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第15章 絶望の街『イルニス』
第205話 魔王の根城『アルカミラ』
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朝食を食べたあとは後片付けと旅立ちの準備をした。
だが、ひょっとすると戻ってこられないかもしれないから、部屋も綺麗に掃除をした。
その中でも、鞄は置いていった。動きやすさを優先しているが、「もう一度、この荷物を取りに行けるように」という自分なりの希望でもあった。うちのメンバーでしっかりと鞄に荷物を入れているのは、セリナだけだった。
ライザはというと、里に戻る前にもう一度リオンのことを強く抱きしめた。これが今生の別れになるかもしれない。その後悔を拭うための抱擁だった。
「じゃーなリオン。頼んだぞ」
「うん。僕、頑張る」
そう言ったリオンの顔は凛々しく、いつもの子供っぽさはなかった。そんな逞しくなった弟の表情を見てライザは一瞬驚いたが、すぐに寂しそうに笑った。
──風に乗って、ライザは里へと帰っていく。奴を見送ったら、俺たちもいよいよ旅立ちだ。
『アルカミラ』の麓まではノアに乗って移動する。歩いていったら一体何時間かかるかわからないが、こいつの力を借りればあっという間に着くだろう。
「振り落とされるなよ」
「振り落とすなよ」
と、互いに言い合いながらも、俺たちは大きくなったノアの背中に乗った。
風を切るように走るノア。その間も俺たちは無言だった。『アルカミラ』に近づくにつれ、空気が変わっていくのをみんな感じていたのだ。
「空気が変わる」というのは決して比喩ではない。冬の冷気のように風が冷たいのに、まるで静電気を浴びているみたいに肌がビリビリする。視界も麓に近づくにつれて紫色の霧が辺りを包んでいく。文字通りの意味なのだ。「ここが、これまでとは違う」そう知らしめているようだった。
「この紫の霧……もしかして瘴気ですか?」
ふとした疑問をぶつけたセリナにノアは「そうだ」と頷いた。
「あれ、でも瘴気って普通の人には毒なんじゃ……」
「安心しろ。神の加護のおかげで瘴気は効かなくなっている」
「そうですか……それを聞いて安心しました」
瘴気をもろに食らったことがあるセリナとアンジェは、その話にホッと胸を撫で下ろした。
そんな安堵した二人を横目でチラッと見たノアは、彼らを見てニヤリと笑った。
「……だから魔王は、神に認められた勇者御一行にしか倒せないのだよ」
その言葉の深みに、俺たちは息を呑んだ。瘴気まみれの『アルカミラ』には普通の人はたどり着くこともできない。魔王に一歩近づくたびに、責任もどんどん増していく。
そんな話をしているうちに、『アルカミラ』の麓にたどり着いてしまった。
『アルカミラ』は山岳地帯ではあったが緑一つなかった。赤茶色の地面がどこまでも続き、ゴロゴロとした岩と今にも転がってきそうな大きな石がそこら辺に転がっている。
山の頭頂部を見上げると、ここからでも赤い溶岩が見えた。火山の上での戦い、いかにも魔王との最終決戦に相応しい。だがその前、やらなければいけないことがある。
「……来たか」
俺らを呼んだケインは、大きな岩山の上で一人座っていた。相変わらずフードをかぶって、この勇者御一行様を見下すようにニヤついている。
ケインの姿を目の当たりにして、俺たちは各々徐に武器を構えた。だが、バトルフォークを長く伸ばしたところで、セリナが静かなトーンで俺たちに請うた。
「あの……ここは私に戦わせてくれませんか?」
その要求に俺とアンジェは「え?」と口を揃えて彼女の顔を見た。そこにいた彼女にはいつもの穏やかさはない。口元は一文字に固く結ばれ、鋭い眼差しには迷いはない。だが、こんなにも凛とした姿勢なのに、彼女からはひしひしと怒りを感じていた。
そんな初めて見る彼女の佇まいを前に俺はようやく気付いた。この中で一番ケインをぶっ飛ばしたいのはセリナなのだ、ということに。
「もう嫌なんです……大切な人が傷つけられたのに、何もしないでいるのは」
グッと拳を握ったセリナの視線の先にはアンジェがいた。けれども、今、彼女が見つめているのはアンジェではないのだろう。セリナが見つめているのは、きっとアンジェの中にいる彼の妹で、かつての親友であるイルマだ。
イルマだけでない。セリナは自分自身も傷つき、職場も壊され、同僚も襲われた。一番因縁のある彼女がケインの相手をするべき。
