転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない~最弱勇者の俺が最強魔王を倒すまで~

葛来奈都

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第12章 VS暗殺者・パルス

第166話 アンジェさん、ご指名です

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「はっ!?」
 
 傍から見ていた俺ですら思わず声をあげる。けれども、ミドリーさんがいるはずの壁際を見ると、先ほどとは少しも変わらないところに彼はいた。

 なら、今アンジェの目の前にいるのは――

 目をやるその一瞬ですら、水分身は暇を与えない。腕を振るいながら襲いかかる水分身の攻撃を防ぐ。

 ミドリーさんの分身のからくりなんて冷静になればすぐにわかった。パルスの魔法だ。

「あんた……本当にいい性格してるわよね」

 ギリッと歯を食いしばってアンジェは剣を握り直す。味方と同じ姿になったからといって、攻撃をためらう彼ではない。

 力強く振るったアンジェの斬撃をパルスは手持ちの短剣で押さえる。ガギンッ!と金属のぶつかった派手な音が聞こえたが、お互いノーダメージだ。

「ここまで攻撃力も変わらないっていうのも、むしろ褒めたくなりますね」

 口調はパルスだが、声色は聞き慣れたミドリーさんの声だった。相変わらず完成度の高い変化の魔法だ。かけていたはずの眼鏡も消えているし、背丈や筋肉、肌の色、服装だってそこにいるミドリーさんのものとまったく同じだ。

 ただ、自分に変化されたミドリーさん本人は複雑そうな顔をしている。

 しかし、同じフロアにミドリーさんがいることは俺たちにとって逆にアドバンテージになっていると思う。本物がそこにいるのだ。「こいつが偽物」だということは一目瞭然だ。だからそこアンジェも容赦なく攻撃できるのだろう。

「ところで……どうして僕がお相手にあなたを選んだのかわかります?」

 短剣でアンジェの剣を押さえながらパルスは尋ねる。アンジェは不機嫌そうに顔をしかめたが、ため息交じりで素直に答えた。

「なあに? あたしのことが好きだからじゃないの?」

 皮肉交じりで言うアンジェにパルスは「それもそうですが」と嫌味ったらしく返す。

「本当の理由は……あなたが『オルヴィルカ』の人だからですよ」

「あら、あたしそんなこと一言も言ってないけど?」

「そんなの、ミドリー神官への態度を見れば一目瞭然ですよ。他の二人は彼に対してフランクすぎます」

 パルスの推理にアンジェの眉がピクリと動く。その心の隙を見抜いたパルスはグッと力を籠めてアンジェの剣を押し返した。

 勢いにやられたアンジェはバランスを崩し、数歩退いた。お互い戦闘態勢を整えるのに距離を保ち、改めて武器を構える。だが、睨みつけるアンジェとは違って、パルスはにやついていた。

「僕も一時期『オルヴィルカ』を拠点にしていたのですよ。だから多少の土地勘や名物はかじってあるんですよ。たとえば――」

 と、パルスはミドリーさんの姿のまま再びドロリと体を水に溶かした。

 そして次に現れた彼の容姿に隣で戦っていた俺やリオンも息を呑んだ。出てきたのは茶髪ロングヘアーの華奢な女性だったからだ。

 初めて見る女性だ。スレンダーな体からはこんな遠目から見ても色気が溢れており、持ち前の切れ長な眼差しもさらに彼女を大人っぽくさせる。ただ、目を凝らしてよく見ると、まだ二十歳かそこらの肌艶に見えた。それに、この雰囲気は初めて会った感じがしない。

 ふとアンジェを見てみるとあれだけ闘志剥き出しで剣を構えていたのに、今は呆然としたようにだらんと剣を降ろしていた。

 アンジェのこの様子から、パルスが答えを言う前に察しがついてしまった。

 彼女の名前は――

「――イルマ?」

 アンジェの、妹だ。

「な、なんで……どうしてこの子が……」

 アンジェの声が動揺で震える。無理もない。イルマは殺されたのだ。それは誰よりもアンジェが知っている。

 彼の動揺具合に一番意外そうにしていたのは他でもなくパルス自身だった。

「これはこれは……もしかしてお知り合いでしたか? 彼女、名のある【踊り子ダンサー】で有名なんでしょう?」

 口調はパルスだったが、声は女性。ただ、落ち着いた声のトーンと彼の敬語口調が妙にマッチしている。だが、アンジェがそれを許さず、鋭い眼差しで剣の切っ先をパルスに向けた。

「あんたの脳みそで……イルマの声を使わないで」

 地獄の底から湧き出たような怒りの混じった声に恐れ慄きそうになる。

 これまで何度も憤怒するアンジェを見たことがあるが、今の怒りはそれらとは比べ物にならない。ただ、その怒りによっていつも冷静さが消えているようにも見えた。

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