79 / 242
第5章 『死の森』へ
第79話 誰にだって弱点はある
しおりを挟む
慌ててアンジェの横にしゃがんで顔を覗き込むと、彼の体は凍えるように小刻みに震えていた。
「おいアンジェ! しっかりしろ!」
声をかけてみるが、アンジェは自分を抱きしめるように両腕を組んだままうなだれていた。
「お前……もしかして、ずっと我慢してたのか?」
おずおずとアンジェに尋ねると、彼はおかしそうに「フフッ」と小さく笑った。否定も肯定もしなかったが、そのリアクションで悟ってしまった。
「ごめんねムギちゃん……こんな弱いあたしで」
口元は笑っているが、声は今にも消え入りそうだ。どうやら、立ち上がる力も残されていないのだろう。こんなに弱ったアンジェを見るのは初めてだ。
「そうだ。クーラの水!」
回復薬を飲んだら治るかもしれない。そう思ったのだが、アンジェがすぐに否定した。
「無駄よ……それは外傷にしか効かない。『陰の気』には効果がないわ……」
「『陰の気』?」
そういえば、この森の説明の時にミドリーさんがそんな単語を言っていた。確か、セリナたちを苦しめている魔界の瘴気によく似た空気のようなもの。もしかして、この霧みたいなのが『陰の気』だったのだろうか。
言われてみると、アンジェの症状は瘴気を吸った【創造者】たちと似ていた。毒性は「陰の気」のほうが少ないとはいえ、苦しさは変わりないはずだ。
「あれ? じゃあ、俺は?」
胸板を擦ってみるが、これといって変化は感じない。思い返せば集会所を爆破したクソ野郎も俺が動けていたことに驚いていた気がする。あそこだって多少なりとも瘴気が充満していたはずだ。その証拠に、近くにいたアンジェは噎せて動けていなかった。
なんで俺には効いていないんだ?
だが、考えようとしている横でアンジェが強く咳をし始めた。陰の気が彼の体を蝕んでいるのだ。
「とにかく……早くここを抜けるぞ」
座り込んでいるアンジェの肩に手を回し、力づくで起こし上げる。しかし、当のアンジェは拒むように首を横に振った。
「いいの……あたしを置いて行って……ムギちゃんの足手纏いになる」
「全然足手纏いなんかじゃねえよ。いいから、今は大人しく引っ張られてろって」
「違うの……ここじゃあたし、魔法が使えないの」
「え?」
想像していなかった返答に思わず足を止める。
ふと顔を向けると、アンジェの目は途方に暮れたように虚ろになっていた。そしてつらつらと、力なく今の自分の状況を俺に話始めた。
「こんな森の中であたしの魔法なんて使ったら……木に燃え移って自分たち諸共火事に巻き込まれてしまうわ……『陰の気』は関係ない……この森の中というフィールドが、あたしには向いてない」
アンジェに言われて改めて辺りを見回すと、この森はどこもかしこも木で密集していた。
彼の言う通り、こんなところで炎を出したらすぐに引火して森丸ごと燃えてしまうだろう。「魔法が使えない」という意味は、何も魔力がないということだけではないのだ。
「でも……ムギちゃんはまだ動けるでしょう? 動けるうちに、あなただけでもここを抜けだしたほうがいいわ」
ただでさえ戦闘力が下がっているのに、この状態だ。今の彼にはひょっとすると剣を握るのも難しいかもしれない。
「あたしだって……あなたの邪魔をしたくないの」
だから、自分を置いていきなさい。そう彼は強く俺に訴えてきた。
そんな彼に、俺は語気を強めて即答した。
「断る」
けれどもその答えにアンジェが驚いたように目を大きく見開いたので、俺は呆れたように息をはいた。
「まったく、『陰の気』で心までやられてるんじゃねえの?」
顔をしかめながら頭を掻くと、アンジェはぽかんとして言葉を失っていた。俺があっさり彼をここに置いて行くような薄情な奴だと思っていたのだろうか。そんなこと、するはずないのに。
「言っただろ……『友達一人も救えないで勇者になんかなれるかよ』って……」
ただ、それ以上のことは気恥ずかしくなって口にすることはできなかった。それでもアンジェには十分通じたようで、頬を染める俺を見て「クスッ」と笑った。
「……頼むわよ、勇者様」
「おう」
ニッと歯を見せてみるが、体は緊張で震えていた。
考えていることは、「この状態で魔物に襲われたら」という懸念だった。アンジェが戦えない今、俺が主体となって打破しなければならない。いや、ここまで来たら無駄な戦闘は避けたほうがいいはずだ。
魔物に見つからないよう静かに、かつ、いち早くこの森を抜ける。それがこの森の一番の突破口だろう。今はただ、魔物に出くわさないことを祈って突き進むだけだ。
そう思っていたのに、俺たちを待ち受けていたのは深い絶望であった。
「おいアンジェ! しっかりしろ!」
声をかけてみるが、アンジェは自分を抱きしめるように両腕を組んだままうなだれていた。
「お前……もしかして、ずっと我慢してたのか?」
