その目はどこか遠く、きっとあの日のことを思い出しているのだろう。
月明かりに照らされる彼の姿が物悲しい。けれども俺は彼にかける言葉が見つからなくて、下唇を噛んだまま何も言えないでいた。
暫時の沈黙が続く。月が風に流れる雲に隠れて消える。辺り一面が暗くなるが、それでも俺は口を開くことができなかった。
そんな中、俯いていたアンジェが沈黙を破った。
「奴らを燃やした時に気づいたの……あいつらの体に、赤い花のような模様が入っているということに」
「え?」
思わず声が漏れた。その赤い花の模様は俺も知っている――魔王の配下の証、いわば「魔王の紋章」だ。
「魔王の配下がどうしてイルマを狙ったのかはわからない。【踊り子】として彼女が有名だったからなのか。たまたま目に着いたから襲ったのか……奴らに訊く術はもうなかった。我に返った時にはもう、リビングの床は所々火が上がっていて、あたしの足元にはコアが二つ転がっていた。あたしには立ち上がる力もなく、ひざまずいてぼんやりと燃え広がる炎を眺めることしかできなかった」
しかし、その小火に気づいた近隣住民がアンジェの家にやってきた。
その地獄のような光景に悲鳴をあげた者もいたが、転がったコアを見て全てを察したらしい。
「周りに住んでいたのが【農家】だったのが幸いだったわ。中には水が魔法属性の人もいたから、火は燃え広がることなくすぐに消せた……ただ、みんなその後は何も言わずに帰っていった。きっと、あたしを見てられなかったのでしょうね」
だが、しばらくして家にセリナがやってきた。この騒ぎを知った誰かが彼女を呼んだのだろうとアンジェは言っていた。
「あの時のセリちゃんの顔も忘れられない……変わり果てた二人の姿に両手で口を覆って、その場で膝から崩れ落ちて……でも、あの時あたしは泣けなかった。黙ったまま、泣き叫ぶ彼女の姿を見ることしかできなかったわ」
深く息を吸い込んだアンジェが夜空を仰いだ。隠れていた月が雲から顔を出し、再びアンジェを静かに照らした。
きっとその事件があった時も、月はこうして彼らのことを照らしていたのだろう。
月を見上げたまま、アンジェは吐息に混ざる小さな声で、俺にこう尋ねた。
「ねえ、知ってる? 魔物に襲われた人間はみんなと同じ墓場に入れないの」
「……なんでか訊いていいのか?」
「魔物は汚れているから……一緒に入ったら穢れてしまうんですって」
「そんなことって……あるはずないだろ」
「あたしもそう思ってる。でも、あたしが思うだけじゃだめなの。これはこの街の仕来りのようなものだから、みんなが納得しない……だからあたしは――人知れず二人を父親の畑に埋めたの。正確には、セリちゃんのゴーレムと、だけどね」
イルマと親父さんの墓場はただでさえ畑地帯の端にあるアンジェ宅のさらに奥地にあった。寂れた土地で、セリナ以外誰も近づいた様子もないくらいひっそりと佇んでいた。
もしや、手を合わせて祈ることですら「穢れる」と言われているのだろうか。有能な【農家】であったのに、超絶に人気だった【踊り子】であったのに。なんて寂しい最期なのだろうか。
親父さんはイルマを助けようとしたところを返り討ちにされたのか、それとも親父さんが殺されてからイルマが襲
われたのか、今となってはわからない。ただ、目の前で二つの命が消えた。それは拭おうにも拭えない事実だった。
「……そこから先は、あまり覚えていない。頭が真っ白になって、気づけば剣を掲げていて、切っ先から炎を出して奴らを燃やしていた」
魔物は抵抗したが、アンジェはそれを諸々もしなかった。ただひたすら、自分の中にある憎悪と悲嘆を魔物にぶつけた。
「部屋中に血が飛ぼうが、家が燃えようが、あたしは構わなかった。奴らを仕留めるという殺意だけで動いていた。そうじゃないと、あたしは壊れてしまいそうだった」
俯いたアンジェは自分を抱きしめるように腕を組み、体を縮こませた。
アンジェの長い前髪に隠れた切れ長の目が愁いを帯びている。その目はどこか遠く、きっとあの日のことを思い出しているのだろう。
月明かりに照らされる彼の姿が物悲しい。けれども俺は彼にかける言葉が見つからなくて、下唇を噛んだまま何も言えないでいた。
暫時の沈黙が続く。月が風に流れる雲に隠れて消える。辺り一面が暗くなるが、それでも俺は口を開くことができなかった。
そんな中、俯いていたアンジェが沈黙を破った。
「奴らを燃やした時に気づいたの……あいつらの体に、赤い花のような模様が入っているということに」
「え?」
思わず声が漏れた。その赤い花の模様は俺も知っている――魔王の配下の証、いわば「魔王の紋章」だ。
「魔王の配下がどうしてイルマを狙ったのかはわからない。【踊り子】として彼女が有名だったからなのか。たまたま目に着いたから襲ったのか……奴らに訊く術はもうなかった。我に返った時にはもう、リビングの床は所々火が上がっていて、あたしの足元にはコアが二つ転がっていた。あたしには立ち上がる力もなく、ひざまずいてぼんやりと燃え広がる炎を眺めることしかできなかった」
しかし、その小火に気づいた近隣住民がアンジェの家にやってきた。
その地獄のような光景に悲鳴をあげた者もいたが、転がったコアを見て全てを察したらしい。
「周りに住んでいたのが【農家】だったのが幸いだったわ。中には水が魔法属性の人もいたから、火は燃え広がることなくすぐに消せた……ただ、みんなその後は何も言わずに帰っていった。きっと、あたしを見てられなかったのでしょうね」
だが、しばらくして家にセリナがやってきた。この騒ぎを知った誰かが彼女を呼んだのだろうとアンジェは言っていた。
「あの時のセリちゃんの顔も忘れられない……変わり果てた二人の姿に両手で口を覆って、その場で膝から崩れ落ちて……でも、あの時あたしは泣けなかった。黙ったまま、泣き叫ぶ彼女の姿を見ることしかできなかったわ」
深く息を吸い込んだアンジェが夜空を仰いだ。隠れていた月が雲から顔を出し、再びアンジェを静かに照らした。
きっとその事件があった時も、月はこうして彼らのことを照らしていたのだろう。
月を見上げたまま、アンジェは吐息に混ざる小さな声で、俺にこう尋ねた。
「ねえ、知ってる? 魔物に襲われた人間はみんなと同じ墓場に入れないの」
「……なんでか訊いていいのか?」
「魔物は汚れているから……一緒に入ったら穢れてしまうんですって」
「そんなことって……あるはずないだろ」
「あたしもそう思ってる。でも、あたしが思うだけじゃだめなの。これはこの街の仕来りのようなものだから、みんなが納得しない……だからあたしは――人知れず二人を父親の畑に埋めたの。正確には、セリちゃんのゴーレムと、だけどね」
イルマと親父さんの墓場はただでさえ畑地帯の端にあるアンジェ宅のさらに奥地にあった。寂れた土地で、セリナ以外誰も近づいた様子もないくらいひっそりと佇んでいた。
もしや、手を合わせて祈ることですら「穢れる」と言われているのだろうか。有能な【農家】であったのに、超絶に人気だった【踊り子】であったのに。なんて寂しい最期なのだろうか。
10
あなたにおすすめの小説
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる