34 / 49
第2部
第22話 認めたくない本心
しおりを挟む
宮沖トウヤの死亡から、三日が経過。
行われる葬式に当人の姿は無く、その骸は未だベリアルの中に存在し続けているのだった。
陰鬱な空気が漂う3課は、いつまでも代わり映えのしない面々を並べている。数少ない隊員で構成された部署というのもあって、一人を失ってしまったことによる精神的な疲弊は皆を襲うばかりである。
「……そろそろ、行くか」
「結局、山藁さんも連絡つきませんでしたね」
本日行われる空虚な葬儀には、三人の人間だけが参列することになった。有給を取っていた山藁宗二に連絡は付かず、宮沖先輩その両親は歳を取っているのもあってか到着が数日遅れるという。
日本のしきたりに従った葬儀に悪魔を参列させることは難しいとの達しを受け、ベリアルとマモンは立ち入ることすら許されないというのだ。
かつて宮沖先輩の座っていた3課の自動車の運転席に、一年と少しの記憶を馳せていた。
ベリアルに昼ご飯を食べられた時の為に、少しだけの空腹を満たすことができる栄養食を車内に隠していたのを私は知っている。その残骸が、アクセルの横に備えられた小さなゴミ箱に残っていた。
まだ新しいであろうそれに、数日前まで共に働いていた尊敬すべき先輩が死した事実を再び痛感させられる。こんなふとした出来事でさえ、この数日に何度涙腺を壊したことだろうか。
まだ泣くのは早いのだろう。当然だ。これからもっともっと思い知らされるのだから。
「……隊長、今日は俺が運転しますよ。浦矢のこと頼みます」
「……この車初めてだろ、気をつけろよ」
「まったく、面倒だなぁ人間の伝統つーかしきたりつーか……」
「……あぁ、そうだな」
同時刻。公園のベンチでたい焼きを片手に肩を並べるベリアルとマモンの姿は、双方が陰鬱な空気を孕んでいた。
「俺だってトウヤには世話になったんだぜ。最後の別れくらいさせてくれたっていいじゃねえか、なぁ」
「……」
「お前、ここ数ヶ月で変わりすぎたな」
「あ?」
マモンが一口をかじり、粒あんが溢れ出す。冬の風に冷えた身に染みわたる熱々の生地が、体内をだんだんと温めていく。
「邪道極まる糞みたいなメシばっか食ってさ、ちと気に食わねえとすぐ殺しちまうような奴だったのに、今はこんな落ち込んじまってるんだぜ」
確かに、自身でもそう思う事はある。たった一人の人間が死んだだけで、ラファエルに対してあそこまでの嫌悪を示したのだ。
己の利益目的というだけで殺さなかった宮沖トウヤという男、そのたった一人が散ってしまったそれだけで。
DRとの最終決戦の際、ネビロスに語った言葉は間違いだったのだろうか。
「人間ではないのだから、そう数年で変わるものは無い」という言葉は、間違っていたのだろうか。
「……認めたくねえけど、そうなんだろうな。メシくれるからってだけじゃねえ。よく分かんねえけど、トウヤに死んでほしくなかったのはオレ様の本心だ」
「ま、そう思うのが当然なんだぜ。それと何十年先になるか分かんねえけど、蓮磨が寿命迎えた時は俺んこと励ましてくれよな」
立ち上がり、残ったカケラのたい焼きを強引に口へねじ込んだマモンは立ち去る。
「……どこ行くんだ?」
「俺まだやることあるんだわ。お前の話し相手はこいつに任せたからよ」
マモンが指を鳴らし、針を呼ぶ穴を生み出す。しかしそこから現れたのは、無機質なそれではなかった。
「だいぶ落ち込んでんなぁ、お前」
「サマエル……」
姿を見せた一人の男は、相変わらずの様子で白い髪を揺らして語る。
「何の用だテメェ」
「別に~?ルシファーに言われたんだよね、ベリアルんとこ行けって」
「あの野郎なに考えてやがんだ」
先程のマモンの位置を陣取り、結果として肩を並べる二つの影。いがみ合いとしか言えないような雑談を繰り返している内に、かれこれ一時間が経過していた。
「……さて、そろそろ本題話すか」
「あぁ?」
立ち上がり、向かい合うよう移動したサマエル。すると突然、自ら胸元を抉り取って赤い血を流す。
「何してんだテメェ⁉︎」
「……ベリアル。俺のコアを食え」
唐突に告げられた言葉に、全く理解が追いつかなかった。先程まで嫌悪の言葉を投げ合っていた空気から、絶対にありえない発言だったからだ。
「この件が全て終わったら、人間を殺した罪を償わなくちゃならなかったんだよ。その罰としてルシファーに言われたのがコレだ」
「……なんでだよ。訳分かんねえ」
「俺の力は、自分よりも強い力を無効化する。もしお前の中にいる人間が俺のコアを掴むことができれば、お前から分離できる筈だ。あとはブエルでもなんでも使って生き返らせろ」
唐突に語られた内容は、よく分からなかった。だが、この言葉を聞いてからは何か、希望のような道がじんわりと見えている気がするのだ。
「本当に……出来んのか、それ」
「俺の命差し出してんだよ。生き返らなかったら許さねえぞ」
有無を言わさず、餡子の香りが漂う口内へとサマエルのコアが突っ込まれる。自身の喉がそれを胃に落とすと共に、眼前の男が倒れ込んで姿を眩ませた。