おずおずとアンジェに尋ねると、彼はおかしそうに「フフッ」と小さく笑った。否定も肯定もしなかったが、そのリアクションで悟ってしまった。
「ごめんねムギちゃん……こんな弱いあたしで」
口元は笑っているが、声は今にも消え入りそうだ。どうやら、立ち上がる力も残されていないのだろう。こんなに弱ったアンジェを見るのは初めてだ。
「そうだ。クーラの水!」
回復薬を飲んだら治るかもしれない。そう思ったのだが、アンジェがすぐに否定した。
「無駄よ……それは外傷にしか効かない。『陰の気』には効果がないわ……」
「『陰の気』?」
そういえば、この森の説明の時にミドリーさんがそんな単語を言っていた。確か、セリナたちを苦しめている魔界の瘴気によく似た空気のようなもの。もしかして、この霧みたいなのが『陰の気』だったのだろうか。
言われてみると、アンジェの症状は瘴気を吸った【創造者】たちと似ていた。毒性は「陰の気」のほうが少ないとはいえ、苦しさは変わりないはずだ。
「あれ? じゃあ、俺は?」
胸板を擦ってみるが、これといって変化は感じない。思い返せば集会所を爆破したクソ野郎も俺が動けていたことに驚いていた気がする。あそこだって多少なりとも瘴気が充満していたはずだ。その証拠に、近くにいたアンジェは噎せて動けていなかった。
なんで俺には効いていないんだ?
だが、考えようとしている横でアンジェが強く咳をし始めた。陰の気が彼の体を蝕んでいるのだ。
「とにかく……早くここを抜けるぞ」
座り込んでいるアンジェの肩に手を回し、力づくで起こし上げる。しかし、当のアンジェは拒むように首を横に振った。
「いいの……あたしを置いて行って……ムギちゃんの足手纏いになる」
「全然足手纏いなんかじゃねえよ。いいから、今は大人しく引っ張られてろって」
「違うの……ここじゃあたし、魔法が使えないの」
「え?」
想像していなかった返答に思わず足を止める。
ふと顔を向けると、アンジェの目は途方に暮れたように虚ろになっていた。そしてつらつらと、力なく今の自分の状況を俺に話始めた。
「こんな森の中であたしの魔法なんて使ったら……木に燃え移って自分たち諸共火事に巻き込まれてしまうわ……『陰の気』は関係ない……この森の中というフィールドが、あたしには向いてない」
アンジェに言われて改めて辺りを見回すと、この森はどこもかしこも木で密集していた。
彼の言う通り、こんなところで炎を出したらすぐに引火して森丸ごと燃えてしまうだろう。「魔法が使えない」という意味は、何も魔力がないということだけではないのだ。
「でも……ムギちゃんはまだ動けるでしょう? 動けるうちに、あなただけでもここを抜けだしたほうがいいわ」
ただでさえ戦闘力が下がっているのに、この状態だ。今の彼にはひょっとすると剣を握るのも難しいかもしれない。
「あたしだって……あなたの邪魔をしたくないの」
だから、自分を置いていきなさい。そう彼は強く俺に訴えてきた。
そんな彼に、俺は語気を強めて即答した。
「断る」
けれどもその答えにアンジェが驚いたように目を大きく見開いたので、俺は呆れたように息をはいた。
「まったく、『陰の気』で心までやられてるんじゃねえの?」
顔をしかめながら頭を掻くと、アンジェはぽかんとして言葉を失っていた。俺があっさり彼をここに置いて行くような薄情な奴だと思っていたのだろうか。そんなこと、するはずないのに。
「言っただろ……『友達一人も救えないで勇者になんかなれるかよ』って……」
ただ、それ以上のことは気恥ずかしくなって口にすることはできなかった。それでもアンジェには十分通じたようで、頬を染める俺を見て「クスッ」と笑った。
「……頼むわよ、勇者様」
「おう」
ニッと歯を見せてみるが、体は緊張で震えていた。
考えていることは、「この状態で魔物に襲われたら」という懸念だった。アンジェが戦えない今、俺が主体となって打破しなければならない。いや、ここまで来たら無駄な戦闘は避けたほうがいいはずだ。
魔物に見つからないよう静かに、かつ、いち早くこの森を抜ける。それがこの森の一番の突破口だろう。今はただ、魔物に出くわさないことを祈って突き進むだけだ。
そう思っていたのに、俺たちを待ち受けていたのは深い絶望であった。
10
あなたにおすすめの小説
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~
シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。
前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。
その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる