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第3章 青年剣士の過日
第54話 その日の夜の話
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「――黙っていたこと、怒ってる?」
「いや、全然……それに、普段の俺なら気づいても触れないだろうし」
その言葉は彼への同情でもなんでもなく、嘘偽りない本心だった。そんな家族が死んだことなんて聞いたって、空気が気まずくなって終わるだけだ。
ただ、今回は違う。まだ気になることが残っているから、聞かざるを得なかったのだ。
それはイルマの正体がアンジェの妹だということでも、アンジェの親父さんが亡くなっていることでもない……「どうして彼らが亡くなったのか」ということだ。
なんせノアの言うことが正しいなら彼らは――二人ともアンジェの自宅で亡くなっていることになる。
そんなことを受け流せるほど、俺は器用な人間ではない。
「二人が亡くなった時のこと……訊いてもいいか?」
おそるおそる尋ねる。すると、アンジェはフッと小さく笑い、静かにコクリと頷いた。
「……ムギちゃんには特別、ね」
そう言って彼は夜空を見上げながら、ゆっくりその過日を語ってくれた。
「今から半年くらい前かしら――あの時のあたしはギルドに入っていなかったから、稼ぎは妹と【農家】の父親に任せていたの」
つまるところ、当時のアンジェは主夫だったようだ。言われてみると料理の手際もよかったし、留守番をしていた時の俺の指示もこなれている感じがしていた。
「長男坊のくせに働きもしないって小言言ってくる人もいたけど、家事は嫌いじゃないし、こんな風貌だから気にしないでいたの。実際、何やっても稼ぎは妹には敵わないって思ってたしね。それに、父も【農家】としては有能だったし」
【農家】と言われ、アンジェの家の周辺が畑地帯だったことを思い出す。
そういえば二人の墓があったところも畑だった。あれが親父さんの畑だったということなのだろう。ここ一角が【農家】が住むエリアだったのかもしれない。
「ただ……あの日は父親の友人から手伝いの要請があってね。動けるのはあたししかいなかったから、隣町までお使いに行ってきたの」
この日も親父さんは畑仕事に、イルマは街へ踊りに行くだけの何も変わらない一日のはずだった。
いつも通り「おはよう」と言って、他愛ない話をして……ただ、普段は送り出すアンジェが「行ってきます」と二人に見送られただけ。
「日常が崩れる時って――本当に一瞬なのよね」
アンジェが仕事を終えたのは日が暮れてからだった。そこから移動して家に戻れる頃にはすっかり夜も更けていた。
二人共自分の帰りを待っているかもしれない。
そう思ったアンジェは急ぎ足で帰ったという。
けれども――彼を待っていたのは、温かい我が家でも、二人の笑顔でもなかった。
「あの時間帯は二人とも家にいるはずなのに、家の明かりは点いていなかった。その時点で何かがおかしいと思った」
彼の嫌な予感は当たっていた。
家に近づくと変に騒々しかった。ただ、その騒々しさの正体に気づいたのは、彼が自宅の前にたどり着いてからだ。
「……まず、目に飛び込んできたのは家の前で倒れている父親だった」
アンジェの親父さんは家の前で血を流して倒れていた。流れ出ている血の量で、彼が絶命しているのは一目見てわかった。だが、彼は悲鳴も叫び声もあげることもできなかった。続けざまに非情な現実を突きつけられたからだ。
「家の中に何かいる……それをわかっていたから、迂闊に声も物音も立てなれなかったわ。ただ、父親の横に転がっていた護身用の剣を握って、この恐怖に迎え撃つしかなかった。でも、そこにいたのは――」
そこでアンジェの声が震えた。脳裏にあの日のことが甦ったのだろうか、拒絶するように頭を垂らす。
それでもアンジェは、静かに、泣きそうな声で俺に告げた。
「そこにいたのは……腸をぶちまけられたイルマと……彼女を喰った魔物たちだった」
その告白に俺もノアも目を見開いた。
