追放公爵ベリアルさんの偉大なる悪魔料理〜同胞喰らいの逆襲無双劇〜

軍艦あびす

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第2部

最終話 忘れられない味

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「なぁ、マジでこんなとこにあんのかよ」
「あいつ自身がアガリアレプトに見つかんねえ所にしろって言うからここに送ったんだよ。マジで文句あんのか」
 雑木が茂り、太陽を覆い隠さんとする熱帯雨林を彷徨う二つの影。飛び交う羽虫と喧しい鳴き声が、これぞまさにと言わんばかりのジャングルを作り上げていた。
「うぉッ蛇出てきた……サマエルみてぇで気持ち悪いわ」
「いちいちうっせえなお前マジで黙れねえのかよ」
 もはや人間が生活できないとまでに至るこの地は、生態系の頂点に立つものが爬虫類の類で構成されているのだろう。普通の人間でさえ、昆虫類の餌でしかない筈だ。
「……着いたぞ。この中に居る」
「クッソ狭いじゃん入れんのかよこれ」
 案内された先にそびえる巨大な崖を辿り、足元に通じる亀裂としか呼べないようなものを確認した。この中と言われても、どうやって入れと言うのだろうか。
「壊せ。脆いからマジで簡単に砕ける」
「あーはいはい俺がやるのね……」
 亀裂にある僅かな隙間に針をねじ込み、強引に開け放つ。眼前の崖が崩れてこないかと心配になっていたが、そう簡単には壊れないらしい。
 広がった亀裂の先は岩で囲まれ、堆積した土に埋まるばかり。しかしその先に異様な形のものを捉えて、引きずりあげる。
「おぉ……本当に大将じゃん」
「うっすい感想垂れ流す暇があるならさっさとやれマジで。悪魔が触り続けてたら解けるらしいからよ」
「へいへい……」
 大将サタナキアの姿をした石像に手を触れ、少しずつ砕ける音が大きくなっていく。全くどういう原理なのか分からないが、段々と元の顔色を取り戻していった。
「……なん……でだよ」
「お、目ぇ覚めたな。これで終わりか?」
「あぁ、ようやくこの件は終わりだぜマジで」
「なんで……天使お前が……」
「まぁ、色々あってね。6柱んとこ帰ろうぜ大将」

 6柱大将サタナキア。彼女が自らを天使に売った理由は、アガリアレプトの予想していた最悪の結末を変えるため。
 どこでどういった変化が起こったのかは到底理解もできないが、きっとサタナキアの行動によって救われた命があったのだろう。
「大将。宰相と旅団長から伝言だ」
「ルキちゃんとサルちゃんから……?」
「今度はスイーツバイキングでもなんでも付き合ってやるから、無事に帰ってこいだってさ」


 知っている。オレ様はもうこの半年近くで、ほとんど全てを知っている。
 安い賃貸のアパートにある宮沖家へ入るための鍵は、3課にあるトウヤ自身のデスクに入っていることも。
 本当に疲れた日だけ飲む、普段飲んでいるものより少しだけ高級な酒を冷蔵庫の裏に隠していることも。
 実は昔飼っていたハムスターのケージを未だ処分出来ず、クローゼットの奥深くに封印していることも。
 しかし。当人が居なくなった今、その情報はカケラも機能を果たさないゴミ同然だった。元から必要ないというのもあるだろうが、結局は居なくなった存在を強調させるだけである。

 サマエルのコアをトウヤが掴みさえすれば。
 かつて、ブエルのコアを偶然手にしたからこそ関係が成り立っていた。そんな恐ろしさを絵に描いたような偶然が引き起こした事態なのだ。
 そう。偶然でしかない。そんな偶然にもう一度とすがる己の姿は醜いだろうか。
 いつも通りの家へ帰るが、空虚が支配するその場は己には広すぎる。
 安い賃貸でしかない一室に住んでいた彼と同じ身体のサイズになって、それでも広いなと感じてしまうのだ。