行われる葬式に当人の姿は無く、その骸は未だベリアルの中に存在し続けているのだった。
陰鬱な空気が漂う3課は、いつまでも代わり映えのしない面々を並べている。数少ない隊員で構成された部署というのもあって、一人を失ってしまったことによる精神的な疲弊は皆を襲うばかりである。
「……そろそろ、行くか」
「結局、山藁さんも連絡つきませんでしたね」
本日行われる空虚な葬儀には、三人の人間だけが参列することになった。有給を取っていた山藁宗二に連絡は付かず、宮沖先輩その両親は歳を取っているのもあってか到着が数日遅れるという。
日本のしきたりに従った葬儀に悪魔を参列させることは難しいとの達しを受け、ベリアルとマモンは立ち入ることすら許されないというのだ。
かつて宮沖先輩の座っていた3課の自動車の運転席に、一年と少しの記憶を馳せていた。
ベリアルに昼ご飯を食べられた時の為に、少しだけの空腹を満たすことができる栄養食を車内に隠していたのを私は知っている。その残骸が、アクセルの横に備えられた小さなゴミ箱に残っていた。
まだ新しいであろうそれに、数日前まで共に働いていた尊敬すべき先輩が死した事実を再び痛感させられる。こんなふとした出来事でさえ、この数日に何度涙腺を壊したことだろうか。
まだ泣くのは早いのだろう。当然だ。これからもっともっと思い知らされるのだから。
「……隊長、今日は俺が運転しますよ。浦矢のこと頼みます」
「……この車初めてだろ、気をつけろよ」
「まったく、面倒だなぁ人間の伝統つーかしきたりつーか……」
「……あぁ、そうだな」
同時刻。公園のベンチでたい焼きを片手に肩を並べるベリアルとマモンの姿は、双方が陰鬱な空気を孕んでいた。
「俺だってトウヤには世話になったんだぜ。最後の別れくらいさせてくれたっていいじゃねえか、なぁ」
「……」
「お前、ここ数ヶ月で変わりすぎたな」
「あ?」
マモンが一口をかじり、粒あんが溢れ出す。冬の風に冷えた身に染みわたる熱々の生地が、体内をだんだんと温めていく。
「邪道極まる糞みたいなメシばっか食ってさ、ちと気に食わねえとすぐ殺しちまうような奴だったのに、今はこんな落ち込んじまってるんだぜ」
確かに、自身でもそう思う事はある。たった一人の人間が死んだだけで、ラファエルに対してあそこまでの嫌悪を示したのだ。
己の利益目的というだけで殺さなかった宮沖トウヤという男、そのたった一人が散ってしまったそれだけで。
DRとの最終決戦の際、ネビロスに語った言葉は間違いだったのだろうか。
「人間ではないのだから、そう数年で変わるものは無い」という言葉は、間違っていたのだろうか。
「……認めたくねえけど、そうなんだろうな。メシくれるからってだけじゃねえ。よく分かんねえけど、トウヤに死んでほしくなかったのはオレ様の本心だ」
「ま、そう思うのが当然なんだぜ。それと何十年先になるか分かんねえけど、蓮磨が寿命迎えた時は俺んこと励ましてくれよな」
立ち上がり、残ったカケラのたい焼きを強引に口へねじ込んだマモンは立ち去る。
「……どこ行くんだ?」
「俺まだやることあるんだわ。お前の話し相手はこいつに任せたからよ」
マモンが指を鳴らし、針を呼ぶ穴を生み出す。しかしそこから現れたのは、無機質なそれではなかった。
「だいぶ落ち込んでんなぁ、お前」
「サマエル……」
姿を見せた一人の男は、相変わらずの様子で白い髪を揺らして語る。
「何の用だテメェ」
「別に~?ルシファーに言われたんだよね、ベリアルんとこ行けって」
「あの野郎なに考えてやがんだ」
先程のマモンの位置を陣取り、結果として肩を並べる二つの影。いがみ合いとしか言えないような雑談を繰り返している内に、かれこれ一時間が経過していた。
「……さて、そろそろ本題話すか」
「あぁ?」
立ち上がり、向かい合うよう移動したサマエル。すると突然、自ら胸元を抉り取って赤い血を流す。
「何してんだテメェ⁉︎」
「……ベリアル。俺のコアを食え」
唐突に告げられた言葉に、全く理解が追いつかなかった。先程まで嫌悪の言葉を投げ合っていた空気から、絶対にありえない発言だったからだ。
「この件が全て終わったら、人間を殺した罪を償わなくちゃならなかったんだよ。その罰としてルシファーに言われたのがコレだ」
「……なんでだよ。訳分かんねえ」
「俺の力は、自分よりも強い力を無効化する。もしお前の中にいる人間が俺のコアを掴むことができれば、お前から分離できる筈だ。あとはブエルでもなんでも使って生き返らせろ」
唐突に語られた内容は、よく分からなかった。だが、この言葉を聞いてからは何か、希望のような道がじんわりと見えている気がするのだ。
「本当に……出来んのか、それ」
「俺の命差し出してんだよ。生き返らなかったら許さねえぞ」
有無を言わさず、餡子の香りが漂う口内へとサマエルのコアが突っ込まれる。自身の喉がそれを胃に落とすと共に、眼前の男が倒れ込んで姿を眩ませた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる