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第2部
第9話 最悪のミライ
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「……おい、ルシファー」
「ん、どうしたベルゼブル」
相変わらず薄暗い獄の最深部にて。邂逅する二人の支配者は、互いの目を逸らすことなく語っていた。
「何故サマエルを逃した?お前の力があればあの場で奴を始末できたはずだ。マモンの致命傷もあったんだから手を下す理由にはなっただろ」
ベルゼブルは、サマエルの動向を気にしていた。奴が好き勝手に動けば、彼の政治に支障を来たすからだ。まだ人間側に知られてはいないものの、いずれ先日男が腕を切断され死亡した事件の犯人がサマエルである事は大きな弊害となる。
そんなベルゼブルの言葉に、ルシファーは静かな返答を口にする。
「……泳がせてるんだ。求めている情報は違えど、俺とアイツ。調べたいものは同じだからね」
「なんだと……?」
サマエルの目的は、天国を見つけてそこに向かうこと。それに必要な情報であり、ルシファーも求めている物というのは、一体どういうことだろうか。
「サマエルが気付いたとある事実。人間が俺たちと出会う前に俺たちのことを知り尽くしている事実についてだ。奴が天国という人間の創作を探るなら、この件も必然的に視野に入るだろう」
ルシファーはそう語った。サマエルという、個人的な敵対勢力でさえも駒として扱っていたのだ。当然、サマエルは利用されていることに気付いていない。
「情報を吐かせるのは、武力行使でどうにでもなる。別に急ぐものでもないし、次会ったときいろいろ聞いてみるよ」
「そうですか。ですがやはり世間的には……」
しかし当然、世間的に放置するのは危険である。意図的でないと分かっていながらも、既に殺人という大きな罪を犯している存在を野放しにするのは得策ではないだろう。
「ベルゼブル、政治は総意じゃない。DRの上層が居なくなったといえど、全ての人間が共存を認めてはいないんだ。それに、あんな技術がもう一度俺たちを狙った時のために戦力は生かしておいた方がいい」
そう言って、ルシファーは去り際に手を振る。
ベルゼブルの目は、外見のみに若さを象る後ろ姿を延々と傍観していた。
ベルゼブルの行なっている、共存を目的とした政治。しかしこれが適応されているのは、偶然にもゲートが存在している日本だけに適応されるものだ。
国によって変わるそれらは、民主主義だとか独裁だとかのよりどりみどりである。
抵抗の術を持たずに降伏を見せる国や、悪魔という存在を軍事力へと変換させたい国。本当に多種多様な思考があるものだ。なにより、一番平和的で単純なものが日本だったというのは本当にありがたいものだ。
そんな事を考えながら、目的を果たすためにとある土地を訪れた。
某県に位置する、馬井菱市という場所。眼前には壊滅寸前の建造物や、瓦礫の山が形作る『かつて街だったもの』が、黄色いテープの向こう側で佇んでいた。
テープを潜り、街の残骸へ侵入する。ここに目当てのものがある筈なのだ。
この土地がこうなってしまった理由は、一人の悪魔にあった。これは、人間界と獄が繋がってから初めて起きた悪魔による殺人事件。その悪魔は行方知れずになってしまったが、人ひとりが限界だったゲートを強引に広げた当人である事は分かっていた。
当然殺戮を得意とする類と考えるのが妥当だが、個人的には何か理由があって起こした事件だと考えている。
「ん、なんだ?アレだけ妙に……」
瓦礫と骨組みの山に隠れていたそれは、なんともチープな教会だった。十数年手入れがれていないためか、苔が生い茂って随分と汚れていた。
扉の木材は腐敗して、触れると塵になり風に流されていく。自然の匂いが同化した無機質な白色の建造物の中身は、割れたガラス片が散らばってかなり危険なものだった。
ふと、前進する右脚に何かが衝突する。どうやらそれは古い本のようなもので、独特の古紙の匂いが少し香る。古本屋に蔓延しているあの匂いだ。
表紙にタイトルは書かれておらず、よくある濃い緑色一色に染められた伝記のような外見。加えて分厚さは、広辞苑第七版の三分の一といったところだろうか。教会に落ちているということは、聖書と捉えるのが妥当だろう。
拾い上げて、適当なページを開く。まるで洗脳まがいの理想を描き、訳の分からない行為によって救われる。そんな内容が、延々と書き綴られてループしていた。
そして辿り着く一番最後のページ。即ち奥付となるそのページを開くと、今までと違った異様なものが目に映る。
どうやらその文字は製造過程に含まれるものでは無いらしく、明らかに何者かによって加筆されたものだった。それは黒いインクで書き殴られ、ギリシャ語で意を語る。
