転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない~最弱勇者の俺が最強魔王を倒すまで~

葛来奈都

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第13章 神と魔王が動き出す

第180話 勇者の涙

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「あたしもごめん。ムギちゃんが記憶喪失じゃないこと、ずっと前から気づいていた」

「え?」

「でも、これはあなたが悪いのよ。だってあなた、記憶がないというより、最初から全部知らないようにしか見えなかったもの」

「うっ……面目ない」

 痛いところを突かれぐうの音も出ないでいると、アンジェは「クスッ」と目を細めて笑った。

「……話してくれるでしょ? これまでの、あなたのこと」

 アンジェが全てを見透かしたように俺を見つめてくる。ここまで来てしまうと、今更誤魔化しようがない。

 俺はこれまでのことをアンジェに話した。現実世界でノアに出会ったこと。ノアとこの『エムメルク』を救う契約をして転生者になったこと。そして、そこでクラスが【赤子の悪魔ベビー・サタン】であったこと。

「──でも、本当にライトが魔王に転生していたってことは知らなかったんだ。ノアは、最初から知っていたみたいだけど」

 と、今更言ったところで言い訳臭いのはわかっている。それでもアンジェは真面目な表情でずっと俺の話を聞いてくれていた。

 やがて、夜空を見上げたアンジェは深く息を吐いた。

「実の兄弟で戦わせるなんて、神様も残酷ね」

 残酷。アンジェの言う通り、傍から見ればそうかもしれない。けれども、血を分けた兄弟だからわかることもある。

「たとえ兄弟であっても……あいつは俺を殺すよ」

 むしろ、俺を殺すことにあいつは何もためらいはないだろう。

 自分が見下している相手と同じ顔なんて屈辱極まりなかったはずだ。俺を殺せば、あいつは俺に間違われることも、比べられることもなくなる。合法的に俺を殺せる大チャンスをあいつが易々と逃すとは思えない。

 前に弟のことを少し話したからか、アンジェは否定してこなかった。いや、あのやり取りを見たら誰だって察するか──ライトが、俺のことを忌み嫌っていることなんて。

「それで……ムギちゃんはあの魔王様に殺されるのを呑気に待つって訳?」

 正鵠を射るアンジェにたまらず押し黙る。

 この街を追放される今、俺のやるべきことは「魔王討伐」ただ一つ。いや、追放されたことなんて関係ない。俺がやるべきことは最初から魔王を倒すことだけだったはずだ。

「ムギちゃん……あなたは、どうしたいの?」

 アンジェがさらに問いかける。

 アンジェが問いかけなくても、俺の選択は一つだけのはずだ。「元の世界に帰りたい」なんて自己的な理由だって、こうして戦っているうちに変わっていた。俺は、この『エムメルク』を救いたい。そのはずなのに、俺の脳裏にちらつくのは、ライトの冷酷な笑みだった。

 自分でも馬鹿げていることはわかっている。魔王ライトに勝てないことも気づいている。それでも俺は、願ってしまうのだ。

「──ライトを……とめたい。あんなやつでも……家族だから……」

 凋落した水のようにこぼれた俺の本音は、夜風に流れて消えていった。しかし、どんなに俺が弱々しくうなだれていても、アンジェは俺を笑ったりしなかった。

「それなら……一緒に頑張りましょう」

 ポンッとアンジェが俺の頭に自分の手を置く。

 徐に顔を上げると、アンジェが微笑みながら俺のことを見つめていた。

 どうしてだ。一番魔王を倒したいのはアンジェのはずだ。それなのに、どうしてそんなに優しくしてくれるのだ。

 アンジェだけじゃない。リオンだってそうだ。こんなに弱いのに。魔王の兄なのに。追放されるのに。どうして二人は──

「どうして……こんな俺と一緒にいてくれるんだ」

 そう言うと、アンジェは切れ長の目をさらに細め、そっと俺の肩に手を回した。

「それはね……あなたが優しいからよ」

 アンジェに抱き寄せられると、体が自然と固まった。 

「……やめろよ」

「いいえ、やめない。だって、こうでもしないと……あなた泣かないでしょ?」

 離れるどころか、アンジェの腕はさらに力が籠っていた。そして彼の腕は俺の頭部を包みこみ、自分の胸板に押し当てた。まるで、俺の顔を隠すように。

「大丈夫……男だからって泣いちゃだめってことはないの。だって、みんなあなたが弱くないって知ってるんだから」

 力強くホールドされる腕とは裏腹に、頭部を包み込む手のひらが温かい。アンジェの強さと慈悲深さをダイレクトに感じる。それに加えてそんな優しい言葉をかけられたら、涙腺が壊れるに決まっている。

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