ユラユラ

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この世ならざるもの

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少しずーつ、少しずーつ


世界のまわりの音が耳へ届く。


じわりじわりと染みていくその音は、最早当たり前の日常となっている。


………ピピ。ピピピピ。ピピピピ。


「ん~………。」


眩しくもほっとするような爽やかな朝日に包まれたベッドの上で、ゆっくりと上体を起こす。


「ふっ………ッ…ッ」



目覚ましを止めてからぐぐ~~~っと大きな背伸びをして、はあ、とため息をつく。


私の朝はこれで始まる。


「……っはぁ。…昨日は珍しく早く寝れたのに、なんだか体が…」


睡眠時間とは平行しない鉛のような体の重さをを感じつつ、部屋に視線を投げた。

それは本能だったのだろうか。

奇跡的に目線の先は、通常時起床する時刻よりも40分針が進んだ時計があった。


「…………。」



一瞬、脳ミソが理解をするための間が空く。

「……ッッッ!!」

脳は緊急警報を身体中に響かせ、考えるよりも先に体が動いた。


「寝坊したぁッ!!」


女子の身支度は時間がかかる。


まず、乾ききった顔面を洗顔で潤し、濁った口内をゆすぐ。

いつもならばゆっくりと朝ごはん、もといエネルギー源を体内へ搬送するのだが、あいにく今日はその時間がない。

短縮。

「やばいっ、あと10分で出なきゃ…!」

パジャマをその辺に脱ぎ捨て、下着姿で髪の毛をとかす。

こんな日に限っていつもはない寝癖が、今日はメデューサのようにうねっている。

しかもくしでといてもムダなヤツ。

水でしっかり濡らして乾燥させないと、綺麗に型どられて戻るヤツ。


「あ~~~もう~~…!」


半泣き状態で髪の毛を手ぐしでざっとほぐしつつ束ねる。

どうしてもの最終手段は結ぶことなのだ。

そのうち結ぶことであとがついて、寝癖は落ち着いていく(はず)。


「えぇっと、制服制服…!」


クローゼットからいつもの学校の制服を引っ張り出して、シャツ、スカート、靴下の順番ではいていく。


「……あれ?ブレザー…ブレザーは?!」


頭が真っ白になる。

まずい。

ブレザーが見つからない。


昨日、私はどうしたっけか…?
脱いでそのままほっぽった?ちゃんとクローゼットへしまった?汚れていれば、洗濯に出したはず……。


「うわっだめだ、もう三分しかない!!……諦めよう!」


仕方なくブレザーは放棄。


今日の授業のメモを確認しつつそれらの教科書をカバンへ突っ込んでいく。

「えーとえーと、財布持った、携帯持った、教科書もオーケー、制服……はドンマイってことで…それから~…」

「ねぇ、遅刻するよ」

「うっ……!もういいや、仕方ないッ!!」

部屋を飛び出して、廊下へ。

「うぎゃっ!」

急ぎすぎたせいか、摩擦力が働かず滑って転倒。

膝小僧を負傷。


「いっったぁッ………!もうやだぁ……」


戦争中の兵のように這いずりながら、靴へと手を伸ばす。

打った方とは逆足の左足を軸にしてなんとか立ち、かかとを思いきりふんで足を靴の中へつっこむ。


「おっと、鍵、鍵!!」


あわてて家の鍵をガチャリと閉め、靴底を引きずりながらアパートの階段をかけ下りる。


(間に合え、間に合え、間に合え!!)


徒歩五分、走って一分のバス停へ一目散にむかっていく。


そこで私は、目の前の角を曲がったところで、誰かにぶつかりそうになった。


「う、わッ、!!」

危機一発、私が体をものすごい勢いでひん曲げたおかけで、その誰かにはぶつからなかった。

我ながら素晴らしい運動神経と反射神経だと思う。


「いっててぇッ……!」


しかしながら受け身は取れず。

手のひらと両足の膝を擦りむいて、軽く血が出ている。

「――おやおや、大丈夫かい?」

「あ、大丈夫―――……です………?」


そこには、竹のほうきを持って心配そうに歩み寄る、細身のおじいさんの姿が。

「……中川さん」

「あれっ、由美ちゃん?どうしたのこんな早い時間に……。」

「………………………………あは。」


……あ~~~~~~~~~。


なるほど。



…………。



「いえ、たまには朝イチに行ってみようかな~なんて…」

「おお、それは感心だねぇ。でも、急ぎすぎても危ないからね。絆創膏取ってこようか」

「ああっ、いえいえ!お構い無く…。ありがとうございます!それじゃ……」

少し不安そうな笑顔で「いってらっしゃい」と言われるのをお辞儀で返しつつ、今度はすたすたと歩いてバス停へ向かう。


「………携帯…」


タッチパネル式の携帯を鞄の中からかき分け手に取り、電源を入れる。

現代っ子ではないしから機械は苦手なため、携帯を開くことは時間確認以外ほぼ無い。


「………うん。そうだよね。」


電源がついた携帯のホーム画面には、ハッキリと「6:20」の数字が。


私の朝の流れはこんな感じ。


7:00起床。洗顔と歯みがきを済ませる。
7:10重い瞼を擦りながら朝食をとる。
7:25食後の歯みがき。
7:30髪の毛を整えたり着替えたりと、身支度をする。
7:50持っていく授業の教科書や必要なものを鞄へ入れ、家を出る。
7:55バスに乗り、揺られながら中学へ。
8:15中学到着。


