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第3章 青年剣士の過日
第55話 月明りとか細い炎
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「家の中が、血液とはまた違う……嫌なにおいで充満していた……理由はすぐにわかった。イルマが体だけでなく、服までも切り裂かれていたから……この場で何が行われていたかも察しがついた」
親父さんはイルマを助けようとしたところを返り討ちにされたのか、それとも親父さんが殺されてからイルマが襲
われたのか、今となってはわからない。ただ、目の前で二つの命が消えた。それは拭おうにも拭えない事実だった。
「……そこから先は、あまり覚えていない。頭が真っ白になって、気づけば剣を掲げていて、切っ先から炎を出して奴らを燃やしていた」
魔物は抵抗したが、アンジェはそれを諸々もしなかった。ただひたすら、自分の中にある憎悪と悲嘆を魔物にぶつけた。
「部屋中に血が飛ぼうが、家が燃えようが、あたしは構わなかった。奴らを仕留めるという殺意だけで動いていた。そうじゃないと、あたしは壊れてしまいそうだった」
俯いたアンジェは自分を抱きしめるように腕を組み、体を縮こませた。
アンジェの長い前髪に隠れた切れ長の目が愁いを帯びている。その目はどこか遠く、きっとあの日のことを思い出しているのだろう。
月明かりに照らされる彼の姿が物悲しい。けれども俺は彼にかける言葉が見つからなくて、下唇を噛んだまま何も言えないでいた。
暫時の沈黙が続く。月が風に流れる雲に隠れて消える。辺り一面が暗くなるが、それでも俺は口を開くことができなかった。
そんな中、俯いていたアンジェが沈黙を破った。
「奴らを燃やした時に気づいたの……あいつらの体に、赤い花のような模様が入っているということに」
「え?」
思わず声が漏れた。その赤い花の模様は俺も知っている――魔王の配下の証、いわば「魔王の紋章」だ。
「魔王の配下がどうしてイルマを狙ったのかはわからない。【踊り子】として彼女が有名だったからなのか。たまたま目に着いたから襲ったのか……奴らに訊く術はもうなかった。我に返った時にはもう、リビングの床は所々火が上がっていて、あたしの足元にはコアが二つ転がっていた。あたしには立ち上がる力もなく、ひざまずいてぼんやりと燃え広がる炎を眺めることしかできなかった」
しかし、その小火に気づいた近隣住民がアンジェの家にやってきた。
その地獄のような光景に悲鳴をあげた者もいたが、転がったコアを見て全てを察したらしい。
「周りに住んでいたのが【農家】だったのが幸いだったわ。中には水が魔法属性の人もいたから、火は燃え広がることなくすぐに消せた……ただ、みんなその後は何も言わずに帰っていった。きっと、あたしを見てられなかったのでしょうね」
だが、しばらくして家にセリナがやってきた。この騒ぎを知った誰かが彼女を呼んだのだろうとアンジェは言っていた。
「あの時のセリちゃんの顔も忘れられない……変わり果てた二人の姿に両手で口を覆って、その場で膝から崩れ落ちて……でも、あの時あたしは泣けなかった。黙ったまま、泣き叫ぶ彼女の姿を見ることしかできなかったわ」
深く息を吸い込んだアンジェが夜空を仰いだ。隠れていた月が雲から顔を出し、再びアンジェを静かに照らした。
きっとその事件があった時も、月はこうして彼らのことを照らしていたのだろう。
月を見上げたまま、アンジェは吐息に混ざる小さな声で、俺にこう尋ねた。
「ねえ、知ってる? 魔物に襲われた人間はみんなと同じ墓場に入れないの」
「……なんでか訊いていいのか?」
「魔物は汚れているから……一緒に入ったら穢れてしまうんですって」
「そんなことって……あるはずないだろ」
「あたしもそう思ってる。でも、あたしが思うだけじゃだめなの。これはこの街の仕来りのようなものだから、みんなが納得しない……だからあたしは――人知れず二人を父親の畑に埋めたの。正確には、セリちゃんのゴーレムと、だけどね」
