転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない~最弱勇者の俺が最強魔王を倒すまで~

葛来奈都

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終章 ただいま、世界

第242話 そして世界が動き出す【終】

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「あら。もう電話終わったの?」

「あ、うん。これ、ありがとう」

 借りたスマホを母親に返すと、母親は「どういたしまして」とニコニコ顔になった。弟と電話で話すだけでここまでホクホクするとは、俺たち兄弟はどれだけ親不孝者なのだ。ここに来て、これまでのことが途轍もなく申し訳なく感じた。

「母さん。俺、頑張るよ」

「いきなりどうしたの? 頼人に何か言われた?」

「別に。ただ、そう思っただけ」

 母親には不思議そうに首を傾げられたが、頬は楽しげに綻んでいた。そんな彼女に見つめられるとなんだか恥ずかしくて、俺は逃げるように彼女から視線を背けた。

 窓に写る街並みを見つめながら、一つ息を吐く。

 そこから見えた景色は、背の高いビルがいくつも建っていて、コンクリートの大地がどこまでも続いている。排気ガスを吐きながら行き交う乗用車。スマホを見ながらうつむいて歩む人々。なんの変哲もない、この世界の日常風景だ。

 それでも俺は思った。俺の世界も、そろそろ変えないと。今ならそれができるような気がして仕方がなかった。


 ◆ ◆ ◆


 一度心臓が止まった俺は、この世界でも転生者だった。ただし、「魔王を倒す」なんて大それたことはしない。ただ、目の前のタスクをとにかくこなしていくだけ。それでもこれまでだらだらと日々を過ごしていた俺にしては大きな変化だった。

 自分が落ちこぼれていることは知っていた。でも、落ちこぼれなりにもできることがあるということも知っていた。だから俺は、俺のできることを懸命に探した。クラスがないこの世界だからこそ、なれるものがあると思ったから。 


 ──あれから二年。


 なんとか大学を卒業できた俺は、市内の中小企業に就職することができた。小売業界の営業だ。しかし、毎日ノルマ、ノルマと同じことを何度も言われ、上司にはこき使われ、気づけば立派な社会の歯車になっている。それでも、魔王を倒すことに比べればずっと楽だ。

 ちなみに、こちらの世界に戻ってきた魔王様は、公務員というお堅い仕事に就いて今日も役所で働いている。「魔王様が公務員」というところだけ聞くと片腹痛いが、頼人には合っているみたいで卒なくこなしているらしい。そんなことを、本人から聞いた。

 元々の出来が違うのだ。頼人との差は埋まらない。それでもいいでもいいと思った。頼人には頼人の。俺には俺の世界がある。その中で精いっぱい生きればいい。そうやって言い聞かせて、今日もこの世界で息をする。

 それでいい。それでいい。そう言い聞かせているのに、時たま生活に物足りなくなっているのは、俺が『エムメルク』を恋しく思っているからなのだろうか。
 そんな複雑な感情を抱きながらも日々を過ごしているうちに、今年も夏が来てしまった。

「あー、あちぃ……」

 肌が焼けるくらい強烈な日差しに、ゾンビみたいにうなだれながら道を歩く。

 ここは北海道。北の大地。なのに気温は三十六度。ついでに二年前のこの時期は三十度。この二年の間に何があったというのだ。暑くて死ぬ。マジで溶ける。
 それなのにスーツを着て歩く俺。こんな地獄、前にもあったような気がする。クールビズ? 我が社にそんなものはない。

「あー、この暑さのせいでコアが熱を持ってやがる……」

 独り言ちりながら、俺はスーツのポケットに入れていたセリナの首飾りを取り出した。

 セリナからもらった首飾りは、こうして肌身離さずに持っていた。こうして持っていることで、少しでも『エムメルク』の世界に触れているように思えるのだ。残念ながら、コアが光ることはないのだけれども。
 帰ったら、コアを磨こう。

 そんなことを思いながら、ふらふらと人気のない道を歩く。そんな時だ。

「にゃー」

 どこからか、気の抜けるような猫の鳴き声が聞こえてきた。その鳴き声に俺は思わず立ち止まった。

 持っていたセリナの首飾りがぼんやりと藍色に光る。そんなあり得ない光景に愕然としながらも面《おもて》を上げると、いつの間にか目の前に猫がちょこんと座っていた。

 毛の長い、不思議な青い猫だ。俺をじっと見つめながら、人を小馬鹿にするようにニンマリと笑っている。だが、そんな憎たらしい笑みが痛いほど懐かしくて心が震えた。

「ごきげんよう」

 猫が俺に話しかける。その声も、ぶっきらぼうなその態度も、何一つ変わらない。

「貴様──世界を変えたいか」

 その声がけに、俺は思わず息を呑んだ。

 奴の問いに、涙を拭きながらはっきりと告げる。

「……変えられるものなら」

 あの日と同じように答えた俺に、猫は「決まりだな」とまた笑った。

 胸に激痛が走る。その痛みすら、心地良く感じる。

 ああ、うん。そうだ。こんな感じだった。

 涙が出るくらい痛むはずなのに頬が自然と綻んでいく。

「久しぶりだな、勇者様――ようこそ、こちらの世界へ」

 苦しむ俺を見下ろしながら、猫は言う。そんな憎たらしい奴の声を聞きながら、俺は一人、静かに目を閉じた。

 
【終】
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