 疲れからか、精神からなのか。ため息を落として、玄関の鍵を閉める。
 冷蔵庫からささみのパックを取り出して、安いビール缶と机に並べてみる。いつも見ていた光景とは少し晩酌が違うだろうが、いつも見ていた宮沖トウヤの目線はこうなっていたらしい。
 本当につまらない漫才を延々と垂れ流す番組に嫌気をさしてリモコンを手に取ったり。
 絶えずにスマートフォンへ送られてくる企業からの広告メッセージを既読にして無視したり。
 少しばかりアルコールの力に頼って眠ってみたり。

 生きていた頃の宮沖トウヤを真似て過ごしてみても、何も変わるものは無い。寧ろ、孤独と虚無が増すばかりだった。


 
 何もない空間にただ彷徨い、己の腹が裂かれて赤いものが吹き出している光景を眺める。
 そんな生活を繰り返して何日か、というのは野暮だろうか。恐らくここに時間を確認する術なんて存在しないだろうし、普通に時間というものが存在しているのかも怪しい。
 
 自分が死んだな、と思った時に真っ先に心配だったことは、ベリアルの事。
 自身が居なければ、ベリアルは力を失ったまま。それなら、己と同じように対処する術も無く殺されてしまうのではないだろうかと思った。
 多分ベリアルに伝えれば「オレ様の事馬鹿にしてんのか」と怒られてしまうだろうが、仕方がない。強がっているのは、簡単に分かる。

 結局、ベリアルに取り込まれた後の自分は生きてるのか死んでるのかすら分からない。天国や地獄があるのではと疑って止まない世界に暮らす身としては、自分がどこに居るのかすらも分からなくなっている。

 そんなとき、ふと声が聞こえた。一度だけ聞いたことがあったような、そんな声だった。

『やっと見つけた。手こずらせやがって』
「……サマエル……か」

 どうやら、この空間での会話は一応可能らしい。しかしそれよりも、眼前の存在に驚くべきだろう。

『時間がねえから簡潔に伝えるぞ。今俺たちはベリアルの体内に居る。そして俺は俺のコアをお前に食わせに来た』
「なんで……だよ」
『俺のコアを食えば、お前はベリアルから分離される。ただし死にかけてるその状況で表に出てもすぐ生き絶えるだろうな』
「だったら……どうしろってんだよ……」
『その先に俺は関係ねえ。後は自分でどうにかするんだな。だが、俺の命賭けてんだ。生き返らねえと許さねえ』
「……そっか」



 AM3:29
 激しい呼吸の末、肺に届かなくなった酸素を求めて飛び起きる。隣で変な寝相をしていたベリアルを浸すほどの血液が自身の腹部より垂れており、増す痛みと共に視界がぼやけて頭痛が現れた。
 そんなベリアルの周りには、数多のコアが転がっていた。自身がベリアルと分離した際に、落としてしまったのだろう。
 だが、これが最後の希望というやつだろう。恐らくこの中にブエルのコアがある筈なのだ。それを自身の体内に摂取することができれば、この傷はどうにかなるかもしれない。
 まだ記憶に新しいサマエルの言葉を思い出す。こんなところで、彼の命を無駄にはできないと。
 
 朦朧とする意識の中、転がるコアを片っ端から掴んで喉を通過させた。



『昨日未明、某県乃鳥市内のスーパーマーケットにて殺人事件が発生しました。被害者は悪魔犯罪対策課の男性ということで、悪魔による犯行とみて調査を続けています』
 そんなニュースキャスターの無機質な音で目覚めた身体は、昨日とは随分と違う感覚をしていた。ただ、そんな疑問を忘れさせるような音と匂いが己の腹を鳴らす。
「……トウヤ」
 眼前に広がるキッチンに向かう一人の男が、フライパンを右往左往させていた。それは、何故か懐かしさを感じさせている。
「お、起きたか。もうちょいで出来るからな」
 朝日に照らされた笑顔を見せるのは、一人の成人した男。なのにどうしてか、己の中にある知らない感情を呼び覚ましていた。
「朝イチで何やってんだよ、病み上がりだろ」
「別にいいんだよ、お前らが助けてくれたんだから体調は万全だ。ほら出来たぞ座れ座れ」
 鼻孔を撫でる油の香り。これはきっと、一度食べたら忘れられない味をしている筈だ。
「テイスティングの時間、だろ?」
「……あぁ、そうだな。テイスティングの時間だ」
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