イルマと親父さんの墓場はただでさえ畑地帯の端にあるアンジェ宅のさらに奥地にあった。寂れた土地で、セリナ以外誰も近づいた様子もないくらいひっそりと佇んでいた。
もしや、手を合わせて祈ることですら「穢れる」と言われているのだろうか。有能な【農家】であったのに、超絶に人気だった【踊り子】であったのに。なんて寂しい最期なのだろうか。
親父さんはイルマを助けようとしたところを返り討ちにされたのか、それとも親父さんが殺されてからイルマが襲
われたのか、今となってはわからない。ただ、目の前で二つの命が消えた。それは拭おうにも拭えない事実だった。
「……そこから先は、あまり覚えていない。頭が真っ白になって、気づけば剣を掲げていて、切っ先から炎を出して奴らを燃やしていた」
魔物は抵抗したが、アンジェはそれを諸々もしなかった。ただひたすら、自分の中にある憎悪と悲嘆を魔物にぶつけた。
「部屋中に血が飛ぼうが、家が燃えようが、あたしは構わなかった。奴らを仕留めるという殺意だけで動いていた。そうじゃないと、あたしは壊れてしまいそうだった」
俯いたアンジェは自分を抱きしめるように腕を組み、体を縮こませた。
アンジェの長い前髪に隠れた切れ長の目が愁いを帯びている。その目はどこか遠く、きっとあの日のことを思い出しているのだろう。
月明かりに照らされる彼の姿が物悲しい。けれども俺は彼にかける言葉が見つからなくて、下唇を噛んだまま何も言えないでいた。
暫時の沈黙が続く。月が風に流れる雲に隠れて消える。辺り一面が暗くなるが、それでも俺は口を開くことができなかった。
そんな中、俯いていたアンジェが沈黙を破った。
「奴らを燃やした時に気づいたの……あいつらの体に、赤い花のような模様が入っているということに」
「え?」
思わず声が漏れた。その赤い花の模様は俺も知っている――魔王の配下の証、いわば「魔王の紋章」だ。
「魔王の配下がどうしてイルマを狙ったのかはわからない。【踊り子】として彼女が有名だったからなのか。たまたま目に着いたから襲ったのか……奴らに訊く術はもうなかった。我に返った時にはもう、リビングの床は所々火が上がっていて、あたしの足元にはコアが二つ転がっていた。あたしには立ち上がる力もなく、ひざまずいてぼんやりと燃え広がる炎を眺めることしかできなかった」
しかし、その小火に気づいた近隣住民がアンジェの家にやってきた。
その地獄のような光景に悲鳴をあげた者もいたが、転がったコアを見て全てを察したらしい。
「周りに住んでいたのが【農家】だったのが幸いだったわ。中には水が魔法属性の人もいたから、火は燃え広がることなくすぐに消せた……ただ、みんなその後は何も言わずに帰っていった。きっと、あたしを見てられなかったのでしょうね」
だが、しばらくして家にセリナがやってきた。この騒ぎを知った誰かが彼女を呼んだのだろうとアンジェは言っていた。
「あの時のセリちゃんの顔も忘れられない……変わり果てた二人の姿に両手で口を覆って、その場で膝から崩れ落ちて……でも、あの時あたしは泣けなかった。黙ったまま、泣き叫ぶ彼女の姿を見ることしかできなかったわ」
深く息を吸い込んだアンジェが夜空を仰いだ。隠れていた月が雲から顔を出し、再びアンジェを静かに照らした。
きっとその事件があった時も、月はこうして彼らのことを照らしていたのだろう。
月を見上げたまま、アンジェは吐息に混ざる小さな声で、俺にこう尋ねた。
「ねえ、知ってる? 魔物に襲われた人間はみんなと同じ墓場に入れないの」
「……なんでか訊いていいのか?」
「魔物は汚れているから……一緒に入ったら穢れてしまうんですって」
「そんなことって……あるはずないだろ」
「あたしもそう思ってる。でも、あたしが思うだけじゃだめなの。これはこの街の仕来りのようなものだから、みんなが納得しない……だからあたしは――人知れず二人を父親の畑に埋めたの。正確には、セリちゃんのゴーレムと、だけどね」
イルマと親父さんの墓場はただでさえ畑地帯の端にあるアンジェ宅のさらに奥地にあった。寂れた土地で、セリナ以外誰も近づいた様子もないくらいひっそりと佇んでいた。
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