『天が人を導くと共に、悪魔も場所を同じくして人を導く。求められる救済が偽善であれ邪道であれ、その扉は等しく開いている』
「…-なんだこれ」
大方、棄教した輩が教祖への犯行に叩きつけた持論だろうか。それならばこの場にあるというのもおかしな話だが、なんにせよ意図は掴めなかった。
結果的にこの本は、何の意味も成さない言葉として捉えておくことにした。今は、ここに訪れた目的を果たす事に集中しよう。
何故、この街は滅んでしまったのか。ここは双方の世界を繋ぐゲートから数個の都道府県を跨ぐほど離れているというのに、何故かこの街だけがピンポイントで狙われて壊滅したのだ。
これに関して、考えられる可能性を探してみる。
悪魔に対してこの街の人間が攻撃を図ったか、何か対象を破壊する目的があったか。恐らくこのどちらかではないかと睨んでいる。
この街を詮索して、銃火器の類や我々の核心に当たるようなものが見つかれば大きな収穫となる。目的が分かれば、事件を起こした悪魔を特定することができる筈だ。
「……アガりん、ルシファー様来てない?」
「知らねえよ。今忙しいんだ」
いつも通り珈琲片手に詮索を続けるアガリアレプトは、現れたサタナキアを冷たく遇らう。
「まだ答え見つかんないの?」
「あぁ、サマエルが余計な事を伝えたせいで情報が撹乱された。ついでにアイツの犯した殺人の隠蔽だとか、他の仕事もあったからな」
失踪したサマエルが姿を見せたあの日から、獄と人間界にある全ての場所で起こった出来事を四百年分ダイジェスト形式で調べている。一体どこで人間が我々の情報を手にしたのか、誰がそれを本に記したのか。あまりに多すぎる情報の処理に、脳みそがかち割れそうになる。
「……ねぇ、アガりん。なんでそんな必死になってんの?」
「あぁ……?サマエルの動向知れねえ以上、アイツより先に情報手に入れた方が——」
「そうじゃないでしょ」
サタナキアの目は、話す一言一言に偽りがないと証明するのに充分なくらい澄んでいる。逸らすことなく、延々と此方を見つめていた。
「途中経過と詳細が分かんなくても、結末は大体分かってんでしょ。ウチにもわかるよ、その結末がかなりヤバいって事は」
全てをすることができる能力といえど、未来予知は出来ない。せいぜい、あり得る可能性を予測する程度のものだ。当然、予想が外れる時は外れる。
「……だったら、出て行けよ。もっと可能性を探せばどっかに解決法がある筈だ。今の俺らはそれに賭けるしかねえ、邪魔すんな」
「ん、どうしたベルゼブル」
相変わらず薄暗い獄の最深部にて。邂逅する二人の支配者は、互いの目を逸らすことなく語っていた。
「何故サマエルを逃した?お前の力があればあの場で奴を始末できたはずだ。マモンの致命傷もあったんだから手を下す理由にはなっただろ」
ベルゼブルは、サマエルの動向を気にしていた。奴が好き勝手に動けば、彼の政治に支障を来たすからだ。まだ人間側に知られてはいないものの、いずれ先日男が腕を切断され死亡した事件の犯人がサマエルである事は大きな弊害となる。
そんなベルゼブルの言葉に、ルシファーは静かな返答を口にする。
「……泳がせてるんだ。求めている情報は違えど、俺とアイツ。調べたいものは同じだからね」
「なんだと……?」
サマエルの目的は、天国を見つけてそこに向かうこと。それに必要な情報であり、ルシファーも求めている物というのは、一体どういうことだろうか。
「サマエルが気付いたとある事実。人間が俺たちと出会う前に俺たちのことを知り尽くしている事実についてだ。奴が天国という人間の創作を探るなら、この件も必然的に視野に入るだろう」
ルシファーはそう語った。サマエルという、個人的な敵対勢力でさえも駒として扱っていたのだ。当然、サマエルは利用されていることに気付いていない。
「情報を吐かせるのは、武力行使でどうにでもなる。別に急ぐものでもないし、次会ったときいろいろ聞いてみるよ」
「そうですか。ですがやはり世間的には……」
しかし当然、世間的に放置するのは危険である。意図的でないと分かっていながらも、既に殺人という大きな罪を犯している存在を野放しにするのは得策ではないだろう。
「ベルゼブル、政治は総意じゃない。DRの上層が居なくなったといえど、全ての人間が共存を認めてはいないんだ。それに、あんな技術がもう一度俺たちを狙った時のために戦力は生かしておいた方がいい」
そう言って、ルシファーは去り際に手を振る。
ベルゼブルの目は、外見のみに若さを象る後ろ姿を延々と傍観していた。
ベルゼブルの行なっている、共存を目的とした政治。しかしこれが適応されているのは、偶然にもゲートが存在している日本だけに適応されるものだ。
