転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない~最弱勇者の俺が最強魔王を倒すまで~

葛来奈都

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第17章 戦いの終わりに

第237話 『これで最後』

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 泣きそうになる感情を抑え込んでいると、アンジェが「フフッ」と笑みをこぼした。

「あらあら。どうしたの。急に男らしくなっちゃって」

 そうやって、アンジェは大人らしく軽く受け流した。しかし、発したその声は、すぐにでも涙声になりそうなくらい震えていた。それが全然格好がついていなくて、思わず笑ってしまった。

 くしゃっと俺の短い頭を撫でた後、アンジェの手がポンと俺と両肩に着地する。

 徐に顔を向けると、アンジェがニッと不敵に笑っていた。

「しっかり弟君と仲直りしなさいよ。それまで戻ってきちゃだめだからね」

「──ああ、わかってる」

 そんな言葉を交わした後、俺たちはパンッと力強くハイタッチをした。リオンが起きるのではないかと思うくらい大きくな良い音が響いたが、幸いリオンも起きなかったし、じんじんとする手の痺れも今だけは心地良く感じた。

 そうやって二人で笑い合っているうちに、窓から見える空がうっすらと明るくなっていることに気づいた。もうすぐ、夜が更ける。

 ぼんやりと空を眺めていると、アンジェが再び台所に立ち、温かい飲み物を淹れ始めた。湯気が立つマグカップが二つ。それをスッと俺に差し出した。

「ほら、セリちゃんのところに行ってきなさい」

「え、ひょっとして、セリナってまだ外に?」

「そうよ。いったい何をしてるのだか……でも、そろそろ行ってあげて。あなたも後悔したくないでしょ?」

 後悔。その単語に息が詰まる。おそらくアンジェにはお見通しなのだろう。俺がやり残している、たった一つのこと。掃除とか、食事とか、そんなことで全て後回しにして、自分から背けていたあのこと。

 本当は、「これで最後」と思うだけで覚悟は簡単にできるはずだった。

「わかったよ」

 意を決し、アンジェから熱を帯びたあつあつのマグカップを受け取る。そんな柄になく神妙な俺を見て、アンジェがまた笑う。

 アンジェに開けてもらった玄関扉から外に出る。なんとなしに空を見上げると、岬から見える空がほんのり色づいていた。

 セリナは岬にポツンと置かれた切り株を背もたれにしながら、海も眺めずにずっとうつむいていた。何か作業をしているようだが、いったい何をしているのだろうか。

 ゆっくりと近づこうと一歩踏み込むと、セリナが「できた!」と嬉しそうに声をあげた。何ができあがったのかはここからではわからないが、話しかけるにはちょうどいいタイミングだ。

「お疲れ」

 背後から声をかけたのが悪かったが、セリナは俺の声に肩が竦み上がるくらいびっくりしていた。

「ム、ムギトさん! まだ休んでなかったんですか?」

「寝たら時間になっちゃうだろ。ほら、これ、アンジェが」

「あ、ありがとうございます」

 と、セリナは服のポケットに手を入れてからマグカップを受け取った。

 軽く触れたセリナの手はかじかんでおり、氷のように冷たかった。

 マグカップに触れると、セリナは「温かい……」と嬉しそうに目を細めた。

 アンジェがくれた飲み物はホットミルクだった。セリナの隣に座って、一口飲む。蜂蜜を入れてくれたみたいで、口に広がる甘味に心がホッとした。

 ホットミルクを飲んでいる間、妙な沈黙が流れた。大人しく飲み物を飲むなんて別に珍しくもなんともないのに、俺は手が震えるくらい緊張していた。

 この沈黙をやぶるために、当たり障りのない話題を振る。

「朝からずっと動いているけど、疲れないのか?」

「ギルドの仕事で徹夜は慣れっこなので……こんな時まで気を遣わせてすいません」

 セリナが「あはは」と笑うが、浮かべる笑顔はいつもよりぎこちない。だが、このぎごちなさは、疲れからではないように思える。

 再び沈黙。出会ってから随分と経つのに、こんなに時間が長く感じるのは初めてだ。なんて話そう。何を話そう。リオンにも、アンジェにも、あんなに素直な言葉が出てきたのに、まったくもって言葉が出てこない。言いたいことは、山ほどあるはずなのに。

 そうやって尻込みしていると、セリナに「あの」と声をかけられた。徐に顔を上げると、セリナが自分のポケットから何か取り出していた。

「これ……よかったら受け取ってくれませんか?」

 セリナが何かを握ったまま手を差し出してきたので、俺も手のひらを広げてみた。セリナが置いてくれたのは、楕円形の藍色の石がついた首飾りだった。
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