ざっといって、こんなもんだ。

だから今日はいつもより一時間以上早く出た計算になる。


「何が朝イチに行ってみようかなーじゃボケ……」

しかしながら確実に起きた時、時計は7:40を指していた。

時計はこの前電池を変えたばかり。となると原因は………。


「ねえねえ、急いで急いで。もうバス出ちゃうよ?」

「…うるさいよ……もう、あんたのせいで貴重な睡眠時間が削れちゃったじゃん!!昨日あんな早く寝たのに…」
「といっても11時でしょ?それって早いのかな」
「早いに決まってるじゃん!普通の平均的な中学生なら12時くらいまで起きてるよ多分!」
「由美ちゃん、前」
「何っ」

瞬間、自分より倍大きい物が前を物凄いスピードでかすっていった。


あと一秒止まるのが遅ければひかれていただろう。

心臓がバクバクと鳴り、「私は生きている」と胸に手を当てて自分を安心させる。

「…………ありがとう……。助かった…」
「あ、教えなければ良かったかな?そうすれば由美ちゃんもに来れたもんねぇ」
「うわっ!…縁起でもないこと言わないでよ!!」
「ふふふ…」


そう。私はが見えるのだ。

それを良いことに、レイコはいっつも私にちょっかいやら悪戯やらを仕掛けてくる。

「レイコ」と言うのは偽名。
名前を聞いても教えてくれないので、「霊子」と呼んでいるのだ。


「いいの?今から戻れば、少しは寝れるんじゃない?」
「いや、怪我しまくりだし今ので目バリバリ覚めちゃったし、もういいよ……」
「そうなの。うふふふ…」
「……レイコとか…他の、……人達はさ、寝たりとかはしないの?」
「――さぁ?どうだろうね。由美ちゃんがこっちに来たら、教えてあげる」
「………」
「あ、バス来たよ。走って走って」


レイコの制服は、多分一昔前のうちの中学のものだ。

デザインが変わったのは十年前。

ところどころズタズタに裂けていたりしているから見にくいけど、胸元には微かに「丸神中(まるがみちゅう)」の文字が。


レイコの首には縄の痕がある。

そして、無傷の体にボロボロの制服。


…流石に理由を聞くまで私は無神経じゃない。
レイコが話してくれるまで待つつもりだが、風が吹いたりすると思わずそこへ視線がいってしまう。


「ね、気になる?」
「ん?…何が?」
「分かってるくせにぃ。私の死因だよ。」
「………。」


時間帯は、朝。
一番後ろの席に座り、車内は運転手しか人がいない。

ここならバスの走行音で、多少の会話はバレないだろう。

レイコは私のとなりの席に座った。
レイコが座るよりも先にバスが発車して、レイコが「おっと」と少しだけフラついた。

「…気になってないって言うと…嘘になっちゃうな。でも、どうしても知りたい訳じゃないよ」
「そっか~」

そう言うとレイコは嬉しそうに「由美ちゃんは優しいね」と笑った。


「次は~月見岳、月見岳~…」

車内に、静かにアナウンスが流れた。

するとレイコが「あ……」と溢してから、そっと「降ります」ボタンを押した。

「次、止まります~…」

「あれ、次で降りるの?」
「うん。今日は…ちょっとね。」
「………そっか」


私は目だけはいいほうで。

一瞬だけレイコの表情が曇ったことを、私は見逃すことが出来なかった。

気付きたくないことに気付いてしまうのはわりと厄介だ。


レイコはいつもなら私と丸神中学校の校門まで着いてくるのだが、今日はなにか理由があってこないんだろう。

…いや、別に寂しいとか言うわけではない。


断じて。



――それでもなぜか来るのは「校門まで」。

中学校の敷地内は、決して入ってこない。


そこでにこにこしながら「頑張ってね~」と手を振っているだけ。

これもいつか話してくれるだろうか。


もうすぐレイコが降りると言う、月見岳のバス停につく。

「……もし私の死因が知りたければ…」
「えっ?」
「もし由美ちゃんが私の死因が知りたいっていうなら……。……理科準備室。そこへいって、三回だけノックして。そしてこう言うの。………『雨川さん、みーつけた』…って」
「え、どうしたの急に?…雨川さん?って誰?」

「月見岳~月見岳~。お降りの際は、バスが完全に停車してから―――…」

「……ううん、どうしてもの場合だけだから。」

「え、………う、うん…」

そしてレイコは立ち上がり、バスの出口へ小走りで向かっていった。

「それじゃあ今日はここでお別れ。学校、頑張ってね!」

「う、うん!ありがとう…」

「――お客さん?降りないんですか?」

「…!」


運転手は後ろを覗き混むようにして言った。

……その真横にはレイコが立っていた。


「じゃあねっ!」

「あっ!」

パッとバスを出たかと思うと、レイコはさっさと人気の無い公園の向こうへ走り去ってしまった。


「………」

「お客さん?」

「…あっ、ごめんなさい!間違えちゃいました…」

「あ、そうでしたか。それじゃ発車いたします」

「………レイコ…」


段々小さくなる寂しげなレイコの後ろ姿を見つめて、今日は理科準備室へ行ってみようと思った。


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