けれども、イルマの死は俺の想像を遥かに超える程非道であった。
「喰われた」という表現には二つの意味があったのだ。
「いや、全然……それに、普段の俺なら気づいても触れないだろうし」
その言葉は彼への同情でもなんでもなく、嘘偽りない本心だった。そんな家族が死んだことなんて聞いたって、空気が気まずくなって終わるだけだ。
ただ、今回は違う。まだ気になることが残っているから、聞かざるを得なかったのだ。
それはイルマの正体がアンジェの妹だということでも、アンジェの親父さんが亡くなっていることでもない……「どうして彼らが亡くなったのか」ということだ。
なんせノアの言うことが正しいなら彼らは――二人ともアンジェの自宅で亡くなっていることになる。
そんなことを受け流せるほど、俺は器用な人間ではない。
「二人が亡くなった時のこと……訊いてもいいか?」
おそるおそる尋ねる。すると、アンジェはフッと小さく笑い、静かにコクリと頷いた。
「……ムギちゃんには特別、ね」
そう言って彼は夜空を見上げながら、ゆっくりその過日を語ってくれた。
「今から半年くらい前かしら――あの時のあたしはギルドに入っていなかったから、稼ぎは妹と【農家】の父親に任せていたの」
つまるところ、当時のアンジェは主夫だったようだ。言われてみると料理の手際もよかったし、留守番をしていた時の俺の指示もこなれている感じがしていた。
「長男坊のくせに働きもしないって小言言ってくる人もいたけど、家事は嫌いじゃないし、こんな風貌だから気にしないでいたの。実際、何やっても稼ぎは妹には敵わないって思ってたしね。それに、父も【農家】としては有能だったし」
【農家】と言われ、アンジェの家の周辺が畑地帯だったことを思い出す。
そういえば二人の墓があったところも畑だった。あれが親父さんの畑だったということなのだろう。ここ一角が【農家】が住むエリアだったのかもしれない。
「ただ……あの日は父親の友人から手伝いの要請があってね。動けるのはあたししかいなかったから、隣町までお使いに行ってきたの」
この日も親父さんは畑仕事に、イルマは街へ踊りに行くだけの何も変わらない一日のはずだった。
いつも通り「おはよう」と言って、他愛ない話をして……ただ、普段は送り出すアンジェが「行ってきます」と二人に見送られただけ。
「日常が崩れる時って――本当に一瞬なのよね」
アンジェが仕事を終えたのは日が暮れてからだった。そこから移動して家に戻れる頃にはすっかり夜も更けていた。
二人共自分の帰りを待っているかもしれない。
そう思ったアンジェは急ぎ足で帰ったという。
けれども――彼を待っていたのは、温かい我が家でも、二人の笑顔でもなかった。
「あの時間帯は二人とも家にいるはずなのに、家の明かりは点いていなかった。その時点で何かがおかしいと思った」
彼の嫌な予感は当たっていた。
家に近づくと変に騒々しかった。ただ、その騒々しさの正体に気づいたのは、彼が自宅の前にたどり着いてからだ。
「……まず、目に飛び込んできたのは家の前で倒れている父親だった」
アンジェの親父さんは家の前で血を流して倒れていた。流れ出ている血の量で、彼が絶命しているのは一目見てわかった。だが、彼は悲鳴も叫び声もあげることもできなかった。続けざまに非情な現実を突きつけられたからだ。
「家の中に何かいる……それをわかっていたから、迂闊に声も物音も立てなれなかったわ。ただ、父親の横に転がっていた護身用の剣を握って、この恐怖に迎え撃つしかなかった。でも、そこにいたのは――」
そこでアンジェの声が震えた。脳裏にあの日のことが甦ったのだろうか、拒絶するように頭を垂らす。
それでもアンジェは、静かに、泣きそうな声で俺に告げた。
「そこにいたのは……腸をぶちまけられたイルマと……彼女を喰った魔物たちだった」
その告白に俺もノアも目を見開いた。
けれども、イルマの死は俺の想像を遥かに超える程非道であった。
「喰われた」という表現には二つの意味があったのだ。
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