国によって変わるそれらは、民主主義だとか独裁だとかのよりどりみどりである。
抵抗の術を持たずに降伏を見せる国や、悪魔という存在を軍事力へと変換させたい国。本当に多種多様な思考があるものだ。なにより、一番平和的で単純なものが日本だったというのは本当にありがたいものだ。
そんな事を考えながら、目的を果たすためにとある土地を訪れた。
某県に位置する、馬井菱市という場所。眼前には壊滅寸前の建造物や、瓦礫の山が形作る『かつて街だったもの』が、黄色いテープの向こう側で佇んでいた。
テープを潜り、街の残骸へ侵入する。ここに目当てのものがある筈なのだ。
この土地がこうなってしまった理由は、一人の悪魔にあった。これは、人間界と獄が繋がってから初めて起きた悪魔による殺人事件。その悪魔は行方知れずになってしまったが、人ひとりが限界だったゲートを強引に広げた当人である事は分かっていた。
当然殺戮を得意とする類と考えるのが妥当だが、個人的には何か理由があって起こした事件だと考えている。
「ん、なんだ?アレだけ妙に……」
瓦礫と骨組みの山に隠れていたそれは、なんともチープな教会だった。十数年手入れがれていないためか、苔が生い茂って随分と汚れていた。
扉の木材は腐敗して、触れると塵になり風に流されていく。自然の匂いが同化した無機質な白色の建造物の中身は、割れたガラス片が散らばってかなり危険なものだった。
ふと、前進する右脚に何かが衝突する。どうやらそれは古い本のようなもので、独特の古紙の匂いが少し香る。古本屋に蔓延しているあの匂いだ。
表紙にタイトルは書かれておらず、よくある濃い緑色一色に染められた伝記のような外見。加えて分厚さは、広辞苑第七版の三分の一といったところだろうか。教会に落ちているということは、聖書と捉えるのが妥当だろう。
拾い上げて、適当なページを開く。まるで洗脳まがいの理想を描き、訳の分からない行為によって救われる。そんな内容が、延々と書き綴られてループしていた。
そして辿り着く一番最後のページ。即ち奥付となるそのページを開くと、今までと違った異様なものが目に映る。
どうやらその文字は製造過程に含まれるものでは無いらしく、明らかに何者かによって加筆されたものだった。それは黒いインクで書き殴られ、ギリシャ語で意を語る。
『天が人を導くと共に、悪魔も場所を同じくして人を導く。求められる救済が偽善であれ邪道であれ、その扉は等しく開いている』
「…-なんだこれ」
大方、棄教した輩が教祖への犯行に叩きつけた持論だろうか。それならばこの場にあるというのもおかしな話だが、なんにせよ意図は掴めなかった。
結果的にこの本は、何の意味も成さない言葉として捉えておくことにした。今は、ここに訪れた目的を果たす事に集中しよう。
何故、この街は滅んでしまったのか。ここは双方の世界を繋ぐゲートから数個の都道府県を跨ぐほど離れているというのに、何故かこの街だけがピンポイントで狙われて壊滅したのだ。
これに関して、考えられる可能性を探してみる。
悪魔に対してこの街の人間が攻撃を図ったか、何か対象を破壊する目的があったか。恐らくこのどちらかではないかと睨んでいる。
この街を詮索して、銃火器の類や我々の核心に当たるようなものが見つかれば大きな収穫となる。目的が分かれば、事件を起こした悪魔を特定することができる筈だ。
「……アガりん、ルシファー様来てない?」
「知らねえよ。今忙しいんだ」
いつも通り珈琲片手に詮索を続けるアガリアレプトは、現れたサタナキアを冷たく遇らう。
「まだ答え見つかんないの?」
「あぁ、サマエルが余計な事を伝えたせいで情報が撹乱された。ついでにアイツの犯した殺人の隠蔽だとか、他の仕事もあったからな」
失踪したサマエルが姿を見せたあの日から、獄と人間界にある全ての場所で起こった出来事を四百年分ダイジェスト形式で調べている。一体どこで人間が我々の情報を手にしたのか、誰がそれを本に記したのか。あまりに多すぎる情報の処理に、脳みそがかち割れそうになる。
「……ねぇ、アガりん。なんでそんな必死になってんの?」
「あぁ……?サマエルの動向知れねえ以上、アイツより先に情報手に入れた方が——」
「そうじゃないでしょ」
サタナキアの目は、話す一言一言に偽りがないと証明するのに充分なくらい澄んでいる。逸らすことなく、延々と此方を見つめていた。
「途中経過と詳細が分かんなくても、結末は大体分かってんでしょ。ウチにもわかるよ、その結末がかなりヤバいって事は」
全てをすることができる能力といえど、未来予知は出来ない。せいぜい、あり得る可能性を予測する程度のものだ。当然、予想が外れる時は外れる。
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