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第30話
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こうして、普通に突入してしまった世界に対し視線を地に向ける。ひんやりとした岩のタイルをふみしめ一歩一歩確実に進んで行き、腰を下ろして桶を手に取る。
確かに分かってはいた事だ。こうなる事を想像できなかった自分は実際存在していないのだから。しかし、開き直り心ゆくまで眺めてやろうなんて思考は手に入れることさえ難しい己である。現状、もう手の施しようがない。
「あー凝ってますねお客さん物凄いですよ」
途端、肩にひんやりとした感覚が走り身体を縦に揺さぶる。桜御影の声は、マッサージ店員を気取った様な口振りで進められていた。
「ちょっ…何してんん⁉︎」
「まあ落ち着きたまえ、私がほぐしてやるからのお」
急変したように師匠とか村長みたいな口調が背後から飛び出す。キャラ作りくらいしっかりしたらどうなのだろうか。
「…御影ちゃんは、僕のことまだ認めてくれてないよね。正直、ちょっと悔しいんだけどなぁ…」
本音だ。これは、普段接されるときいつも脳裏に浮かぶフレーズ。自分が彼女に認められていない、本当の自分を見てもらえていないという事を意味する。
「ほんとはね…私だって日向ちゃんの言う事、してあげたいよ。でもね、私…駄目なの」
「駄目って…何か…」
「だってね…日向ちゃん…」
空気を読んだかのように此方から視線を逸らす紫苑さんを、眼前の鏡で確認する。そして、桜御影から発せられる言葉の溜めは終わりを迎える。
「日向ちゃん…可愛いんだもん」
「…はぁ?」
「なんか色々とね、いちいち可愛いんだよ…男の子とか有り得ない様な感じだもん…」
全く自覚は無いが、そう見えているのだろうか。みてくれの話をしている訳ではないというのは分かるのだが、己の身をまじまじと鏡に映す。
「…そう思われてるなら、仕方ないかな。僕は認めてもらう為に出来ること、全部やるよ」
「ふぅん…カッコいい日向ちゃんも悪くはない…か…」
しんみりとした雰囲気は湯気に包まれ、ほんの少し反響した声に目を瞑った。
そしてその数秒後、胸部に感触を覚える。
「なんであのタイミングで触るかな…」
「いやぁ…紫苑ちゃんの言う通り丁度いいサイズでした」
本当に改めて怖いなと感じる。果たして根源的なものから女の子が怖いのかこの人たちが怖いのかは分からないが、双方に分類されるという時点で危険生物である。
「まあでもあれだな…日向ちゃんって性別不安定な時あるよ実際。マジでそうなんだって思ったら今一緒に浸かってねえもん」
「紫苑さんまで認めてくれないんですか…」
「ていうか無理があるんだよ。根本の可愛いなって感覚が染み出してるから」
再度言うが、全く自覚は無い。それを抑え込む必要もないほどまで存在していないと仮定して生きてきたからだろうが、自覚して尚あまり良く分からなかった。
こんな話をしているうちに、裸の付き合いは終わった。しかし問題はその後にあった。後半は何も気する事なく会話に参加していたのだが、部屋に戻ってみると思い返さずとも情景が延々と流れ続けるばかりだった。
「なんか日向ちゃんがずっと動かないんだけど…」
「これはアレだな。無自覚にエロい光景を見過ぎて落ち着いた頃にフラッシュバックする現象『日向アーカイブ』だ」
ロビーのソファで某ボクシング漫画の有名な場面の様に野垂れる姿を見つめる御影と斗真の姿が、そこにあった。
「…これ治るの?」
「多分2時間くらいほっときゃ治る」
「2時間も?」
しかし残念なことに正気を取り戻した頃には、既に飛行機の座席に座っていた。約1日半ほどの記憶が曖昧なまま学園生活最大の楽しみと言っても過言ではない行事の幕が閉じたのだった。
確かに分かってはいた事だ。こうなる事を想像できなかった自分は実際存在していないのだから。しかし、開き直り心ゆくまで眺めてやろうなんて思考は手に入れることさえ難しい己である。現状、もう手の施しようがない。
「あー凝ってますねお客さん物凄いですよ」
途端、肩にひんやりとした感覚が走り身体を縦に揺さぶる。桜御影の声は、マッサージ店員を気取った様な口振りで進められていた。
「ちょっ…何してんん⁉︎」
「まあ落ち着きたまえ、私がほぐしてやるからのお」
急変したように師匠とか村長みたいな口調が背後から飛び出す。キャラ作りくらいしっかりしたらどうなのだろうか。
「…御影ちゃんは、僕のことまだ認めてくれてないよね。正直、ちょっと悔しいんだけどなぁ…」
本音だ。これは、普段接されるときいつも脳裏に浮かぶフレーズ。自分が彼女に認められていない、本当の自分を見てもらえていないという事を意味する。
「ほんとはね…私だって日向ちゃんの言う事、してあげたいよ。でもね、私…駄目なの」
「駄目って…何か…」
「だってね…日向ちゃん…」
空気を読んだかのように此方から視線を逸らす紫苑さんを、眼前の鏡で確認する。そして、桜御影から発せられる言葉の溜めは終わりを迎える。
「日向ちゃん…可愛いんだもん」
「…はぁ?」
「なんか色々とね、いちいち可愛いんだよ…男の子とか有り得ない様な感じだもん…」
全く自覚は無いが、そう見えているのだろうか。みてくれの話をしている訳ではないというのは分かるのだが、己の身をまじまじと鏡に映す。
「…そう思われてるなら、仕方ないかな。僕は認めてもらう為に出来ること、全部やるよ」
「ふぅん…カッコいい日向ちゃんも悪くはない…か…」
しんみりとした雰囲気は湯気に包まれ、ほんの少し反響した声に目を瞑った。
そしてその数秒後、胸部に感触を覚える。
「なんであのタイミングで触るかな…」
「いやぁ…紫苑ちゃんの言う通り丁度いいサイズでした」
本当に改めて怖いなと感じる。果たして根源的なものから女の子が怖いのかこの人たちが怖いのかは分からないが、双方に分類されるという時点で危険生物である。
「まあでもあれだな…日向ちゃんって性別不安定な時あるよ実際。マジでそうなんだって思ったら今一緒に浸かってねえもん」
「紫苑さんまで認めてくれないんですか…」
「ていうか無理があるんだよ。根本の可愛いなって感覚が染み出してるから」
再度言うが、全く自覚は無い。それを抑え込む必要もないほどまで存在していないと仮定して生きてきたからだろうが、自覚して尚あまり良く分からなかった。
こんな話をしているうちに、裸の付き合いは終わった。しかし問題はその後にあった。後半は何も気する事なく会話に参加していたのだが、部屋に戻ってみると思い返さずとも情景が延々と流れ続けるばかりだった。
「なんか日向ちゃんがずっと動かないんだけど…」
「これはアレだな。無自覚にエロい光景を見過ぎて落ち着いた頃にフラッシュバックする現象『日向アーカイブ』だ」
ロビーのソファで某ボクシング漫画の有名な場面の様に野垂れる姿を見つめる御影と斗真の姿が、そこにあった。
「…これ治るの?」
「多分2時間くらいほっときゃ治る」
「2時間も?」
しかし残念なことに正気を取り戻した頃には、既に飛行機の座席に座っていた。約1日半ほどの記憶が曖昧なまま学園生活最大の楽しみと言っても過言ではない行事の幕が閉じたのだった。
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