頭ではわかっているが、素直に背中を押せない自分もいた。相手は魔王の恩恵を得た配下で、爆弾を使ってくる危険人物。彼女一人だけでは戦わせたくない。
だが、ひょっとすると戻ってこられないかもしれないから、部屋も綺麗に掃除をした。
その中でも、鞄は置いていった。動きやすさを優先しているが、「もう一度、この荷物を取りに行けるように」という自分なりの希望でもあった。うちのメンバーでしっかりと鞄に荷物を入れているのは、セリナだけだった。
ライザはというと、里に戻る前にもう一度リオンのことを強く抱きしめた。これが今生の別れになるかもしれない。その後悔を拭うための抱擁だった。
「じゃーなリオン。頼んだぞ」
「うん。僕、頑張る」
そう言ったリオンの顔は凛々しく、いつもの子供っぽさはなかった。そんな逞しくなった弟の表情を見てライザは一瞬驚いたが、すぐに寂しそうに笑った。
──風に乗って、ライザは里へと帰っていく。奴を見送ったら、俺たちもいよいよ旅立ちだ。
『アルカミラ』の麓まではノアに乗って移動する。歩いていったら一体何時間かかるかわからないが、こいつの力を借りればあっという間に着くだろう。
「振り落とされるなよ」
「振り落とすなよ」
と、互いに言い合いながらも、俺たちは大きくなったノアの背中に乗った。
風を切るように走るノア。その間も俺たちは無言だった。『アルカミラ』に近づくにつれ、空気が変わっていくのをみんな感じていたのだ。
「空気が変わる」というのは決して比喩ではない。冬の冷気のように風が冷たいのに、まるで静電気を浴びているみたいに肌がビリビリする。視界も麓に近づくにつれて紫色の霧が辺りを包んでいく。文字通りの意味なのだ。「ここが、これまでとは違う」そう知らしめているようだった。
「この紫の霧……もしかして瘴気ですか?」
ふとした疑問をぶつけたセリナにノアは「そうだ」と頷いた。
「あれ、でも瘴気って普通の人には毒なんじゃ……」
「安心しろ。神の加護のおかげで瘴気は効かなくなっている」
「そうですか……それを聞いて安心しました」
瘴気をもろに食らったことがあるセリナとアンジェは、その話にホッと胸を撫で下ろした。
そんな安堵した二人を横目でチラッと見たノアは、彼らを見てニヤリと笑った。
「……だから魔王は、神に認められた勇者御一行にしか倒せないのだよ」
その言葉の深みに、俺たちは息を呑んだ。瘴気まみれの『アルカミラ』には普通の人はたどり着くこともできない。魔王に一歩近づくたびに、責任もどんどん増していく。
そんな話をしているうちに、『アルカミラ』の麓にたどり着いてしまった。
『アルカミラ』は山岳地帯ではあったが緑一つなかった。赤茶色の地面がどこまでも続き、ゴロゴロとした岩と今にも転がってきそうな大きな石がそこら辺に転がっている。
山の頭頂部を見上げると、ここからでも赤い溶岩が見えた。火山の上での戦い、いかにも魔王との最終決戦に相応しい。だがその前、やらなければいけないことがある。
「……来たか」
俺らを呼んだケインは、大きな岩山の上で一人座っていた。相変わらずフードをかぶって、この勇者御一行様を見下すようにニヤついている。
ケインの姿を目の当たりにして、俺たちは各々徐に武器を構えた。だが、バトルフォークを長く伸ばしたところで、セリナが静かなトーンで俺たちに請うた。
「あの……ここは私に戦わせてくれませんか?」
その要求に俺とアンジェは「え?」と口を揃えて彼女の顔を見た。そこにいた彼女にはいつもの穏やかさはない。口元は一文字に固く結ばれ、鋭い眼差しには迷いはない。だが、こんなにも凛とした姿勢なのに、彼女からはひしひしと怒りを感じていた。
そんな初めて見る彼女の佇まいを前に俺はようやく気付いた。この中で一番ケインをぶっ飛ばしたいのはセリナなのだ、ということに。
「もう嫌なんです……大切な人が傷つけられたのに、何もしないでいるのは」
グッと拳を握ったセリナの視線の先にはアンジェがいた。けれども、今、彼女が見つめているのはアンジェではないのだろう。セリナが見つめているのは、きっとアンジェの中にいる彼の妹で、かつての親友であるイルマだ。
イルマだけでない。セリナは自分自身も傷つき、職場も壊され、同僚も襲われた。一番因縁のある彼女がケインの相手をするべき。
頭ではわかっているが、素直に背中を押せない自分もいた。相手は魔王の恩恵を得た配下で、爆弾を使ってくる危険人物。彼女一人だけでは戦わせたくない。
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